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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料 > 第3回 国連防災世界会議報告(その2) 低平地都市における超過洪水対策

 
前月号(6月号)では、
第3回国連防災世界会議のレポートとして減災7目標を掲げた「仙台防災枠組2015─2030」の内容を紹介するとともに、
各地で同時開催されたパブリック・フォーラムの様子をお伝えしました。
今月号では、
前月号でレポートをした土屋信行氏も参加した『大規模洪水対策シンポジウム~低平地都市水害への備え~』に関する基調講演や
パネルディスカッションをご紹介します。
 
 

1 低平地都市水害への備え

東京都の江東デルタ地帯をはじめとして、全国の低平地に人口・資産を抱えるわが国では、
ひとたび堤防が決壊した時には甚大な被害が発生することが想定されます。
昨今では、地球温暖化に伴う気候変動の影響により、災害の発生頻度やその外力が明らかに大きくなってきており、
想定を上回る洪水に対してどのように備えていくかは重要な課題です。
 

池内幸司 水管理・国土保全局長による挨拶

池内幸司 水管理・国土保全局長による挨拶


 
日本では、越水などに対して強くまた避難場所としての機能も持つ高規格堤防の整備や、
大規模な水害を経験した全国の市町村長が自らの被災経験や教訓を共有する水害サミットが開催されるなど、
防災・減災に向けた各種取り組みが実施されています。
また、広大な低平地を抱えるオランダでは、ライン川において従来よりも高い計画流量を設定するなど、
すでに気候変動の影響を考慮した取り組みが実施されています。
この様な状況を踏まえ、大規模洪水シンポジウムは防災情報を共有することを目指しました。
 
シンポジウム参加パネリスト

シンポジウム参加パネリスト


 
 

2 基調講演概要

講演1 オランダにおける新たなリスクベース洪水管理政策「デルタ計画」(講演者 ヨス・ファン・アルフェン氏)

デルタ計画は、気候変動を予測しながらオランダの国土を洪水から防護することを目的とした戦略プログラムである。
2010年に発足されたこのプログラムは、大規模な洪水の防護よりも洪水が発生した後の応答に重点を置いている。
将来的な洪水の不確実性に対して十分な体制を備えるためには、複数の自治体の連携した取り組みが不可欠である。
 

ヨス・ファン・アルフェン氏による基調講演

ヨス・ファン・アルフェン氏による基調講演


 
デルタ計画は、リスクベース考査に基づいている。
そのため、洪水防止の(洪水の発生確率を減らす)ために従来の計画規模を更新する必要があると見込まれている。
発生頻度は極めて低いながらも洪水が発生した場合に備えて、
柔軟な洪水対応による都市機能の回復および
適切な災害管理により都市機能の麻痺や人命損失などの被害を減少させなければならない。
デルタ計画には、社会経済的発展と気候変動に関する長期的な視点からこれらの対策を組み込むこと、
短期的な視点からの洪水防御と「高齢インフラ」の整備・保全のために必要な措置が含まれている。
海浜造成、堤防強化、河川の河積確保や河川のピーク流量の流下能力の確保などが主な洪水対策となる。
これら対策について(自然、レクリエーションや都市開発に関する)多機能性設計を行うことで、
事業の社会的な付加価値が向上し、対策案を受け入れやすくするものである。
 
オランダのデルタ計画に位置づけられているデルタダイク。

オランダのデルタ計画に位置づけられているデルタダイク。
日本のスーパー堤防をモデルに壊れない堤防として計画されている
(出典:デルタ計画コミッショナー)


 
デルタ計画の最たる課題の一つとして、将来の気候、人口、経済、社会などの不確実性要素を扱うことが挙げられる。
デルタ計画は、最大限に柔軟な選択肢を許容するものとし、「固定した対応」を行わない。
つまり計画の適応方法によって不確実性に対処するものである。
 
年間約1億ユーロに上るデルタ基金は、2020年以降、現在の経済に依存した状況から脱却し、
継続的な政治的関心を確保して安定的な財源を確保するものである。
今後新しいデルタ法により、デルタ計画に関わるデルタ計画コミッショナーとデルタ基金の法的根拠が確保されるものである。
 

講演2 イタリアベネチアのレジリエントな高潮対策(講演者 ジョヴァンニ・チェッコーニ氏)

増え続ける世界の沿海都市とそこに住む人々は、気候変動による相対的海面上昇の影響によるリスクに直面している。
災害リスク軽減のためにとるべき行動としては、「防災」「減災」「極端現象に伴う被害の軽減」の組み合わせだが、
そのための最良のレジリエントな解決策として、「リスク地域からの撤退」「スーパー堤防や地盤嵩上げ」「可動堰」が挙げられる。
 

