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建設資材データベーストップ > 特集記事資料館 > 積算資料 > 建築あれこれ探偵団がゆく 第57回 イギリス・ウィールド&ダウンランド博物館─ 木造建て起こし ─

 

伝統を守り伝える縁

“建て起こし”という専門用語を聞いたことがありますか?“曳家(ひきや)”は,字のとおり既存の建物をコロに載せて水平移動させる有名な特殊伝統技術だから分かるものの,“建てて起こす”とはどういうことか。“建てる”と“起こす”とは,こと建築については同じだろうに。
 
“建て起こし”は,ごく新しい用語で,ヨーロッパの民家の造り方を意味するから,建築関係者といえど知らなくて当然だが,日本とヨーロッパの木造民家の本質を知るためには不可欠だから,この際,頭に入れてほしい。かくいう私も,ちゃんと頭に刻んだのはごく最近になる。
 
ことの発端から述べると,ロンドンのキングストン大学の建築部門の学生が在英日本人建築家の早津毅先生に連れられて私の作品を見に来たのが縁で,イギリスに一週間ほど教えに出かけた。教室で教えるだけでなく,焼杉という世界にも唯一の“炭の建材”の造り方をワークショップ形式で指導することにした。
 
なぜ日本では伝統の一建築に過ぎぬ焼杉の指導を私が引き受ける羽目になったかというと,この不思議な仕上げ材の普及に若干貢献したかららしい。
 
焼杉は,板の腐朽を防ぐため杉の薄板の表面を炎で焼いただけのごく簡単な仕上げ材にも関わらず謎が多く,いつどこで始まったのかも,なぜ滋賀県以西にしか分布しないのかも全く分からない,“炭の建材”という一点に関心をもって自作にしばしば使い,その名も“焼杉ハウス”(2006年)でブレイクし,日本の建築家でも使う人が現われたばかりか,面白い木造技術として海外にも伝わった。私以前,焼杉に見慣れた滋賀県以西の建築家が使わなかったのは,民家用の技法であり,使うと建築が格下に見なされるからだという。
 
で,焼杉のワークショップを開くことになり,ロンドンの南のサセックス州のウィールド&ダウンランド野外博物館に出かけた。この施設は,イギリスの木造の伝統を守り伝えるために1967年にシングルトン村の一画に設立され,サセックス州の消えゆく民家を集め研究するだけでなく,技術の伝承と普及を目指している。焼杉の実習をするにはイギリスで一番ふさわしい。
 
ロンドンから南に車を飛ばして二時間で着き,まず大きなセンター施設に案内された(写真− 1)。
 

【写真− 1 ウィールド&ダウンランド野外博物館のセンター施設。斜材を組んだヴォールト構造】




 
 
素晴らしい大空間にちがいないが,木造によるヴォールト状の形状で構造的に大丈夫か疑問に思った。私も何度か試みて失敗しているが,膨らんだ側面が横に広がって潰れる危険はどう防いでいるのか。説明を聞くと,単純なヴォールトだと潰れるから,側面をゆるく凸凹させて水平方向の耐力を高めているとのこと。
 
センターの脇の空き地で焼杉を試み,うまくいった。参加者も火祭り的な軽い興奮を味わい,満足そうだった(写真− 2)。
 

【写真− 2 焼杉。火を扱うワークショップは大人気】




 
 

室内外で強烈に主張する“逆八の字”の斜材

焼杉ワークショップの合間に,移築された民家を案内してもらった。イギリスに固有なチューダー様式の民家は,その壁面の明るい表情が,屋根に視覚的力点を置く暗い日本の民家に慣れた目には,いつものことながら新鮮でオシャレに映る。とりわけ,木材の間に赤煉瓦を充填した町屋は色鮮やか(写真− 3)。
 

【写真− 3 敷地内にある旧市場。2 階は集会室,イギリス伝統の垂直を強調したハフチンバーと赤煉瓦のコントラストが美しい】




 
 
今回一番の収穫は,そうした二階建ての町屋ではなく,町屋の脇に移されていた小さな農家だった。
 
外観は,急傾斜の切妻屋根に芯壁のごく粗末な作りで,芯壁の柱と梁・桁の露出は日本の農家に似るが,一つ大きく違い,柱と梁の間に斜材が“逆八の字状”に走る(写真− 4)。
 

【写真− 4 農家。逆八の字状の大きな斜材に注目】




 
 
日本とヨーロッパの伝統を構造的に分けるのはこの斜材(日本でいう筋違い)の有無で,水平の外力に耐えるにはもちろん斜材が入っていたほうがいい。
 
斜材こそヨーロッパ木造のしるしにちがいないが,この斜材は構造的にはいいが何かデザイン的に落ち着かない。しばらく眺めていて分かった。逆八の字が原因で,これを“八の字”に直せば,中心の柱を左右から支える形になって落ち着き感が生まれるのに。
 
中に入ると,典型的なイギリス民家の平面で,長方形を三分割し,中央の一番広い吹き抜け空間が主室となり,台所と食堂と居間の機能が一室に納まる(写真− 5)。
 

【写真− 5 室内。炉の向うに長テーブルがあり,家族は壁を背にして一列に座る】




 
 
