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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 土木インフラの維持管理 > ふくしま発 住民との協働による社会インフラの長寿命化を目指して

 

1.はじめに

近年、高度経済成長期に集中整備された社会インフラ(以下、インフラ)の一斉老朽化が社会問題となっている。
2012年12月に発生した笹子トンネル天井板落下事故は記憶に新しい。
この事故を契機に、これまでこうした問題に無関心であったマスコミも一斉にインフラ老朽化問題を報じるようになり、
政権交代とともに、現政権は2013年度を「社会資本メンテナンス元年」と位置づけ、インフラの長寿命化を重点施策とした。
そして昨年度、全国に約70万橋存在すると言われる道路橋に対し、5年に1回の近接目視を基本とする点検を省令で規定した。
 
国、県、政令市、高速道路会社等、技術力と財政力がある程度備わった組織であれば、
今回の事故を教訓に、現在の体制を見直し、こうした施策に対応することも可能と思われるが、
問題は技術力も財政力も不足する地方の市町村である。
このうち中山間地の町村などでは今後過疎化・高齢化が一層加速し、
インフラの老朽化と相まって、集落の集約化や災害時の孤立化といった問題が取り沙汰されている。
 
本稿では、地方の市町村を対象に、
「市民の望むインフラを市民とともに造り、守る」という土木工学(Civil Engineering)の原点に立ち返り、
住民との協働による身の丈に合ったインフラの維持管理方策について論じるとともに、
著者の勤務先である福島県において進められている実施例を紹介する。
 
 

2.福島県における社会インフラの現状と課題

福島県は、浜通り、中通り、会津という地象・気象条件の全く異なる3地方からなる。
インフラの主要材料であるコンクリートに着目すると、浜通りは太平洋に面し、飛来塩分の影響による塩害が懸念される。
中通りは寒冷地に属し、都市部が多く、交通の要所となるため、
冬期に大量の凍結防止剤が散布され、塩害、凍害、アルカリシリカ反応(ASR)を促進させる。
会津は雪が多く、山間部は豪雪地、極寒地となり、凍害の影響を受けやすい。
したがって、それぞれにコンクリート構造物にとって厳しい環境にあると言える。
 
また、福島県は面積が大きく、関東と東北、太平洋と日本海を結ぶ交通の要所であるため、
県で管理する道路延長(約5,400km)、橋梁数(約4,500橋)ともに全国の都道府県中トップクラスにある。
しかしながら、これらの道路を維持管理する予算は年間約100億円と十分とは言えず、
厳しい劣化環境にある膨大な橋梁を、限られた予算の中で維持管理していくことが求められている。
一方、福島県内で国が管理する道路延長は全体のわずか5%、県が管理する道路延長でも11%で、
それ以外の84%は市町村で管理していることになる。
市町村の財政力、技術力の現状については言うまでもなく、
いかに厳しい状況下で今後の道路整備、橋梁の維持管理を迫られているか、想像に難くない。
 
一方、国、県、市町村で管理する橋梁の実態を見ると、市町村では、国や県に比べ、必ずしも劣化が顕在化している橋梁数は多くない。
その理由に、劣化の原因となる作用が概して厳しくないことが挙げられる。
例えば、橋の劣化は、
疲労の原因となる車両の交通量や大型車の混入率、塩害の原因となる凍結防止剤(NaCl)の散布量などに依存するが、
市町村道の交通量や凍結防止剤散布量は、国や県、まして高速道路に比べずっと少ないことが幸いしていると思われる。
したがって、市町村橋梁を少ない予算で合理的かつ効率的に維持管理するためには、
まだ劣化が進行していない今のうちに予防的な措置を施すことが極めて重要となる。
 
以下に市町村橋梁の実用的な維持管理方法について記述する。
 
写真-1に地域のインフラの劣化事例を示す。
 

写真-1 地域のインフラの劣化事例(凍害による著しいスケーリングと鋼材腐食)

写真-1 地域のインフラの劣化事例
(凍害による著しいスケーリングと鋼材腐食)


 
写真-1 地域のインフラの劣化事例(ASRによりゲルの滲出と著しいひび割れ)

写真-1 地域のインフラの劣化事例
(ASRによりゲルの滲出と著しいひび割れ)


 
上の写真は、凍結防止剤を含む水が桁端と橋台の隙間から流れ出し、
凍害による著しいスケーリングと鋼材腐食を引き起こしている状況を示している。
下の写真は、トンネル坑口において、ASRによりゲルの滲出と著しいひび割れが発生している状況を示している。
 
どちらの劣化もかなり深刻であるが、その原因を突き詰めると水に行き着く。
実際に写真を見ると、水が直接かかっていない橋台の側面や、トンネル内部ではほとんど劣化していないことがわかる。
このことから、水が直接かかる部分を丁寧に点検し、水を構造物に直接作用させない対策をとることが重要であり、
こうした考えは2013年度に改訂された「土木学会コンクリート標準示方書[維持管理編]」にも取り入れられている。
 
