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ホーム > 建設情報クリップ > 建築施工単価 > 世界遺産 富岡製糸場の保存活用 ─ 保存整備工事が進む国宝「西置繭所」の 先駆的取組 ─

 

はじめに

富岡製糸場(群馬県富岡市)は,明治政府が1872(明治5)年,フランスから先進の器械製糸技術を導入して設立した模範製糸工場で,国内に近代的な器械製糸技術を伝播する役割を担いました。1893(明治26)年に民営化され,経営の変遷がありつつも115年間,一貫して生糸を製造し続けました。国の近代化を支えた基幹産業の一つ,製糸業の発展を象徴する工場でしたが,日本製糸業の衰退とともに1987(昭和62)年,操業を停止。その後,2005(平成17)年から富岡市が所有管理し,一般公開を行っています。2014(平成26)年,ユネスコ「世界遺産一覧表」に記載され,また,同年,9件の重要文化財建造物のうち3棟が国宝となりました。
 
貴重な文化遺産である富岡製糸場の価値を損ねることなく保護し,後世に遺し伝えるため,本市では製糸場内に担当部署を置き,富岡製糸場の維持管理および保存修理・整備活用を計画的に行っています。
 
現在,富岡製糸場では,国宝のうちの1棟「西置繭所」の保存整備工事を行っています。これに際し,本市では,西置繭所の文化財としての価値を確実に保存しつつも,同時に,積極的な公開活用も行う方針で,関係者と検討・協議を重ね,保存修理と耐震補強と活用のための整備を一括して行うことを検討し,工事を進めています。これは文化財建造物の保存修理においては新たな取組であると考えます。
 
本稿では,この西置繭所の保存整備工事について紹介します。
 

【写真- 1 国宝「東置繭所」】




 

1. 富岡製糸場の保存活用計画

富岡製糸場には,明治5年から昭和後期までの,細分すると100棟余りの建造物が保存されています。敷地全体が国指定史跡であることから,国宝・重要文化財以外の建造物もほぼすべて,文化財としての保護が必要です。本市では,これらの建造物を保存管理・修理し,活用に向けて整備するため,保存管理計画と整備活用計画を策定しました。
 
整備活用計画は30年計画で立てられており,まだ着手したばかりです。計画では,現存する施設の機能やエリアの特徴から,敷地全体を見学,体験,交流,研究,情報発信,管理といったテーマ別にゾーン分けし,各テーマに沿って活用を検討しました。これを基本方針として,今後整備を進めていきます。
 
現在,西置繭所のほか,原料繭を乾燥させていた施設(繭扱場・乾燥場)と,数棟ある社宅群のうちの1棟についても保存整備工事を進めています。
 
各工事の実施に当たっては,その内容・方針について,所有者である本市の要望を踏まえつつ,市が設置した有識者からなる委員会に諮り,また,文化庁と協議を行い,検討を重ねて決定します。
 
保存整備に当たっては,文化財としての価値を損ねず,産業遺産としての特徴を維持し,旧工場として生産システム全体を遺し伝えることを目指しながら,かつ,見学者の皆さまに楽しみながら富岡製糸場について理解を深めていただけるような活用ができるよう,整備していきたいと考えています。
 

【図- 1 富岡製糸場建造物配置図(現状)と建設年代】




 

2. 国宝「西置繭所」の保存整備工事の概要

西置繭所は,富岡製糸場の国宝に指定されている3棟の建造物のうちの1棟で,生糸づくりの原料となる繭を乾燥させてから保管していた繭倉庫です。南北に約104mと細長い建物で,1872年築の木骨煉瓦造,2階建て,桟瓦葺です(写真- 2)。
 

【写真- 2 保存整備工事着工前の西置繭所】




 
今回の主な修理内容は,屋根全体の葺替えと,1階の床と2階のヴェランダの解体修理,それに建具の繕いです。骨組と煉瓦壁は基本的には手を加えず現状を維持します。
 
着工は2015(平成27)年で,2020年3月には完成予定です。現在,工期の半分が過ぎたところで,修理のための調査解体が終わり,この後,組立と耐震補強,そして活用のための整備工事を行います。
 
