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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 水災害対策 > 衛星画像データなどから土石流による崩壊 土砂量を簡便・短時間に推定する方法の開発─2014年広島市土砂災害・2018年西日本豪雨災害による観測データの分析─

 

はじめに

近年,わが国では豪雨による災害が頻発している。特に中国地方は斜面での安定性が低い風化花崗岩(まさ土)が広く分布していることもあり,広島県における2014年8月広島市土砂災害や2018年7月豪雨災害(西日本豪雨災害)をはじめとして,多数の土砂災害に見舞われてきた。土砂災害に対する行政サイドからのソフト対策のうち,事前対策としては適切な土砂災害警戒区域の設定および住民への周知,事後対策としては迅速かつ適切な早期復旧計画や廃棄物処理計画への準備・立案などが挙げられる。土砂災害の中でも土石流は,大量の土砂が広範囲に流出するため,建物やインフラ施設などへの影響が非常に大きい。このため,広域土石流災害時における適切な事後対策を考えるための基礎情報として,どこでどのくらいの土砂が崩壊したのか,といった災害情報をできるだけ迅速に把握する必要がある。
 
一般に,土砂災害における崩壊土砂量を把握するために航空レーザ測量による方法が用いられている。この方法では,災害前後に計測された標高の差分から崩壊した土砂量が求められる。航空レーザ測量では高解像度な地形データが得られることから,詳細な崩壊土砂量を算出することが可能であるが,広範囲を対象とした場合,計測やデータ処理に多大な時間と労力を要する。一方で,衛星画像は広範囲の地表の様子を定期的に把握することが可能であるため,災害時の被害把握などに広く利用されている。しかし,衛星画像は基本的には2次元のデータであり,崩壊土砂量のような3次元的な情報の推定に用いられることはほとんどなかった。そこで筆者は,衛星画像データや数値標高モデルを用いて,広範囲での土石流による崩壊土砂量を簡便かつ短時間に推定する方法を開発した。本稿ではその手法の概要と推定結果を紹介する。
 
 
 

1. 推定手法の概要

本研究では,まず2014年広島市土砂災害や2018年西日本豪雨災害での広島県における航空レーザ測量データの分析から,土石流による崩壊面積と崩壊土砂量の関係を求めた。さらに,崩壊土砂量を崩壊面積で除すことにより,各土石流における平均的な崩壊深さ(浸食深さ)を求めた。2つの災害での観測データからそれぞれ約150箇所,約500箇所の土石流の浸食深さデータを収集し,それらの特徴を調べた。
 
一般に,斜面は樹木などの植生で覆われており,土砂が崩壊すると植生が流出し,地表の土壌が露出する。このため,災害前後の衛星画像を用いて,植生分布の変化を抽出することで崩壊箇所を推定することができる。災害前後に観測された衛星画像データから,各ピクセルにおける正規化植生指標(NDVI)と呼ばれる指標を算出し,その変化から崩壊箇所の候補地を検出した。さらに,数値標高モデル(DEM)とあらかじめ読み取った崩壊開始点データを用いて土石流氾濫シミュレーションを実施し,土砂の氾濫域の計算を行った。いずれの解析においても崩壊箇所ないし氾濫域として抽出された範囲を崩壊箇所として検出した。
 
検出された崩壊箇所(面積)に対して,浸食深さを掛け合わせることで崩壊土砂量(体積)を求めることができる。本研究では,広島県南部を対象として西日本豪雨災害での崩壊土砂量を推定し,航空レーザ測量による崩壊土砂量と比較することで,手法の妥当性を検証した。
 
 
 

2. 土石流による浸食深さ

土砂災害では上流側の斜面の土砂が崩壊することで標高が低下し,下流側では土砂が堆積することで標高が高くなる。このため,災害後に標高が低下した範囲を崩壊範囲,低下した標高分の体積を崩壊土砂量として求めることができる(図-1)。2014年8月広島市土砂災害の被災地である広島市安佐南区,安佐北区での約150地点の崩壊,2018年7月の西日本豪雨災害の被災地である広島市安芸区,熊野町,坂町,呉市などでの約500地点の崩壊を対象として,災害前後で得られた航空レーザ測量データから標高差分を計算し,各崩壊箇所での崩壊土砂量を算出した。
 

図-1(a)土石流による土砂の崩壊と地形の変化,(b)災害後の航空写真(熊野町川角5丁目周辺)




崩壊面積と崩壊土砂量の関係を求め,さらに崩壊土砂量を崩壊面積で除した値を浸食深さとして,崩壊面積と浸食深さの関係を求めた(図-2)。本研究で得られた関係は,海外での事例を含む過去の研究で得られた関係とそれほど大きな違いがないことを確認している。また,過去の研究では,崩壊土砂量を推定する式が崩壊面積に依存する関数で表されていたが,その依存度は低いことが知られている。本研究で得られたデータでも浸食深さは崩壊面積によらず,平均的には一定の値(約0.78m)で表せることがわかった。浸食深さを一定値として近似することができれば,正確な崩壊面積が不明であっても土砂量を求めることができるため,非常に簡便に崩壊土砂量を推定することが可能となる。
 

図-2 崩壊面積と浸食深さの関係




 

