• 建設資材を探す
  • 電子カタログを探す
ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 軟弱地盤・液状化対策 > 「地質リスク低減のための調査・設計マニュアル(案)」の改訂について

 

はじめに

公共事業は,国民生活にとって重要な基盤整備であり,最も身近な社会資本整備の一つである。
一方,多くの事業費を必要とするため,整備にあたってはその効果を十分見極めるとともに,経済性や維持管理に優れたものでなければならない。
従前より,構想・計画段階から,調査・設計段階,施工段階,維持管理段階の各事業段階で地形・地質等さまざまな事業リスク(事業コストや工期の変動要因)に配慮しつつ,事業を進めてきたところではあるが,近年では特に各事業段階における検討の連続性の確保や,施工時の地形・地質リスクをどのように低減させるか,ということについて一般に広く注目されている。
 
このため,近畿地方整備局の公共事業を対象に,近畿地方整備局,(一社)建設コンサルタンツ協会近畿支部,(一社)関西地質調査業協会の三者の協働により,各事業段階において地質リスクを中心とした事業リスクの低減を目的とした,「地質リスク低減のための調査・設計マニュアル(案)」(以下,「マニュアル」という。)を全国でも初めてとなる平成30年2月に策定した。
 
また,マニュアル策定以降もさらなる地質リスクの低減を見据え,近畿地方整備局,(一社)建設コンサルタンツ協会近畿支部,(一社)関西地質調査業協会に加え,学識経験者にも参画いただいた「勉強会」を開催してきた。
勉強会では,マニュアル策定以降に実務として実施された地質リスクの検討状況や課題を踏まえ,各事業段階において地形・地質等を要因とする事業リスクを抽出・分析・評価し,事業関係者が連携・情報共有することで地質リスクに対するマネジメントを行い,円滑な事業執行が図れるような具体的な手法について検討を重ねてきた。
 
また,令和元年度には,国土交通省と(国研)土木研究所は,土木事業に関連する学協会等と連携し「土木事業における地質・地盤リスクマネジメント検討委員会」を組織し(※1),その議論の成果として「土木事業における地質・地盤リスクマネジメントのガイドライン-関係者がONE-TEAMでリスクに対応するために-令和2年3月国土交通省大臣官房技術調査課・国立研究開発法人土木研究所・土木事業における地質・地盤リスクマネジメント検討委員会」(以下「ガイドライン」という。)が公開された(※2)。
ガイドラインには,どのような形で地質リスクマネジメントを導入・運用すれば,当該事業において地質リスクへの対応が最適なものとなるかという考え方が示されている。
 
そこで,平成30年2月に策定したマニュアルを改訂することとし,勉強会における検討を基にさらにガイドラインの考え方を踏まえ,各事業段階において地質リスクの低減を図るためのマネジメントシステムを構築することを目的として,令和3年3月に新たに「地質リスク低減のための調査・設計マニュアル(案)改訂版」(以下,「改訂版マニュアル」という。)を策定した。
本稿では,改訂版マニュアルの概要について紹介する。

 
 

1. 地質リスクとは

わが国は,急峻な山岳地や,軟弱な地層が厚く堆積する沖積平野などで形成されているとともに,多くの活断層が分布しており,地質は極めて複雑である。
このため,地質情報が十分に把握・評価されていなかったことにより,施工時における災害の発生や,構造物等の設計変更等が生じ,当初想定していた事業コストや工期が増大した事例がある。
このような,事業コストの増大や工期の延長等に結びつく可能性のある地形・地質や地下水,地盤等に起因する事業リスクのこと,また広義では地質上のリスクの存在を認識していないことを含め,改訂版マニュアルでは「地質リスク」として定義している。

 
 

2. マニュアル改訂の目的

公共事業の遂行にあたって,地質リスクを低減するためには,地質上のリスクを関係者が正しく認識し,構想・計画段階,調査・設計段階,施工段階,維持管理段階において適切に対応することが必要である。
このように各事業段階において,適切な地質調査を行いその内容を設計に効果的かつ適切に生かすことにより,地質に起因する事業リスクを事業の各段階において低減させることを目的として改訂版マニュアルを作成した。
 
そのため,改訂版マニュアルでは地質リスク検討の必要性とその手法を示し,事業関係者間の情報共有と,後続の地質調査業務や設計業務,施工,維持管理への申し送りの具体的な方法について取りまとめた。

 
 

