- 2017-07-30
- 建設ITガイド
はじめに:IoTの定義と市場動向
すっかり身近な言葉となったIoT(Internet of Things)は、モノのインターネットと訳される。IoTとは、一言で言えば、センサーで集めた情報を、ネットワーク経由でクラウドに上げ、情報を人工知能などで解析・処理する仕組みである。
デバイスとオブジェクトが相互につながることで、データが蓄積される。さらに、そのデータを解析し、可視化することで改善のヒントが得られるようになる。そして、プロセスを最適化し、解析・処理したデータを適切な形で、ヒトやマシンに自動的にフィードバックするようになると、リアルタイムでの情報活用が可能になる。本稿でのIoTは、モノだけではなく、結果としてコトやヒトもつなぐ、「ものごとのインターネット」であると定義する。
では、IoTの企業における導入率は、どの程度かを見てみたい。IDCJapanの調査によると、従業員規模100 名以上の日本におけるIoTの利用率は2016 年時点で5.4%であるという調査結果が出ている。話題になるIoTではあるが、国内企業での導入・普及・活用はこれからの段階であることが分かる。
ここで海外の情勢に目を向けてみる。2016 年10 月にスペイン・バルセロナで開催されたIoTにフォーカスした展示会、「IOT SOLUTIONWORLD CONGRESS 2016」において、HCL 社のSukamal Banerjee氏は、「2015 年のIoTビジネスの状況は、例えるならば、胎児の段階であり、2016 年になってようやく立って歩けるようになった幼児の段階に進んだ、つまり、2016 年になって、ようやく“Ready t o Run”の状態になったといえる」と述べている。さらに、IntelのJonathan Ballon氏のゼネラルセッションにおける講演の表題は「IoTFrom Hype to Reality」、つまり、期待の高さから過大な期待がされていたIoTがようやく現実のものへ、といったニュアンスが読み取れる。
このように、現在、世界規模で着実に企業での利用率は向上しているものの、IoTの市場これから急激に成長していくことが見込まれる。つまり、IoTへの取り組みは、積極的に早い段階でアクションを起こし、早く成果を得て、さらに国際社会で勝負できる仕組みを構築することが大切である。
建設業界でのIoT活用:2つの方向性
一方で本稿で言及したい建設業界でのIoT活用は、2つの方向性に大別できる。
一つは、「現場のためのIoT」、つまり、建設に関わる工事や作業そのものの可視化や効率化、省人化を目的としたIoTの利用である。センサーやICタグを用いてヒトや建設機械、資材などのリソースの位置や状態を管理・把握するケースや、作業員の入退室管理、点検・検査や設備の監視などもこちらに分類できる。
国内での実現例としては、竹中工務店が取り組む次世代建物管理システム「ビルコミ」による建物情報の可視化と自動制御(http://www.takenaka.co.jp/news/2014/11/01/images/20141106.pdf)や、東急建設の建機の稼働状況のリアルタイム監視(http://www.tokyu-cnst.co.jp/topics/864.html)などが例として挙げられる。
さらに、建設業界では、BIM(BuildingInformation Modeling)が浸透し、急速に部品を含む3次元データが普及し、活用への取り組みが進んでいる。そこへ、センサーを用いて取得した各種の情報と、人やモノの流れを統合し、3次元データをマスターデータとして活用するアイディアもある。マスターデータとしての3次元データは、工事の効率化、現場作業の安全性向上、リソース・スペースの管理や可視化、さらには部材制作・加工にも活用ができるだろう。
もう一つの方向性は、「利用者のためのIoT」である。建物はもちろん、建築物を含む街区全体の付加価値を高めるスマートビルディング、スマートシティ、スマートコミュニティ構築の取り組みを通じ、利用者に新しい価値を与えるサービスを提供する。ビルや街の専用アプリを作り、利用者の位置情報やプロファイルと結びつけ、商業施設の案内や、旅行者向けの案内を行うといったアプローチや、防災、エネルギーマネジメントへの応用も考えられる。こちらは、多くの場合、既存の建築物も広く対象とするため、建設業に携わる企業のみならず、地域の住民、自治体を含む幅広い連携が必要になる。