ジョヴァンニ・チェッコーニ氏による基調講演

ジョヴァンニ・チェッコーニ氏による基調講演


 
ベネチアのラグーンにおいては、
沿岸帯の補強、塩沼の復元、浸食箇所の復元、汚染地域の保護、都市のレジリエンス向上といったことと同時に、
洪水対策として「モーゼ計画」が進められている。
 
モーゼ計画(可動堰)イメージ。

モーゼ計画(可動堰)イメージ。
アドリア海とラグーンを結ぶ水路に設置され、高潮時にゲートが可動することで都市への侵入を防ぐ
(出典:ベネチア事業連合)


 
モーゼ計画のゲートは、使わない間は基礎のケースに納まっており、
作動時には空気がゲートに注入され、その浮力によってゲートが起き上がってくる仕組みになっている防潮ゲートである。
ゲートは20分程度の時間をかけて、ゆっくりと起き上がってくる(5分程度だとゲート作動による津波が発生してしまうため)。
ゲートのフラップは切り離し可能で、5年ごとにフラップを取り替えることになっている。
リド入江では21のフラップが使用されている。
 
モーゼ計画の底土固めにおいては、土壌改良と杭の打ち込み(1,000本以上)を行っている。
また、近隣の漁業組合の意見を聞きながら、ナビゲーション・ロックの敷設も行われた。
マラモッコ入江のゲートはかなりの長さが担保されているため、船舶の95%がこの港に停泊することが可能になっている。
また、ゲート基礎には操作用のサービストンネルもある。
 
現在建設中のベネチアの高潮堤とこれに関連する湿地と沿岸の工事は、
いかなる高潮からもベネチア、ラグーン全域、港湾、歴史ある都市の島、そして産業基盤を守るシステムである。
 

講演3 豪雨災害と三条市の防災対策講演者 國定勇人氏

2004(平成16)年7月13日および2011(平成23)年7月29日に、新潟県三条市は豪雨による水害被害を経験している。
2004年の水害を受け、三条市では多様な防災対策を行っている。
 

会場の様子

会場の様子


 
まず、ハード面では、河道拡幅および築堤による河道改修工事が行われ、河川の流下能力が大きく強化された。
そのため、この区間は2011年の水害で破堤しなかった。
被害状況を比較しても、2004年の水害での死者が9名であったのに対し、
2011年の水害での死者は1名であり、豪雨災害の被害を最小限に止めることができたと考えられる。
これは、2004年水害後の、ハード・ソフト両面での防災対策が功を奏したと言える。
 
住民の避難行動についてのアンケート結果では、2011年の水害時は、自宅に留まった住民が約8割であり、
そのほとんどが自らの判断で自宅に留まるという選択を行っている。
これは、三条市が2011年に全戸配布した「三条市豪雨災害対応ガイドブック」に、
垂直避難の考え方を取り入れた避難行動指針を明示した結果であると考えられる。
さらに、アンケートの結果から、このガイドブックを見たことがある住民は8割を超え、
その大半が家のすぐ分かる場所に保管しているという事実も明らかとなっている。
 
災害時要援護者への避難支援については、
「近所の要援護者を支援しようと思った」住民の割合が2004年に比べ2011年では大幅に増加しており、
同時に、実際に支援を受けた要援護者の割合も増加している。
三条市では、2004年の水害後に災害時要援護者対策も強化しており、
具体的には、要援護者基準の絞り込みや消防団の活用、
逆手上げ方式(名簿記載不同意の方のみ申し出てもらう方式)による災害時要援護者名簿の作成を行ってきたが、
これらの実施が功を奏したと考えられる。
 
2度の水害経験を踏まえて実施している三条市の取り組みとその成果から、
平時から災害に対する備えを怠らず、市民一人ひとりの自助意識を育てることが、
災害被害を最小限に食い止めるために必要であると考えられる。
 
 

3 パネルディスカッション要旨

 

パネルディスカッションの様子。

パネルディスカッションの様子。
左より 山田正 中央大学教授、土屋信行 市民まちづくり塾、髙井聖 江戸川区土木部長、國定勇人 三条市長、ジョヴァンニ・チェッコーニ氏(伊)、ヨス・ファン・アルフェン氏(蘭)


 

ヨス・ファン・アルフェン氏

オランダでは、1953年に洪水の脅威があり、多くの人が避難をしたが、
若い人はもちろんだが、多くの人がこの出来事を知らないか忘れている。
多くの国民が海水面以下の都市に住んでいる自覚はあり、
学校では啓蒙教育も行い、毎年、新聞やテレビで1953年の洪水について追悼報道もある。
しかしながら、現在多くの人々は、洪水に対して深刻に考えておらず、万全な備えをしていない。
洪水発生の確率が低いがゆえに、自分の身には起き得ないと考えている。
そういう意味で、今日聞いた日本の経験は興味深かった。
 

