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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料 > UR都市機構における生物多様性保全の取り組み

 

1.はじめに

2008年に豊かな生物多様性を保全し、自然と共生する社会を目指した「生物多様性基本法」が制定され、
国、地方公共団体、事業者、国民、民間団体それぞれの責務が定められた。
法に則り、地方公共団体では生物多様性の保全と持続可能な利用に関する基本的な計画
「生物多様性地域戦略」が策定されてきているところである。
 
生物多様性とは、全ての生きものが直接的または間接的に関わりあって生きていることをいう。
よって、生物多様性は「すべての生物が存立する基盤」であり、命と暮らしを支える重要なものなのである。
自然の少ない都市部において、多様な生物の生育・生息環境を確保し、生物多様性を保全していくためには、
緑地の保全や創出など水と緑の拠点を確保し、水と緑のネットワークを形成することが重要である。
 
独立行政法人都市再生機構(以下:UR都市機構)では、
日本住宅公団が設立された昭和30年代から社会環境の変化に対応して自然環境の保全・再生に取り組んできた。
これまでの数多くの取り組みについて、郊外環境、住環境、都市再生の各フィールドから事例を紹介する。
 
 

2.郊外環境フィールドにおける事例 ~港北ニュータウン~

港北ニュータウン(横浜市都筑区)は、
開発方針として「緑の環境を最大限に保存する街づくり」「ふるさとをしのばせる街づくり」等を掲げ、
土地区画整理事業(事業期間1974年から2005年、施工面積1,341ha)により環境に配慮したまちづくりを目指した地区である。
 
当該地区においては、
開発の枠組みの中に既存の緑豊かな地域環境を取り込み、地域の保持している自然的秩序を保全することを目指し、
地域の特色である谷戸景観を生かした緑道を骨格として公園や民有地内の斜面林などを結合させた
「グリーンマトリックスシステム」と呼ばれるオープンスペース計画を定め事業を推進。
保存緑地と呼ばれる民有緑地を含めると総面積約157haもの貴重な環境資源を保全している。
また、緑道の最も低い部分には、自然流下のせせらぎ(6水系、全長約8km)が整備されており、
里山の生態系を保全している(図-1)。
 

図-1 港北ニュータウンの緑道断面図

図-1 港北ニュータウンの緑道断面図


 
さらに地区内で特に自然性が高い区域を含む3公園(総合公園1カ所、地区公園2カ所)には、
生物相の保護と育成を目的とした「生物相保護区」を設けている(図-2)。
 
図-2 港北ニュータウンに設置された生物相保護区

図-2 港北ニュータウンに設置された生物相保護区


 
「生物相保護区」内への一般利用者の立ち入りは制限されており、生物のための生息空間に特化した領域となっている。
各公園の「生物相保護区」は、いずれも谷戸の湿地や池、流れとそれらを取り囲む斜面緑地から構成されており、
保全、再生された緑道(せせらぎ)を通じて有機的に連絡し、生態系のネットワークが実現している。
これは今日のビオトープネットワークの考え方を先取りするものであった。
 
 

3.住環境フィールドにおける事例 ~団地ビオトープと荻窪団地(シャレール荻窪)~

UR都市機構の賃貸住宅(以下:UR賃貸住宅)では、
地域の生物多様性の回復を図り、人と生きものが共存できる都市環境を形成するとともに、
身近な生きものとのふれあいの場を創出することを目的として、ビオトープの整備を行っている。
 
ビオトープとは、草地、樹林、水辺、あるいは砂礫地など、
ある生物種や生物群集にとっての生活の場として必要な環境を有している空間のことをいう(写真-1、2)。
 

写真-1 水辺ビオトープ

写真-1 水辺ビオトープ


 
写真-2 樹林ビオトープ

写真-2 樹林ビオトープ


 
UR賃貸住宅で整備しているビオトープのタイプは、主に樹林、草地、水辺の3タイプで、
各団地のビオトープのタイプごとにその空間を生活の場とする生きものに着目して、生息環境の整備に取り組んでいる。
樹林タイプのビオトープでは既存の樹林の保全に加えて新たな樹林を創出。
草地タイプのビオトープでは高茎草地を育成。
水辺タイプのビオトープでは住棟の屋根に降った雨水などを利用して、池や流れなどの水辺を設けている。
さらに、20カ所のビオトープについて、整備が完了して管理開始してから4年目と10年目に、
誘致目標として設定した生きものやその生息環境などについてのモニタリング調査を実施している。
その結果から、誘致目標種をはじめとする植生構造や構成種、景観形成などの達成率から生態的機能と住環境形成機能を評価し、
今後の整備・維持管理・改善の検討を行っている。 
 
UR賃貸住宅地内のビオトープの整備を行う一方で、
地域の環境特性に考慮したビオトープネットワークの形成に向けた取り組みも行っている。
ビオトープネットワークとは、
多くの生物が採餌、休息、避難、繁殖などのために多種多様なビオトープが連続あるいは飛び石的に存在し、
生物の生育・生息空間が形成されていることをいう。
 
