• 建設資材を探す
  • 電子カタログを探す
建設資材データベーストップ > 特集記事資料館 > 積算資料 > 文明とインフラ・ストラクチャー第28回 誰も悪い者はいない ー震災復興 タテ割り行政の克服ー

 

公益財団法人 リバーフロント研究所 技術参与
竹村 公太郎

 


 
公益財団法人 土木学会が企画した「震災復興トークサロン」を聴講して、多くのことを学び、考えさせられた。
被災者たちの声を聴いていて、災害日本の復興のあり方を真剣に問わなければと痛感した。
 
災害復興の主役は、インフラセクターである。
復興庁、国土交通省、農林水産省そして被災県の土木部がその任を受け持っていく。
しかし、これらの組織に関係する土木行政が、なぜ住民たちの思いとかけ離れた復興に向かってしまうのか。
 
3.11の震災復興を見ていて、ロートルの土木技術者である私の心は落ち込んでしまった。
 
 

徒弟制度の土木

土木技術は徒弟制度である。
それは先輩への尊敬の念と、先輩の意見への服従である。
 
それは当然であった。
土木の真剣勝負は現場である。
土木現場は大学では学べない。
予測不能な事態の連続で、それを乗り切る知恵と度量は、経験でしか得られない。
少しばかり頭の良い若者の知恵では、現場は乗り切れない。
 
私は大学を出て、鬼怒川の川治ダム建設現場に配属された。
そこで先輩たちからさまざまな設計技術と施工技術を学んだ。
予測できない事態への機敏で適切な対応を学んだ。
ダム水没者への挨拶、衆人の前で立つ姿勢、そして、地元の人々への心配りを学んだ。
それだけではない、酒席での先輩、朋友そして後輩への話しぶり、身のこなしなどの全人格を学んだ。
 
先輩たちは、経験の引き出しから自在に知恵を取り出し、適確な対処を即座にとった。
その先輩たちを尊敬し、その意見に従うことは当然であった。
 
還暦を過ぎた私も、その良き土木の先輩であろうとした。
自分の経験は若い人に比べたら途方もなく多い。
これらの経験から来た知恵を後輩たちに伝えていく。
もちろん、その役割を担う自信もあった。
 
しかし、その自信が根底から揺らいでしまった。
それが、2011年3月11日の東日本大地震とその後に続く復旧と復興であった。
 

写真-1 被災地の様子(2011年4月宮城県名取市)

写真-1 被災地の様子(2011年4月宮城県名取市)
撮影:土屋信行


 
 

資格を失った土木技術者

土木技術者たちは、災害後の現場に立つ。
その時には、もう自然の猛威はそこにない。
とっくに過ぎ去っている。
自然に破壊された街や道路や河川の現場があるだけだ。
その現場に立って、過去の経験から復旧の段取りを考えていく。
基本は原型復旧である。
原型復旧は難しいことではない。
予算の確保と、工事の段取りと、各組織の役割分担と人員配置を決めていく。
災害復旧の不動の手法である。
 
ところが、3.11災害は過去の災害と異なっていた。
災害現場はガレキだけの原野となっていた。
ここまでは過去の災害現場と同じだ。
しかし、そこに立つ自分たちの脳裏には、テレビ中継で見た巨大津波の映像が生々しく存在していた。
その点が、過去の災害現場と大きく異なっていた。
 
地域のコミュニティーを徹底的に破壊した巨大津波を脳裏に抱えたまま、地域の復興の方針を決めなければならない。
 
数回、被災地に足を運んだ。
しかし、あの巨大津波を制する復旧と復興の方針は頭に浮かんでこなかった。
 
被災地で何人からか意見を求められたが、答えられなかった。
沈黙せざるを得なかった。
沈黙する先輩など、無用の長物である。
3.11災害では、私は土木技術者の先輩としての資格を失った。
 
 

土木学会の討論会

2013年10月に土木学会企画の震災復興フォローアップセミナーの第1回トークサロンを知った。
出演者の陣容は、3.11の被災者やボランティアや若手の研究者たちであった。
私は復興計画の知恵も出せず、貢献もできなかった。
そのシンポジウムに参加しても役に立つわけではないが、そのプログラムに惹かれ、夕方、中央大学へ向かった。
 
討論会は時間がくるとスーッと始まった。
土木界独特の先輩の挨拶はない。
聴衆者は若い学生から、市民、若い研究者、そして引退した土木技術者まで多岐にわたっていた。
もちろん、組織の参加動員はない。
参加者は自分の意思で足を運んでいた。
 
この討論会のテーマは、
 
●今進んでいる復興計画が、未来の安全で活力ある地域再建なのか?
●復興計画が被災者の思いを組み込んでいるのか?
●被災者の気持ちを汲み取る復興計画とはなにか?
 
