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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 水災害対策 > 地下街等における浸水防止用設備整備について

 

はじめに

我が国の大都市圏は,浸水に対して脆弱なゼロメートル地帯を抱えるとともに,地下空間が広域に発達しているため,大規模水害が発生した場合,甚大な人的被害の発生や,公共交通機関の運休に伴う経済社会的な影響の懸念がある。
 
我が国においては,平成11年6月の福岡水害において博多駅周辺の地下街,地下鉄,ビルの地階等が浸水し,地階に閉じ込められた1人が死亡したほか(写真-1),平成12年9月の東海豪雨では内水氾濫により名古屋市内の地下街,地下鉄が浸水した。近年では,平成25年9月に,台風第17号から変わった温帯低気圧の影響により,名古屋市内の地下街や地下鉄駅が浸水したほか,台風第18号により,京都市内を流れる安祥寺川の氾濫水が京阪電鉄の地下トンネルを経由して京都市営地下鉄に流入し4日間運休するという被害が発生している。
 

写真-1 平成11年福岡水害における地下鉄駅の様子(九州地方整備局HPより)




 
また,平成26年9月の局地的な大雨による名古屋市営地下鉄の浸水や平成27年7月の渋谷駅における浸水,平成28年8月の岡山一番街における浸水など,短時間強雨による浸水が毎年のように発生している。世界的にも平成24年10月の米国におけるハリケーン・サンディによる高潮災害では,ニューヨーク大都市圏が被害に見舞われ,ニューヨーク地下鉄が浸水する等,浸水に対する地下空間の脆弱性が露呈する結果となった。
 
本稿においては,このようにひとたび浸水すれば地下空間の広範が浸水し,地下鉄の運行停止などの甚大な被害につながる地下街等(本稿では,地下街その他地下に設けられた不特定かつ多数の者が利用する施設を「地下街等」としている)について,その浸水対策に係る水防法の制度と,先般公表した,地下街等の浸水対策において有効な「浸水防止用設備整備に関するガイドライン」の内容を紹介する。
 
 

1. 地下街等の浸水の特徴

地下空間における浸水では,避難できずに閉じ込められて水死する事例もみられ,次のように地上における浸水被害とは異なる災害特性を有している。
 
①地上の状況を把握しにくい
地上と隔絶されている状況下におかれるため,地上からの情報が入りにくく,災害の状況の把握が遅れる等により状況判断が難しく,避難行動の開始が遅れる傾向にある。
 
②避難経路が限定される
地下空間における避難方向は,基本的に地上出入口や接続ビルの上階に限定され,水の流入経路と避難経路が重なる可能性が高い。また,地上へとつながる階段から流入してくる水に逆らっての避難は困難である。
 
③浸水開始後,時間の猶予が少ない
地下空間は,閉鎖的であり地上に比べて浸水スピードが速い。また,ある程度の水深を超えると水圧により扉が開かなくなることや,機械電気設備の機能停止による停電で視界不良となり,利用者は位置関係や周辺状況が把握できず避難困難となること等の危険もあるため,地下空間への浸水開始後,避難に係る時間の猶予は少ない。
 
また,大都市においては,複雑に接続しあった地下空間が形成されているため,地下空間の全容の把握や浸水が拡大する経路の予測は困難であり,地下空間を通じて浸水が拡大していても地上は浸水していないこともあることから,予期せぬ場所で地下空間の浸水被害が生じる危険性がある(図- 1)。
 

図-1 連続する施設のイメージ図




 
 
例えば,平成4年にアメリカのシカゴにおいて,橋梁の橋脚工事の事故に伴い地下トンネル網の一箇所から入り込んだ河川水が市の中心部の地下空間に広がったことにより,市庁舎,シカゴ証券取引所等の地下フロアが浸水した。証券取引所では電源が喪失し,取引機能が麻痺したことにより世界中の経済活動に影響が生じた。
 
ハリケーン・サンディによる高潮災害では,ニューヨーク地下鉄において,事前に浸水対策が必要な出入口を把握して対策を行っていたものの,非常用出入口の対策を行わなかったため,そこから浸水被害が生じている。
 
