- 2021-07-12
- 建設ITガイド
はじめに
梓設計では新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の影響を受けて、2020年2月25日から全社員を対象に原則在宅勤務とし、リモートワークを開始した。そして本稿を執筆している現在(2020年12月)も、出社とリモートワークを組み合わせた「ミックスワーク」を推奨中であり、全社の出社率は約4割となっている。コロナ禍以降のリモートワークへの順調な移行については、各方面からの注目も高いが、始まりは、働き方改革の一環として行ったフリーアドレス制の導入からであった。リモートワークをはじめとして、新しい働き方を導入した、幾つかの具体的な事例を挙げながら、これからの働き方についての可能性を考えてみる。
フリーアドレス制の導入
今から4年ほど前の2016年、本社(当時天王洲)の狭隘化に伴う座席不足を補うため、一部の部署でフリーアドレスを試験的に導入した。当時は個人で保管している紙の図面や書類も多く、設計事務所でフリーアドレスなどはあり得ない、といった空気感であった。しかし、このままでは座席が足りず、別の場所を確保する必要があり、時間的にも別の場所を探す時間もなく、半ば強制的に導入に踏み切った。導入に際しては担当部門の役員自らが先頭に立ち、自らも含めフリーアドレスにするということでスタートした。
フリーアドレスの必須アイテムといえばノートPC、無線LAN、個人用ロッカーであるが、当時当社が実施したフリーアドレスは、パソコンはデスクトップPCのまま席に固定、LANは有線のまま、社員が空いている席を見つけて移動するといったスタイルであった。唯一個人用ロッカーのみ設置、自分の持ち物は個人用ロッカー(45cm×50cm)に収まる荷物のみといった運用であった。
最初にフリーアドレスの対象となった設備部門の社員からは、「荷物を減さられたうえ、席まで取り上げられて…」といった不平不満の声があがり、これで良かったのだろうかとも思った。しかし数カ月が過ぎ、空いている席に自由に座れる運用や、個人の資料を極力なくし、資料は部内共通とする運用が定着してくると、以前の固定席の時のような書類の山はなくなった。席の周りはいつも整理整頓され、資料が共有化されることで無駄な資料が減り、欲しい資料もすぐに見つけることができるといった良い面が多く出てくるようになった。すると社員の声も変わり、「フリーアドレスなかなかいいね」といった意見に変わってきた。
こうなると社長をはじめ、ほかの役員からもフリーアドレスに賛同する意見が多く挙がり3年後に迎える本社移転での全席フリーアドレスのきっかけとなった(写真-1)。
働き方改革の推進と情報環境の整備
フリーアドレスの導入に伴い、情報機器の整備も併せて実施した。全社導入済みであったiPhoneに加えて、フリーアドレスや外出先からの社内システム利用に合わせて希望者にiPadpencilを配布した。するとiPadで資料を持ち運んだり、図面をチェックしたりすることでペーパーレス化が進み、コピーの利用料やコピー用紙が削減されるようになった。また、資料はデータ化されることにより、部内やプロジェクト関係者との共有が進み、業務の効率化が図られるようになった。
この頃より育児や家族の介護を行う社員を対象に在宅勤務の試験導入を行った。当初は週2日以内の在宅勤務を原則として始めたが、それぞれの社員の抱えている環境が違い一概に日数を定めるのは在宅勤務のメリットが生かせないことも見えてきた。そのため可能な限り各社員に合わせた利用日数を選択できるようにし利用しやすい環境を整えていった。
システム環境についてはノートPCを貸与しVPNから社内ネットワークに接続する仕組みとした。また、BIMデータや動画を扱う場合は光回線でも動きが悪くなることからリモートで社内ハイスペックPCを操作することで対応した(図-1)
本社移転とさらなる働き方改革
2019年8月、本社を天王洲から羽田に移転。移転とともに働き方が大きく変わった。新しいオフィス(羽田スカイキャンパス:HSC)は約5,300㎡のワンフロアで、社長室も役員室もなく、全社員フリーアドレスで働く空間となった。背景には前段で述べた通りの流れがあったわけだが、加えてコミュニケーションを活性化する狙いがあった。移転前の天王洲オフィスは4フロアの構成で、他に羽田に分室があり社内コミュニケーションが取りにくい環境であった。同じビル内であってもフロアが違うと社員同士知らない人もいたり…といった状況であった。それがワンフロアになったことで顔が見えるようになり、新しいコミュニケーションが生まれるようになり活性化された(図-2、次頁写真-2)。また、移転と同時に全社員にノートPCを配布、無線LANでどこからでも社内ネットワークに接続できる環境とした。ほかにもWeb会議(webex)システムを導入することで、社内はもとより、社外からでも会議に参加できる仕組みを整えた。