であった。
 
被災者たちの思いは、はっきりしていた。
それは、安全な地域の生活再建である。
その安全な地域の再建は、地域の歴史と文化と自然の再建とともにあって欲しい。
それを実現してくれるのが土木技術者である。
しかし、被災地の現場では、画一的に、個別施設ごとに事業が一気に進んでいる。
 
一体、地域全体の未来を見つめ、生き生きとした地域を復興してくれる土木技術者はどこにいるのか?
 
悲鳴ともいえる内容であった。
後半は意見交換の場であった。
私は一言も発言できなかった。
 
 

誰も悪い者はいない

2013年12月20日、早稲田大学で第2回目のトークサロンが開催された。
母親を3.11で失った若い女性写真家の話の後にパネルが開始された。
 
被災地に入り復興に関して苦闘している中央大学と九州大学の研究者の発表は、
被災者たちの思いと画一的な復旧土木事業の落差を厳しく指摘していた。
 
その後、フロアーから発言があった。
被災地に入って地域の復興計画を模索している東北大学の研究者であった。
 
彼の言葉が、この大災害の復旧・復興の本質を突いていた。
長い発言の一部に「現場では皆、一所懸命だ。誰も悪い者などいない」であった。
 
そのとおりであった。
この大災害の復興で、どの土木技術者も懸命に復興に立ち向かっている。
実は、そこが一番の問題なのだ。
 
災害復旧の担当官は、防災施設を懸命に建設している。
自治体は懸命に代替地造成に向かっている。
道路事業者は懸命に道路復旧を進めている。
下水道事業者は懸命に下水処理場復旧に向かっている。
各分野の土木技術者たちは、自分の行政権限と責任の範囲で、最大限に予算をとり、最大限に早く工事を仕上げようと努力している。
まさに、「現場では皆、一所懸命だ。誰も悪い者などいない」。
 
しかし、誰も、未来の地域づくりの全体を統括指導していない。
 
個別復旧事業が進捗するにつれ、被災者たちの心は離れていく。
なぜなら、個別事業は個別行政の最適解である。
しかし、地域全体の最適解ではない。
 
地域の歴史をいかに連続させるか。
 
地域の文化をいかに復活させるか。
 
地域の自然をいかに再生して、未来の地場産業を創生するか。
 
このような問いかけへの解は、個別事業にはない。
 
 

タテ割り行政の弊害

3.11災害復旧と復興事業では、タテ割り行政の弊害が究極の姿で登場した。
 
各行政は自分の与えられた所管法律に依って立っている。
災害復旧行政、河川行政、海岸行政、道路行政、下水道行政、公園行政は、すべて所管法律に基づいている。
この所管法律によって、実施すべき事業は厳密に規定されている。
各行政の技術者は、この所管からはみ出して他の分野の事業に手を出すことはできない。
 
平時には、この行政ルールは効率が良い。
そして、公平なルールでもある。
しかし、3.11災害のような巨大災害の後、全面的な地域再建には絶対に馴染まない。
個別行政は全体を視ない、いや、制度的に見ることができない。
 
地域全体の復興には、優れた統括した指導が必要である。
平時には地域リーダーの市町村長がその任に当たる。
しかし、津波で壊滅状態に陥った基礎自治体にそれが出来るわけがない。
そのため、基礎自治体を統括する県知事の役目になる。
しかし、経験のない災害で、早く復興せよとのマスコミや政治家の叱咤を受けて、
知事は中央の縦割り行政の枠内で事業を進めていくこととなる。
 
各立場の土木技術者たちは、組織の命令に従って懸命に努力する。
自分たちの行政以外の意見には耳を傾けない。
そのようなことをしたら、時間がかかり、事業が遅れるだけだ。
事業が遅れれば、自分の行政が「遅い!」と社会から袋叩きにあう。
土木技術者たちは自分の依って立つ行政と組織への忠誠心で、昼夜を分かたず業務に励んでいく。
 
このように3.11復興では、インフラ行政の縦割りの弊害が露わに出てしまった。
 
 

タテ割りのモデル

タテ割り行政で苦しむ人々を表現した。
それが(図-1)である。
 

図-1 タテ割り行政で苦しむ人々

図-1 タテ割り行政で苦しむ人々
C:竹村公太郎


 
下に敷かれているコースターが、各行政の所管法律である。
各所管法律はお互いに重ならないよう接して並んでいる。
このコースターの上に立っているビンが各行政である。
ビンの行政は、このコースターの所管法律に立脚している。
ビンの下の部分は、隙間なく接しているが、ビンの上ではビンとビンの間に隙間ができている。
 
つまり、単純な社会であれば、行政が社会運営にくまなく目が届く。
しかし、社会がちょっとでも複雑になれば、縦に伸びた行政間で隙間が生じてくる。
この隙間に、国民は落ちて苦しんでしまう。
 
行政官は、自分のビンの中に閉じこもっている。
ビンの外へ出て、苦しんでいる国民を救ってくれない。
ビンの外へ出ることは、自分の所管範囲を逸脱してしまう恐れがあるからだ。
 
行政は減点主義である。
良いことをしようとしても、それが越権行為と非難されれば減点となる。
 
隙間に落ちて苦しんでいる国民の存在を知っていても、行政官たちはビンに閉じこもっている限り、絶対に非難されない。
ビンの中に閉じこもっている限り、完全に安全である。
 
 

縮小社会における行政

なぜ、3.11災害復旧で、タテ割り行政が一気に顕在化したのか?
 