修復は,富岡製糸場の操業中,最も生産量の高かった1974(昭和49)年の状態に復することとしました。富岡製糸場は,1872年の創設時の姿を状態よくとどめながらも,1987年の操業停止まで,製糸技術に伴い変化してきました。敷地や建造物にはその変遷の痕跡が刻まれています。西置繭所も,明治初期から昭和後期まで,貯繭(ちょけん)以外に揚返場や選繭場などとして建物が担った機能の変化や繭の保管方法の変遷に伴い建物の使い方が変わりました。1974年の製造施設としてのピーク時の状態に復することで,明治初期から昭和後期までの操業の痕跡と労働の記憶を遺し伝えることができます。
 
今回の保存整備工事においては,文化財としての価値の保存と産業遺産としての特徴の維持を徹底して行うとともに,公開活用のための耐震補強と整備を同時に検討し,計画を進めており,これが大きな特徴となっています。
 
 

3. 保存+補強+活用による新たな取組

前述のとおり,今回の保存整備工事では,文化財建造物としての保存修理と同時に,公開活用のための耐震補強と整備を併せて行います。保存修理が済んだ後に補強・整備工事をするのではなく,この三つを同時に検討し,リンクさせて設計を行っています。
 
今回の整備において特徴的なのが,補強のための柱・梁を使って1階内部に設けるガラスの「ハウス・イン・ハウス」です(図- 2)。
 

【図- 2 完成予定模型】




 
このガラスハウスを内部に設けることで,空調や人の活動が国宝建物本体に与える影響をできるだけ少なくして活用することができると考えています。また,長大な建物内部に二つの「ハウス・イン・ハウス」を設置して空間を区切ることで,活用しやすく,かつ効率的に利用ができます。
 
前述のとおり,今回の保存修理では,文化財としての価値の保存を徹底して行うため,明治初期の施工として貴重なオリジナルの木摺漆喰塗天井(きずりしっくいぬりてんじょう)と,労働や操業のさまざまな痕跡が残る漆喰塗壁を,破損が見られるものの塗り直さず保存することとしました。
 
一方で,公開活用のためには,利用者の安全を確保しなければなりません。漆喰塗天井と壁はネットで覆い漆喰片のはく落を抑える処置をするものの,万が一,大地震の際には,ガラスハウスが利用者を守るシェルターとして有効であると考えています。
 
「ハウス・イン・ハウス」をガラスで造ることで,ハウスの内側からはオリジナルの漆喰塗天井や壁,建具の様子を見学することができます。ガラスハウスは,建物本体の壁から一定の距離をおいて設置し,また,エントランス部分はオリジナルの空間が残るため,西置繭所に入った見学者は国宝建物本体の長大な空間にガラスハウスが収まっている様子を見てとれる仕組みになっています。
 
北側と南側に設置する二つのガラスハウスは,それぞれ多目的に利用できるホールとギャラリーとして機能させる計画です。文化財建造物としての価値を維持しつつ,元繭倉庫に新たな機能を与え,積極的な活用をしていく計画です。
 
 

おわりに

文化財建造物の保存整備工事では,これまで往々にして,保存修理と補強と活用のための整備が別々に考えられてきました。西置繭所では,これを一括してリンクさせて検討し設計することで,より魅力的で活用しやすい空間づくりに取り組んでいます。また,オリジナルの木摺漆喰塗天井と漆喰塗壁を塗り直してきれいにするのではなくそのまま保存することで,歴史的資料として保護するのみならず,繕い用の新材では代替できない,歴史を経た当初部材のみが醸し出す雰囲気を大事にしたいと考えました。価値と特徴を徹底して保存することで,西置繭所の唯一無二の個性を引き立たせ魅力が一層増すと考えます。価値の保存にこだわる一方で,積極的な活用に向けて,「ハウス・イン・ハウス」という新しい手法を導入しての今回の工事は,文化財建造物の保存整備工事における先駆的な事例になると考えています。
 
 

富岡市 世界遺産部 富岡製糸場保全課

 
 
 
【出典】


建築施工単価2018冬号



 

最終更新日:2018-05-14

 

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