具体的な取り組み事例として、荻窪団地を紹介する。
 
荻窪団地(シャレール荻窪 東京都杉並区)では、
周辺に善福寺川緑地(約18.5ha)、大田黒公園(約9,000㎡)など生きものが生息する拠点があり、
UR賃貸住宅の緑は、ビオトープネットワークにおいて、それらの緑をつなぐ役割を果たしてきた。
荻窪団地建設より半世紀を経て2011年に再生される際に「生き物が集まるまち」をテーマに掲げ、
生物多様性を継承する屋外計画に取り組んだ。
 
自然環境のデータ分析や生物相に関する文献などの調査により、荻窪団地では樹林性の生物の誘致が期待できたことから、
都市近郊の生態系で上位に位置するキツツキ科のコゲラを指標種としたビオトープネットワークの検討を行った。
コゲラの生息場所は2ha以上の樹林で、その周辺の緑地でも採餌を行うことから、
荻窪団地周辺では善福寺川緑地を生息地とし、荻窪団地には採餌のために飛来していると想定された(図-3)。
 
図-3 荻窪団地周辺の生物環境

図-3 荻窪団地周辺の生物環境


 
文献調査と現地調査、学識者ヒアリングなどにより、建て替え後も荻窪団地がコゲラの採餌地としての機能を確保するためには、
面積2,000㎡以上の帯状でまとまった緑環境の形成を図ることが必要となった。
このような条件に基づいて計画を進めた結果、団地建て替え後も面積約9,000㎡の公園緑地などを確保し、
巣穴を保持できるような巨樹や古木である現況木を保全または移植活用しながら、
雑木林構成種の高木を主体とした補植により、自然性の高い緑環境を形成した。
他には水のみ用のバードバスの設置、また蝶のための柑橘系樹木を保存するなどして、
周辺に生息する多くの生きものが自然に触れ合える団地を目指した。
建て替え入居後の2011年秋から2012年の夏までの一年間に、生きもの調査を行った結果、
指標種のコゲラが保存樹のソメイヨシノや植栽木のハゼノキに飛来し、餌を食べている様子が確認され、
荻窪団地の屋外環境が、建て替え前と同様に地域のビオトープネットワークに寄与していることが分かった(写真-3)。
 
写真-3 採餌するコゲラ

写真-3 採餌するコゲラ


 
 

4.都市再生フィールドにおける事例 ~高島水際線(たかしますいさいせん)公園~

高島水際線公園(横浜市西区)は、
横浜国際港建設事業みなとみらい21中央土地区画整理事業地区内に整備した面積1.3haの近隣公園である。
帷子(かたびら)川河口の汽水域に隣接という立地特性を活かすべく、
親水空間の専門家、公園利用・管理活動の経験者、教育関係者、近隣の市民などによる「整備に向けた検討会」で検討を重ね、
潮の干満を都市公園の施設に取り入れるという、希少な施設の整備を実現し、2011年5月に供用を開始した。
 
希少な施設とは、帷子川の水を引き入れ、潮の干満にあわせて水位が変化する「潮入の池」(面積約300㎡)である。
潮入の池は2カ所の連結管により、帷子川の水が干満により池の内部を循環すると同時に、
池の内部は深さに応じて底質の異なる2種類の「干潟」と常時冠水する「溜り」三つの区域に分かれており、
これらによって多様な生物の生息空間を創造している(図-4、5)。
 

図-4 「潮入の池」により整備前よりも多様な生物の定着が確認された

図-4 「潮入の池」により整備前よりも多様な生物の定着が確認された


 
図-5 「潮入の池」の縦断図

図-5 「潮入の池」の縦断図


 
写真-4 想定される生きもの

写真-4 想定される生きもの


 
また公園に隣接する河川区域内の「生態護岸」は、潮入の池とともに帷子川河口部の一体的な生物生息空間を創出するため、
護岸構造を親水型とし、自然石などの自然材料を用いて干潟環境を整備した。
 
これらの施設は、帷子川河口部汽水域の自然環境を活かし、より多様な生物の生息空間を創出し、
都市の中の貴重な自然環境の保全・再生を図るとともに、大都会の中において水辺の生きものを身近に感じることができ、
豊かな自然体験が得られる環境教育の場を提供している。
 
 

5.おわりに ~60年を迎えて~

UR都市機構は、日本住宅公団の設立(1955年)から今年で60年を迎えました。
その間、まちづくり・住宅づくりにおいて、自然環境に配慮した数多くの取り組みを行ってきました。
今後も生物多様性の保全や回復に努めることにより、人と生きものが共存できる豊かで潤いのある都市環境の形成に寄与し、
地域や住民との連携により地域にふさわしいまちづくりを実現していきたいと考えます。
 
 
 

筆者

独立行政法人都市再生機構 技術・コスト管理部 技術調査チーム
 
 
 
【出典】


月刊積算資料2015年9月号
月刊積算資料2015年9月号
 
 

最終更新日:2016-02-22

 

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