• 建設資材を探す
  • 電子カタログを探す
建設資材データベーストップ > 特集記事資料館 > 積算資料 > 未来につなごう 日本の建設業 第3回 希望が叶う職業の実現を目指して

6. 希望のある職業に

6-1.閉塞感を振り払う

時代は,動いている。建設現場に,新3Kの浸透を図る動きがある。新3Kとは,給料,休日,希望,の三つ。キツイ,キケン,キタナイの3Kとオサラバしよう,ということだ。
 
この中で,希望が一番大事である。将来に希望があれば,苦労に耐えることができる。それには,単なるスローガンにとどめないことだ。
 
希望が叶う職場にするには,労働者に“はりあい”を持たせて,職場の閉塞感を振り払うシステムを作ることだ。
 

6-2.キャリア・パスを作る

“はりあい”を持たせるには,褒める,褒美を与える,出世させる,の三つがある。その “はりあい”を持たせるもっとも効果的な仕組みは,出世を約束する‘キャリア・パス’のシステムである。
 
キャリア(career)とは職業上の経歴を指し,パス(path)とは,道,歩み,転じて,進路とか人生行路を意味する。
 
キャリア・パスとは,職業上の経歴をたどって業績や実績を積み重ねる経路のことで,身につけた能力や専門性で,受けられる報酬や処遇の程度がわかる道筋とその道標となる基準をいう。
 
職場で何年後に主任,その後に係長,課長,部長,というキャリア・パスが備える効用を建設労働者にも適用しよう,と考えるわけである。
 

6-3.キャリア・パスの事例

わが国の建設労働者のキャリア・パスには,僅かに,世話役に登用する仕組みがある程度だった。
 
欧米には,建設労働者のキャリア・パスを制度化している例は多いが,その目的は,はっきりしている。それは,労働者の権利の擁護である。
 
その権利の第一は,労働の質に相応しい対価を得ること。そのために,キャリア・パスを用意して労働者を評価する。それが,労働者の上昇志向を刺激してキャリアをアップさせる。その結果,より高い対価につながるのである。
 
この集中連載の第1回(7月号)に示したアメリカ・アリゾナ州の大工の賃金体系は,全米建設労働者組合が制度化したキャリア・パスに基づいて設定されている。そして,きわめて強い拘束力を持っている。その拘束力の故に,アリゾナ州内のすべての建設現場が,この賃金を支払っている。
 
このキャリアと賃金(時給)の関係を,(表- 5)に示す。
 

【表- 5 米国の大工のキャリアと賃金の例】




 
 
このキャリア・パスは,労働者(この例では大工)が,アメリカ全土を網羅する組合が運営する訓練学校で実習を履修して,キャリアを向上させることで機能している。この履修の成果とキャリアが,制度的にリンクしていることに注目したい。
 
わが国の建設労働者の訓練機関は,履修の成果とキャリアの関係が制度化されていない。
 
例に挙げたアメリカの訓練学校は,実習生が納める学費で経営されている。実習生は当然,メリットを求める。訓練学校側はメリットを用意している。
 
初心者は,1期の実習を終了すると,試験を受ける。合格した修了生が現場で1期生の賃金を受ける。未実習生との賃金格差が,そのメリットである。
 
上を目指す1期生は,その後,訓練学校に入り直して2期の実習を修了し,試験に合格したら2期生として現場に戻る。
 
訓練学校が試験の合格者に与える修了証が,当人のキャリアのお墨付きになる。このお墨付きは,その州のあらゆる建設現場で通用する。
 
通用するということは,労働者は州内のすべての建設現場で,キャリアに見合う待遇を等しく保証されるということなのだ。
 
保証に普遍性があるから権威が高まる。その権威が,労働者が抱く誇りの源泉になるのである。
 
例に挙げたキャリア・パスの仕組みと運用の宜しきを得れば,効果が上がることがよく分かる。
 
 

7. キャリア・パスの設計

7-1.キャリア・パスの要件

キャリア・パスは,権威と名実が兼ね備わることで,その機能が実効力を発揮する。
 
(1)権威の具備
一つ目に必要なことは,権威があることだ。権威には,普遍性と客観性が必要である。
 
普遍性とは,そのキャリア・パスが適用される範囲が広いことである。
 
キャリアを分かりやすく目に見える形で表現すると,いわゆる肩書のことである。キャリアの高い者は,一見,偉そうな肩書を名乗る。
 
現場の労働者のキャリアに応じた命名には,各社は苦労しているようだが,肩書に説得力が欠けるのは,普遍性がないからである。例えば,ある会社で,低い順から,班長,工長,職長と決めても,別の会社では通用しないとか,年功や待遇,権限や別のキャリアと上下の関係が逆転するような状態では混乱するし,権威も生まれない。無視されるか蔑視されるのがオチである。
 