3. 地質リスク低減の考え方

構想・計画段階から施工・維持管理段階に至る地質リスク低減の考え方を図-1に示す。
縦軸に地質リスクの大きさを,横軸に事業段階を示している。
事業当初は潜在する地質リスクが最も大きくなるが,事業段階の進捗に従って地質情報は増えていくため,地質リスクマネジメントを実施しない場合でも,地質リスクはある程度低減されていく。
 
一方,地質リスクマネジメントを実施した場合には,地質リスクの大きな低減が期待できる。
例えば,構想・計画段階では潜在的な地質リスクを評価し,相対的に地質リスクが少ない箇所を計画地とするとともに,地質リスクのランク分けを行い,重要度の高い箇所から重点的に調査を行う。
調査・設計段階では地質リスクの評価結果を踏まえた設計計画を策定することにより,施工段階での地質リスクによる不具合を低減させることができる。
また,地質リスクマネジメントの記録を引き継ぐことにより,維持管理段階における地質リスクの低減効果が期待できる。
 
このように,各事業段階に応じた地質リスクマネジメントの取組みを,事業期間を通して実施していくことが重要である。

  • 地質リスク低減の考え方
    図-1 地質リスク低減の考え方(※3)

  •  

    4. 改訂版マニュアルの概要

    4-1 改訂版マニュアルの構成

    改訂版マニュアルの目次構成を図-2に示す。
    1章「はじめに」において地質リスクマネジメントの必要性とマニュアル改訂の経緯を記載した。
    2章では改訂版マニュアルの概要に加え,「用語の定義」では先行して策定されたガイドラインとの対比を併せて記載した。
    3章は,地質リスクマネジメントの3本柱のうちの一つとなる地質リスクの「抽出」「分析」「評価」といった一連の検討方法について事例を交えて記載した。
    4章は,二つ目の柱となるリスクコミュニケーションの方法として三(四)者会議の実施方針をまとめた。
    5章では,道路事業を取り上げ,事業における地質リスクマネジメントの流れを示し,各事業段階における検討内容を具体的に示した。
    6章では,三つ目の柱となる情報共有と引継ぎ(申し送り)のための具体的な様式を明示した。
    7章では,今後の検討課題でもある地質リスクの可視化(三次元化)や地質リスクによる変動幅(事業費の増減)の表現のための検討について触れた。

  • 改訂版マニュアルの目次構成
    図-2 改訂版マニュアルの目次構成

  • 4-2 地質リスクマネジメントを実施すべき事業

    土木事業においては,どのような構造でも地盤と接するため,大小にかかわらず地質リスクが存在する。
    しかし,事業によっては,事業への影響が軽微である場合や事業規模が小規模で地質リスクマネジメントによる経済的な効果等が期待されない場合もある。
    そのため,地質リスク検討を実施すべき事業はガイドラインを参考に下記のとおりとした(※2)。

    ○大規模な掘削や地形改変を伴う事業
     ダム,規模の大きい橋梁・切盛土工・トンネル等
    ○周辺にさまざまな施設が近接する事業
     都市部での地下工事,各種施設の直近での掘削工事等
    ○地下水に影響を与える可能性のある事業
     地下水利用に影響を与える事業,大規模・広域に地下水変化を生じる事業,地下水変化に起因する地盤沈下や浮力の変化等の影響を生じる事業等
    ○自然由来の重金属等を含む可能性がある地質の箇所での事業
    ○地すべり,崩壊,土石流等の災害危険箇所での事業
    ○軟弱地盤,液状化しやすい地層等の脆弱な地盤の箇所での事業等

     

    4-3 地質リスクマネジメントの体系

    地質リスクを低減するためには,各事業段階で地質リスクを評価して,その対応方針を設計計画に反映することが重要となる。
    その手法として各事業段階でリスクコミュニケーションを図り,必要な対策や後続調査計画などの措置を共有するとともに,その措置については次の事業段階で確実に実施する。
    さらにその結果を反映した地質リスクの再評価を行って地質リスクの評価精度を高めることにより,事業を通して地質リスクの低減が図られる。
    この一連の体系を図-3に示す。

