建設資材データベーストップ > 特集記事資料館 > 積算資料公表価格版 > 住民主導型橋梁セルフメンテナンスモデルの構築から展開まで

はじめに

日本では,高度経済成長期に集中して整備された社会インフラの一斉老朽化が問題となっている。
2012年12月2日に起きた笹子トンネル天井板落下事故により9名の尊い命が失われ,日本の高速道路史上最多の死者数となった。
これを契機として社会インフラの老朽化問題が広く知られることとなった。
 
国土交通省は,この事故の翌年,2013年を「社会資本メンテナンス元年」と位置づけし,翌年2014年6月に道路橋定期点検要領を告示し(※1),5年に1回の近接目視による定期点検が義務化した。
加えて「施設の機能を良好に保つため,定期点検に加え,日常的な施設の状態の把握や,事故や災害等による施設の形状の把握等を適宜実施するのが望ましい」と日常点検の重要性を示した。
 
しかし,日本全国の道路橋73万橋のうち,約7割の48万橋は政令指定都市を除く市町村が管理している。
多くの地方の市町村は土木系技術職員や予算の不足という課題を抱えており,かつ架設年次不明の橋梁が多いという状況である。
医療で言えば,膨大な患者数に対して医師の数が足りず,十分な医療を行う予算もなければ,患者のカルテすらない,という状況である。
その中で,定期点検,適切な診断,措置を行わなければならず,日常的な点検まで手が回っていないという市町村は少なくない。
 
有識者の間では技術者だけでなく,市民との協働による維持管理の必要性について議論されていた。
国土交通省社会資本整備審議会道路分科会でも国民の理解と協働を推進すべきという提言もなされている(※2)
 
以上の背景から,本研究では地方自治体が管理する橋梁を対象に,住民主導による橋の維持管理体制として「セルフメンテナンスモデル」を構築し,実装することを目的に活動を行った。
 
 

1. 橋のセルフメンテナンスとは

「セルフメンテナンス」という言葉を辞書で引いてみると,「所有物や,自分自身の状態を自分で点検し,異常があれば修復して健全な状態を維持すること。」と意味づけられている。
自分で傷病・症候を判断し,医師を頼らずに自ら治療する,セルフメディケーションと似ているが,セルフメンテナンスは健全な状態を維持することが主な意味である。
以上から,この研究における橋の「セルフメンテナンス」は,「地域の橋を,その利用者である住民や管理者らが日常的に点検し,簡易なメンテナンスを行うことにより,健全な状態に維持すること」と定義した。
 
具体的には①簡易橋梁点検チェックシートを用いて住民等による橋梁点検を行い,②橋マップを通じて点検結果や橋梁に関する情報を市民へ公開・共有することで,③住民による簡易な清掃等を通した日常的な予防保全活動へつなげるという①〜③のサイクル(図−1)をうまく回すことで橋のセルフメンテナンスを実現させるというものである。
最終目的は,チェックシートによる点検そのものではなく,セルフメンテナンスのサイクルが回ることで,地域の橋梁が清掃等の簡易なメンテナンスにより健全な状態に保たれることである。
 
単に橋の健全な状態の維持だけでなく,住民が主体となったセルフメンテナンスを行うことで,橋梁等の社会インフラをより身近に感じ,インフラの現状を理解するきっかけとなり,共有財産として「みんなで守る」という意識が生まれることを期待し,研究を行った。
 

  • 橋のセルフメンテナンスモデル概要
    図−1 橋のセルフメンテナンスモデル概要


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    2. 簡易橋梁点検チェックシート

    橋に関心を持つだけでなく,そのメンテナンスにも関心を持って住民自らが点検できるようなツールを作成しようと考えた。
    そこで,福島県の建設コンサルタントが使用していた「福島県橋面工の点検調書」を元に「簡易橋梁点検チェックシート(以下,チェックシート)」(図−2)を作成した。
    福島県平田村の住民や建設業協会,橋梁点検の実務者や工業高校の生徒等に実際にチェックシートを使用していただき,点検結果や使い勝手を分析しながら3回の改訂を重ねて現在のチェックシートが完成した(※3)
     
    元の点検調書はモノクロで専門用語を用いた文章形式の点検項目があり,また「健全」から「緊急対応の必要」までの5段階の判定と損傷の規模を4段階で評価するものであった。
    到底,住民が点検できるものではなく,以下に示す工夫を行った。
     
