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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 斜面防災 > 既設吹付法面の点検・診断について

 

はじめに

平成29年8月に「道路土工構造物点検要領」(国土交通省)1)が策定され,盛土・切土法面の高さに応じ「通常点検」および「特定土工構造物点検」の考え方が定められた。どちらの点検も近接目視を基本としているが,特に切土法面に設置されている構造物(以下,法面構造物)は人工構造物と自然地盤との複合構造で成立しているものが多く,健全度評価においては構造物自体の状態のほか,設置されている地盤の状態や背後の自然斜面の状態も含めて評価することが必要である。
 
法面構造物のうち,モルタル・コンクリート吹付工(以下,吹付工)は,簡便に切土法面を被覆できることから風化・侵食対策として昭和40~50年代に多数施工され,近年になり背面地山の風化等の経年劣化により部分崩落する等の問題も多数生じ,その維持管理が課題となっている。
 
本稿では,吹付工が施工された法面(以下,吹付法面)の点検・評価におけるポイントや簡単な調査手法について紹介する。
 
 

1. 吹付工の機能と変状

吹付法面の健全性を評価するにあたり,吹付工の機能および要求される構造が維持されているかを考えなければならない。このため,まず始めに吹付工の機能を再確認する。吹付工は,切土法面の岩の風化・侵食防止(現実的には抑制)を目的とし,地山の滑動を抑制・抑止することを目的としていない。したがって,吹付工に要求される機能は,切土法面の表面が雨水や背後斜面からの流入水にさらされないようにすることである。
 
次に,地山の滑動による変状を除いた吹付法面の劣化要因と主たる変状は,表-1のようなものがあげられる。以下,吹付工の機能を踏まえながら,それぞれの変状についての点検・評価の考え方を整理する。
 

表-1 吹付工の劣化要因と主な変状




 
凍結融解や乾・湿繰り返しによるはく離は,吹付モルタル内部に層状構造が形成され,表層が数mm程度の薄い層となって浮き上がり崩落する現象である(写真-1)。これは,目視でも容易に確認でき,評価もはく離片の崩落に対する措置の必要性を判断することで分かりやすい。また,長期にわたってはく離して吹付工自体が欠損しない限り吹付工の機能が低下することはないため機能面での緊急性は低く,点検・診断も容易である。
 

写真-1 吹付工のはく離




 
中性化・塩害については,通常の供用期間中に表面から5cm程度の位置にあるひし形金網(以下,ラス)まで全体的に到達して腐食が生じることはほとんどなく,一般にラスに生じる腐食は亀裂が生じた場所に水が侵入して生じているものである。
 
細い亀裂ではラスの腐食や破断を目視で確認することは困難であるが,吹付法面に生じた亀裂の進展状況とともに錆汁が見られるかを確認するとよい。また,細いピンを挿入できる程度に亀裂が開口している場合には,ピンを動かすことで破断の有無を確認することは可能である。ラスの腐食自体は,吹付工の機能面に大きく関与するものではないが,ラスが腐食することで破断しやすくなり,亀裂状況および吹付工背面の土砂化等の状況によっては一体性が失われて崩落する(写真-2)危険性が高まるので,評価にあたっては亀裂の状況と併せて注意する必要がある。
 

写真-2 吹付工の崩落片のラスの腐食




 
はく離,ラスの腐食以外の,吹付法面の主たる変状は亀裂である。亀裂の発生要因は,乾燥収縮(温度膨張・収縮),吹付工背面の土砂化・空洞化,地山自体の滑動の3つに大きく分類される。亀裂自体は目視で確認できるが,評価にあたっては亀裂の状況とともに要因も含めて判断する必要がある。このため,亀裂については次節で述べることとする。
 
 

2. 亀裂の評価のポイント

①乾燥収縮による初期亀裂は過剰に気にするな

吹付工の施工直後に入る乾燥収縮による亀裂は,表面部分の水分が蒸散して乾燥して収縮しやすく内部にいくほど乾燥しにくくなり拘束されていることから,亀裂形状は狭小のV 字型となる。吹付工は厚さが比較的薄いため場合によっては地山面まで貫通する可能性も懸念されているが,ラスが入っている場合にはラスにより拘束され,それ以深に達する可能性は低い。また,ラスがない場合でも,適切に施工されていれば地山の岩と密着して拘束されるため,貫通している可能性は低い。仮に貫通した場合でも周辺は地山の岩と密着していることから,微量の水が狭小のV字部分に溜まるものの水の流入が生じることはなく,ほとんどの雨水が法面を流下することは容易に推察される。このため,吹付工の機能としては,通常の乾燥収縮による亀裂であれば,過剰に反応して補修を行う必要はないと考えられる。ただし,養生不良や土砂面への施工等の施工面での影響から乾燥収縮による亀裂が亀甲状で密に入っている場合には前述したラスの腐食範囲も密となりやすく,その結果一体性が損なわれて崩落しやすくなるため,このような場合は亀裂充填等の補修を行うのが望ましい。
 