ジョヴァンニ・チェッコーニ氏

モーゼ計画は、当初、景観、生態系、港湾活動の観点から計画への抑圧が強かった。
大きな予算と25年の時間をかけ、
景観にも生態系にも港湾活動にも影響なく、自然と調和できることを説得し、少しずつ実証していった。
これらの意見を取り入れて計画を進めるのは非常に困難だったが、
一方でこういった制約を利用してビジョンを切り替えていくことが重要である。
まさに江戸川区は、これを実践していると感じた。制約があることが大きな方向転換の切り口となり得ると実感している。
 
また、地元市民にとっては、頻繁に洪水が起こることが日常になってしまっており、
逆にこの洪水がなくなることで観光客が減るのではないかという声さえあった。
変革に対しては心理的な問題も大きく働くことも考慮しないといけないと感じている。
 
さらに、国際交流の場を設けて、より良いやり方に気持ちを開いていくことも大切である。
若い世代は未来に対して明確なビジョンを持っていないため、
コミュニティーを巻き込み、さまざまな専門知識の交流を図るべきである。
 

高井聖氏(江戸川区土木部長)ゼロメートル都市:江戸川区の洪水対策

日本国内で「ゼロメートル地帯に暮らす人口」が最も多い自治体である江戸川区が行っている洪水対策について紹介。
具体的には、住民にゼロメートル都市に住んでいることを意識してもらうための庁舎や学校壁面での潮位表示、
東日本大震災の液状化被害を鑑みた液状化予測の見直し、スーパー堤防整備事業の取り組みなどが挙げられた。
 
ゼロメートル都市である江戸川区では、最悪のリスクとして地震と高潮・洪水の複合災害の発生を想定し、
「堤防・水門などハード面での強化」および「犠牲者ゼロを目指す避難行動」を行っている。
 

土屋信行氏(NPO 法人市民防災まちづくり塾)防災対策はハードとソフト~ソフトを支える住民~

市民の立場で行っている防災・減災対策について報告。
被災した先祖が残したメッセージ(高台にある神社仏閣や記念碑)、2005年のハリケーン・カトリーナからの教訓をはじめ、
市民活動として実際に行われた防災訓練(ロープワーク、河川敷での被災想定キャンプ、手旗信号など)、
防災施設の見学、河川の上下流およびダム地域住民の交流会などを紹介した。
 

石巻市・日和山から、北上川方面を視察する参加者 (土屋撮影)

石巻市・日和山から、北上川方面を視察する参加者 (土屋撮影)


 
石巻市復興未来館を視察する参加 (土屋撮影)

石巻市復興未来館を視察する参加 (土屋撮影)


 
本シンポジウムの総括として、コーディネータの山田先生より、以下の提言がまとめられた。
 
大規模洪水に備えるには、着実なハード対策とソフト対策に加え、防災教育、情報と人のネットワーク、
そして災害の経験を未来に伝える努力が重要である。

 

一般の参加者の意見

●基調講演がソフト・ハード両面からなされており、有意義であった。
 オランダやイタリアのベネチアでは、環境行政と強く連携して進められており、日本においても今後取り組むべきと思います。
●海外の水害対策、防災対策のさまざまな事例が紹介され、とても興味深く聴講させていただきました。
 日本ではこういった防災対策のための構造物を整備することに対して、
 まるで「悪」のようなマスコミの報じられ方をすることに対して疑問を感じることも多々あったが、
 やはり世界的にみても構造物によるハード整備が基本であり要であることを感じられ、
 正しい道筋がその方向にあることを確認できたと感じています。
●オランダの洪水管理政策のデルタプログラムにおいて、将来の不確実性を踏まえた適応型戦略という取り組みがためになった。
 
 

4 おわりに

治水対策の上で世界各国の共通のテーマは、地球温暖化による気候変動による降雨量の増大、低気圧現象の極端化などでした。
世界中で高潮、ハリケーン、サイクロンなどによる大きな被害が頻発しています。
日本に対しては、未だ策定されていない気候変動に対する「適応策」も一日も早く作成するように示唆されました。
まさにこの問題は目前急迫の大問題だと認識を新たにした国際会議でした。
 
 
 

土屋 信行

1950年埼玉県生まれ。博士(工学)、技術士(建設部門・総合技術監理部門)、土地区画整理士。
公益財団法人えどがわ環境財団理事長、公益財団法人リバーフロント研究所理事、一般財団法人全日本土地区画整理士会理事。
1975年東京都入都。
下水道局、建設局を経て建設局区画整理部移転工事課長、建設局道路建設部街路課長を歴任。
03年から江戸川区土木部長を務め、11年より現職。
現在も各自治体の復興まちづくり検討の学識経験者委員をはじめ、幅広く災害対策に取り組んでいる。
 
 
 
【出典】


月刊積算資料2015年7月号
月刊積算資料2015年7月号
 
 

最終更新日:2016-02-12

 

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