その理由の一つが、この大災害の発生時期が、日本文明の縮小への移行期にあったことだ。
日本文明は歴史上、常に膨張してきた。
特に、明治以降の近代化で、人口も産業経済も一気に膨張した。
 

図-2 日本の人口の推移

図-2 日本の人口の推移
出典:「国税調査」を基に作成
※1850年以前は、鬼頭宏『日本二千年の人口史』(PHP研究所)、
 将来人口は、国立社会保障・人口問題研究所(中位推計)による


 
文明の興亡の重要な指標として人口がある。
(図-2)は、過去1千年の日本人口の推移である。
この人口の推移を見れば、日本文明は、はっきりと縮小期に入ったことが分かる。
日本が初めて経験する縮小社会である。
膨張期と縮小期では、社会の現象は正反対となる。
 
行政も同じだ。
膨張期と縮小期の行政は正反対となる。
過去の膨張期の行政をモデルにすると(図-3)となる。
 
図-3 膨張する時代の行政モデル

図-3 膨張する時代の行政モデル
C:竹村公太郎


 
膨張期には行政はビンではなく風船で表現される。
所管法のコースターはあるが、そのコースターを無視して実態の行政は膨張していく。
行政同士は膨張しようと、ギシギシ音を立てて権限を主張し合っていく。
 
この膨張する風船の上に隙間などない。
だから、国民は隙間に落ちることはない。
 
ところが、縮小へ移行する時期には、行政の予算は縮小していく。
行政官の意識も守備に回っていく。
行政のモデルは、この風船からビンのモデルに移行していくこととなる。
 
 

縮小未来に向かって

未来の日本列島には、これからも何度も何度も巨大災害が襲ってくる。
その巨大災害の復興にどうやって対処していくか?
 
3.11の災害復興での、タテ割り行政の限界をいかに克服していくのか?
 
このビンモデルの行政を、再び風船モデルにすることはできない。
ビンモデルを現実として認めたうえで、人々が隙間に落ちて苦しまないように工夫するしかない。
 
答えは、ビンの隙間をなくせばよい。
しかし、行政官はビンから出て隙間を埋めてくれない。
 
では、誰が埋めるのか?
 
答えは、民間の知恵、民間の力、民間の資金、民間の連携である。
企業、金融機関、大学の研究者、市民NPOの幅広い連携と協力が、この隙間を埋める知恵を出し合う。
 
その知恵を出し合う時期は、災害が発生してからではダメだ。
災害が発生する以前に、災害復旧と復興計画の準備をしていく。
それも決定案ではない。A案、B案を出し合う。
 
その各案を事前に地域で議論する。各案を行政に提示して、行政面の問題点を行政に指摘してもらう。
その行政が指摘した問題の克服を再度議論していく。
地域ごとで、民間と行政が会話を繰り返していく。
その民間と行政の連携モデルを(図-4)で表した。
 

図-4 21世紀の新しい連携モデル:民間と市民NPO

図-4 21世紀の新しい連携モデル:民間と市民NPO
C:竹村公太郎


 
災害の事後の復興ではない。
地域の生活と、歴史と、文化に合った事前の復興計画を地域ごとに議論しておく。
 
これが、3.11災害の反省でたどり着いた私の結論であった。
 
 
 

竹村 公太郎(たけむら こうたろう)

公益財団法人リバーフロント研究所技術参与、非営利特定法人・日本水フォーラム事務局長、首都大学東京客員教授、
東北大学客員教授 博士(工学)。
出身:神奈川県出身。
1945年生まれ。
東北大学工学部土木工学科1968年卒、1970年修士修了後、建設省に入省。
宮ヶ瀬ダム工事事務所長、中部地方建設局河川部長、近畿地方建設局長を経て国土交通省河川局長。
02年に退官後、04年より現職。
著書に「日本文明の謎を解く」(清流出版2003年)、「土地の文明」(PHP研究所2005年)、「幸運な文明」(PHP研究所2007年)、
「本質を見抜く力(養老孟司氏対談)」(PHP新書2008年)「小水力エネルギー読本」(オーム社:共著)、
「日本史の謎は『地形』で解ける」(PHP研究所2013年)など。
 
 
 
【出典】


月刊積算資料2014年12月号
月刊積算資料2014年12月号
 
 

 

同じカテゴリの新着記事

ピックアップ電子カタログ

最新の記事5件

カテゴリ一覧

バックナンバー

話題の新商品