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建設資材データベーストップ > 特集記事資料館 > 積算資料 > 迫りくる大都市水害にどう備えるか

治水対策はワンチーム

令和元(2019)年に発生した台風19号は千曲川(写真−1)や久慈川(写真−2),那珂川などが決壊するなど全国各地にすさまじい被害を及ぼした。しかし,日本最大の流域面積1万6,840㎢を抱え延長322kmの利根川では,栗橋地点で危険水位を11時間も超過していたが氾濫までには至らなかった。また,国内最大級の人口密度を抱える荒川も熊谷地点で危険水位を超えたがギリギリ耐えた。利根川が氾濫を起こさなかったのは,折よく台風襲来の直前の10月1日に八ッ場ダムが完成し,洪水を貯めたこともその一因である。この時の貯留量は八ッ場ダムの治水能力6,500万㎥を超えていたが,試験湛水(たんすい)が始まったばかりで貯水能力に余裕があり,本来の治水能力を1,000万㎥超えて7,500 万㎥湛水できたことは幸いだった。
 

写真−1 信濃川水系千曲川(長野県長野市) 出所:関東地方整備局

写真−2 久慈川水系久慈川,里川(茨城県常陸大宮市ほか) 出所:関東地方整備局



そもそも利根川は上流部に吾妻川,神流川,中流部では渡良瀬川,鬼怒川といった大きな支川が合流し,急流山間部延長が4割,緩傾斜平野部6割と大きな変化をしていることや,利根川本川の流れは江戸時代の東遷事業により下流部に江戸川という支川を分流しているため,洪水管理が非常に難しい川である。この利根川の治水対策は関東・東北地方を蹂躙(じゅうりん)し死者・行方不明者1,930人という甚大な被害をもたらした昭和22(1947)年のカスリーン台風を契機に,「上流域ではダム群が降雨を貯め込んでピークカットをすることで中流域や下流域には洪水を流さない」「中流域では調節池や遊水池で中流域の降雨を湛水する」「下流域では放水路や堤防強化策で洪水を流し去る」という三つのタイプの治水安全策を上流域,中流域,下流域,それぞれに最適な形で構築することにしている。
 
河川の治水対策は,流域全体で対策をしなければならないことを今回の台風19号が明確に示した。利根川では奥利根流域の矢木沢ダムや神無川流域の下久保ダムなどを含め,上流ダム群が総量で約1億4,500万㎥,中流域においては渡良瀬遊水池や菅生遊水池をはじめとする各遊水池群が約2億5,000万㎥を貯留し洪水調節を行った。下流部では,首都圏外郭放水路が中小河川の洪水を取り込み,1,100万㎥の水を江戸川に流した。
 
古来より「荒ぶる川」と異名をもつ延長173kmの荒川でも,上流域では二瀬ダムなどのダム群がフル稼働し,中流域では日本最大の川幅2,537mの河川敷とその下流にある「彩湖」という調整池が3,900万㎥の約90%に当たる3,500万㎥もの洪水を湛水しその能力を発揮した。最下流域は明治43(1910)年の東京大水害を機会に開削され昭和5年に完成した荒川放水路,江戸川放水路,第二次世界大戦で一時中断したものの,昭和38年に完成した中川放水路など多くの放水路が最大限の役割を果たした。利根川・荒川流域のダム群は今回,大量の水を受け止め,異常洪水時防災操作(いわゆる緊急放流)に至ったダムは一つもなかった。
 
関東地方で利根川や荒川が氾濫しなかったのは,このように上流域ではダム群で,中流域では遊水池群で,下流域は放水路や堤防など河道整備という河川全体での流域洪水調節が,ようやくその機能を発揮するまでに施設整備が進んできたことがその要因だった。そして,この治水対策全体の完成には明治44年,荒川放水路開削工事に着手して以来,大正,昭和,平成時代と約100年掛かっていることを忘れてはいけない。このような大きな流域の治水対策には時間が掛かる。要は国民の命を守るために事業を途中で投げ出さないという国家としての覚悟が,今回の僥倖(ぎょうこう)を招いたのだ。利根川と荒川上流部にあるダム群,さらに渡良瀬遊水地(写真−3)と荒川第一調節池がなければ,今回の台風19号で東京都内を含む下流側に大きな被害が出ていたのは確実である。事実として荒川放水路の水位は本川である隅田川の護岸堤防の高さを27cm上回っており,荒川放水路がなければ東京の中枢部は水没していたのである。
 
  

写真−3 渡良瀬遊水地の湛水状況 出所:国土交通省




特に八ッ場ダムが大量の水を貯め込んだ効果は,極めて大きかった(写真−4)。しかし,八ッ場ダム一つだけに着目して効果が大きかったと評価することも,「地下神殿」といわれる首都外郭放水路(写真−5)だけが役立ったということも間違いである。治水はいわば流域全体で取り組むラグビーチームのようなものだ。チームの誰1人欠けても試合ができない。15人全員がそろって初めてチームとして戦えるのだ。さらにチームは監督,控えの選手も重要メンバーだ。河川の洪水も上流ではダム群で,中流では遊水池群で,下流では放水路や河道でそれぞれが協力し,力を発揮して流域全体の安全を守ることができる。
 