 

②水平方向に連続する亀裂に注意

水平方向に連続してせり出すような亀裂が発生している場合(足元に側溝が設置されている場合には側溝の側壁を押し倒すような変状となることもある)には,地山の滑動あるいは吹付工自体の滑動が発生していると考えてよい。
 
地山の滑動が発生している場合には,吹付工上方の自然斜面にすべりに伴う亀裂やはらみ出し等の変状も生じているので,せり出すような水平方向の亀裂が見られる場合には,吹付法面の上方の自然斜面の状態も含めた点検が必要である。
 
亀裂の要因が地山の滑動の場合には,吹付工自体にすべりに対する抵抗性がないため,速やかに詳細調査を行い,対策の検討を行う必要がある。
 
吹付工自体の滑動の場合には法肩部等にも水平方向の開口亀裂が生じていたり,目地等を境にして縦方向にずれが生じていたりする。発生要因が吹付工背面の地山の土砂化・空洞化によるため,変状の範囲はおおむね吹付法面内で閉じている。ただし,吹付工背面の土砂化・空洞化が生じている時点で,吹付工自体の設置目的である岩の風化・侵食防止の機能はほぼ喪失しており,滑動が生じている時点で吹付工の構造としても末期であることを認識しておく必要がある。詳細は下記③も含めて次節で述べる。
 
 

③凸部周辺の鉛直方向に進展する亀裂に注意

凸部(オーバーハング箇所等)の下側は吹付施工が難しく吹付厚さが薄くなりやすいため,背面の土砂化等による抜落ちも生じやすい。凸部の周辺に沿うように縦方向の亀裂が進展している場合には,吹付工背面の地山が亀裂性岩で分離したり土砂化したことで,吹付工が耐えられない状態となり,亀裂が進展していることが多い。
 
 

3. 吹付工背面の土砂化・空洞化の問題

3-1 アンカーピンの機能と健全性

前述のような亀裂が進展している時点で,背面の土砂化・空洞化は著しく進行している可能性が高いと考えてよい。
 
図-1に吹付工の概念図を示す。一般のモルタル吹付工の厚さは7~8cm程度, 寒冷地で10cm程度で,アンカーピンは100㎡当りΦ16×400mm(以下,長尺ピン)が30本以上,Φ9×200mm(以下,短尺ピン)が100㎡当り150本以上使用されている。これらのアンカーピンは,施工中にラスのずれが生じないように固定する目的で用いられており,また吹付工と地山の一体性を考慮した計算を行って用いられているものではないが,施工後の吹付工自体の地山との支持機能(ずれ防止)を担っている。数字が大きいと,たくさんのアンカーピンで支持されており,簡単に抜落ち等は起こらないような錯覚をしがちであるが,例えばアンカーピンの使用を最小本数として1㎡当りに換算すると,長尺ピン0.3本,短尺ピン1.5本となり,ほとんどの範囲は短尺ピン1~2本で固定されており,長尺ピンは非常に少ないことが分かる。吹付工背面で多少の土砂化・空洞化が生じたとしても(雨が直接地山にあたらないだけで,上方斜面からの浸透水が流入するため吹付工の機能としては不健全な状態である),アンカーピンによって吹付工自体が支持されてラスによる一体性が保たれていれば,亀裂は乾燥収縮によるもの程度からあまり進行せず,開口幅もさほど目立つようなものとはならない。しかしながら,例えば凸部下側で部分に土砂化が進行した場合でも,アンカーピンによる支持が期待できない範囲(数10cm四方程度)に土砂による荷重が作用すると,亀裂の進展とともに部分崩落が起こりうることは容易に想像でき,さらに土砂化・空洞化の範囲が深さ方向も含めて広範囲にわたると短尺ピンによる支持も損なわれ,長尺ピンのみでは吹付工の自重および土砂を支えることは困難となるため,より広範囲での崩落や吹付工の滑動が起こりうることも容易に想像できることである。
 

図-1 吹付工の概念図




 
したがって,部分崩落や滑動が生じないようにするためには,凸部下方とその周囲の亀裂状況に注意するとともに,少なくとも短尺ピンの支持機能が維持されている状態で補修・補強等を行うことが必要である。仮に,吹付厚さを10cmとした場合,短尺ピンでは頭部5cmをモルタル内に,残り15cmを地山に挿入していることとなる。ここで,土砂化・空洞化に伴うアンカーピンの支持機能低下の状態は,ひび割れ,法面勾配,凹凸の状態,地質性状等によって異なり,現状では明確な力学的根拠はないが,吹付工の補修や補強を考慮して土砂化および空洞化深さの管理値(例えば短尺ピンの貫入長の1/2程度の7cmを目安とするなど)を設定するのが望ましい。
 
 

3-2 土砂化・空洞化の点検・調査方法

前述のように,吹付工背面の土砂化・空洞化は,著しく進行していない場合には亀裂もあまり顕著にはなりにくく,また目視点検で直接判断することはできない。しかしながら,詳細調査を行う前段として,目視により土砂化・空洞化の生じている可能性を把握することが求められる。
 