学協会等のガイドラインを見ると、
予防保全として、ひび割れ注入や断面修復、電気化学的防食といった高度な技術を挙げる場合が多いが、
残念ながら地域のインフラの維持管理への適用は難しい。
しかしながら、簡易な予防保全として、
排水ますの清掃、堆積土砂の撤去、排水管の長さ・向きの見直しを行うことはほとんど予算をかけなくても実施することが可能である。
 
写真-2 水の作用による劣化事例とその原因(凍害によるスケーリングで路面に凹凸が生じ、水が溜まっている)

写真-2 水の作用による劣化事例とその原因
(凍害によるスケーリングで路面に凹凸が生じ、水が溜まっている)


 
写真-2 水の作用による劣化事例とその原因(排水ますが土砂で詰まっている)

写真-2 水の作用による劣化事例とその原因
(排水ますが土砂で詰まっている)


 
写真-2は、上の写真は地域に架かる橋の橋面の状態である。
凍害によるスケーリングで路面に凹凸が生じ、水が溜まっている。
この橋の近くに寄ると、下の写真のように排水ますが土砂で詰まっており、橋面に溜まった水を排水させることができない。
排水ますの清掃は特別な技術を必要とするわけではないが、
これを施すことにより、橋を水の作用から守り、確実に橋の長持ちに寄与することができる。
著者はこうした橋の簡易な維持管理を「橋の歯磨き」と呼んで、福島県内の市町村に励行している。
 
では、誰が「橋の歯磨き」を行うかであるが、著者はその役割を住民に担ってもらいたいと考えている。
ただし、最初に手本を見せるのは自治体の職員(技術者)である。
彼らが現場に行った際に率先して橋面の雑草を抜いたり、排水口にたまった土砂を撤去したりするなどして、
こうした行為が橋の長寿命化につながることを住民に伝える必要がある。
住民にとってもインフラが老朽化し、使えなくなれば、先祖代々受け継がれてきた土地に住めなくなるため、立ち上がるであろう。
 
これまで住民にとってインフラは、税金を払えば行政が勝手に整備し、維持管理してもらえるものであったが、
これからは行政だけでは立ち行かなくなることが自明である。
地域のインフラが老朽化する前に、住民自らがこうした簡易な維持管理に携わることで、
橋は長持ちし、何より住民のインフラに対する無関心が関心、愛着へと変わることを期待している。
 
 

3.官学産民の協働による橋守の実践

地域の住民による橋の簡易な維持管理を実践するスキームを図-1に示す。
 

図-1 官学産民の連携による道づくりのスキーム

図-1 官学産民の連携による道づくりのスキーム


 
このスキームは著者らが福島県平田村において、
官学産民の連携により地域の生活道路を砂利道からコンクリート舗装に変える取組みを実施した際に構築したものである。
すなわち、官は民に対し、生コンをはじめとする資材を提供し、民は労働力を提供する。
また、産は長持ちするコンクリート舗装実現のため、配合や施工法に関する技術支援を行う。
さらに、学は、教員が役場の職員と一緒に事業の構想を練るとともに、学生を現場に派遣し、地域の住民とともに道づくりを行う。
 
これを橋の維持管理に置き換えると、官が簡易な維持管理に必要な資材を提供し、住民と学生が「橋の歯磨き」を担う。
それを、橋梁エンジニアが技術面から支援するということになる。
これにより、お金をかけずに橋の簡易な維持管理が可能となり、
さらに学生は橋梁の維持管理の現場実習の機会を得るとともに、地域住民との交流を通して地域の実状に触れることが可能になる。
 
このプロジェクトを支援するため、2013年4月、「ふくしまインフラ長寿命化研究会」が発足した。
研究会は筆者が代表を務め、県内の建設・コンサルタント会社約70社が入会し、
地域の道づくりや橋守の支援、さらには地域のインフラの困りごと相談に乗っている(図-2)。
 
図-2 ふくしまインフラ長寿命化研究会

図-2 ふくしまインフラ長寿命化研究会


 
写真-3は2014年8月に福島県南会津町で開催された官学産民の協働による橋の欄干塗装の様子である。
 
写真-3 住民と学生との協働による橋の欄干塗装

写真-3 住民と学生との協働による橋の欄干塗装


 
同町での欄干塗装は2014年10月に引き続き、2回目となる。
橋の欄干もさびが進行すると、美観を損ねるばかりか、人や車の通行の安全上支障をきたすため、
定期的に塗装を塗り替えることが望ましい。
そこで、役場が欄干塗装に必要なペンキとはけを提供し、
地元の建設業者とコンサルタント会社が塗装の際の安全確保(交通誘導等)や技術支援を行い、住民と学生が労働力を提供した。
 