例えば、スペイン・バルセロナ市の取り組みもこちらに分類される。市内に整備されたWi-Fi網を基盤とし、スマートパーキング、スマートライティング、スマートゴミ箱、鉄道やバスなどの交通機関のスマート化など、先進的なIoT活用に取り組んでいる。
IoTプロジェクトの構築ステップ
IoTは、それ自体が目的ではなく、課題解決の手段であることは忘れてはならない。IoTプロジェクトに取り組む際は、初めに解決すべき課題を整理し、IoTを活用して、どのようにそれを解決し、ビジネスにインパクトをもたらすか、コンセプトを明確にする。つまり、IoTを活用したビジネスモデルの構築とKP(I 評価基準)を明確に定義しておくことが必要である。例えば、現場の効率化であればコストや工数削減などのインパクトを、スマートコミュニティであれば、エネルギー消費量や、新しいサービス提供によるマネタイズなどの目標を十分に検討する。
次のステップでは、PoC(Proof ofConcept)の設計と実施を行う。これは、実運用の前に小規模なテストベッド(試験用のプラットフォーム)を構築し、実地での検証を行うことで、IoTソリューションがもたらす効果と課題を明確にするわけだ。
PoCで想定通りの結果が得られた場合は、実環境での大規模導入と実運用の開始に向け、さらに基盤や技術を選定し、運用に耐えうる環境構築に向けて設計・開発・導入を実行する。導入後、運用が開始した後も、運用の中から上がってきた要望やアイディアを基に、新たなビジネスモデルの構築、マネタイズのモデルづくりなどのマーケティング視点を持った施策を打ち、テストベッドを標準化して横展開することで、新たなビジネスチャンスを生むことが期待できる。
つまり、初期構築した成功したテストベッドが重要である。成功したテストベッドは、当初の目的である自社での運用はもちろん、それをスケールして実装したり、横展開することで、グローバルビジネスの基礎となり、新たな価値を生み出す可能性がある。これこそが、業界のイノベーションにつながっていく。次章では、国内外における建設・建築向けのテストベッドの構築の状況について、解説する。
IOT Solution World Congress 2016に見るテストベッド
2016年10月、スペイン・バルセロナにて、IIoT (Industrial Internetof Things)をテーマとしたイベントが開催された。全世界から、24 カ国、8,000 人を超える参加者を集めるIOT Solution World Congress2016である。
このイベントでは、展示会で展示可能な規模のものを中心に、米国のIIC(Industrial InternetConsortium)のリファンレンスアーキテクチャに合致した10のテストベッドが展示され、建設・建築分野でのIoT活用に関わるテストベッドも多く見られた。
IICは、2014年に設立されたインダストリアル・インターネットのデファクト化と産業向けの実装を目的に、AT&T、シスコシステムズ、ゼネラル・エレクトリック、インテル、IBMが立ち上げた団体で、現在では30カ国250組織以上が加盟して活動を行っている。日本企業では、日立、東芝、富士フィルム、富士通、三菱電機、NEC、オリンパスなどが参画している。
IICが承認する27のテストベッドのうち、建設業に密接に関係するスマートシティ分野では、2つの承認されたテストベッド構築が進んでいる。一つは、Infosys(インド)、PTC(アメリカ)とSchneider Electric(ドイツ)が率いるエネルギーマネジメント、そして、もう一つは、中国広西チワン族自治区にある欽州市を舞台とした水の供給、品質、信頼性を確保するための都市部向け給水マネジメントのためのテストベッドである。IICのテストベッドプロジェクトは、参加社がグローバルに連携し、スピーディにビジネス化を見据えた協力体制を構築して推進するのが特徴である。
スマートコミュニティ・スマートシティに関連したテストベッドとして、音が都市環境に与える影響の研究のためのモニタリングシステムのテストベッドが展示されていた。