     
    ●住民でも安全に点検できる範囲で点検する必要がある。桁下にもぐったり,高欄から身を乗り出したりして点検しなければならない箇所ではなく,日常の利用から逸脱しない範囲で,高欄,地覆,照明,排水桝周辺,舗装,伸縮装置の橋面上の6項目に点検項目を絞った。
     
    ●橋梁の知識のない住民が,橋梁の状態を「危険」「健全」などの判定を行うことは困難である。そこで,部材ごとに「錆」「変形」「土砂のつまり」等の項目を設け,その「有・無」と有の場合は程度を記入する形式とし,「現状の把握」ができるようになっている。
     
    ●点検用紙が複数枚あったり,点検マニュアルとなるものが別になっていたりすると,円滑に点検ができない。A4用紙1枚,裏表で点検項目と各損傷例が分かるようなチェックシートを作成した。表面に点検項目,裏面に6項目の損傷例を示した「点検カタログ」を設けた。
     
    ●見た目から抵抗感を持たれないように,明朝体やゴシック体などの公的な堅いフォントは使わずに,手書風の柔らかい見た目のフォントを使用した。また,モノクロでなく,カラーで作成することで,点検を楽しくできるように工夫した。
     
    ●点検者の安全のための注意書きと,2020年度からは10の安全に点検するための規約への承認を行うためのQRコードを設けている。
     
    ●「橋の119番」を設けて,災害や事故などの緊急時には点検する前に,スマートフォンでQRコードを読み取ってメールで通報できるようにしている。
     
     
    最後に,現在のチェックシートの点検結果の信頼性を検証した。
    非実務者である宮城県黒川高等学校(以下,黒川高校)の生徒と実務者の点検結果を比較した。
    点検結果を比較するために選定した橋梁は5橋で,1970年代から1990年代の橋梁である。
    点検結果を数値化して比較したところ,点検結果が完全に一致したものは,74.6%,許容範囲を含めると93.2%と点検結果に一定の信頼性があることを確認することができた。
     

  • 簡易橋梁点検チェックシート(a)表
    図−2 簡易橋梁点検チェックシート(a)表
  • 簡易橋梁点検チェックシート(b)裏
    図−2 簡易橋梁点検チェックシート(b)裏


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    3. 橋マップ

    3-1 橋の主な劣化要因

    橋が劣化する要因は水の作用が大きく関係している。橋面上の排水桝や道路脇に土や泥が堆積し,さらにコケや草などがあると雨水を排水できず,橋面上に水が溜まりやすくなるだけでなく,それらがスポンジのように水を吸収してしまう。
    すると,路面のひび割れから雨水が浸透したり,伸縮装置の隙間から雨水がパラペットを伝って流れたりすることで,床版や桁端部の劣化につながる可能性が考えられる。
     
    一方で,この雨水からの作用を減らすことは難しいことではない。橋面上に堆積した土砂を撤去し,綺麗に保つことで回避できる。

    3-2 橋マップの概要

    ところが現実は,どこに土砂が溜まっているのか,溜まりやすいのか分からない。
    そこで,住民が点検した結果を可視化して,簡易橋梁点検チェックシートの点検結果から,橋面上の汚れ具合や橋の情報をウェブ上の地図で確認できる橋マップ(図−3)を作成した。
    どの橋梁に橋面上の清掃活動といった簡易な予防保全が必要か,一目で確認できるようになっている。
     
    住民の方がチェックシートで点検した結果のうち,橋面上の汚れを数値化し,汚れ度別に5段階に色分けした。
    地図上のピンの色が暖色になればなるほど,橋面上に土砂が溜まっており清掃が必要であることを示し,寒色であれば橋面上がきれいに保たれていることが分かる仕組みである。
    ピンをタップすると,橋に関する情報として橋長,竣工年,直近の点検日,汚れ具合,コメント等が確認できるようになっており,加えて点検,清掃の様子が分かる写真や報告書も過去から直近のものまで確認できる。
     
    この橋マップは,自治体の公開許可が下りているものに限り,日本大学工学部土木工学科構造・道路工学研究室(以下,本研究室)が発信している「みんなで守る。橋のメンテナンスネット」(http://bridge-maintenance.net/)に掲載されており,スマートフォンやパソコンから誰でも閲覧することができる。
     

