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建設資材データベーストップ > 特集記事資料館 > 積算資料 > 建築あれこれ探偵団がゆく 第63回シナイアの僧院 −ルーマニアのキリスト教会(その1)−

 

まだ見ぬ聖堂建築を訪ねて

ヨーロッパの数ある歴史的建築のうち,私にとって“見るべきほどのことは見つ”状態に至っているが,一つだけ訪れていない建築があった。ルーマニアのキリスト教会の一群である。
 
黒海を東に臨むルーマニアは,古代ローマ時代にローマ帝国の属領に組み込まれ,周囲の,たとえば南のブルガリア,西のハンガリー,セルビア,北のウクライナとは異なった歴史を歩んで今に至り,古代ローマ時代に早くもキリスト教化している。といってもいわゆるローマに本山を置く後のカトリック系ではなく,コンスタンチノープル(現イスタンブール)に発した東方教会の流れに属する。建築史,美術史的にいうと,東ローマ帝国のビザンチン文化の系統となる。同じキリスト教だが,カトリックやプロテスタントに対し,“正教(オーソドックス)”と自ら名乗る。自分たちこそ由緒正しいキリスト教との思いを込めての名乗りだが,キリスト教がヨーロッパの西のはずれの地(現イスラエル)で起こり,東に伝わってやがてローマ帝国の国教となり,その後の帝国の東西分裂によってコンスタンチノープルを本拠とする東ローマ帝国の版図(はんと)に伝わり,東ローマ帝国がトルコの侵入により滅びた後は,ルーマニア,ブルガリア,アルメニア,ギリシャ,そしてロシアに生き残り今に至る,という複雑な歴史を思うと,彼らがその後のヨーロッパ史の中で優勢を占めるカトリックやプロテスタントに対し,自分たちこそオリジナルと言いたくなるのは当然だろう。
 
正教が昔のキリスト教のあり方を伝えるのは本当で,カトリックやプロテスタントのようにその後の激しい変化(進化)は経ず,建築スタイルは初期キリスト教会の集中式を守っているし,教会の中での儀式もプロテスタントやカトリックに比べ,合理化,近代化はしていない。正教会の信徒の建築家として知られる内井昭蔵は,「儀礼や教えをもっと近代化して分かりやすくしないと若い人が入ってこない」と嘆いていた。
 
ロシア正教を筆頭に,ルーマニア正教,ブルガリア正教,アルメニア正教,ギリシャ正教,と数ある正教の聖堂建築のうち,これまで訪れたのはロシア,ギリシャの二つだが,ルーマニアはそれと同じなのか違うのか,行ってみないことには分からない。
 
今回は,まず,首都ブカレストから少し離れた町にあるシナイア僧院の17世紀末の礼拝堂を紹介したい(写真− 1)。
 

【写真− 1 シナイアの僧院。中庭には礼拝堂が静かに立っている】




 
 
当時,ルーマニアは南北二国に分かれ,南のワラキア公国の王が建てた僧院(修道院)として知られ,完成後に次の王がヴェランダと鐘楼を増築して今に至る。
 
まず感銘を受けたのは,手入れもよく行き届き,大事にされていることだった。ルーマニアは第二次世界大戦の後,共産主義陣営に入り,その後1989年に共産主義の独裁者チャウシェスク大統領が倒され,今は民主化されている。長い共産党独裁時代に教会は抑圧されていたはずだが,中国のように破壊されることはなく,息を潜めながらもちゃんと続いていた。ルーマニアは地政学的に見てもヨーロッパ大陸から西アジアにかけての中央に位置し,異民族や異文化が国土を駆け抜けた歴史をもつが,そうした中で正教会も生き延びる知恵を身に付けたのだろう。
 
 

原型の記憶を残して

外観を見るとカトリックやプロテスタントとは異なる特徴をもつ。前面にヴェランダがあり,その先には塔が二つ立つ。手前のは明かり採りがないから鐘楼,奥の八角形は明かり採りのスリットが開くから礼拝室のドーム,と分かる。こんな小さな聖堂に二つも塔が立つのは,それだけ大事にされてきた証し。
 
ヴェランダと鐘楼を除くと17世紀に作られた当初の姿になるが,その単純さに驚かざるをえない。正方形の礼拝堂の上にドームが立つだけの集中式教会の原型に戻ってしまう。おそらく,キリスト教会が作られるようになった5世紀の古代ローマにおいて,正方形や円形の礼拝空間の上にドームを一つ載せただけの教会が各地に次々と建てられていたに違いないが,この教会建築はそうした原型の記憶を色濃く残している。
 
そんなことをあれこれ考えた後,ヴェランダに入る。このヴェランダこそがワラキア公国のルーマニア正教会を特徴づけるもので,他の国の正教会には見当たらない。
 
ヴェランダの柱とアーチを見ると,ギリシャ,ローマの様式を基本としながら,自由に崩している(写真− 2)。
 

【写真− 2 ヴェランダを支える柱には土俗的な造型が刻まれて いる】




 
 
