• 建設資材を探す
  • 電子カタログを探す
ホーム > 建設情報クリップ > 建築施工単価 > BIMとコストマネジメント

 

公益社団法人 日本建築積算協会
副会長・専務理事 加納 恒也

 

1.はじめに

BIM(Building Information Modeling)についての議論は、通常はコンピュータの専門家を中心になされている。
作り手側の技術的な視点からものごとが進化していくのは一般的なことではあるが、
ユーザー目線から斬新な商品が生まれることもまた実証されている。
本稿においては、コストマネジメントに従事している実務者つまりBIMのユーザーとしての視点から、
BIMとコストマネジメントについて考えてみることとする。
 
今から26年ほど前にNHK大河ドラマとして放映された「春日局」において、
江戸城や江戸の街並みを再現したCG(コンピュータグラフィックス)が評判を呼んだことがある。
今では誰も驚かなくなった三次元のCGではあるが、当時あるゼネコンがコンピュータメーカーと共同で作り上げたものだった。
 
その頃には、ゼネコンも先端技術に積極的な投資を行っていたようで、当時の大型汎用コンピュータを使用して、
三次元CADを設計および施工に活用しようというプロジェクトが立ち上がった。
発想自体は現在のBIMに通じるものと思われるが、システムも形を整え設計実務への活用も進んできた時に、
積算との連動の話が持ち上がった。
 
結論を言ってしまえば、関係者とともにさまざまな検討を行ったが、積算連動の環境が整わずあえなく挫折してしまった。
経営者の理想に反し、実態は設計効率化のお絵描きツールとして活用されていたシステムでは、
積算に必要な材料情報などを入力する必要性がなかったわけである(システムには必要項目として用意されていたにもかかわらず)。
この後、設計ツールの枠から飛び出せなかった三次元CADは、急速に存在感を失っていく。
 
結局、システムの革新は組織や仕組みの改革が伴わなければ成功しないということを実感した次第である。
 
 

2.日本建築積算協会(BSIJ)の活動

2.1 BSIJ & RICS ジョイントシンポジウム「BIMが未来を切り開く」

2015年1月27日(火)、不動産・建設に関する国際的職能団体RICS(英国王立チャータード・サベイヤーズ協会)と共同で、
シンポジウムを開催した。
国家をあげて具体的目標を設定しBIMを推進する英国から、RICSにおけるBIM推進リーダーであるアラン・ミューズ氏を招き、
BIM活用に関する英国とわが国における状況あるいは課題について対比するとともに、
グローバル的な視点を含めてその将来を考えるものであった。
アラン・ミューズ氏には、英国におけるBIMの活用状況から今後の展開に向けての考え方、
そしてグローバル化におけるBIMのあり方についてお話しいただいた。
 
一方日本からは、(一社)IAI日本(Building SMART) 代表理事・山下純一氏、 大成建設(株)・大越潤氏、
(株)日積サーベイ・生島宣幸氏がそれぞれ、わが国におけるBIMの現状と今後の課題、ゼネコンにおけるBIM活用と今後の狙い、
BIMと連動した積算システムとコストマネジメントの将来についてお話しいただいた。
 
その後行われたパネルディスカッションおよび質疑応答においては、
4D(時間・スケジュール)5D(コストやCAPEX)といった従来の3D(三次元)から拡張しつつある領域について、
あるいはわが国では発注者にBIMの効用が十分認識されていない実態について、またBIMに関するコスト負担のあり方、
あるいはBIMマネジャーの育成といったさまざまな議論がなされた。
その中でも、BIMは単なる設計や生産のツールではなく、
社会制度と密接に関連したシステムとして捉える必要があることが認識された。
 
またこれに先立ち、当協会会誌『建築と積算』2015年新春号にBIMに関する特集記事を掲載している。
 

2.2 BIM・積算システム連動中間ファイル

現在さまざまなBIMツールが出回っている。
そして建築積算システムも数多く存在する。
これらコンピュータソフトを個々に連動させる場合、多大な労力と費用が発生することになる。
このような無駄を防止するためには、BIMツールから必要データを積算ソフトに移行する仕掛けが必要となる。
 
当協会では、2009年より情報委員会に「BIMワーキンググループ」を設置し、
2012年にはBIM仕上積算連携中間ファイル「BS-Transfer/仕上」を、
2014年にはBIM 躯体積算連携中間ファイル「BS-Transfer/RC」を公開した。
中間ファイルの仕様は、BIMおよび積算ソフトのベンダーが自由に使用できるもので、
これにより各BIMツールと既存の積算ソフトが比較的短期間に容易に連動できることを狙っている。
将来的には、設計の川上段階から施工・建物維持管理へと領域を拡大し、
BIMと直接連動するコストマネジメントシステムの開発が期待される。
従って、この中間ファイルは、早い時期にまずBIMツールと既存積算ソフトを連動させるという目的を持った、
暫定的なものと位置付けている。
 