  • 橋マップの例(橋マップ・ひらた)
    図−3 橋マップの例(橋マップ・ひらた)


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    4. 住民主導型セルフメンテナンス ─福島県平田村─

    福島県平田村は,福島県の南東部の阿武隈高地に位置し,郡山市やいわき市等に隣接している人口約5,900人の村である。
    平田村ではコミュニティを軸とした協働のむらづくりを進めている。
    その一部として,生コン等支給事業では,自ら住む地域の砂利道の村道をコンクリート舗装する取り組みが行われていた。
    そこに2012年から本研究室の学生も参加し,「住民と学生との協働による道づくり」事業が始まった(※4)
    2015年度から道づくり事業に加えて,住民による点検・清掃活動が行われている。
     
    住民全体でセルフメンテナンスを行う際,最も大切なことは「無理をしない」ことである。
    村の中に新たな団体を結成したり,新たな点検日を設けたりすることは,住民の負担が大きい。
    また,抵抗感を示す住民もいる可能性がある。
    新しい団体の継続性の問題や,一部の層だけの意識向上に留まり,村全体でのインフラに対する意識の底上げは図れないのではないか,という課題があった。
     
    そこで,今ある村の団体,行事の中に橋梁点検と清掃活動を付随させ,無理せず継続が図れる手法を考えた。
    平田村には年4回,行政区長が主導となり行政区ごとに道路の草刈りやゴミ拾いを行う日が設けられている。
    4月と9月の道路愛護作業,7月の河川クリーンアップ作戦,11月の草刈りである。
    この4回のうち2回に付随させる手法で年2回の行政区長主導の橋梁点検と清掃活動を提案した。
    また,最初から村全体で行うのではなく,2016年度は1行政区での試行を行い,2017年度から全行政区に展開し,点検に慣れるために村が管理する橋梁の半分に対し年2回の点検と清掃が実践された。
    そして2018年度から全行政区の平田村が管理する全橋梁でセルフメンテナンスが展開されることとなった。
     
    2017年度までは点検時の写真とチェックシートを一緒に提出していたが,2018年度からは,2017年度に点検を行った行政区長から点検記録簿を提出した方が詳しい状況が分かるという提案があり,現在は点検の結果の報告書を作成するためのフォーマットを区長会の際に配布している。図−4は住民が実際に作成した報告書である。
    このように,自宅から高圧洗浄機を持ってきて橋の清掃をしている地区もある。
     
    図−5が2015年度と2020年度の橋マップである。
    初年度である2015年度は点検された橋梁数も少なく,赤やオレンジのピンも目立つが,2020年度はほぼ全橋梁でセルフメンテナンスが行われており,ピンの色もほとんどが青と緑で,住民の方の清掃活動によりきれいに橋が保たれていることが分かる。
    住民によるセルフメンテナンスサイクルが機能し,橋面が健全に保たれていることが見て取れる。
     

  • 住民の方が提出している報告書
    図−4 住民の方が提出している報告書
  • 橋マップ・ひらたの2015年度と2020年度の比較
    図−5 橋マップ・ひらたの2015年度と2020年度の比較


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    5. 生徒主導型セルフメンテナンス ─黒川高校環境技術科─

    黒川高校環境技術科では元々2014年度から課題研究において地域貢献パートの生徒が地域橋梁の清掃活動を行っていたが,2016年度から清掃活動だけでなく,点検活動も行っている。
    座学だけでなく,実際に橋を見て部材や構造を学び,メンテナンスについて実践しながら維持管理の重要性や楽しさを学ぶことができる点や,橋の点検や清掃を行うことで地元貢献になる点から,チェックシートを課題研究の教材として使用している。
     
    図−6に示すように,毎年4月は点検計画を策定し,5月に橋梁点検の勉強会を開き,実務者の方から点検時に注意して見るべき点等を学ぶ。
    勉強会以降,点検・清掃活動を行い,冬は内業に移り主にデータ整理や橋マップの作成を行い,2月の課題研究発表会で1年間の成果を発表する。
    2016年度は大和町管理橋梁全46橋梁,2017年度は富谷市管理橋梁全57橋梁,2018年度は大衡村管理橋梁全62橋梁,2019年度は大郷町管理主要橋梁31橋梁,2020年度は大郷町管理橋梁の残り45の橋梁の全241橋梁点検と清掃が完了した。
    今年度,旧黒川郡が管理する橋梁全ての点検と清掃活動の1巡目が終了し,高校生が5年かけて高校周辺の4市町村が管理するすべての橋梁の清掃と点検を終えた。
    来年度から2巡目に入る予定である。
     
