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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 公園・緑化・体育施設 > 人工芝とハイブリット芝の現状と課題

 

はじめに

現在,サッカー,ラグビー,野球など多くのスポーツにおいて人工芝とハイブリッド芝が用いられるようになってきている。
 
現在,広く普及している人工芝はいわゆる,第3世代(3G人工芝)である(第4世代を自称する商品も散見されるが,その区別は明確ではない)。この3G人工芝には,単なる芝生様のカーペットであった第1世代,短い毛足に「砂」が充填されていた第2世代の弱点であったサーフェイスの「硬さ」や,スパイクシューズが使えないなどの弱点を補う工夫が見られる。一般的な仕様は60mm 程度の長いパイル(芝)の根元に「ゴムチップ」と「砂」の混合物を35mm 程度の厚さで充填することで天然芝に近いプレー環境を提供しようとするものである。また,基礎と芝生との間にshock pad(緩衝材)を挟むことで衝撃緩衝性を高め,国際サッカー連盟(FIFA)が定めた基準に準拠する仕様も存在する(図-1上段)。
 
一方,3G人工芝があくまでも人工物であるのに対して,ハイブリッド芝は補強された「天然芝」というカテゴリーに属する。人工芝の繊維を天然芝に打ち込み補強することで,芝が土ごとズレたり,剥げたりするダメージを防ぐとともに,空気と水の通り道が確保されることで芝の生育やダメージからの回復にもプラスの効果があるとされている(図-1下段)。すでにサッカーの聖地とされる「ウェンブリー・スタジアム」を始め,ヨーロッパの名だたる有名サッカーチームはこぞってこのハイブリッド芝を導入している。
 
本稿では,これら新たなスポーツサーフェイスの最新の動向と関連の研究成果を紹介したい。
 

図-1 3G人工芝とハイブリッド芝の構造(断面)に関する模式図




 

1. 3G 人工芝の現状

現在,サッカーではあらゆるカテゴリーにおいて3G人工芝の使用が認められている。しかしながら,予備の練習グランドとして整備しているチームは多いものの,選手・コーチの拒否反応は依然として根強いようである。2015年にカナダで開催されたFIFA女子ワールドカップにおいて,全ての試合で3G人工芝を用いるという決定がなされた際は,女性選手に対する差別だという議論が巻き起こった程である。ちなみに男子のワールドカップでは本大会で3G人工芝が用いられたことはなく,今年フランスで開催される女子ワールドカップも男子同様に天然芝(後述するハイブリット芝を含む)のスタジアムを使用することとなった。
 
このような風評の一方で,3G人工芝における障害を調査した研究では,天然芝と3G人工芝との間にリスクや頻度,選手の動きのパターンに明確な違いが見られないとしている。これらのエビデンスを素直に解釈すると,3G人工芝は従来の天然芝環境をよく再現していると言って良いだろう。しかしながら,選手の反応は一貫していない。3G人工芝がより好ましいとする報告がある一方で,疲労度は変わらない,あるいはより多くの身体的な労力を要するとする報告がみられる。
 
我々の研究グループは,最近,これら選手の反応の違いを説明する新たなデータを得ている。この詳細については後述したい。
 
 
 

2. ハイブリット芝の現状

Jリーグでは,2017年に初めてハイブリッド芝のスタジアムでの使用が認可された。全面的にこのハイブリッド芝を採用しているチームはまだ数えるほどだが,その特性からGKが使用するエリア,試合中に線審が往復するエリアなどに限定した採用事例がみられる。また,日本で開催されるラグビーワールドカップ2019に向けて会場となるスタジアムが導入を検討中であるとの話をしばしば耳にする。
 
