建設資材データベーストップ > 特集記事資料館 > 積算資料 > 未来につなごう 日本の建設業 第1回 建設現場にみる世界のお国事情

 

足利工業大学 総合研究センター 研究員 工学博士
小林 康昭

 

1. はじめに

今,建設業界紙が,毎日,必ず触れている問題は,ひとえに,現場の労働事情だ。労働者の数が足りないし,技能も低下している。この労働問題は,ずっと前から指摘されてきた。だから,役所や学識経験者が口を揃えて「建設産業の労働問題は宿痾(しゅくあ)である」とおっしゃる。
 
宿痾って何だ? 辞書を引くと,宿痾とは“長い間なおらない病気”とある。病気といっても,弊害,弱点,欠陥,つまり,まずいなぁ,ヤバいなぁ,ということだ。もっとも,最近では,ヤバい,はスゴイ,の意味だそうだ。誤解してはいけない。スゴク悪いのだ。それなのに,誰も対症療法を施さず,長い間,放置してきたのだ。
 
 

2. 日本の現場素描

現場の所長の頭痛の種は,現場労働者のことである。朝,現場に出たら,「労働者が一人も出て来ていない! わぁっ,困った」と慌てたら,目が覚めた。夢にみるほど事態は深刻なのだ。わが国の建設労働者の非力さと若年労働者確保の難しさは,世界最悪だそうだ。その世界最悪といわれる,象徴的な証しを一つ挙げよう。袋セメントの重さだ。
 
昔は, 一袋50kgだった。40kgになり,今は25kgだ。理由は単純だ。重いと担げないから…。大成建設(株)の国際支店や(一社)セメント協会の調査によると,外国のほとんどの国の袋セメントの重さは,一袋50kgか40kg以上である(表−1)。
 



 
つまり,わが国の建設労働者は,世界最低レベルの体力ということなのだ。この現実は,肝に銘じておいた方が良い。
 
かつて山間部で土砂災害が発生した際に,数人の死者が出た。全員が60代。現地に介護施設がある。その施設が被害に遭ったと思ったが,施設は無事だった。亡くなったのは,付近の現場で働いていた労働者たちだった。介護施設の住人と同年代まで働けることは幸せなのだ,という考えもあるだろう。だが,日本の建設現場は,かくも老齢化しているのだ。
 
日本の労働者は単調な仕事が続くと,飽きて能率や仕事の質が落ちる傾向がある。建設工事には,延々と何カ月も同じことを繰り返す作業がある。この単調さに耐えられなくなるのだ。外国の労働者は,飽きずに愚直に続ける根気がある。
 
“飽きる”,ということは,愚直ではない,好奇心がある,創意工夫の力がある,ということでもある。すなわち,日本の労働者は,知的水準が高いのである。だが,飽きることは,作業中の心理状態が不安定になるので短所になる。だから,心理的なケアが必要なのだが,その配慮が乏しい。
 
 

3. 外国の現場素描

日本の建設会社が外国に出て行って,現場所長が喜ぶのは,どんな国でも,選り取り見取りで,労働者を集められることである。何しろ,世界最悪とも言える労働事情を抱えた国からやってきたのだから,良いことづくめと感じるようだ。その中には,今のわが国の労働事情の改善に,ヒントになることが,潜んでいるかもしれない。
 

3−1.発展途上国の現場

そもそも,発展途上国は産業が発達していないから,働く場所が少ない。だから,労働者を集めようとすれば,数倍の希望者が殺到する。
 
発展途上国は教育が普及していないから,基礎学力が不足している。食糧事情も悪いから栄養状態も悪い。そこに目をつぶって,とにかく選別をする。そして,必要な頭数だけ採用する。最も重要な要素は,体力である。
 
一袋50kgのセメント袋を担がせて,50mを走らせる。早い者勝ちで採用する。担いで必死に走ろうとする。健気ではある。だが,担げても走るどころか,歩けない者もいる。一袋を担いで一歩も歩けずに,潰れてしまう者が出る。ダメな者は,失格である。日本の現場の労働者も間違いなく失格だろう。
 
採用者に,シャベルを渡して掘削を教える。ノコギリを渡して型枠加工を教える。金槌を渡して型枠組立てを教える。鏝こてを渡して左官作業を教える。足し算引き算を教えて,測量を手伝わせる…。宿舎で三度の食事を与える。見る見るうちに,体格がフライ級からウエルター級に育っていく。
 
やはり,建設現場では,若い方が良い。若いと体力がある。敏捷性もある。体力があれば,重厚長大の作業は,能率が高い。敏捷だと,転落を回避し,落下を防御する本能的な感覚が鋭い。「あぁっ!」と目をつぶるような修羅場でも,身をかわして危険を避けてくれる。現場に活気が出る。生産性も上がる。
 
 

3−2.社会主義国の現場

社会主義国の場合は,発展途上国であっても,国レベルで計画的に動く。だから,手配すればとにかく頭数は揃う。社会主義国の建前は,労働者が王様だ。だから,人力を使うほどよろしい。
 