  • 地質リスクマネジメントのサイクル
    図-3 地質リスクマネジメントのサイクル

  • 4-4 地質リスクの検討方法

    地質リスクの検討は,リスクへの対応方針の意思決定を行うために地質リスクを抽出,分析,評価を行う一連の検討のことをいう。
     
    地質リスクの抽出は,地質リスクを発見,認識し,構造に対して及ぼす影響を整理するプロセスである。
    事業段階に応じた調査に基づき,地質リスクの出現可能性や及ぼす影響の大きさ等に関係なく,考えられる地質リスク要因を総合的・俯瞰的な視点で漏れなく抽出し,整理する(図-4)。
     
    地質リスクの分析は,地質リスクランク(重要度)を決定するプロセスである。
    計画構造と地質リスクの特性を理解し,検討が必要な発現事象を抽出する。
    発現事象ごとに「発生のしやすさ」「影響の大きさ」の設定を行い,あらかじめ作成した地質リスクマトリクス表に応じて,地質リスクランクを決定する(図-5)。
     
    地質リスクの評価は,地質リスクへの対応方針を検討するプロセスである。
    地質リスクランクに応じた対応方針については改訂版マニュアルに示しており(図-6),この対応方針を基本としてそれぞれのリスクに応じた具体的な対応を決定する。
    その対応方針に基づきリスク措置計画(設計対応案や後続調査計画等)を策定し,地質リスク分析の結果とともに管理票,総括表にまとめる(管理票,総括表の詳細は後述する。)。

  • 地質リスクの抽出例(切土の場合)
    図-4 地質リスクの抽出例(切土の場合)
  • 地質リスクランクの設定例
    図-5 地質リスクランクの設定例

  • 地質リスクランクとその対応方針(案)
    図-6 地質リスクランクとその対応方針(案)

  • 4-5 リスクコミュニケーションの方法

    地質リスクの検討過程では必ずリスクコミュニケーションを実施することとしており,検討結果の情報共有と合意形成を図ることを目的とする。
    リスクコミュニケーションは,事業管理者,設計技術者,地質技術者(施工時には施工技術者も加わる)による「三(四)者会議」として実施する。
    また,必要に応じて,現地での立会いを行うことも重要であると考えている。
    改訂版マニュアルで定めた,三(四)者会議の実施方針の一例を示す。
     
    ① 主催者は事業管理者とする。
    ② 会議資料の作成は,地質リスク検討業務において地質技術者が担当する。
    ③ 各業務を実施するにあたり既往の地質調査結果の精査を行い,設計や仮設計画に必要な地質・地盤条件や必要な地質調査の内容を明確にする。
    ④ 地質調査結果に基づいて,地質リスクの分析,評価等に関して協議し,設計計画に確実に反映する。
    ⑤ 地質リスク検討の結果およびリスク措置計画の方針を決定する。
    ⑥ 必要に応じて,現地で立会・追加協議を行う。
    ⑦ 事業の規模に応じて,三(四)者会議の頻度を設定する。

    4-6 申し送り(引継ぎ)の方法

    通常の事業では事業期間は長期間に及び,事業関係者も入れ替わっていく。
    事業で得られた地質リスクに関する情報を関係者間で申し送るためには,抽出された地質リスクやリスクランクだけでなく,その評価理由と変更履歴等をあわせて引き継ぐ必要がある。
    そこで,図-7に示した地質リスク管理票(様式1-1)に加えて,地質リスクの再評価の内容を整理した一覧表や各事業段階における地質リスクの措置経緯を整理した管理個票を作成し,地質リスクへの対応方針等を三(四)者会議等で相互に確認するものとする。
    以上のような引継ぎに必要な情報を取りまとめる管理票等の様式を改訂版マニュアルに定めており,これを確実に次の事業段階に引き継ぐものとする。

  • 地質リスク管理票の例
    図-7 地質リスク管理票の例

  •  

    5. 地質リスクマネジメントの適用例

    5-1 道路事業への適用

    道路事業では,「概略設計区間の決定」がなされると「道路概略設計」⇒「道路予備設計(A)」⇒「道路予備設計(B)」⇒「道路詳細設計」および「擁壁等付帯構造物,橋梁・トンネル等重要構造物詳細設計」の順に設計が進められるが,本格的な地質調査は,道路予備設計(B)の段階から実施されていた。
    本マニュアルでは,地質リスクを低減するためには地質リスク等に関する情報を概略設計段階から的確に反映することが重要であると考え,「地質リスク検討を実施すべき事業」を対象に,概略設計の段階に「地質リスク予備検討」を実施することとした(図-8)。
    さらに,「地質リスク予備検討」の結果,リスクランクAAおよびAが確認された場合には地質リスクマネジメントの対象事業とすることとし,以降の予備設計(A)の段階から各段階において「地質リスク検討」および「三者会議」を順次実施することとしている。
    各事業段階における地質リスク検討の目標は下記のとおりとした。