このように,地下街等における浸水被害は地上とは異なり避難への障害が大きく,さらに地下街等に連続する施設のそれぞれで浸水対応が異なる場合があるため,これらの施設から地下街等に浸水し,予期せぬ拡大が生じる可能性もある。このため,事前に利用者の避難や浸水防止に係る計画を連続する施設も含めて作成することが重要であり,さらに,止水板等の設置状況や運用を関係者間で調整する必要がある。
 
 

2. 浸水想定と水防法上の地下街等

水防法では,河川の氾濫による浸水のおそれのある区域を想定し,河川を管理する国または都道府県が洪水浸水想定区域として指定することとしている。この洪水浸水想定区域内にある地下街等のうち,市町村が地域防災計画に指定したものについては,水防法により,地下街等の所有者または管理者(以下,地下街の管理者等という)は以下の義務が課される。
 
● 避難確保・浸水防止計画の作成,市町村への報告および公表
● 訓練の実施
● 自衛水防組織の設置
 
また,市町村は,地下街の管理者等や,地下街等において組織された自衛水防組織の構成員への洪水予報等の伝達方法を定めることとなる。
 
これらの地下街等において作成が義務付けられる避難確保・浸水防止計画には,洪水時等の防災体制,利用者の避難誘導,浸水の防止のための活動,洪水時等の避難の確保および浸水の防止を図るための施設整備,洪水時等を想定した防災教育および訓練,自衛水防組織の業務,その他利用者の洪水時等の円滑かつ迅速な避難の確保および洪水時等の浸水の防止を図るために必要な措置について定めることが求められる。
 
国土交通省では,避難確保・浸水防止計画の作成を進めるにあたって参考とするため,作成に必要な項目毎に記載すべき事項と留意事項をまとめた手引き(地下街等に係る避難確保・浸水防止計画作成の手引き)を作成し,国土交通省HPを通じ提供しているところである(図- 2)。
 

図-2 地下街等に係る避難確保・浸水防止計画作成の手引き(表紙)




http://www.mlit.go.jp/river/bousai/main/saigai/jouhou/jieisuibou/bousaigensai-suibou01.html
 
 
平成28年3月末現在,水防法に基づき避難確保・浸水防止計画作成等の対策が求められる地下街等の数は,全国で1,117箇所となっている(表- 1)。
 

表-1 避難確保・浸水防止計画作成等の対策が求められる地下街等の数




 
 
さらに,各地下街等が連続する施設も含めた浸水対策を進めることが効果的であることから,水防法では,地下街の管理者等が避難確保・浸水防止計画を作成しようとする場合に,あらかじめ連続する施設の所有者または管理者(以下,施設の管理者等)に意見を聴くよう努めることが規定されている。この規定は,地下街・地下鉄および接続ビル等の施設の管理者等が連携して,連続する施設からの浸水への対応や,連続する施設の階段を利用した避難等も考慮した避難確保・浸水防止計画を作成することを期待したものである。
 
このことを踏まえ,国土交通省では地下街・地下鉄および接続ビル等の施設の管理者等が共同して計画検討や連絡調整を行う協議会を設置することについて,これらの施設の管理者等に対して求めているところである。
 
なお,平成27年の水防法改正により,洪水の浸水想定区域の指定の前提となる降雨が,従来の計画規模の降雨から想定し得る最大規模の降雨(計画規模を上回るもの)に変更となるとともに(図- 3),新たに,想定し得る最大規模の内水(公共の水域に雨水を排水できないことによる出水,水防法上の用語は「雨水出水」)および高潮に関する浸水想定区域制度が創設されている。今後は,新たに浸水想定区域に含まれることとなる地下街等において検討が必要となる。
 

図-3 水防法改正による洪水浸水想定区域の変更




 
 

3. 浸水防止用設備整備のガイドライン

国土交通省では,地下街の管理者等の浸水対策に資するよう,「地下街等における浸水防止用設備整備のガイドライン」をまとめ,平成28年8月30日に公表した。地下街の管理者等において具体の対策を理解しやすくし,避難確保・浸水防止計画の作成の際も参考となるものとしている。
 
本ガイドラインは,全10章で構成し,そのうち2章の「浸水深等の把握」から8章の「点検,補修および訓練の実施」にわたって,浸水防止用設備整備の検討にあたっての実際の手順に沿って,実施すべき内容を記述した(図- 4)。以下に簡単に紹介する。
 

図-4 「地下街等における浸水防止用設備整備のガイドライン」目次




 
 