図-1 BIMツールと積算ソフトをつなぐ中間ファイル

図-1 BIMツールと積算ソフトをつなぐ中間ファイル


 

2.3 BIM講演会「未来が動く…BIMとコストマネジメントの将来を考える」

後で詳しく述べるが、積算およびコストマネジメントに携わる技術者のBIMに対する関心や理解はそれほど高いものとはいえない。
ほんの数年前まで、BIMへの理解は少なく、
将来に向けて会員および資格者への啓発が必要との認識のもと2011年に講演会が企画された。
 
講演者として、(一社)IAI 日本・足達嘉信氏、芝浦工業大学・木本健二氏、(株)日積サーベイ・生島宣幸氏、
協栄産業(株)・川本伸二氏を迎え、BIMの基本的な概念やBIMの動向、
BIMに対応した積算システムといった最新の基礎知識が提供された。
当時この講演会は好評を博し、東京で2回、大阪で1回開催された。
 
また、この講演会の続編といった形で、2012年の会誌『建築と積算』にBIMをテーマに座談会を掲載した。
 

2.4 今後の活動計画

当協会は、官民発注者・設計事務所・CM会社・ゼネコン・専門工事会社・積算事務所・学識経験者といった
さまざまな分野のコスト技術者やコストに関心のある個人会員で構成されている。
従って、積算・コストマネジメントにおいてBIMツールを活用するユーザーの目線で、BIMの方向性を考えていく活動が必要となる。
しかしながら、現実には多くの積算・コスト技術者にとって、BIMは設計者が開発するものとして受動的に認識されている状況にある。
 
今後当協会情報委員会は、BIMの新しい時代に向けた「積算およびコストマネジメント対応ソフト」の開発を期待して、
ユーザー側の将来的なニーズを明確にし、意欲的な開発者のためのインキュベーターとしての役割を担うことを考えている。
 
 

3.コストマネジメントの将来

3.1 縮小する数量積算マーケット

設計段階におけるBIM活用が進み積算ソフトと連動した結果、数量積算に要する労力は大幅に削減されることは容易に予測できる。
必ずしも建設プロジェクトの全てがBIMを活用することはないとしても、
大手ゼネコンと組織設計事務所から発生したBIM活用のうねりが拡大していくことは避けられない。
このことにより、積算マーケットは大きく変化することと予測される。
しかしながら、積算業界(専業積算事務所)においては、いまだ危機感が生じていないようにも見受けられる。
 
昨年以来、建設投資の拡大によりゼネコンの受注が増大し、積算業務受託が増加すると考えていた積算業界は、
みごとその期待を裏切られた。
受注環境が好転したゼネコンは、工事消化力を考慮し新規受注を選別し、翌年度あるいは翌々年度の受注見通しも固めた結果、
新規の積算物件が激減する結果となった。
従来、好景気の時は積算物件が増加し、景気後退の時期も競争の激化で積算物件が一定量確保できたという、
比較的恵まれた経験をしてきた積算業界にとって、今回はまるで様相が異なってしまった。
この例にみられるように、将来の環境変化つまりBIMの進展による状況の変化は、さらに大きなものとなる可能性がある。
 
またこれも後述するが、BIM活用にともなうフロントローディング化とコストマネジメントの高度化が、
実施設計段階における精算積算の必要性を低下させる可能性も高い。
つまり、BIMと積算の連動だけではなく、コストマネジメントの高度化も数量積算マーケットに影響を与える要因となりうる。
 

3.2 積算分野が変化する

BIMと数量積算が連動した結果、数量積算が全く不要になるということは考えられない。
自動的に積算できなかった部分を一部追加修正する作業は必ず存在すると考えられる。
しかしこのような作業量は、従来の数量積算業務と比較して非常に少ない割合となるのではないか。
また、従来と比べ業務の創造性も低下し、モチベーションの維持も避けられない課題となる。
 
このような川下段階の積算業務に対し、設計の川上段階から積極的にコストマネジメントへの関与を深める方向が考えられる。
このテーマに関しては改めて後に述べることとする。
 
従来の積算業務の延長線上にある業務領域としては、設計段階において建築材料を設計(選定)する業務が考えられる。
積算技術者は日々多様な建築材料と出会い、膨大な知識を蓄えている(日々勉強している人に限るが)。
また、海外のQS(Chartered Quantity Surveyor)は、
設計者に替りBQ(内訳明細書)において建築材料の仕様などを規定するそうである。
BIMと積算が連動するためには、建築材料に関するデータ入力は必須であり、設計者の負担を軽減し、
積算技術者の能力を生かせるフィールドとして、建築材料設計の分野が期待できる。
しかし、責任範囲と費用負担についての調整など実現には相応の努力を要すると思われる。
 