これは、FIWARE(EU)、Fi-Sonic(ポルトガル)、ET-Concep(t ポルトガル)が合同で出展しており、環境騒音の評価と、都市部で起こる事故や犯罪の検知や抑止を目的に、360度集音可能なマルチチャンネルマイクを街に設置する。そして、集音した音の解析と処理を行うことで、事故や銃声、悲鳴などの特徴的な音を、その他の環境音などから区別して、継続的に監視する仕組みである。街の安全性向上、犯罪率低下、事故などのアクシデントを即座に検知するシステムとして、特に暗い場所や視認性の悪い場所などでの効果が期待できる。現状では、異常音が検知されたエリアの特定は行えるものの、 正確な位置や詳細な状況を把握する必要性がある時は、360度をカバーする監視カメラなどとの併用も効果的だろう。
また、Schneider ElectricとPTCが構築するスマートグリッドのテストベッドでは、PTC社のAR(AugmentedReality)技術を活用したソーラーパネルのコントロールを模したデモを行っていた。
専用のアプリケーションを入れたタブレットで、実空間に設置した六角形のマーカーを参照すると、3DのバーチャルモデルをAR表示させることができる。ソーラーパネルの角度や向きは、バーチャルモデル上に数値で表示されているが、実際にタブレット上で数値を変更して、実物の角度や向きを制御することができる。
ここで、ソーラーパネルの実物を専用のアプリケーションを通して見ると、現在の発電量など、IoTで取得した情報を参照することもできる。すでにこうした技術が確立されていることから、建設業界でも、IoTで取得した情報とBIMモデルとの情報連携、設備・機器のメンテナンスに応用ができるだろう。
さらに、Intelは大気の状態を監視するテストベッドを展示しており、PM2.5、PM10、酸化炭素、二酸化窒素、二酸化硫黄などの大気中の物質を、手の平サイズの大きさの基盤に複数のセンサー類を設置し、リアルタイムに監視するデモを実施していた。
スマートシティ・スマートコミュニティのプロジェクトにおいては、安全性、快適性、フローの最適化、エネルギーマネジメント、環境の評価など、さまざまな指標があるため、こうした取り組みを応用することが期待されるだろう。
一方で、SAPは、中国の南京市をターゲットとした商用車のトラッキングによる「Live Connected City」と題した渋滞回避のスマートシティソリューションを、Huawe(i ファーウェイ)は、6LowPAN(Bluetooth上でIPv6を利用する規格)を活用したスマートライティングソリューションのコンセプト展示を行っていた。
注目すべきは、開発するIoTソリューションのターゲットは、自国を必ずしもメインの対象としていないことである。日本国内でのテストベッド構築プロジェクトは、主として自社、そして国内をターゲットとしていることが多い点からみると、大きな違いであると言える。国外のプロジェクトを手がけることも多い建設業においては、海外での実装や運用を念頭に置いたIoTソリューションの構築とサービス化を視野に入れて活動する必要がある。
こうしたところからも、各社のスマートビルディング・スマートシティ・スマートコミュニティを対象としたソリューションへの興味度の高さと期待が伺える。
さらに、これらのテストベッドを用いた実証実験が、国際的な協業をベースにワールドワイドに始まり、結果が共有されるのも、もう間もなくであろう。
成功したテストベッドは、標準化され、市場の拡大とともに全世界をターゲットに広く市場に流通するようになる。つまり、初期の段階からテストベッド構築に関わった企業・団体は、現在の収益モデルとは異なる新たなビジネスとして、恩恵を受けることができるようになる。建設業においても、テストベッドの企画・積極的な参加が望まれる。
一方で、海外で開発・展開されるテストベッドは、開発コストの削減や期間の短縮の点から考えれば、国内のプロジェクトへの応用も考えていく必要がある。
国内のIoTを取り巻く状況
国内では、経済産業省と総務省が、産官学が参画・連携し、IoT推進に関する技術の開発・実証、新たなビジネスモデルの創出を推進するために「IoT推進コンソーシアム(ITAC)」を2014年に立ち上げた(http://www.iotac.jp/)。
ITACは、前述の米国のIIC、そして端末側に近いところで情報処理を行うフォグ・コンピューティングを推進する団体である米国のオープンフォグコンソーシアムと、2016 年10 月にIoT分野での連携を行い、グローバルに協調した活動を展開している。
