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1.熊本地震による被害

熊本地震による被害平成28(2016)年に起きた熊本地震は,震度6強を超える地震が立て続けに発生するなど前代未聞の出来事であった。
その破壊力はこれまで熊本城が経験してきた災害とは比較にならないほどすさまじく,築城以来,幾度もの災害に耐え抜いてきた多くの石垣や櫓やぐらも今回ばかりは悲鳴を上げた(写真−1)。
 
「熊本城天守閣」(以下,天守閣)は大天守最上階の6階部分の屋根瓦が土煙を上げて落下し下階の瓦に被害を与えたほか,大天守6階の柱の根元の損傷も激しく,モルタルが剥がれ落ち,柱・梁・床の各所にひび割れが発生するなどした。
石垣も,特に内部の石垣は大きく崩落した。

  • 地震直後の天守閣
    写真−1 地震直後の天守閣】


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    2.天守閣復旧整備事業

    平成30(2018)年3月に策定した「熊本城復旧基本計画」の基本方針の一つに「復興のシンボル天守閣の早期復旧」がある。天守閣は,明治10(1877)年の西南戦争直前に焼失し,昭和35(1960)年に市民・県民からの寄付などにより,江戸時代の外観を忠実に復元する形で鉄骨鉄筋コンクリート造で再建された。大小2つの天守から成り,60年にわたりその勇壮な姿で,市民・県民の暮らしを見守り続けてきた熊本のシンボルである。
    熊本地震で傷ついた天守閣の姿に早期復旧を望むたくさんの声が寄せられ,その声に応えるべく,地震直前の姿に戻すことはもちろん,来城者の安全確保を第一に,最新技術を取り入れるなどさまざまな手法を活用し,さらに強い天守閣の実現に取り組んだ。
     
    特別史跡内では,遺構の保護のため,掘削等は原則不可であるが,昭和35(1960)年の再建時には大天守8本,小天守4本,合計12本の深礎杭が設置されており,今回の地震による杭の破損等もなかった。
     
    復旧に当たり,天守閣は耐震補強を施し,さらに杭への地震力を低減するため制振装置も採用することとした。施工者の株式会社大林組独自の技術であるクロスダンパー(注1)を活用することで,通常2構面必要なところが1構面で済むため,耐震性能を確保しつつ来場者の動線や展示計画への影響も最小限に抑えることができた(図−1)。
    そのほか,同じく制振装置である粘弾性ダンパーや,耐震ブレース,耐震補強壁設置,柱への炭素繊維補強や鋼板巻きなど,さまざまな補強をバランスよく配置し,熊本地震と同規模の地震が発生した場合でも建物が倒壊しないようにした。
     
    石垣に直接荷重がかかっていた小天守の一部は,石垣の崩落の影響を受け大きく変形した。
    そこで,石垣と躯体を分離させる跳ね出し架構を採用することで,石垣の崩落や沈下による躯体への影響をなくし,被害を最小限に留めることが可能となった(図−2)。
     
    防火設備については,移動式消火設備や自動火災報知機,非常照明設備や誘導灯などを設置した。
    また,今回は新たに階段部に防火シャッターを設置し竪穴区画を形成することでスムーズな避難を可能とした。
     
    天守閣の地階穴蔵部分は,石垣を伝統的工法で復旧した上で建物側にネット等による安全対策を施しているが,天守閣への入口となる小天守東側は石垣の傍らを来城者が通過する場所であり,石垣そのものの補強が必要となった。
    石垣は文化財であるため,異物で固定したり補強したりすることは難しいが,この場所は過去に石垣の改修履歴があったことから,可逆性のある補強工法として,部分的に大林組独自の特殊技術を使った補強を実施することができた。
    これは,築石(石垣表面の大きな石)の裏の栗石(小礫・砂利層)の間に網状のシートを敷き込むことで動きを拘束し,さらにシートとつながれたフックの端を石垣表面に被せたネットと結束し築石の崩落も防ぐという仕組みで,「新型ジオグリッド」と呼ばれる工法
    である(図−3写真−2)。
     