3.3 BIMが加速するコストマネジメントの高度化

BIMは単なる三次元CADではなく、 コンピュータ上に建物をバーチャルに構築するものと認識されている。
つまり、実際の工事を行う前に、コンピュータの中に建物を構築し、さまざまな検証を行うことができる。
また、「フロントローディング型」つまり川上段階に労力を集中し課題解決を行うことにより、手戻りを防止し、
クオリティの向上や費用の低減を目的とする設計手法が前提となる。
これは設計段階だけではなく、工事施工段階においても適用できる仕組みである。
 
設計から工事施工において、各部門が段階を踏んで順番に作業を進めるリレー型の生産プロセスに対し、
複数の部門、あるいは複数のプロセスが同時並行的に作業を進める「コンカレント型」の生産プロセスも、
BIMにより効果的に実現できると考えられている。
 
このように、フロントローディングあるいはコンカレントな設計・施工プロセスのもとでは、
コストマネジメントは高度なものとならざるを得ない。
高度化のポイントは四つあげられる。「タイミング」「スピード」「精度」そして「見える化」である。
 

図-2 フロントローディング型設計フロー

図-2 フロントローディング型設計フロー


 
①タイミング
 発注者は、一般的に事業成立の第一条件を経済性においている。
 従って、建物の工事費について適時検証できることは、優先度の高いニーズと考えられる。
 従来は、基本計画段階あるいは基本設計段階において概算積算を行い、コストと設計内容とをすり合わせることが精いっぱいであり、
 またこのような検証を省略するプロジェクトも多く存在していた。
 BIMはより多くのタイミングで、設計者あるいはコストマネジャーの負担を軽減して工事費の検証を行うことを可能にする。
 
図-3 コンカレント型フロー

図-3 コンカレント型フロー


 
②スピード
 タイミングをよくするということは、短期間で工事費を検証することでもある。
 この点においてもBIMの活用はスピードアップに貢献すると考えられる。
 
③精度
 概算積算によって検証する工事費の精度は、採用する概算手法により制約され、概算手法は設計情報により規定される。
 BIMによるフロントローディング化とコンカレント化が有効に機能すれば、川上段階においても設計情報の密度は高まり、
 その結果、概算積算によって算定された工事費の精度も高まる。
 
④見える化
 設計のさまざまな段階で検証されたコストつまり工事費は、発注者および設計者に有効活用される必要がある。
 設計を次の段階に進めるにあたって、意思決定に必要なコスト情報をわかりやすく分析するなどの「見える化」が、
 BIMとの連携によって容易になることも期待される。
 

3.4 高度化したコストマネジメントに必要な人材とは

BIMにより高度化したコストマネジメントを行うには、どのような人材が必要とされるのであろうか。
積算分野の方であれば真っ先に思い浮かぶのが、 前述したQSである。
RICSの厳しい基準をパスした会員のみに与えられる「Chartered Quantity Surveyor」の称号は、
発注者の代理人としてプロジェクトを統括マネジメントするレベルにまで到達しているといわれている。
2012年の当協会とRICSとの提携により、当協会の認定資格である「建築コスト管理士」のQS称号取得が可能となった。
 
新しい時代のコストマネジメントを「建築コスト管理士」が担うべく、現在30代から40代の「建築積算士」の方々に、
「建築コスト管理士」へのステップアップと、コストマネジメント分野へのチャレンジを働きかけている。
 
一方、専門のコスト技術者が担当することの少ない、小規模のプロジェクトも多く存在する。
コストパフォーマンスの上からも、設計者が業務を外注する範囲は限られていることも多い。
この場合、BIMに連動したコストマネジメントシステムは設計者の強い味方となることが期待できる。
 
つまり、概算積算やその分析は、必ずしも積算・コスト専門技術者でなくても可能となるだろう。
しかしそうはいいつつ、コストマネジメントに関する一定水準の知識とスキルはやはり必要となる。
このような設計者に対しては「建築コスト管理士」の取得を推奨したい。
「建築コスト管理士」は、積算・コストの専門技術者のみを対象として創設されたものではなく、
設計者あるいは発注者としてプロジェクトを統括する人材が取得できる資格としても制度設計されている。
試験においても、積算の専門知識に関する問題が多少出題されるものの、
大部分は広くコストマネジメントに関する問題で構成されており、設計者にとっても比較的身近な内容となっている。
 