    黒川高校では,土木を学んでも他の業種に就職してしまう生徒が少なくなかったが,地域貢献班の中から徐々に土木の道へ進む生徒が増えた。
    今年の地域貢献パートに所属する男子生徒5名全員,土木系の会社へ就職,あるいはさらに土木を学ぶため進学を決定した。
    女子生徒の中からもこれまでに数名土木系への就職を決めた。
    この活動により,自治体にとっては市町村の橋の健全化を図ることができ,生徒にとっては,実構造物を対象とした社会インフラの保全について学習し,進路に大きな影響を与えたことになると考える。
     

  • 黒川高校の活動の様子
    図−6 黒川高校の活動の様子


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    おわりに

    福島県平田村から始まった住民主導型セルフメンテナンスモデルは,住民だけでなく,さまざまな形で展開されている。
    地方自治体とはいえ,山間部,農村部,市街地などそれぞれ特色があり,地域性も異なる。
    地方自治体と一括りにせず,各地域にあった方法で展開されることが重要である。
    住民主導型の平田村や生徒主導型の黒川高校以外にも,インハウスエンジニア自らが日常点検の中でセルフメンテナンスを行っている郡山市(=インハウスエンジニア主導型)や産学官民が協働しセルフメンテナンスを行っている石川県津幡町(=産学官民主導型),地元建設業者がセルフメンテナンスを行っている宮城県南三陸町(=地元企業主導型)等,5つの主要モデルを軸に日本各地13市町村でセルフメンテナンスが展開されている(図−7)(※5)
     
    2015年度に平田村で住民主導型セルフメンテナンスに取り組んで以来,筆者らによる草の根的な活動により,筆者自ら各地へ足を運び,セルフメンテナンスを展開してきたが,この方法にも限界がある。
    土木学会やインフラメンテナンス国民会議のような全国的な組織とも連動し,地域の好例を水平展開する仕組みを構築することも必要と考えている。
     
    セルフメンテナンスモデルを各地へ展開し,実装することで,社会インフラの老朽化の課題を理解し,地域の橋を守るという当事者意識を持つ市民が増えること,またこれにより,社会全体で課題解決へ向けて考え,行動できる世の中の実現に向けた一助となることが期待される。
     

  • 橋のセルフメンテナンスモデルの展開
    図−7 橋のセルフメンテナンスモデルの展開

  • 謝辞

    平田村の住民の方々および平田村役場の職員,黒川高校環境技術科の地域貢献パートを指導された歴代の先生,取り組まれた生徒等,本研究にご賛同いただき取り組まれているすべての方々に謝意を表す。
     
     
    参考文献
    (※1)国土交通省道路局:道路橋定期点検要領,平成26年6月,pp.1,2014.6
    (※2)国土交通省社会資本整備審議会道路分科会:社会資本整備審議会道路分科会建議 道路の老朽化対策の本格実施に関する提言,pp.12,2014.4.14
    (※3)浅野和香奈,子田康弘,岩城一郎:住民主導によるチェックシートを用いた簡易橋梁点検手法の導入に関する提案,コンクリート工学年次論文集,Vol.38,No.2,pp.1573-1578,2016.6
    (※4)浅野和香奈,岩城一郎:地域の橋はみんなで守る,−橋梁の維持管理における地域住民との連携−,橋梁と基礎,Vol.51,No.8,pp.147-150,2017.8.1
    (※5)浅野和香奈,子田康弘,岩城一郎:簡易橋梁点検チェックシートと橋マップを用いた住民主導型橋梁セルフメンテナンスモデルの構築と実装,土木学会論文集F4(建設マネジメント),Vol.75,No.2,pp.I_36-I_49,2019.

     
     
     

    日本大学 工学部 客員研究員(株式会社アイ・エス・エス)
    浅野 和香奈

     

    日本大学 工学部 教授
    岩城 一郎

     
     
    【出典】


    積算資料公表価格版2021年2月号


     
     

     

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