例えば,その国の国営機関が直営直轄直傭で建設現場を設営すると,日本国内ならば2,000人規模の建設現場が,かの地では5万人規模にも膨れ上がる。たちまち,都市が出現する。学校,託児所,病院,市場…。市役所ができて,市長さんが選ばれる。
 
必要以上の頭数を,容赦なく押し付けてくることもある。そして,適材適所を考えず,どんどんと配置する。トンネル現場の切羽で,女優顔負けの妙齢の美女が,長い鉄棒を振るって浮き石を落としていたり,日本の芸能プロが飛び付く様なアイドルグループ顔負けの青年が,宿舎の部屋に入って来て洗濯物を集めている。
 
こんなミスマッチが日常茶飯事なのは,社会主義特有の官僚主義の弊害ではある。だが,横着な手配,無駄が多い鷹揚な使い方こそ,その国の労働資源が潤沢である証しでもある,と言えよう。建設労働者が,専門性に捉われない実態でもある。当然,技量は低い。これを承知する政府は,請負った会社に,労働者に対する技術移転を義務づける。つまり,外国勢に人材育成をさせるわけである。専門性に対する柔軟性もまた,建設労働の特徴である。要は需給のバランス次第なのだ。
 
 

3−3.労働力不足の国の現場

労働者が不足している国もある。アラブの国々が,その典型だ。サウジアラビア,クウェート,アラブ首長国連邦などの産油国。経済的に豊かで,インフラ整備は活発。建設投資は盛んである。
 
だが,いずれも,砂漠の地で人口が少ない。そこで,工事を受注した建設会社は,労働者を国外から連れてくる。調達地は,パキスタン,バングラディッシュ,パレスチナ,スリランカなどの貧困地帯。彼らは,豊かな国の生活に慣れると,貧困の母国に帰国するのを嫌がる。放置すると,工事が終わっても,居座わってしまう。結果として,国内に残留者が溢れることになる。
 
それでは困る,と受け入れた国の政府は,自衛策に知恵を絞る。出入国の制度を整備して,完璧な運用に努める。その代表がブロック・ビザである。通常,入国に必要なビザは,個人あてに発行する。だが,このブロック・ビザは,個人単位ではなく,まとまった人数が対象である。つまり,建設工事ごとに必要な人数にまとめてビザを発行する。申請は,工事を受注した建設会社が行う。
 
建設会社は工事の期間,出入国の時期,入国させたい者の個人情報を列記したリストを付けて申請する。許可が出てビザが発行されると,労働者を入国させる。入国した労働者の滞在は,その工事限りである。工事が終わったら,間違いなく出国させる。滞在中の身柄は,建設会社が全責任をもつ。その建設会社が別の建設工事を受注しても,既に入国させた労働者の転用は許されない。新たにブロック・ビザを申請して,別の労働者を入国させる。こうして外国人の不法残留の芽を潰す。外国人労働者を使う場合,この方法は参考になる。
 
 

3−4.先進国の現場

アメリカの現場を例に挙げよう。目につくことは,閑散としていることだ。横を通り過ぎるだけでは分からないが,数日の間,定点観測すると,工事の進み方が緩慢なことが分かる。つまり,工期が,たっぷりしているのだ。勿論,夜間作業に,お目にかかることはない。土日や祝日の現場は,閉鎖している。
 
それでいて,作業の瞬発力は凄い。200m3のコンクリートの打設を3時間,4人で済ませてしまう。日本だったら7人で5時間の作業である。
 
「アメリカの現場は凄いだろう!」と大手建設会社の社員たちに,ドヤ顔で語ってみせる。だが折角,話題を提供しているのに,関心がない。この無関心ぶりは,彼らが元請会社の現場技術者だからだ。現場は一切,下請任せ。だから,歩掛にも工事の生産性にも作業の能率にも関心がない。元請の現場社員が,自分の現場とアメリカの現場を比較できないわけだ。つまり“そんなことは下請の問題だ,俺たちの知ったことじゃねぇ”ということだ。
 
この元請の“知ったことじゃねぇ”態度が,実は建設労働問題を「宿痾」にしている元凶なのだ。この影響は,大きい。
 
アメリカの現場の凄さは,建設労働者のプロ魂に由来し,その由来は彼らの境遇にある。彼らの多くは,組合に属している。組合は,職種ごとに組織されている。つまり,土工の組合,大工の組合,オペレーターの組合,というわけである。組合が,彼ら組合員たちの処遇を保障し,技量の向上を支援するのだ。
 
その組織は全国的に構成され,アメリカの全ての州に,傘下の支部が置かれている。例えば,全米大工組合,その傘下のアリゾナ支部,ということだ。建設労働者の組織化された組合員は,数百万人におよぶという。
 
特に,トラックの運転手の組合は,全米で最大の組合員を擁して,強力な活動力を誇っている。ニックネームの“the Teamster”が,日本の英和辞典に載るくらいだから,その存在感は大きい。
 
 