3.5 積算をめぐるその他の変化

①概算積算が主流となるか
 建築プロジェクトにおいて、民間工事が70%程度を占めている。
 民間工事においては、基本計画および基本設計段階において概算を行い、コストの検証を経て発注段階に至る。
 つまり、発注者および設計者が実施設計段階において精算積算を行う例は著しく減少している。
 今後BIMの活用に伴い、コストマネジメントが高度化するとともに、
 ますます実施設計段階における精算積算の必要性は減少するものと予測される。
 
 公共工事においては、実施設計終了段階において精算積算により工事価格を算定し、予定価格の根拠としている、
 実施設計段階の積算つまり工事費算定は、微細なまでに数量・単価の根拠を要求されるミクロの世界と化しているが、
 一方「ユニットプライス」による予定価格設定も土木工事において試行されたこともある。
 この柔軟な考え方を延長すれば、各設計段階でのコスト管理に基づいて、
 概算積算で予定価格を設定するという可能性も考えられる。
 設計の川上段階からコストマネジメントを充実させることは、入札不調の原因ともなる「歩切り」が生じない環境をも醸成する。
 
 このように、民間・公共ともに発注者および設計者側の実施設計段階における精算積算が減少すると予測できることから、
 BIMの普及と合わせ、積算およびコストマネジメントにおけるビジネスモデルの変革が急がれる。
 
②数量積算基準は変化するか
 ゼネコンにとって、建築生産の基本情報となる精算積算の必要性は変わることがない。
 発注者および設計者が概算積算の効用を重視するのに対し、ゼネコンにおける精算積算は、
 見積もりおよび原価管理に必須の存在と考えられる。
 BIMの活用によって、ゼネコンの数量積算基準はますます施工現場の実態に近づき、
 手拾いをベースとした現行の基準からますます乖離してゆくことが予測できる。
 BIMとの連携により、手拾いにおける効率化を前提とした規定あるいは現場の施工実態と整合しない規定は
 見直しを余儀なくされるのではないか。
 
③積算ソフトの将来は
 精算積算から概算積算へとコストマネジメントの流れが大きく変化することを前提とした場合、
 積算ソフトも設計の川上段階から始まるコストマネジメントに主眼を置かざるを得ない。
 ソフト・ベンダーにとって将来の顧客は、精算積算分野はゼネコンとなり、
 概算積算分野は設計者およびゼネコンとなるのではないか。
 精算積算ソフトの重要顧客であった積算事務所は、どの分野のユーザーとなるのだろうか。
 いずれにしても、新しい時代の積算ソフト、コストマネジメント・ソフトは、
 過去から大きく飛躍した「タイミング」「スピード」「精度」「見える化」を具現化するシステムとなることが期待される。
 
 

4.BIMへの期待

BIMの発展が建設生産プロセスに変革をもたらすと同時に、
建設産業界における諸制度や慣行にも大きな変容をもたらすものと多くの人が考えている。
建築生産における組織や各分野の役割、あるいは各担当が業務を行う時期についても、
BIMによって変化する可能性が高いと思われる。
設計者のなすべき業務範囲がどのようになるか、設計段階において施工計画をどのように組み込むのか、誰が行うのか、
生産設計(施工図)がますます設計に近づいていくのか、設計事務所とゼネコンそれぞれの進むべき方向はどこか、
各企業が試行錯誤している現状はむしろ野心的な企業にとっては大いなるチャンスであろう。
発注者もまた、資産の価値を高めるためにBIM活用を考える段階にきており、
設計者や施工者にとってもストックビジネス拡大へのチャンスとなっている。
また、職能分野を拡大しようと望む野心的な個人にとっても、やはりチャンスの時代といえよう。
 
当協会は、新しい時代に活躍するコストマネジメント分野の人材を育成するとともに、
コストマネジメントに有効なソフト開発のインキュベーターとして、BIMの発展に貢献していきたい。
 
 
 

参考文献・資料

◇ 建築プロジェクトにおけるコストマネジメントと概算/(公社)日本建築積算協会
◇ 季刊『建築コスト研究』第82号(2013年7月)/(一財)建築コスト管理システム研究所 BIMの発展とコストマネジメントについての展望:加納恒也
◇ シンポジウム-BIMが未来を切り開く/2015年1月27日(公社)日本建築積算協会・RICS共催 山下純一氏・大越 潤氏 発表資料
 
 
 
【出典】


季刊建築木施工単価2015年春号
季刊建築木施工単価2015年春号
 
 

最終更新日:2015-07-09

 

同じカテゴリの新着記事

ピックアップ電子カタログ

最新の記事5件

カテゴリ一覧

話題の新商品