    天守閣入口へのスロープや小型のエレベーター,多目的トイレの設置など,天守閣のバリア
    フリー化にも取り組んだ。天守閣内のエレベーターは設置スペースに限りがあり,7〜9人乗り程度の大きさで6階の展望フロアまでは3台を乗り継いでアプローチする形となる(写真−3)。
    誰もが自由に使えることにはならないが,車いす利用者等が天守閣の最上階からの景色を展望できるようになるということには大きな意味があると考えている。
    そのほか点字ブロックや,触地図,トイレの音声案内なども設置した。

  • 耐震補強状況
    図−1 耐震補強状況】

  • 跳ね出し架構等の概要
    図−2 跳ね出し架構等の概要】
  • 石垣構造補強(新型ジオグリッド)イメージ図
    図−3 石垣構造補強(新型ジオグリッド)イメージ図】

  • 網状シートの敷設
    写真−2 網状シートの敷設】
  • 各種付帯設備
    エレベーター(7〜9人乗り)
    写真−3 各種付帯設備】
  • 各種付帯設備
    大天守6階


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    3.天守閣の展示コンセプトと基本方針

    天守閣は,従来は「熊本博物館」の分館と位置付けられ,国指定重要文化財「細川家舟屋形」(波奈之丸)ほか実物資料を中心に展示していた。
    博物館のリニューアルに伴い,波奈之丸が天守閣から博物館に移されたこと,天守閣内は温湿度や管理運営体制(休館日の展示入替・バックヤード等の条件)が実物資料を展示するのに適していなかった等の課題もあり,天守閣の復旧に伴って展示内容や内装を刷新することとなった。
     
    展示改修の計画を立てるに当たり,平成29(2017)年度に「特別史跡熊本城跡保存活用委員会天守復興部会」において5回にわたる審議を重ね,展示のこのコンセプトと基本的な方針を決定した(図−4)。
    この基本コンセプト・基本的な方針に則し,「天守」という存在が築城から現代までどのような歴史をたどったかを主軸に,展示を構成した。

  • 展示の基本コンセプトと基本的な方針
    図−4 展示の基本コンセプトと基本的な方針】

  • 4.展示内容

    天守閣の入口である小天守地階はエントランスの役割を果たし,大型スクリーンの映像で来城者を迎える。
    石垣や井戸,石階段などの実物の遺構を見ることができるため,それらを照明で効果的に演出した。
    また,江戸時代の絵図に基づいて板敷き・土間やかまどの位置を平面で表示し,この場所が台所の機能を持った空間であったことを感じられるような展示とした。
    さらに,今回の復旧工事で新たに設置したダンパーや石垣前面の金網などをあえて来城者に見せることで,天守閣で導入された耐震補強や石垣の安全対策について知ることができる空間となった(写真−4)。

  • 小天守穴蔵全景
    写真−4 小天守穴蔵全景】

  • 1階は加藤時代(1588-1632年)の展示で,加藤清正・忠広の2代にわたる城づくりと町づくりの歴史を紹介している。
    さらに,従来の天守閣にあった大型模型のうち2点を再利用し,天守のつくりやデザインについて解説するコーナーとした(写真−5)。
    なお,全てのフロアは一筆書きとなるように動線を構成しているが,1階では一部が袋小路のようになることから,この部分をサブエリア「もっと知りたい熊本城」とし,熊本城と天守についてより深く学べるコーナーとした。
    また,1階にはメインのシアターや企画展示として入替可能な展示コーナーも設けている。

  • 1階/天守軸組模型
    写真−5 1階/天守軸組模型】

  • 2階は細川時代(1632-1871年)の展示で,加藤家に代わって藩主となった細川家による城の改修や維持管理,城下の拡大について解説した。
    さらに,江戸時代後期に天守がどのように使われていたのか,武器庫や登城などのテーマで紹介した(写真−6)。

  • 2階/「武器庫としての天守」展示ケース
    写真−6 2階/「武器庫としての天守」展示ケース】

  • 3階は近代の展示で,明治維新後の熊本城の歴史を紹介している。
    新たに西南戦争以降の歴史展示も追加し,昭和35(1960)年の天守再建までを扱った(写真−7)。

  • 3階/シアター「昭和35年の天守再建」
    写真−7 3階/シアター「昭和35年の天守再建」】

  • 4階は現代の展示で,平成の修理と復元,平成28年熊本地震の被害と天守閣の復旧の取り組みについて紹介した(写真−8)。
    また,この階には熊本城の復旧・復興のために寄付をいただいた「復興城主」の名前を検索できるデジタル芳名板を設置している。