一方、国内の組織においても、テストベッド構築と実証実験のはじめの一歩を踏み出した事例がある。現在、40 社ほどが加盟するIoTパートナーコミュニティ(http://iot.uhuru.co.jp/partner/)のスマートビルディングワーキンググループにでは、多数の機器の監視の効率化を目的に、安価なセンサーや機材を用いた簡易的なIoTソリューションを構築し、振動と電流のデータの相関性を可視化して分析する実証実験を行った。簡単に、そして安価に、監視の仕組みの構築が可能になれば、多数の機器の状態をほぼリアルタイムに監視できるようになる。今後は、予兆保全や効率的なメンテナンスの実施につなげていく考えである。
このように、日本国内で生まれたテストベッドや取り組みの内容を、世界に市場を広げて勝負できるようにするための活動も始まっている。実際のテストベッドの構築と、標準化、そして世界市場へのチャレンジを目的に、2016年6月、IICの事務局を務める日本OMGはi3(Industrial Internet Institute)を設立し、インダストリー、アグリカルチャーの2分野でワーキンググループの活動がスタートしている(http://omg.or.jp/i3/)。
ここでは、IICのリファレンスアーキテクチャに沿ってソリューション構築を進めているために、ソリューションを海外展開する際の理解度向上が期待できる。最初は自社向け、国内向けにスタートしたIoTソリューションをグローバルな視点でビジネスにつなげる土壌が生成されつつある。
建設分野でも、リーダーシップを発揮できる企業が、こうしたコンソーシアムをなどの組織へ参加・連携しながら、IoTの取り組みを進めていくことで、建設業の課題の解決に向けたIoTソリューションの構築と標準化、新しいサービスやビジネスモデルの創出につなげることが期待される。
建設業向けIoTプロジェクト推進の課題と提言
建設業は、多数の規模・役割の異なる会社が協力体制の下で、建設プロジェクトを遂行する。特にIoTソリューションの適用に向け、大企業と中小企業の連携で課題の一つにとして挙げられるのは、構築費用の配分である。
その点については、IOT SolutionWorld Congress 2016で講演したドイツのState Secretary at the federal Ministry for Economic Affairs and EnergyのMatthias Mac hinig 氏も、「International Cooperation to Accelerate theFuture of Manufacturing」と題した講演の中で、Industrie 4.0における課題の一つとして、「われわれは、デジタルフューチャーの実現に向けて、 中小企業を支援しなければならない」と述べ、中小企業の支援がドイツ政府としても重要な観点であることを述べていた。
また、われわれが実施したIICの幹部へのインタビューでも、テストベッドの構築や実証実験に中小企業が参画するケースでは、大企業がプロジェクトにかかる資金をカバーするケースや公的資金を活用するケースがあると述べている。特徴のあるソリューションや得意分野を持つ中小企業の参画を増やすためには、元請けやデベロッパー、そしてIoTプロジェクトに関わる大企業や、活動を支援する団体が資金面での支援を考えていく必要があるだろう。
最後に、建設業でのIoTの活用促進のために、5つの提言を行いたい。まず、早く決断して、早くデータを収集すること。これは着手が早ければ、データが時系列で蓄積され、さまざまな分析を通じて活用することができるようになるためである。2番目に、的確なパートナーを見つけて協業すること。1社では決して実現できないIoTビジネスについて、コンソーシアムへの参画などを通じたコラボレーションモデルで実現する必要があることだ。3つ目は、これまで日本が得意としてきた生産性改革では縮小均衡にしかなり得ないため、IoTへの取り組みによってビジネスモデルを変革し、イノベーションを起こすことを目指そうということだ。4つ目はグローバルに展開するケースであっても、日本ならではの「夢」のあるサービス、おもてなし感のあるIoTビジネスの実現を視野に入れて容易にまねされなくする必要があるということだ。5つ目に、ビジネスが成長するにつれてコストが逓増しないよう、さまざまなパートナー、顧客も含めたエコシステムを構築していくことが大切であるということだ。
2020年のオリンピックイヤー、そしてその後に続く将来の建設事業のIoT化を見据え、日本発の建設業向けのIoTソリューションの実現と発展に向けてのメッセージとしたい。
マネージャー 松浦 真弓
【出典】
建設ITガイド 2017
特集3「建設ITの最新動向」
最終更新日:2023-08-02