しかしながら,これらの施設が機能したから氾濫が起こらなかったと断じ,利根川と荒川の治水対策はこれで盤石だとすることはできない。
 

写真−4 八ッ場ダムの貯留状況 出所:関東地方整備局


 

写真−5 首都圏外部放水路 出所:国土交通省関東地方整備局江戸川河川事務所




 

専門技術者がいない治水対策

台風19号は日本列島をすっぽりと覆ってしまうほどの大きさだった。利根川水系はいうに及ばず千曲川・信濃川水系や荒川水系も含め,日本のほぼ半分の地域で想定を超える雨が降っていたのだ。各河川が上流でも中流でも下流でも猛烈な降雨に見舞われ,各自治体はその対応に忙殺された。国土交通省や気象庁の情報は大きな流域でとらえた情報として流されるが,それを受け取る自治体はその情報をそれぞれの自治体の範囲でしか判断できず迅速な対応ができない。しかし,洪水は自治体の範囲を超えてやってくる。氾濫水も各自治体の境でとどまらず広範囲に広がっていく。このような状況でそれぞれの各自治体は住民の命を守ることができるのだろうか。
 
江戸時代は約300藩という国に分かれて洪水対策を行ってきた。それぞれの藩は国境が山の分水嶺や大きな河川であることが多く,まさに「水を治るものは国を治む」と治水対策は河川を単位に行ってきた。しかし明治以降,藩は細かく分かれ平成の大合併以前の自治体数は約3,300,今では合併により減ったというものの,約1,700以上もの自治体に分かれてしまい,江戸時代のように治水を河川流域全体を一つの単位として考える意識が希薄になってしまった。洪水氾濫は流域全体で発生する。そうなるとそれに対応する防御対策も流域全体で考えなければならないのではないだろうか。
 
もはや防災対策を市区町村の小さな行政単位で行うことは現実的ではない。全国の市区町村の中で土木技術者が1人もいない自治体が既に約30%にもなっているのだ。専門的な判断ができないままに防災対策に取り組んでいるのが現実だ。自治体の首長の意思決定のサポートが専門技術者が一人もいないままで行われているのだ。これは大変危険なことである。さらに土木技術者がいたとしても人数が足りないために土木や建設など技術担当の部課長などの管理職ポジションが空席になっていたり兼務になっていたり,場合によっては事務職を当てたりしている。これでは道路や橋梁,公園,自治体庁舎や学校病院,福祉施設などのインフラ施設の日常の維持管理すら適切に行えなくなってきている。緊急時の危機管理にも専門性のない職員で取り組まなければならなくなっている。
 
防災を語るときにハードとソフトを車の両輪に例えて議論するが,技術者のいない自治体では最初から片輪しかない危険な状態であることを今一度考えてほしい。
 
 

大都市水害に対応する「命山構想」

台風19号の大きな被害は免れたものの,東京はゼロメートル地帯という,大きな高潮に対する弱点をいまだ抱えたままだ。高潮が襲来する危険性は東京だけではなく,名古屋,大阪の広いゼロメートル地帯全体が水没する可能性もある。これに対する現状の対策は高潮堤防でとりあえず防御ラインを構築したという段階で,都市における課題を解決するまでには至っていない。そこで次の世代への安全な大都市を継承し日本という国を持続可能にしていくためには,根本的に治水対策を考え直さなければならない。それはゼロメートル地域全体を安全な高台として,スマートシティ,コンパクトシティにつくり変えることのできる「命山構想」である(図−1)。
 

図−1 命山イメージ図(作成:土屋)




人々が密集し大都市を形成している地域では,もはや大きな堤防を作る用地はない。地域全体が海水面以下の高さしかないゼロメートル地帯では,洪水の時に避難できる十分な高さがないのだ。人口密度を考慮すると域内避難さえ難しい。ここに経済,文化,政治中枢が集中している。そこで河川の沿川に新しい都市を再構築する幅500〜700mで,高潮よりも高い高台を造る「命山計画」が必要である。
 
2012年10月,ハリケーン「サンディ」によってニューヨーク市とニュージャージー州の海岸線が破壊され,マンハッタンが大規模に浸水した。米国住宅都市開発省は,この大惨事を繰り返さないための対策を急ぐことになり「Rebuild by Design」というコンペを開催。「Big U」プロジェクトを決めた。次の巨大なハリケーンに備えるマンハッタンの強化策で都市を保護する方法の大部分は高さによるものだ。しかし,「Big U」は通常の堤防ではなく,住民のニーズにあった機能を持つ,傾斜した有機的な高台地を風景に組み込む計画である。
 