ハイブリッド芝において実際に人工芝の補強繊維が占める表面積はわずか数%であるため,ボールの挙動や選手の動きに対する影響はほぼ無視できる範囲であると考えられている。しかしながら,「補強されている部分が硬い」と訴える選手は多い。また,芝生が土ごと剥がれるという天然芝の特性は,別の見方をすれば選手にかかった大きな負荷に対するある種のセーフティー装置と考えることもできる。したがって,この装置を働かなくするすることは果たして本当に安全なのか,という疑問が湧いてくる。残念ながら,ハイブリッド芝における障害に関する疫学調査を現状では見つけることができないが,このような調査は,将来的には極めて重要な研究課題となることが期待される。我々の研究グループは,ハイブリッド芝の補強がスポーツサーフェイスとしての硬さに関する影響について興味深いデータを得ているので,この詳細についても後述したい。
 
 
 

3. 衝撃緩衝性能を測る

スポーツサーフェイスの安全性・快適性に欠かせない要素が,衝撃に対する緩衝性能である。標準的な試験として用いられてきたのが,DINStandard 18032-2(図-2)である。FIFAを始め多くの公的機関がこの試験機によって3G人工芝の衝撃緩衝性能を評価してきたが,この試験機は3G人工芝の測定には極めて不向きであることを我々の研究グループは明らかにしている。
 

図-2 DIN Standard 18032-2試験機の概略図



この試験では,サーフェイス上に設置したtestfoot上に錘を落下させ,衝撃力の減衰を測る仕組みだが,3G人工芝のように弾性があり,表面がよく変形するようなものに対しては,test foot自体がサーフェイスと錘の間で振動することで,その測定値に大きな影響を与えている(図-3)。図示された通り,砂とゴム,ゴムのみを充填した3G人工芝では,最初の衝撃力のピーク波形が全く同一となっており,そのピークの大きさも2つ目のピークのバラツキ(1SD)の範囲内に含まれてしまっている。最初のピークが充填材の違いによらず一定なのは,このピークが試験機の内部特性だけを反映していることを意味している。さらに,このピークは十分に大きいため,3G人工芝の代表値として測定されてしまう可能性もある(何を測っても一緒となる)。砂のみを充填した場合のみ,その波形が他と明確に区別できるが,この場合でも,最初の衝撃力の立ち上がりは他と全く同じであることが分かる。ちなみに現行のDIN試験機のversion3ではtest footは廃止となり,錘の加速度を測定する方法に改定されている。
 

図-3 DIN Standard 18032-2試験機によって得られた生データ波形。3G人工芝における充填物の違いを比較



このような現状から,我々は独自の試験機を開発した(図-4)。この試験機が目指したのは,①確実に一峰性のピークを出せること,②そのピークがサッカーなどで選手が体験する力の大きさの上限(ジャンプからの着地)に近いこと,③同時にサーフェイスの変形を測定し,力(加速度)-歪曲線(SSカーブ)を算出できること,④屋外で測定可能なこと,であった。
 

図-4 我々の研究グループが新たに作成した試験機の概略図



図-5に3G人工芝とハイブリッド芝のSSカーブの比較を示した。示されたカーブは全ての試験結果(5試行)とその平均値である。全てのカーブは,サッカー専用のスタジアムに施設された天然芝との比較で示してある(N-stadium)。ちなみにこの天然芝は,Jリーグにおけるベストピッチ賞を受賞している天然芝であり,十分に良質な比較対象であると考えることができる。
 
最上段の2つのパネルの比較は,芝の種類は全く同一だが日常のメンテナンスを行っていない天然芝(N-sod)と同様に人工芝の補強だけを行ったハイブリッド芝(N-hybrid)である。ここから,N-stadiumに施された日常のメンテナンス作業がその特性に大きな影響を与えていること,ハイブリッド芝の補強はSSカーブにほぼ影響がないことを読み取ることができる。
 
2~4段目のパネルにあるさまざまな3G人工芝との比較では,砂のみ充填のもの(A-sand)と砂とゴムの充填だが8年間継続的に使用したもの(A-aged)を除けば,SSカーブはN-stadiumのものとオーバーラップしていることが分かる。ただし,注意深く違いを見ていくと,N-stadiumと3G人工芝は以下の点で異なる特性を持っていることが分かる。
 
① SSカーブで囲まれた領域は,ヒステリシス(エネルギーのロス)を表しており,これが天然芝の方が大きく,その後残存する可塑変形も大きい。
② 一定の負荷に対する歪みのばらつきがN-stadiumに比べ大きい(A-sand/rubber,A-rubber)。
 