居間の両隣りは二階で,片方が家族の寝室で片方が付属室。付属室は,使用人が寝たり物置になったり,時に家畜小屋になったり,いろいろに使われる。
 
日本の民家の典型的平面は“四つ間取り”とか“田の字平面”と呼ばれるが,それとの一番の差は,日本の民家と違い応接用に使われる“座敷”に当たる部屋がないこと。お客様や僧侶が訪れた時には,どうしたんだろう。主室に通し,上座に座ってもらって済ましたんだろうか。
 
応接間の有無が気になったのは“日本の住宅平面は,古来,接客空間をエンジンとして進化した”という仮説を持っているからだ。
 
主室は,火が生活の中核を占めるべく中央に大きな炉が据えられている。ただし日本の炉と違い,炉縁に当たるものはなく,石を木場立てにして並べ,土間とゾロ(段差がないこと)。この上に鍋を吊るして煮炊きした。
 
テーブルは,炉の寝室側に長テーブルが置かれ,主人を中心に家族が,壁を背に,炉を前にして座る。火を四方から囲む日本の囲炉裏とは違い,火に向い横一列に並ぶ。火を囲まないのだ(写真− 6)。
 

【写真− 6 別の農家の炉と長テール部と背後の飾り布】




 
 
その結果,寝室側の壁が一番格上の壁になり,その壁の中心の柱が日本の床柱と化し,その柱を背に長テーブルの中央が首座となり,その首座を強調すべく斜材は“逆八の字”に入るようになった,と学芸員が説明してくれた。確かに,“八”と“逆八”では,中央位置に注がれる強調力が違う。
 
 

ヨーロッパでは“建て起こし”が一般的だった

一通りに住まい方を説明した後,学芸員の解説は建て方に移る。
 
日本からの建築史家を意識したのか,まず,“わが国の民家は足場なしで建てられます”と述べた。“足場なしでどう作るのか?”。その答えが“建て起こし”だった。
 
日本の伝統的木造は,伝統的でなくとも木造建築は,まず地面に基礎を据え,その上に土台を敷き,柱を立て,梁・桁を載せ,といように下から順に,材料を持ち上げながら組み立て,最後に棟木を渡して上棟式。上棟して骨組みが出来上がると,まず屋根を葺き,次に二階建ての場合は二階の床を張り壁を塗り,という具合に下へ下へと作ってゆく。いずれも足場があってこその作業。
 
一方,足場を使わないイギリスの木造では,まず,地面で妻壁の骨組みを下から上まで組んでしまう。次に,それを綱とつっかい棒を使って起こす。さらに,次の壁を組んでは起こす。この民家の場合,まず片方の二階部分の壁を起こし,次に吹き抜けの三スパン分は両側の柱と小屋組みだけで済まし,さらにフルの二壁分を組んで起こした後,棟木と桁で各室を繋げば骨組みは完成。
 
あまりの違いにたまげていると,学芸員が外に出て,説明用に地面に置かれた妻壁の骨組みを見せてくれた。確かにこれを起こせば壁はできる(写真− 7)。
 

【写真− 7 “建て起こし”のモデル。これを引き起こせば壁になる】




 
 
帰国後,ヨーロッパの木造に詳しい太田邦夫先生の話を聞くと,イギリスだけでなくヨーロッパ全域が“建て起こし”によるというし,斜材が入る理由もそこに関係している。
 
地震はなくとも強風はあるから,水平耐力の強化とばかり思っていた。でも違い,“建て起こし”が原因だという。地上で組むまではいいが,斜材がないと,引っ張り起こす途中で骨組みは歪んで崩れ,崩れないまでも歪んだまま立て上がり,立て上がってからの歪み補正は難しく,よって地上で斜材を入れてガッチリ固めてしまう。
 
ヨーロッパには三階建て四階建ての木造町屋も多いが,それも,一階を建てた後,二階の床を張り,その平面の上で次の壁を組み,引き起こし,を繰り返してゆく。その結果,日本の木造で力学上最重要視される通し柱というものはあり得ない。
 
この歳になってやっと,なぜヨーロッパの木造には斜材が入るのか,なぜ,柱が通らないのか,なぜ上の階が下の階より少し迫り出したりするのか,の理由がやっと分かった。やすやすと迫り出すことができるのは,床を少し外側に持ち出し,その縁の位置で次の壁を起こせばいい。
 

藤森 照信(ふじもり てるのぶ)

1946年長野県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。専攻は,近代建築,都市計画史。東京大学生産技術研究所教授・工学院大学教授を経て,現在,工学院大学特任教授,東京大学名誉教授。全国各地で近代建築の調査,研究にあたる。
著書に『アール・デコの館』『建築探偵の冒険・東京篇』(以上ちくま文庫),『銀座建築探訪』(白揚社)他。建築家の作品として,<神長官守矢史料館><タンポポ・ハウス><ニラ・ハウス><秋野不矩美術館>など。
 
 

工学院大学特任教授      
東京大学名誉教授  藤森 照信

 
 
 
【出典】


積算資料2017年05月号



 

 

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