この計画は水に対する高潮堤防のようなバリケードを築くのではなく,海面の上昇を見越した上で,ニューヨーカーのための新たな土地を増やす計画なのである。
 
日本ではまだまだ治水インフラの整備が十分に足りていない。今のままでは地球温暖化が進み,さらに気象現象が過激化するまでに,治水インフラ整備は間に合いそうにない。そこで現在ゼロメートル地帯の住民を事前に広域に高台避難させることを実施できるようにしなければならない。とにかく逃げろというだけではない,ゼロメートル地帯の住民全員が「ここに居れば大丈夫」という「命山」という高台づくりが必要なのだ。
 
この「命山」では都市施設のうち重要な建造物を高台地に集約し,地震と水害において防災機能を確保する。その対象施設は防災機関としての市役所や区役所,警察署,消防署,学校,保育所,幼稚園,高齢者施設,福祉施設,病院,大規模公園,緑地,企業ビル,ビジネスセンター,商業施設,市民活用施設などで,これらの施設を絶対安全高台としての命山に配置することで防災機関としての機能を失わず機能し続けることができる。
 
鬼怒川の決壊や西日本豪雨でみてきたように,防災本部が設置された市役所が水没し警察や消防ばかりでなく,病院までもが住民を守る機能を失い患者を病院から避難させなければならなかった事実は,病院が防災機関としての備えをしていなかったことから起こっている。そのようなことが二度と起こらないように病院は防災機関と位置付け高台に立地させなければならない。
 
高齢者住宅や福祉施設,障害者施設なども全て高台に配置する。災害時弱者といわれる要支援者を避難しなくても済む絶対安全高台に居住できるようにするのだ。このことで非常時の災害対策の課題の一つをなくすことができる。これらの施設は当然実施時における耐震強度も十分なものにすれば,地震においても避難対象者を減らすことができる。
 
公園や緑地は一時避難場所として十分な広さを整備すれば,広域避難をする必要のない,避難動線の短い避難場所を確保することができる。避難広場として使える緑地は東日本大震災の避難可能な時間などを考慮して,1〜1.5kmごとに最低でも20ha以上の避難広場として配置する(図−2)。
 

図−2 高台化された大島小松川公園(江戸川区)
出典:「水害列島」(文春文庫)2019年




さらに河川堤防の高さよりも高い位置に災害時に物資輸送道路としても使える堤防天端の道路を遊歩道やサイクリングロード,花見にも多くの人が楽しみにする桜並木などを配置することにより,各地域の避難広場を有機的につなげ,さらなる広域的な避難面積の劇的な機能を確保することができる。避難広場は孤立した「命山」にならないように河川堤防を避難動線に使えるように配置しなければならない。スマートシティの建設に当たっては自動運転の路面輸送(LRT,BRT)による各地域を結ぶ動線としての道路を配置する。
 
スーパー堤防の考え方を包含し,河川に沿った高台地を連続的につなぐことができれば,堤防形状ではなく,十分な都市としての機能を持つ高台地として計画することで,これまで防災上ハイリスクな場所として考えられてきたゼロメートル地帯は,一気に高機能でリスクの極めて少ない一等地として生まれ変らせることができる。
 
これらの政策を実施するに当たっては,少子高齢化の具体的な都市の課題である所有者の不明な老朽空家住宅についても,買取再配置することで都市のスポンジ化を防ぐことができる。
 
計画に当たっては,垂直避難可能な人口を控除した上でゼロメートル地帯住民全員の避難高台地として計画しなければならない。中途半端な計画はかえって避難における混乱を誘発する可能性があり,犠牲者をゼロにすることもかなわなくなってしまうからだ。
 
このゼロメートル地帯「命山構想」は,国連が提唱するSDGs「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の目的である「住み続けられるまちづくり(都市と人間の居住地を包摂(ほうせつ)的,安全,強靭かつ持続可能にする)」にかなった計画であり,事前防災対策は被害が発生してから行われる事業の復旧復興よりもはるかに効率が良く,経済的にも投資効率が高いといえる。これは防災対策にとどまらない日本の将来を構築する未来ビジョンである(図−3)。
 

図−3 首都東京ゼロメートル地帯「命山構想」 出典:「水害列島」(文春文庫)2019年




 

 

土屋 信行(つちや のぶゆき)

1950年埼玉県生まれ。博士(工学),技術士(建設部門・総合技術監理部門),土地区画整理士。公益財団法人リバーフロント研究所審技役,一般財団法人全日本土地区画整理士会理事,土木学会首都圏低平地災害防災検討会座長。1975年東京都入都。下水道局,建設局を経て建設局区画整理部移転工事課長,建設局道路建設部街路課長をはじめ,江戸川区土木部長,危機管理監などを歴任。2011年公益財団法人えどがわ環境財団理事長。2012年公益財団法人リバーフロント研究所理事。各自治体の復興まちづくり検討の学識経験者委員をはじめ,幅広く災害対策に取り組んでいる。著書に「首都水没」,「水害列島」(文春文庫)。
 
 
 

公益財団法人リバーフロント研究所 審議役  土屋 信行(つちや のぶゆき)

 
 
 
【出典】


積算資料2020年7月号



 
 
 

 

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