当日は、南会津町の役場職員、地元の建設業者およびコンサルタント会社が段取りし、
地域の住民と著者の所属する日本大学工学部の学生合わせて約50人により、長さ150mの橋の欄干塗装を約3時間かけて行った。
地域住民と学生が協働することにより、住民は自分の孫ほども歳の違う若者と一緒に作業することになり、
現場は終始笑顔の絶えない雰囲気に包まれた。
 
 

4.世代を超えて、地域を超えて

こうした取組みをある町村限定の一過性のもので終わらせてはならない。
世代を超えて、地域を超えて持続可能なシステムに作り上げていく必要がある。
そのため、若い世代にインフラに関心や愛着を持ってもらう取組みを進めるとともに、
福島県内にこうした取組みを浸透させつつ、県外にも展開していきたいと考えている。
 
そのひとつが、工業高校との連携である。
今年から福島県立二本松工業高等学校からの要請を受け、
二本松市や地元企業の協力を得て、高大連携による橋の維持管理に関する教育プログラムがスタートした(写真-4)。
 

写真-4 高大連携による橋の維持管理教育プログラム

写真-4 高大連携による橋の維持管理教育プログラム


 
2014年8月に、当研究室の大学生15名が高校を訪れ、
大学生自らが高校生に対し、橋の維持管理に必要な各種非破壊試験のデモンストレーションを行った。
午後からは二本松市に架かる橋で実践的な点検・診断に関する研修会が行われ、
研修の最後には参加者全員で「橋の歯磨き」を実践した。
工業高校のような専門高校は県内各地に必ずあり、課外活動を通した地域社会への貢献を教育の柱に掲げているところも多い。
福島県内には土木系の科を有する工業高校が浜通り、中通り、会津に1つずつあるため、これらの工業高校と連携することで、
将来の各地のインフラ維持管理を背負って立つ実践的な技術者の育成拠点になってもらいたいと考えている。
さらに、県外の宮城県立黒川高等学校からも同様のオファーを受けており、
今秋から高校のある宮城県大和町で高校生による「橋の歯磨き」プロジェクトを開始する予定である。
 
一方、地域の小学校には通学路に架かる名前のついていない橋(名無し橋)に名前をつけてもらう活動も進めている(写真-5)。
 
写真-5 橋の名付親プロジェクト

写真-5 橋の名付親プロジェクト


 
この活動は当時本学土木工学科1年生の女子学生(現在4年生)の発案から始まった。
「今後を担う子どもたちに地域にある名無し橋の“名付け親”になってもらい、地域のインフラに関心と愛着をもってもらおう。
そうして名付けられた橋は、子どもたちはもちろん、父母や祖父母の世代にも浸透するであろう。」
とのことである。
 
このアイディアを「橋の名付け親プロジェクト」として企画書にまとめ、
平田村の澤村和明村長に説明したところ大いに評価いただき、早速小学生に2つの橋の名前を付けてもらった。
「あゆみ橋」と「きずな橋」である。
2013年6月には平田村にて命名式が行われ、テレビの取材が入った。
名付け親の一人である小学生にインタビューしたところ、その娘は
「自分のおもちゃに名前を付けると愛着がわく。橋に名前を付けることも同じことなのかな?」
と答えてくれた。
まさにわが意を得たりである。
こうした小さな試みであっても、
それが地域の住民同士や住民とインフラを結びつけるきっかけとなるのであれば、継続していく価値は大きい。
さらに、こうした取組みを、マスコミを活用し、広く社会に周知することも重要である。
 
図-3 産官学民の連携による橋の維持管理体制

図-3 産官学民の連携による橋の維持管理体制


 
 

5.おわりに

人口減少、少子高齢化が進む我が国において、地域のあり方を考えることは極めて重要である。
その際、地域の過疎化・高齢化、限界集落といったネガティブな点ばかりを挙げると、
世に言うインフラの放棄や、集落の集約化といった短絡的な議論になりがちだが、地域には都会にはない強みもある。
住民間の強固な結束に代表される『地域力』はその最たるものである。
 
この地域力を生かし、住民自らがインフラに対する関心と愛着、そして当事者意識を持ち、
インフラの維持管理に携わり、官学産がこれを支えれば、インフラも地域もまだまだ廃れることはない。
そればかりか、インフラの自立、ひいては地域の自立につながれば、健全で持続可能な地域のあり方として道標になり得るであろう。
一方、何もしなければインフラは朽ち果てるのみである。
インフラは地域を支えるまさに基盤施設であり、インフラの荒廃は地域の荒廃を意味する。
どちらを選択するか、今決断が迫られている。
 
 
 

筆者

日本大学工学部土木工学科教授 岩城 一郎
 
 
 
【出典】


月刊 積算資料公表価格版2015年10月号
特集 土木インフラの維持管理
月刊 積算資料公表価格版2015年10月号
 
 

最終更新日:2023-07-11

 

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