だから,キャリア・パスが実効的に運用されるには,一現場,一企業を超えて,キャリア・パスが通用する領域をできるだけ広くして周知させることだ。
 
それには,わが国の建設の世界の全体で,共有できる存在になることが望ましい。理想は,全国レベルで統一された運用である。
 
客観性とは,そのキャリア・パスを運用する際に,労働者の能力・業績・年功などに対する評価が,統一された基準で制度化されることである。
 
そうすれば,職場や会社が変わっても,キャリアに応じた待遇や処遇を受けることができるし,年功や実績も保証されるわけである。
 
(2)名実の兼備
二つ目に必要なことは,仕事の評価に対する名目に報酬が伴うことである。
 
名目とは,表彰などの名誉,昇格などの肩書,世間が認める権威,普遍的な権限を備える資格などである。
 
報酬とは,手取り賃金,賞与,報償,賞金などである。評価の結果が,キャリアに反映されること,そして,キャリアに応じた報酬につながるシステムになっていることが必要である。
 
「良くやった」と褒めるだけで済ませないで,実績を反映した昇給や昇格に結びつけ,昇格して得た肩書に権限や報酬を反映させて,キャリアの肩書を単なる称号にとどめないことである。そうすることで,キャリア・パスは価値をもち,権威がでるのである。
 
キャリアに与えられる権威と権限と応分の報酬は,キャリアを得た労働者にさらなるはりあいを喚起する。すると,労働者はさらに高みを目指して励むことになる。希望が叶う職場は,活性化するのである。
 
 

7-2.キャリアの設定

労働者向けのキャリアは,
● 実務的な技量水準で区分けされること
● 全国レベルの枠組みで統一されること
● 年功の要素も加味されること
● 区分けの階層は多くすること
などを,考慮することが望ましい。
実務的な技量水準の要素は,労働者が腕前を上げようとする上昇志向を刺激する。職場の生産性や品質向上の効果が期待できる。
 
例えば,大工のキャリア階層の水準を,
A. とにかく大工になりたいという者
B. 正しく工具を扱うことができる者
C. 正確に加工ができる者
D. ・・・
E. ・・・
F. ・・・
G. ・・・
H. その上で,図面を解読できる者
I. まとまった人数の指揮ができる者
J. 施工の合理的な計画や準備ができる者
というように,実務的な技量を具体的に,かつ客観的に細分化することが望ましい。
 
この基準が広域で統一されると,労働者の評価や待遇に,会社や地域などの不均衡がなくなる。
 
年功の要素が加味されると,年配者には敬意が払われ,経験が尊重され,忍耐心が養われる。職場の融和にも効果がある。
 
キャリアの区分けが細かいほど,労働者は,上のキャリアを目指して,絶えずキャリア・パスを意識するようになる。その結果,集中力を維持し,向上効果が期待できる。
 
キャリアの名称や肩書は,部外者にも分かりやすく,権威的なイメージが好ましい。
 
労働者当人の心理を想像すると,外国語を直輸入したカタカナ語(例えば,マイスターなど),自賛的や堅苦しい表現(例えば,熟練,高級,基幹,名人,匠など)は避けるほうが無難である。
 
 

7-3.キャリア・アップの仕組み

設定されたキャリアを目指して,キャリア・パスを登って行くことが,キャリア・アップである。その典型が,会社で平社員から主任や係長に登って行くキャリア・アップである。
 
建設労働者に適用するキャリア・アップの仕組みには,前述のアメリカの例が参考になるだろう。
 
この例では,キャリア・アップを目指す労働者は,現在の自分が置かれているキャリアの,1段階上のキャリアを対象とするカリキュラムの訓練を受ける。試験に合格すると修了証を受ける。この修了証が,キャリアの資格証明になる。
 
訓練機関は,全国にムラなく設置して,キャリア・アップを志す労働者たち全員に,均等に機会を与える配慮が必要である。
 
訓練学校は,統一したカリキュラムと,訓練の成果を評価し証明する試験を用意する。訓練を経ずに,受験できる方便を制度化してもよいだろう。
 
初期のキャリアの階層の試験は,実務能力を問うことにする。大工の場合,鎚,鉋,鋸などの工具の扱い方や作業の正確さと迅速さを試す。この階層では,誠実さ,正確さを重視する。
 
キャリアの階層が上がると,自発性,積極性を重視して,図面や工程表の解読などが対象の筆記試験を加えることにする。付加価値の高い頭脳労働の評価を大きくする。
 
キャリアの最上階では,計画,指導,管理の資質を求めて,集団の統率,作業の計画や準備の能力を問う口頭試問を加える。後進の指導や現場の管理の資質の評価を高くする。
 
 