4. 建設労働の組合活動

4−1.米国の労働協約

その組合が建設工事でどんな働きをするのか?具体的な例として,建設現場の労働協約を挙げたい。州のBuilding and Construction TradesDepartment つまり全国組織の建設労働者組合が傘下の州単位に置いた支部が,個々の建設工事ごとに,建設会社とProject Agreement,即ち,労働協約を結ぶのである。現場は,その支部に加入する建設労働者たちを採用する。
 
協約には,仕事の範囲,指示命令系統,建設会社側と労働者側の義務と責任と権利,協約違反の罰則,待遇,労働条件などが規定される。
 
週の労働時間は40時間。天候などの理由で40時間に満たなかった週に限って,土曜日も就業しても良い,と規定されている。つまり,天候不順で得られなかった賃金の救済策である。だが,基本的に土日の就業は,協約違反である。土日に働くと,指示や命令を出した管理者も,協定破りをした労働者自身も罰せられる。
 
協約の巻末に,賃金の付表がある。規定は非常に具体的である。大工を例に挙げよう。1990年代のアメリカ・アリゾナ州で運用された労働協約と賃金表である。現在も,ほとんど同じ状態で採用されているそうだ。
 
建設会社は,労働者本人に付表に規定されたとおりの賃金を支払う義務がある。下請会社を使う元請会社は,下請会社の労働者にも規定どおりの賃金が支払われるように努める義務がある。ピンハネは,禁じられている。
 
この賃金体系は,組合が運営する実習制度が前提にある。実習生の賃金は,受けた実習の程度によって,ランク付けされている(表− 2)。
 



 
実習生がランク付けされている理由は,途中で現場に出て経験を積もうとして,実習を細切れで受けるからである。このような仕組みが実習生,すなわち労働者のモチベーションを喚起し,技量に応じた賃金を保障し,実習制度を権威づける。
 
賃金単価が低い非組合員を雇う手もあるが,調達の容易さや労働者の質の確かさの点で,通常は,組合員に軍配が上がる。
 
協約の署名者は,建設会社側が現場所長か彼の配下のLabor Relation ManagerやConstructionManager,組合側が,組合支部の代表者。これに,支部に加盟する各工種の組合(例えば,大工,土工,オペレーター,塗装工,運転手,電気工,鉄筋工…など)の代表者の署名が連なる。すべての工種の労働者にこの協約が適用されるわけである。組合の統治力は,とても強い。
 
このように完成度の高い制度が,全国を一元的に網羅して運用されているから,労働者は待遇を保障され,誇りをもって意欲的に働けるのだ。
 
 

4−2.日本における建設労働の組合活動

日本の建設産業の就業者数は,約5百万人を数える。その中で,全国を網羅する建設労働組合の組合員は数万人程度だろう。組織力は低いし活動力は弱い。現場で労働協約を締結した例は,寡聞にして知らない。そもそも,わが国は,労働問題に対する一般の関心が低いし,認識が疎すぎる。
 
九州のある労働局で,11カ月もの間,職員に残業代を支払わなかった,と指摘された事件が報道されている。11カ月も黙っていた当事者の態度も問題なのだが,わが国は,労働行政の所管官庁ですら,労働問題に抜かってしまう国なのだ。
 
こんな話があった。北関東の一都市でダンプトラックの運転手たちが,職場を放棄してデモをしたことがある。発注者か雇用者の無理難題に抗議したのだ。発注者は責めたて,雇用者は怒った。
 
騒ぎを聴きつけたテレビ局が,取材に駆けつけた。インタビュアーが「職場放棄が非難されてますよ」と訴えたので,私(筆者)は即座に「スト権は確立しているのですか?」と問うた。怪訝そうな表情を見せるインタビュアーに「だって,団体交渉権は憲法で保障された労働者の権利でしょう。組合活動やスト権の正しい知識を彼らに教えてあげたらどうですか!」と追い打ちをかけた。テレビ局側は絶句して,インタビューをやめてしまった。結局,放映もされなかった。
 
メディアがその程度の認識だから,一般の人々の労働問題への関心は,低くて当然だ。建設現場の労働者の待遇を改善し,誇りをもって意欲的に働くことができるようにするには,この認識を改めることが必要だ。
 
                                                    (次回8月号へ続く)
 

小林 康昭(こばやしやすあき)

1940年生まれ,長野県出身。早稲田大学卒。大成建設?入社,設計及び海外勤務後,同顧問,足利工業大学教授,全国土木施工管理技士会連合会会長などを経て,現在,全国土木施工管理技士会連合会顧問,足利工業大学総合研究センター研究員,早稲田大学理工学研究所招聘研究員など。
主な著書に『社会基盤の整備システム』,『施工技術』(以上 経済調査会),『土木英和辞典』,『土木和英辞典』(以上 近代図書),『建設マネジメント』(インデックス出版),『実用地盤・環境用語辞典』(山海堂),『新領域 土木工学ハンドブック』,『土質工学』(以上 朝倉書店)など。
 
 
 
【出典】


積算資料2016年07月号

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

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