羽田への本社移転は良いことばかりではなく不便になった点もあった。一つは都心までのアクセス時間である。新オフィスから都心に出るには1時間強の時間を要するため、今までのように「都心で打合せを終えてから会社に戻り、また打合せに出て行く」ということをすると、多くの時間が割かれてしまうようになった。これを克服するために取り入れたのが法人会員制のサテライトオフィスである。
例えば都心で「次の打合せまで数時間あるがオフィスに戻るには時間が足りない」などといった場合に隙間時間を有効に効率よく働けるようになり、多様な働き方が加速した。
写真-2
新型コロナウイルスによるテレワークの推進
多方向から働き方改革を推し進めてきたが、テレワークの本格的実施に関しては、2020年に開催予定だった「2020東京オリンピック・パラリンピック」の際の混雑緩和対策を、一つの目安として準備を進めていた。ところが周知の通り、2020年初めからの新型コロナウイルスの感染拡大により、約半年早い実地に踏みきることとなった。
テレワークに関しては、既に実例とフィードバックによる、サーバーへのアクセス強化やPCのスペック改善、マニュアルの整備などを行っていたためかなりスムーズに移行・対応することができた。また、テレビ会議に関してはハード的には整備されていたが、いざ全社員が在宅勤務となり使いこなせるかというとそうではなかった。特に役職が上の社員ほど、会社では若手がテレビ会議の準備をし設定された状態でテレビ会議を行っていたため、突然在宅勤務となり全て自分で設定するのに苦労していたようだ。それでも使い慣れてくると自らWeb飲み会を企画するなど、今では全社員が当たり前のようにテレビ会議システムを使いこなしている。
また、緊急事態宣言が発動された4月7日以降は世の中の多くの企業が在宅となり当社も社長指示としてさらなる在宅勤務の徹底を図った。すると新たな問題が浮かび上がってきた。
一つはやはりサーバーへの接続である。在宅勤務期間中はスマホでのテザリング機能を使う社員が多く「接続の速度が遅い」、「接続が切れてしまう」といった意見が続出した。同時に通信コストも契約容量を大きく上回り問題点として挙げられた。通信料が最も上がった月は、前年同月で比較して約200万円以上の増加となり、早急な対応が求められた。
対策として、自宅に光回線およびWiFiルータの整備がされていない社員については新規導入を支援した。導入にかかる費用負担はもちろんのこと、月額ランニング費用についても既に導入済みの社員を含め毎月3,000円を通信費として会社が負担することとした。その結果、毎月の通信費を総体的に削減することができた。
またその他にも在宅で仕事を行う場合の住環境に違いが見受けられた。仕事ができる環境整備のため希望者には会社で利用している椅子や机、大型ディスプレーなどを貸し出すことで対応、極力会社と同じ環境で仕事ができるようにした。
5月25日、緊急事態宣言が解除されると今までの「原則在宅勤務」を「在宅主体の働き方」に若干規制を緩めたため少しずつ出社する社員も増え、外出しての打合せも増えてきた。同時にサテライトオフィスの利用を要望する声も上がってきたが、不特定多数が利用する会員制サテライトは感染防止の観点から利用は認めなかった。代わりに神田にある当社の関連会社のフロアを改修し、当社単独で利用できるサテライトオフィスを設置することで感染対策を取っての運用を開始した(写真-3)。
ミックスワークにおける、未来に向けた働き方
現在は「原則、週に一回以上は出社」という形で、オフィスとリモートのミックスワークを行っている(図-3)。これも自粛期間中の在宅勤務を経験した社員たちからの、意見や要望による新たな働き方改革と言えるだろう。在宅勤務中は外出自粛期間とも重なり、特に独身の社員は他者との接触がほとんどなくなり、業務に関する疑問点や改善点を、先輩や上司にすぐに相談できないストレスや、メンタルに不安を覚える者も増えてきた。そうした社員の精神的なケアも含め、コミュニケーションが取れる環境としての週一回は出社を推奨している。
感染予防対策を万全にした上で、近くにいる先輩に質問をする、大事な打合せをリモートではなく対面にするなど、テレワークが抱える「人と直接に会えないストレス」を改善する方向へ持っていくことができた。
また、テレワークの仕組み作りやフットワーク軽く働くための環境整備だけではなく、働く社員の健康維持もしっかり対応していければと考えている。今年から当社は健康経営への取り組みも強化した。パフォーマンスを最大限発揮するためには社員の健康は欠かせないからである。その一助として希望者にはApple Watchを配布し、ウオーキング大会を実施する企画案等も出ている。またAIやIoTを利用して社員の健康増進に役立てたいという気風も強い。
以上、今回挙げた当社の取り組みは働き方改革のごく一部であり、改善点はまだまだ無限にあるだろうと感じている。これからも社員の働きやすい環境とは何かを考えながらさらなる働き方改革に取り組んでいきたい。
【出典】
建設ITガイド 2021
BIM/CIM&建築BIMで実現する”建設DX”
最終更新日:2021-07-12