7-4.キャリアアップシステムの構想

最近,国土交通省が肝入りの「建設キャリアアップシステムの構築に向けた官民コンソーシアム」が「建設キャリアアップシステム」の骨格となる基本計画をまとめた,と業界紙が報じている。因みに,このコンソーシアムの受け皿は,(一財)建設業振興基金(以下,振興基金)である。それによると,労働者個人に携行させるカードに,社会保険加入状況,建設業退職金共済番号,資格情報,就業履歴などの登録・蓄積をする。そして,現場に設けたカードリーダーで,労働者の入退場の管理や就業履歴を,現場単位で蓄積することにしている。
 
実は,諸外国の現場では,その類の慣行が,既に存在しているのだ。
 
初めて海外の工事現場で所長をつとめる日本の建設会社の面々は,驚くと同時に感心するに違いない。それは,現場で雇った現地人労働者たちが,解雇される際に,必ず就業証明の発行を求めるのだ。それが,現地で定着していた就業上の慣行なのである。
 
求められて,現場の所長は,レターヘッドを印刷した英文タイプ用の便箋に,当人の氏名,職種,就業期間,就業場所,仕事ぶりなどを,一定の書式に従ってタイプし,サインして渡している。
 
解雇された労働者は,その就業証明を次の職場で示して,雇ってもらう。つまり,彼らは,働いた現場の就業証明の束を抱えて,現場を渡り歩くのだ。これは,わが国で今,構想している「建設キャリアアップシステム」の便箋版である。今では,もっと進化したシステムになっているかも知れない。
 
つまり,目下,構築途上の「建設キャリアアップシステム」は,諸外国で定着している就業証明のIT カード版という段階なのだ。
 
わが国に,今までこうした制度も慣行も存在しなかった。だから,遅まきながら,こうしたシステムが緒についたことを,大いに歓迎したい。このシステムは,究極的にはキャリア・アップに活用することを目指しているのだが,今の身分証明(IDカード)にとどまったままでは,キャリア・アップにつながらない。統一されたキャリアもキャリア・パスも,用意されていないからだ。文字通りにキャリアアップシステムの機能を発揮させるには,さらに踏み込んで,前述のような制度作りを期待したいのである。
 
例えば,キャリアに応じて統一した肩書を制度化することだ。キャリアの技術的能力,頭脳的能力,管理や指導の能力を評価する基準も統一する。
 
それには,「建設キャリアアップシステムの構築にむけた官民コンソーシアム」がすでに作成した「職業能力基準(案)」が,有力な拠り所になるはずだ。これを参考にして,キャリア・パスと,キャリアを登って行くキャリア・アップのルールの整備を急ぎたいのである。
 
そのルールには,就業の実績,訓練成果や実力の査定や評価,勤務に対する考課など,一般のホワイト・カラーに対して運用されている人事考課に匹敵する要素を加えると運用に幅が出る。
 
構築されたルールで,趣旨を活かした運用が可能になると,労働者のモチベーションは,格段と向上するに違いない。
 
 

7-5.事業化の勧め

関係諸団体の英知を集約して構築される「建設キャリアアップシステム」は,さらに機能の向上を図った上で,基準やモデルの域から踏み出して事業化させ,実効力を発揮してほしい。
 
その事業化は,一元的な体制のもとで,全企業の参加と労働者全員の登録が前提になる。枠の外で勝手に動く企業があると,システムやルールの効用を阻害する恐れがあるからだ。
 
事業化を実現するには,事業体の運営が望ましい。その事業体には,このシステム構築の受け皿役を努めている振興基金が,最適な候補者だろう。この機関に実行機能を求めるわけである。活動上に制約があるならば,例えば,建設業推進機構(仮称)のような機関に改組するか,相応しい機関を新たに,創設することを望みたい。
 
その事業体には,労働者個人のキャリアの保証,キャリア・パスの確立,キャリア・アップの制度化に加え,企業ごとに分散している労働者を,全国的(あるいは県別)に一元的に登録管理する機能を求めたい。全国的に枯渇しつつある労働資源の活用にとって,この一元化は有効と考えられる。
 
その事業体は,この事業体に登録する建設労働者にとって,どのようなイメージをもたれるだろうか。かつて農協は第二次世界大戦直後の非常時に創設され,疲弊した農村の救済を目指した。農村の疲弊は,農業の長年の宿痾だった。さしずめ,このキャリア・アップの制度化は,建設労働者の農協版,言い換えると,農協の建設版である。今まさに,非常時にある建設労働問題の長年の宿痾も,同様のイメージで解決しようと考えるわけである。
 
 
 
 

足利工業大学 総合研究センター 研究員 工学博士
小林 康昭

 
 
【出典】


積算資料2016年09月号



 

 

同じカテゴリの新着記事

ピックアップ電子カタログ

最新の記事5件

カテゴリ一覧

バックナンバー

話題の新商品