  • 道路事業における対応フロー
    図-8 道路事業における対応フロー

  •  

    ○概略設計段階の地質リスク予備検討
    この段階では,概略ルート(またはルート帯)による比較案を抽出する段階であり,現地での調査が困難な場合が多いため,既存資料や文献調査による広範で漏れのない情報収集を行うとともに,航空レーザー測量データによる三次元地形解析等を活用し,リスクランクAAの確実な抽出とリスクランクAの出来る限りの抽出を行う。
    リスクランクAAが確認された場合は,ルート(またはルート帯)の回避を検討する。
     
    ○予備設計(A)段階の地質リスク検討
    この段階は,本命ルートの絞り込みを行い,ルート中心線を決定する段階であり,可能であれば現地における地表地質踏査を実施,困難な場合も干渉SARや空中物理探査などの新技術を積極的に活用し,調査精度の向上を図る。
    得られた地質情報を基にリスクランクAを抽出し,コントロールポイントとして回避または対策を検討の上,リスク低減が図られたルートを選出する。
     
    ○予備設計(B)段階の地質リスク検討
    この段階は,実測図を用いて用地幅杭を決定する段階であり,ボーリング調査等詳細な地質調査を実施するが,リスクランクAに対しては必要に応じて高度な調査手法の適用を検討し,得られた地質情報を基にリスクランクAおよびBの全てに対して対策を検討のうえ用地幅杭設計に反映する。
     
    ○詳細設計段階の地質リスク検討
    この段階は,工事に必要な詳細構造や仮設構造を検討する段階であり,ボーリング調査の適切な位置選定や各種の地質性状調査を行い,支持層や地山の状態を正確に把握する。
    得られた地質情報を基にリスクランクAおよびBに対する対策を詳細設計に反映するとともに,施工時の留意事項や施工時に確認すべき事項等についてとりまとめる。

    5-2 地質リスク顕在化事例の蓄積

    地質リスクマネジメントを適切に実施していても,事業の進捗により事前に予見していない地質リスクが顕在化することがある。
    このような事例を蓄積・分析することにより,将来的な地質リスク評価の精度を向上させることができると考えている。
    そこで,改訂版マニュアルでは,地質リスク発現時や地質リスクが顕在化した事例を整理するために「地質リスク顕在事例報告書」の様式を定め,蓄積していくこととした。
     
     

    おわりに

    改訂版マニュアルでは,地質リスクマネジメントの三本柱である,「地質リスクの検討」,「リスクコミュニケーション(三(四)者会議)」,「情報共有と引継ぎ(申し送り)」について具体的な手法を明示した。
    しかし,地質リスクマネジメントの取組みは始まったばかりであり,改訂版マニュアルを参考に今後各事業において取り組まれるが,そこではさまざまな課題が生じると思われる。
    そのような課題の収集に努め,それぞれの手法について改善していくとともに,さらなる地質リスク検討の精度向上を図る努力を続けていく考えである。

     
     

    参考文献
    (※1)土木研究所:土木事業における地質・地盤リスクマネジメント検討委員会.
    https://www.pwri.go.jp/jpn/research/saisentan/tishitsujiban/iinkai-archive.html
     
    (※2)国土交通省大臣官房技術調査課・国立研究開発法人土木研究所
    ・土木事業における地質・地盤リスクマネジメント検討委員会
     :土木事業における地質・地盤リスクマネジメントのガイドライン-関係者がONE-TEAMでリスクに対応するために-令和2年3月
    https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001337772.pdf
     
    (※3)(一社)全国地質調査業協会連合会:地質リスク調査検討業務発注ガイド(2016改訂版)
    https://zenchiren.or.jp/geocenter/risk/georisk_guide_2017.pdf

     
     
     

    国土交通省 近畿地方整備局 近畿技術事務所 技術情報管理官
    高祖 亮一

     
     
    【出典】


    積算資料公表価格版2021年10月号
    積算資料公表価格版

     
     

    最終更新日:2023-07-07

     

    同じカテゴリの新着記事

    ピックアップ電子カタログ

    最新の記事5件

    カテゴリ一覧

    話題の新商品