17世紀といえばカトリックはバロックの時代に当たるが,そうした西ヨーロッパの動きとは無縁に自由に崩す伝統が何世紀も続いた果ての崩しに違いない。
 
見どころは壁から天井にかけてのフレスコ画(※1)にある。教会の図像は字の読めない信者に聖書の内容を絵解きするために描かれ,当然のように天国と地獄を二大テーマとして描く(写真− 3)。
 

【写真− 3 ヴェランダの天井には聖人とキリストのフレスコ画。聖人の周りには絵解きの内容が描きこまれている】




 
 
神を信じ教会と僧を大事にすれば救われて天国へ,そうでないと地獄へ。右が地獄絵で,信仰心に欠けた者が赤い色をした流れに運ばれ,巨大な蛇体に呑み込まれている(写真− 4)。
 

【写真− 4 フレスコ画は地獄を象徴する蛇体から始まり,呑み 込まれる赤い流れには亡者が描かれる】




 
 
一方,左は救われた人々を描き,その絵は渦を巻きながら壁から天井へと上昇し,その途中には聖人の物語が描かれ,扁平なドーム系天井の頂部にはキリスト像。フレスコ画は専門画家ではなく僧たちにより描かれているから稚拙を極めるが,でもその素朴さが当時の人々の信仰の篤(あつ)さをしのばせてくれる。こうした絵を見て地獄を恐れ天国に憧れ,信仰を深めたに違いない。
 
11,12世紀のカトリックにおける素朴で稚拙なロマネスク的表現が,ルーマニア正教においては17世紀までも続いていたことが分かる。ロマネスクと同じように,キリスト教以前の土俗的信仰も色濃く混じっていたに違いない。
 
 

聖画を通じて実感する

ヴェランダから竣工当初の入り口を通って礼拝室の中に入る。ほの暗い正方形の空間の上に八角のドラム(円筒)が立ち上がり,ドラムの頂部には正円のドームが載る。
 
そして,礼拝堂の正面には聖障(せいしょう)(イコノスタス)が立ち上がり,聖人画(イコン)が描かれているが,聖障の先の小空間には特別な日に特別な信者しか入ることは許されない(写真− 5)。
 

【写真−5 礼拝堂の正面には聖障(イコノスタス)が立ち上がり,聖人画(イコン)が描かれる】




 
 
壁もドラムもドームも絵,絵,絵。ひたすら聖画が描かれ,その頂部にはキリストがいて下を見ている(写真− 6)。
 

【写真− 6 礼拝堂の上にはドラムが伸び,頂部のドームにはキリストが描かれる】




 
 
正教においては,ドームは神(ゴッド)のまします天上界とされ,人の目には見えない神に代わって神の代理人たるキリストが人間界をじっと見下ろしている。カトリックやプロテスタントではドームを神のまします天上界と見なす解釈はないが,正教は初期キリスト教のそうしたドーム解釈を堅持した。
 
このドーム解釈がある限り,ドームの下に信者が集まることは変えようもなく,正教建築は集中式を今に至るまで守っている。一方,ローマを本拠とするカトリックとプロテスタントにつながる古代ローマの初期キリスト教会は,集会所に由来する長細い平面のバシリカ式を集中式とならんで採用し,やがてバシリカ式が集中式を凌(しの)いで教会の一般解となり今に至る。
 
これほど濃厚な聖画に包まれた経験はこれまでになく,教会が字の読めない人のための聖書であったことを実感する。黒い服に身を包んだ僧たちが,聖画の一コマ一コマについて農民や牧童に解いて明かし,その声が堂内に朗々と響いた。頭で読む聖書ではなく,目と耳を通して実感する聖書。
 
神のましますドームを見上げてこれまでギリシャとロシアで正教会を訪れた時には気づかなかった一つの建築的現象を発見する。写真− 6 で分かるように,ドラムに描かれた絵よりドームのキリスト像のほうが鮮明に見える。ドラムの8本のスリットから入った光は,光の当たらないドームの内側を照らしてキリスト像を明るくし,同時にドラムの内側を過剰に明るくしてハレーション(※2)を起こさせ,あたかもキリスト像が光の中に浮き出てきたように見せる。
 
ルーマニア正教建築の魅力は,建築そのものより聖画にある,と言いたくなるほどの充実であった。
 
 


※1 フレスコ画:壁などの下地に漆喰を塗り,乾ききらないうちに水に溶かした顔料で描く西洋絵画の技法の一つ。
※2 ハレーション:強い光の当たった周辺が白くぼやけること。
 
 

藤森 照信(ふじもり てるのぶ)

1946年長野県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。専攻は,近代建築,都市計画史。東京大学生産技術研究所教授・工学院大学教授を経て,現在,工学院大学特任教授,東京大学名誉教授。全国各地で近代建築の調査,研究にあたる。
著書に『アール・デコの館』『建築探偵の冒険・東京篇』(以上ちくま文庫),『銀座建築探訪』(白揚社)他。建築家の作品として,<神長官守矢史料館><タンポポ・ハウス><ニラ・ハウス><秋野不矩美術館>など。
 
 

工学院大学特任教授 藤森 照信
東京大学名誉教授        

 
 
 
【出典】


積算資料2017年01月号



 

 

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