  • 4階/「よみがえる熊本城」展示コーナー
    写真−8 4階/「よみがえる熊本城」展示コーナー】

  • 最上階である6階からは市内を一望することができる。
    また,AR(拡張現実)機能を用いて現在の風景に明治時代初期の古写真を重ね,眺望を見比べることができるアプリを導入した(写真−9)。

  • 6階/展望フロア
    写真−9 6階/展望フロア】


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    5.さまざまな展示手法

    天守閣の展示においては,天守・宇土櫓の縮尺1/100の触知模型を新たに設置し,点字解説も加えた(写真−10)。
    これにより,視覚障がい者の方々も天守や宇土櫓の形を触って比べることができ,それぞれの建物の特徴やデザインの違いを知ることができる。
     
    また,無料でダウンロードできる「熊本城公式アプリ」(写真−11)を起動させ,天守閣内のQRコードを読み取ると,音声ガイドとしても利用できる。「リストから選択」のメニューを選ぶと,自宅でも音声を聞くことができ,学習に役立てることも可能である。
    映像の流れているところでは,画面にスマートフォンをかざすと音声信号で自動同期し,字幕が表示される。
    このアプリは日本語のほか,英語・中国語(繁体字・簡体字)・韓国語に対応しており,外国人観光客も展示解説を楽しむことができる。
     
    天守閣の展示改修においては,保存環境の制約の大きい実物資料は行わないこととし,模型と映像を多用した内容とした。
    模型と映像を組み合わせた手法は複数箇所で取り入れている。例えば,天守軸組模型の展示コーナーでは,実物の模型の内部をより詳しく観察できるよう,タッチモニター式の詳細解説端末を2台設置した。
    端末に表示されている模型の3Dモデルで,解説を見たい場所をタッチすると,内部の写真とともに日英併記の解説を読むことができる(写真−12)。
     
    さらに,2階の城郭・城下模型の展示コーナーでは,熊本城と城下を再現したジオラマにプロジェクションマッピングの手法で映像を投影した(写真−13)。
    これにより,熊本城の各曲くるわ輪の構成や,城下の武家屋敷・町屋・寺などが色分けで表
    示され,城と城下の配置とその特徴を分かりやすく解説している。

  • 触知模型(天守閣)
    写真−10 触知模型(天守閣)】
  • 「熊本城公式アプリ」メニュー画面
    写真−11 「熊本城公式アプリ」メニュー画面】

  • 天守軸組模型詳細解説タッチモニター
    写真−12 天守軸組模型詳細解説タッチモニター】
  • 城郭・城下模型へのプロジェクションマッピング
    写真−13 城郭・城下模型へのプロジェクションマッピング】


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    6.おわりに

    平成28年熊本地震から5年を迎え,まずは熊本城のシンボルである天守閣の復旧が完了した(写真−14)。
    被災前の姿はそのままに,新たに耐震補強や安全対策・バリアフリー設備などを取り入れ,誰もが安心して訪れることのできる,より魅力的な施設となった。展示を通じて天守の歴史と今回の地震からの復旧についても学ぶことができるとともに,最上階からは城内の様子を見渡すことができる。
    多くの方々に何度でも足を運んでいただき,復旧が進む「熊本城」の姿を見守ってもらいたい。

  • 復旧が完了した天守閣
    写真−14 復旧が完了した天守閣】

  • ※令和3(2021)年4月26日から天守閣内部公開予定でしたが,新型コロナウイルス感染拡大防止のため延期。
    詳細については熊本城公式ホームページ(注2)をご確認ください。

     


    (注1)中小地震には耐震性能を向上し大地震時には制振効果を発揮するブレーキダンパーと,中小地震から大地震まで制振に効果的なオイルダンパーを交差して組み合わせた省スペース型のダンパー
     
    (注2)熊本城公式ホームページ
    https://castle.kumamoto-guide.jp/

     
     
     

    熊本市 文化市民局 熊本城総合事務所 田代 純一(たしろ じゅんいち)
    熊本城調査研究センター 木下 泰葉(きのした やすは) 

     
     
    【出典】


    積算資料2021年7月号



     
     

     

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