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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 「いい建築」をつくる材料と工法 > 東日本大震災により被災し,「半壊」の認定を受けた建物のリファイニング事例

 

写真-1 リファイニング前の全景

写真-2 リファイニング後の全景




 

はじめに〜リファイニング建築とは

私が手がけている「リファイニング建築」は,下記に掲げる「リファイニングの5原則」を満足するように建築物を再生するための手法である。
 
①内外観ともに新築と同等以上の仕上がり
②新築の60〜70%の予算
③用途変更が可能
④耐震補強により,現行法規および耐震改修促進法に適合する
⑤廃材をほとんど出さず,環境にやさしい
 

図-1 リファイニング工事のプロセス




 

半壊認定を受け,リファイニングへ

今回紹介する「佐藤ビル」は,仙台市青葉区花京院に位置し,仙台駅から15分ほどのところにある築45年の事務所付きマンションである。2011年の東日本大震災で被災して「半壊」の認定を受け,入居者は半減していた。
 
外観を見る限り,震災の爪痕はそれほど見えなかったものの,内部に入ると柱,梁,壁等にクラック(ひび割れ)が散見され,住んでいる方々はかなりの恐怖心を抱きながらの生活ではなかったかと想像できた。
 
施主(事業者)はいろいろな建設会社に相談したが,「半壊認定を受けているので建て直したほうがよい」,また「エレベータをつけられない」などという理由で,このまま使い続けるか,建て直すか,または駐車場にするかと悩んでいたところに,私の著書を見て手紙をいただいた。東京まで赴いてくださり,私が手がけた再生建築の事例を見学していただき,リファイニング(再生)に進むこととなった。
 
 

法的,構造的,物理的な調査

この被災建物に限らず,建築関係者や不動産業者,施主(事業者)は,現在の建物が置かれている状況をあまり把握していない場合が多い。そこで,リファイニングには法的,構造的,物理的にどのようなことが必要であるか,以下のような事柄を理解していただくことにしている。
 
まず,役所との協議を行うために,建物が建てられた当時と現状との建築法規と都市計画法の相違を把握しなければならない。
 
次に,建物の構造的な調査を行う。被災の有無にかかわらず,築年数が経過した建物は建物の健康診断と呼ばれる構造調査が必要である(「佐藤ビル」は震災の影響で「半壊認定」を受けているが,これは役所の側で行っているので,そのことについて我々は意見を述べる立場にない)。
 
図面が手元にあれば,それを元に実際の建物の寸法を計り,相違がないか調査する。建物の図面がなければ,次のようなことを一通り行い,復元図を作成する。
 

図-2 リファイニング建築を進める上で必要な資料




 
すなわち,その建物が実際にどのような状態にあるかを把握するために,まず目視と打音検査を行い,その時点で躯体の状況がリファイニングに耐えられないと判断されれば,「解体」と判断することになる。これがクリアできれば,次に「耐震診断」に必要な調査となる。コンクリートの圧縮強度と中性化,主筋の大きさ,帯筋のピッチを調べ,柱梁の採寸も必要となる。不同沈下(建物が不均一に沈下する現象)の有無についても確認する。以上のような調査の数値を元に図面化を進め,復元図を作成する。
 

図-3 実測調査の野帳

図-4 既存図と現地調査を照合して復元図を作成




 
「佐藤ビル」では設計図書が揃っており,復元図の作成は不要であった。法的には,日影制限があり新築した場合は現状の高さを確保できないため,リファイニングは大きなメリットとなった。
 

写真-3 リファイニング前の状況(基準階賃貸住戸)

写真-4 基準階賃貸住戸




 

耐震診断と耐震設計

次に耐震診断を行う。今日,耐震診断を行う場合は行政からの補助金もあり,大変やりやすくなったのではないかと考えている。
 
ここでいう耐震診断は,人間でいえば健康診断ということになる。通常,健康診断で癌が見つかれば,投薬か,放射線治療か,手術の必要があるか,など判断して次に進む。建築では耐震診断を行った後に,これをもとに耐震設計を行うことになる。つまり人間でいう,どのように病気を治すかを判断して進むことになる。時として,「耐震診断は下すが,耐震設計はしない」と言う方がいるが,これは「あなた癌ですよ」と言って「あとは知らない」と言うことと同じである。建築設計者が耐震診断を委託する場合は,耐震設計ができるということを前提に依頼しなければならない。
 