(第2 章)浸水防止用設備の整備の検討にあたり,地下街等の所在する地域の浸水深を確認し,地下街等がどの程度浸水するかを把握する。
 
浸水深を確認するための方法として,ここでは自治体が公表するハザードマップの入手先や,国土交通省が提供している浸水ナビを紹介している(表- 2)。
 

表-2 国土交通省で公開している情報




 
 
浸水ナビでは,地点を指定して近傍の堤防決壊点を選択し,当該堤防決壊点における決壊による,任意に選択した地点での時間経過別の浸水深や浸水到達時刻,最大浸水深,最大浸水深に達するまでの時間を把握することができる。
 
 
(第3 章)地下街の浸水の起点となる,地下街の出入口の高さや幅等の現状を把握する。第3章では,想定される浸水深と比較し,止水板等の必要な対策高さを知るために,出入口の高さ等を確認することを示している。
 
 
(第4章)確認した浸水深や出入口の高さなどをもとに,想定される浸水深に対して,出入口の高さに応じ,浸水対策が不要なのか,適切な浸水防止用設備を導入することで対応可能か,それとも既存の出入口を改修する必要があるのか判断する(図-5)。
 

図-5 浸水深と出入口等の高さによる検討イメージ




 
また,完全に浸水を抑える対策が困難な場合は,避難に必要な時間を確保するための設備整備について判断することとなる。
 
 
(第5 章)概ねの浸水の状況を確認した後,どのような設備により浸水対策が可能か,例えば,土のう,水のうは,場所を選ばず必要な場所に持ち運び設置可能だが,設置に時間や人手等を要するといった特徴があるなど,入手可能な浸水防止用設備の特徴を把握しつつ検討する必要がある。第5章で,一般的な設備について簡単に比較できるようにしている(図- 6)。
 

図-6 浸水防止用設備の種類と特徴




 
 
(第6 章)設備に係る必要な情報がそろったところで,地下街の出入口の状況と浸水防止用設備の特徴から,どの設備をどこに適用すべきか判断する。この判断の参考として,第6章において出入口の状態に応じた選択の方法をフローチャートで示している(図-
7)。
 

図-7 出入口の条件による浸水防止用設備の選択フロー




 
 
例えば,地下街の出入口に次の条件がある場合,
● 地下街の出入口の高さが想定される最大浸水深より低く浸水の恐れがあるが,最大でも腰の高さまでつかる程度
● 出入口の既存の建具への加工はできない
● 床・壁等の加工も困難な出入口構造
● 設備の設置に係る時間的な余裕がない
 
これらについて,フローチャートに従い脱着式のシートによる止水が候補として選択される。
 
 
(第7 章)候補となった浸水防止用設備を実際に適用するためには,限られた時間内に浸水防止用設備の設置を完了するため,設置チームなどを調整するなど留意の必要がある(図- 8)。
 

図-8 設置作業の設定例




 
 
(第8 章)整備だけに止まらず,整備後の浸水防止用設備の管理や訓練についても適切に行う必要があることから,第8章では,管理や訓練に係る留意事項について簡単に記している。
 
 
(第9 章)整備における参考として,浸水防止用設備整備における税制特例措置や補助制度も利用可能であり,止水板等を整備する際の参考として紹介している(図- 9)。
 

図-9 浸水防止用設備に係る税制特例措置




 
 
最後に,事例集として,福岡市の天神地下街,広島市の紙屋町シャレオ,京都市のゼスト御池,東京都の新宿サブナード,ウィング新橋,東京丸の内の全6事例を紹介している。これらの内容については本ガイドラインを確認いただきたい。
 
 

おわりに

地下空間はネットワーク化が進行し,連携した浸水対策の重要性が増している。このため,地下街等においては,構成する関係者が連携して避難確保・浸水防止計画を策定し,訓練等を通じて計画の実効性を高めていく必要がある。その中で,地下街の構造に応じ,避難経路を考慮して関係者が連携して浸水防止用設備を整備し運用していくことがますます重要となっている。国土交通省としては,地下街等の浸水対策が促進されるよう,引き続き支援してまいりたい。
 
 

国土交通省水管理・国土保全局 河川環境課 水防企画室長 西澤 賢太郎

 
 
 
【出典】


積算資料公表価格版2017年05月号 特集②



 

最終更新日:2023-07-10

 

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