吹付工背面の土砂化・空洞化は,吹付法面上方斜面からの浸透水が吹付法面の肩部から背面に浸入して徐々に下方に拡散しながら生じる,あるいは法面内に湧水として現れてその周辺から下方に拡散しながら生じるのが主たるメカニズムである。
 
すなわち,上方からの浸入水や湧水の状況を把握することで,土砂化の進行の有無をある程度推察することができる。吹付法面には,内径4cm程度の水抜きパイプ(以下,排水孔)が2~4㎡に1箇所以上設置されており,湧水状況に応じて本数を増す等の対応がされている。
 
施工後初期段階では,湧水箇所以外からの排水は基本的にないと考えてよい。排水孔が適切に設置されていること(モルタルの回り込み等で閉塞していない等)を前提とすると,法肩部からの浸入水の影響で土砂化が法面下方に進み,法肩近傍の排水孔に到達するとそこから排水が始まるとともに,水の影響で土砂化した地山の細粒分も流出して徐々に上方の空洞化も進行し,より流入水の影響を受けやすくなる。そして排水孔の周辺も含めて同様に徐々に土砂化が進み,さらに下方の排水孔に到達すると,そこから排水が行われるため,上方の排水孔からの排水は減少し最終的には排水はなくなる状態となる。このような状態を繰り返しながら法尻まで土砂化・空洞化が進行することになる。すなわち,水の流れが生じている時点で,吹付工と背面地山との密着性は損なわれており,どこの排水孔から排水が行われているか,また土砂の流出が見られるかを確認することで,土砂化・空洞化の生じている可能性がある部分を推察することができる。
 
土砂化・空洞化の調査方法としては,熱赤外線による空洞化の調査方法が一般に用いられているが,空洞化が生じている範囲をおおむね推定することはできるものの定性的である。また,近年物理探査技術も発達してきてはいるものの,数cm程度の土砂化・空洞化深さを判定することは極めて難しく,どちらも何らかの方法で簡便に土砂化・空洞化深さを確認する必要がある。
 
このため,土木研究所では①法面での作業を考慮し調査機材が大掛かりにならないこと,②可能な限り既存の技術を活用・改善すること,を条件とし簡便かつ定量的に土砂化・空洞化の状態を取得する方法として,測量用ピンポールにアタッチメント加工を施して山中式土壌硬度計(以下,硬度計と呼ぶ)に装着し,ピンポールの挿入による硬度計の読み値を用いて定量評価する手法を提案している(図-2,写真-3) 2)~ 4)。
 

図-2 計測機器の構造




 

写真-3 土砂化・空洞化の点検・調査状況




 
この手法は取扱いが容易であり,目視点検および打音検査の際にも合わせて実施でき,排水孔を検査孔に活用することで,排水孔自体の点検(適切に設置され,排水機能を有しているか)および清掃も兼ねて効率化を図ることもできる。
 
空洞化深さは,排水孔の地山側末端から地山に到達するまでのピンポールの侵入長で求められる。土砂化(風化)判定のしきい値については,硬度計およびピンポールの先端形状と硬度計のばねによる応力関係,道路土工指針5)における土壌硬度指数と軟岩および植物の根の侵入の関係から,硬度計の読み値25mm以下を判定の目安として,25mm以上となるまでの侵入深を土砂化(風化)深さとしている(図-3)。これらの値を,熱赤外線による空洞調査結果等と重ねることで,面的に定量的な評価を行うこともできる。
 

図-3 土壌硬度指数と先端形状の関係




 

おわりに

紙面の都合上,点検方法や調査方法の詳細について紹介することはできなかったが,本稿が吹付法面の点検・診断を行う上で,少しでも参考となれば幸いである。
 
 


参考文献
1) 国土交通省:「道路土工構造物点検要領」,2017.8,国土交通省ホームページ参照
2) 加藤,川添,佐々木,相川:貫入土壌硬度計測による法面保護工背面地盤の簡易調査手法の検討(その1:器具の構造と調査方法),第51回地盤工学研究発表会,2016.9
3) 小栗,加藤,川添,佐々木,相川: 貫入土壌硬度計測による法面保護工背面地盤の簡易調査手法の検討(その3:吹付法面における調査結果),土木学会第71回年次学術講演会,2016.9
4) 川添,加藤,小栗,佐々木,相川:貫入土壌硬度計測による法面保護工背面地盤の簡易調査手法の検討(その4:背面地盤の健全性評価及び吹付法面の評価),土木学会第71回年次学術講演会,2016.9
5) 公益社団法人日本道路協会:「道路土工―切土工・斜面安定工指針(平成21年度版)」,2009.6
 
 
 

国立研究開発法人土木研究所 地質・地盤研究グループ土質・振動チーム 主任研究員  加藤 俊二

 
 
 
【出典】


積算資料公表価格版2018年06月号



 

最終更新日:2023-07-10

 

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