特に①の特性は,3G人工芝の方が天然芝より疲労するという選手の体感と矛盾するが,②の特性は,選手が一歩ごとに異なる3G人工芝の変形に対処しなければならないことを示唆している。このような状況に対してヒトは,下肢の剛性を変化させてサーフェイスの変化に適応することが知られている。当然だが凸凹したサーフェイスを走る場合,疲労度はより高くなる。比較的新しい3G人工芝では,充填材が含む空気量に差が出やすく,そのことが選手に一歩ごとの調整を強いることでより大きな疲労度を感じている可能性を考えることができるだろう。一方,3G人工芝は経年の使用によって硬くなることが知られている。図-5の3段目のパネルA-agedに示されている通り,8年間の継続的な使用によって負荷に対する歪量は一定になるものの,砂のみを充填したA-sandと同様の硬さとなってしまうことが明らかとなった。
 

図-5 さまざまな条件の天然芝,人工芝における加速度―歪曲線の比較



この研究では,ハイブリッド芝における補強の有無がSSカーブに及ぼす影響は見られなかったが,最近,日常的に整備されたハイブリッド芝の測定で興味深いデータが得られたのでそれを報告したい。図-6に示したのは,SSカーブの平均値であり,比較としてN-stadiumの平均値を示した。前述の試験結果とは異なり,日頃からメンテナンスが行われているハイブリッド芝(補強有サイドライン●,補強有)は,選手の体感と同じく,補強が入っていない天然芝(補強無)に比べ硬いようである。ただ,この硬いという表現はあくまでも相対的な比較であって,そのSSカーブは先ほどのN-stadiumに比べると同等かむしろ柔らかいと判断できるものであった。
 

図-6 ハイブリッド芝と天然芝との加速度―歪曲線の比




 

おわりに

例えば超一流の選手が,不幸にも選手生命を脅かすような怪我を負ったとしよう。それが天然芝上で起こったのならば,単に不幸な事故として認識されるに違いない。一方,それが例えば3G人工芝で起こったとしたらどうか。このような場合,統計的なデータは十分な説得力を持たず,ヒステリックな議論が展開されるのではないだろうか。「天然=安全」とする安易な論調には,科学者として同意しかねるが,このような事態を避けるには何が必要だろうか。
 
私見だが,現行の3G人工芝は十分に快適である(特に土のグラウンドでしかサッカーができなかった5流の選手だった私には)。しかしながら,3G人工芝自体にはどうなれば安全か,という明確な基準は存在しない(FIFAなどは便宜上何かの基準を設けるのみである)。ヒトの動作の適応を考えた場合,柔らかすぎるものも硬すぎるものもどちらもスポーツを行うサーフェイスとしては安全とは言えない。唯一,その目指すべき性能の指標となるのが,手入れの行き届いた天然芝のそれだろう。しかしながら,世界的に見て3G人工芝と天然芝との比較研究は,我々の研究グループを除けばほとんどない。つまり現状では,人工芝の目指すべき目標は明確には定まっていないといえるだろう。無論,3G人工芝にはどうしても実現できない天然芝特有の性能があるかもしれない。それでも,広く一般的に人工芝が天然芝と同等の説得力を持つためには,天然芝の性能を理解し,それに近づけるような努力が必要だろう。
 
一方,欧州ではスタンダードとなりつつあるハイブリッド芝も日本では,まだ導入されたばかりの新たなサーフェイスである。したがって,そのメリット・デメリットに関する知見の集約は不十分である。前述した通り,補強に使用される人工芝の占める割合は,ほんのわずかであるにも関わらず,SSカーブに違いが出ることは興味深い。今後は,ハイブリッド芝の特性に関しても天然芝との比較から明らかにしていくことが必要となるだろう。
 
 
 

福岡大学 スポーツ科学部 教授  布目 寛幸

 
 
【出典】


積算資料公表価格版2019年8月号



 
 

最終更新日:2023-07-10

 

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