1982年の新耐震設計法以前の「旧耐震」と呼ばれる建物,そしてIs値(構造耐震指標)が0.6を下回る建物は,耐震補強が必要となる。ただ耐震だけを考えて補強を行うと―よく学校で使われているように×型やV型の例が見られるが―,建物の美観を損ね使用に支障を来たすような補強となり,本末転倒になりかねない。したがって,建物の美観上も機能的にも十分に満足できる耐震の手法を考慮し,選ばなければならない。
 
「佐藤ビル」の場合Is値は0.6を下回り,0.3であった。機能が低下しないことを前提に,耐震壁を設置し,梁を増し打ちするなどにより,Is値を0.6に引き上げた。補強後の耐震診断の結果,どの階,どの方向でもIs 値,Ctu・SD値(保有水平耐力指標値)が目標を上回っており,「想定する地震の震動および衝撃に対して,倒壊する可能性が低い」と判断された。
 
 

再生プランの作成,役所との協議

再生プランの作成に当たっては,まず施主(事業者)の要求項目の整理を行い,その上で既存建物の構造的な調査を行う。それと同時に,現行法規と作られた当時の法的な状況を調べ,建物が法に則って適切につくられているかを判断する。さらに,再生後の建物が現行法規に照らして適切にマッチングするか,という比較検討を行うことが必要である。あわせて,再生プランが十分にその機能を発揮できるか,という確認も行わなければならない。これら一連の作業が,再生プランの作成には欠かせない。
 

図-5 再生プラン(1階平面図)




 
これらを考慮して役所との協議に臨むが,簡単に言えば,古い建物は施主(事業者)も役所も書類の保管が十分ではなく,曖昧な状態であると認識して協議に臨まなければならないのである。
 
再生建築をめぐる協議は,役所も初めてのことが多く,設計者側でかなりのレベルまで詳しく調べた上で,十分に噛み砕いた説明を行い,理解を求めることが必要と考えている。当初はかなり苦労するが,ひとたび理解いただければ後はかなりスムーズにいく,と認識している。手間を惜しまず,繰り返し説得することが肝要である。
 
「佐藤ビル」をめぐる施主(事業者)の要求事項を整理すると,次のようであった。
 
①被災したため,耐震性への不安がある
②エレベータがない
③間取りが現代のニーズに合っていない
 
「佐藤ビル」の再生プランでは,旧耐震基準の建物の耐震補強を行うとともに,エレベータは2つある既存階段の1つを解体し,そこに設置した。このような集合住宅では,基本的に2方向避難を求められるが,バルコニーに避難ハッチを取り付けることで解決した。設備機器は更新し,全く新しい設備に付け替え,内外の意匠を一新した。
 
室内は畳敷きの和室中心の構成であったが,現代のライフスタイルに合わせ,リビングスペースなどを確保した。
 

写真-5 所有者専用住戸

写真-6 所有者専用住戸




 
その他出入り口は,交通上の安全性確保,高齢者の利用への配慮(スロープ設置),避難時の安全性に備えた東側階段の屋内化などに応えて「増築」を行った。
 
法的にも構造的にも新築と同様の建物になり,現時点で満室となっている。震災を経験したクライアントは,エントランスホールを兼ねたコミュニティホールとして1階の一室を開放し,この地域の住民の方々との交流を図っている。
 
 

省CO2 先導モデル事業と融資について

本件は,平成26年度第2回省CO2先導事業において,モデル事業として採択され,「震災被害を受けた建築再生の取り組みに省CO2対策を取り入れたモデルとして,賃貸住宅の居住者同士の交流も含め,震災復興の課題に対応するものと評価した。賃貸住宅として,運用時の省エネ・省CO2効果,居住者の反応等が検証され,今後の波及,普及につながることを期待する」との評価を得ている。
 
また,築45年が経過した本建物は税法上の耐用年数の50年に近づいていることから,新たに銀行から高額の融資を受けることが困難とされた。しかし,住宅金融支援機構および日本政策金融公庫から,古い建物を再生させる計画において復興支援融資を受けることができた。
 



 
【引用・参考文献】
1. 青木茂:「長寿命建築のつくりかた いつまでも美しく使えるリノベーション」,(株)エクスナレッジ,2015年
 
 

青木茂建築工房代表取締役 首都大学東京特任教授 青木 茂

 
 
 
【出典】


積算資料公表価格版2017年11月号


 
 

最終更新日:2023-07-10

 

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