3. 崩壊箇所の検出

3-1 衛星画像による崩壊箇所候補地の検出

われわれが目にする機会の多い光学センサによる衛星画像には,可視域(青緑赤)だけでなく,近赤外域の画像が含まれるものが多い。樹木などの植生は,近赤外域の波長で強く反射するのに対して,赤色域の波長での反射は非常に小さい。この特徴を利用して,リモートセンシングの分野では各地域の植生の活性度を表す正規化植生指標(NDVI)がよく用いられる。NDVIの値が大きいほど多くの植生が存在していることを表す。NDVIは季節によっても変化するが,短期間に観測された2枚の画像間でNDVIが大きく低下した箇所は,土砂の崩壊によって植生が流出した可能性が高い地域として検出することができる。
 
本研究では,欧州宇宙機関が運用する人工衛星Sentinel-2による画像を利用した。この衛星画像の地表分解能は10mとそれほど高くないが,広範囲の画像を無償で利用することができる。2018年6月に撮影された災害前画像と2018年7月16日(災害の約10日後)に撮影された災害後画像を利用し,災害後にNDVIが大きく低下した箇所を崩壊箇所候補地として検出した(図-3(a))。
 

図-3(a)災害前後の衛星画像から求められたNDVIの変化,(b)土砂氾濫シミュレーション結果



3-2 DEMによる土石流氾濫シミュレーション

短時間で崩壊箇所を特定するには,衛星画像のみから把握できることが望ましいが,NDVIの変化だけでは土砂の崩壊とそれ以外の変化を判別することが困難であった。そこで,土石流の氾濫シミュレーション結果と組み合わせることで,精度よく崩壊箇所を特定することを試みた。シミュレーションには国土地理院が公開している数値標高モデル(DEM)と,北欧の研究者が公開している無償のソフトウェアFlow-Rを利用して土砂氾濫域を計算した(図-3(b))。この手法では,あらかじめ読み取っておいた崩壊開始点を与え,地形の特徴から想定される最大の土砂氾濫域を求める。崩壊開始点を読み取る時間が必要となるが,土質などの詳細な情報が不要なため,比較的短時間で広範囲の氾濫域を計算することができる。

3-3 土石流による崩壊箇所の検出

衛星画像の解析で崩壊候補地として検出され,かつ土石流氾濫シミュレーションでも氾濫域として抽出された地域を崩壊箇所として抽出した(図-4(a))。災害後の航空写真と比較すると,土砂が崩壊した範囲をおおむね検出できていることが確認できる。また,抽出された崩壊箇所に対して,浸食深さ0.78mを掛け合わせると,図中の土石流の崩壊土砂量は約1.7万㎥と推定された。航空レーザ測量による崩壊土砂量は約1.6万㎥であり,おおむね対応していることがわかった(図-4(b))。ただし,本手法は個々の土石流の崩壊土砂量を精度よく推定するものではないため,個別にみると誤差の大きい箇所もあることに注意が必要である。
 

図-4(a)衛星画像データ等から検出された崩壊箇所,(b)航空レーザ測量から得られた災害前後の標高差分




 

4. 崩壊土砂量の推定

衛星画像データなどから検出された崩壊箇所の面積に浸食深さを掛け合わせ,各地点での崩壊土砂量を推定した。その結果を250mメッシュに区切って表示すると図-5のようになる。このように可視化することで,どの地域でどの程度の土砂が崩壊したのかを一目で把握することができる。坂町や熊野町,呉市と東広島市の境界付近で多くの土砂が崩壊している様子を確認できる。既存の地図データなどと併せて表示すれば,災害の発生箇所やその分布をより詳細に把握することが可能となる(図-6)。災害後からできるだけ早い段階で,このような結果を得ることができれば,市町村レベルでの復旧計画を考える際の有用な情報となるものと考えられる。
 
災害から約2ヶ月後に,広島県により航空レーザ測量に基づく各市町の土砂量が公表された。本研究で推定した土砂量と公表された土砂量を比較したところ,各市町レベルではよく対応していることがわかった(図-7)。対象範囲では,航空レーザ測量から推定された土砂量は計750万㎥であるのに対して,本手法では735万㎥と推定され,高い精度で土砂量を推定できることが確認された。
 

図-5 推定された崩壊土砂量の分布


 

図-6 推定された崩壊土砂量の分布(東広島市の拡大図)

図-7 航空レーザ測量から求められた土砂量と推定された土砂量の比較



 

おわりに

本稿では,広島県での過去の土石流災害による観測データに基づいて求められた浸食深さの情報を用いて,衛星画像データなどから土石流による崩壊土砂量を簡便・短時間に推定する方法を紹介した。市町レベルでみれば,推定された土砂量は,航空レーザ測量から得られる土砂量とおおむね一致し,高い精度で推定できることを示した。
 
現在の手法では,土砂氾濫シミュレーションのために崩壊開始点を読み取る時間が必要である。また,光学センサによる衛星画像は晴天時しか観測できないため,天候によってはデータが得られない場合もある。このため,解析手法やデータ取得に関して課題は残されている。しかし,これらのデータが得られれば,解析自体は数時間で完了するため,条件さえそろえば災害から数日程度で結果を得ることができるものと期待される。近い将来,大規模・広域の土砂災害が再び発生することが懸念される。本手法により推定される情報が,県や自治体などによる早期の災害対応や廃棄物処理場の選定の一助になれば幸いである。
 
 
 
 

広島大学 大学院工学研究科 准教授  三浦 弘之

 
 
【出典】


積算資料公表価格版2020年5月号


 

最終更新日:2023-07-10

 

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