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女川町復興推進課 参事
柳沼 利明

 

平成26年度は、ほぼ全域の事業着手へ

 

第9回復興まちづくり説明会資料から抜粋。中心部の復興まちづくり造成計画

第9回復興まちづくり説明会資料から抜粋。中心部の復興まちづくり造成計画


 
本町では、平成24年の秋以降、水産加工団地の盛土造成や災害公営住宅の建設、
自立再建の防集団地荒立地区の造成に順次着手したほか、平成25年度に入り、JR 女川駅周辺約40haの造成工事を開始した。
平成27年3月には、JR 女川駅の再開と、その一部周辺の「まちびらき」を計画している。
また、今年度には町中心部、離半島部のほぼすべての地区で造成工事に着手する。
 
第9回復興まちづくり説明会資料から抜粋。離半島部も平成26年度内にはすべての地区の造成工事に着手する

第9回復興まちづくり説明会資料から抜粋。離半島部も平成26年度内にはすべての地区の造成工事に着手する


 
平成25年11月には、待望の自立再建の分譲地、荒立西地区31戸の分譲なども行ったほか、
平成26年3月には、町中心部の陸上競技場跡地に200戸の災害公営住宅が完成する。
さらに、未だ不自由な仮設住宅で暮らす多くの方々に将来の希望、居住地を確保(登録)していただくため、
自立再建団地と災害公営住宅の「事前登録制度」の制度設計を進めてきた。
本町の事前登録は、自立再建であれば、防集団地の実施設計完了後、可能な限りの詳細な情報を提供し、
本登録に近い「事前登録」の手法を採用することとした。
 
平成26年3月に完成する町内初の災害公営住宅(陸上競技場跡地)

平成26年3月に完成する町内初の災害公営住宅(陸上競技場跡地)


 
そのほか、復興後の町は、震災以前よりも住みやすく、希望があるまちとするべく、
平成25年9月には「女川町復興まちづくりデザイン会議(委員長:平野勝也東北大学災害科学国際研究所准教授)」を立ち上げた。
デザイン会議は、平野委員長のほか、宇野健一委員((有)アトリエU都市・地域空間計画室代表取締役)、
小野寺康委員(小野寺康都市設計事務所取締役代表)のご協力を得ながら、
都市デザイン・空間デザインの観点から復興まちづくり事業の方向性について検討する場である。
 
引き続き、各委員との連携を図りながら、町、まちづくり推進協議会、まちづくりワーキンググループ、
UR都市機構、まちづくりJV等関係者が一丸となって取り組んでいきたい。
 
JR女川駅と駅前プロムナードのイメージ図(デザイン会議資料から)。駅舎は、被災前、駅舎に隣接していた温泉温浴施設との合築とした

JR女川駅と駅前プロムナードのイメージ図(デザイン会議資料から)。
駅舎は、被災前、駅舎に隣接していた温泉温浴施設との合築とした


 
被災から丸3年。町民からは、今も早期の造成完了を願う声が多く寄せられている。
土地利用計画の立案や関係機関との事業調整、年間百億円を超える業務契約、全国各地に点在する地権者との用地交渉等々、
人手を必要とする作業は少なくないが、仮設住宅から一日も早く安住の地への移転を希求する町民を思えば、
限られた人員とはいえ、その手を休めることはできない。
 
今後の本格的かつ膨大な復興造成工事の進捗に伴い、被災地の人手不足は益々深刻になる一方だ。
復興事業の完遂のキーポイントは、まだまだ不足するマンパワーの確保に他ならない。
 
 

千年後の未来(きみ)へ

日々本格化する復興事業と交錯するように、
多くの被災地では、この大震災、大津波の教訓を後世にどのような形で残すべきかという懸案があった。
造成工事に伴い、または被災された方々の心情等を勘案して、
各地の災害遺構候補が取り壊され、または取り壊しがほぼ確定した状況が少なくなかった。
 
それは、保存のための財源が膨大なうえ、その後の維持管理にも多額の費用を必要とするからだった。
国からは平成25年暮れに、復興交付金による遺構保存の初期費用の支援が発表された。
 
本町でも、復興計画において、大津波によって被災した3つのビルを町民の声を尊重しながら、その保存に努めていくこととしていた。
しかし、町民からは、震災伝承という主旨は理解するものの、
倒壊ビルそのものを保存するということには反対との意見が少なくなかった。
 
そうした中、本町の中心部高台、丸子山にある女川中学校で、
震災発生直後に入学した3年生が発案した「いのちの石碑プロジェクト」が力強く動き出していた。
「東日本大震災の悲惨な体験をしたからこそ、できることがある、伝えられることがある」。
千年後の命を守るため、町内の21の浜の津波の到達点より高い場所に石碑を建てるというこの取り組み。
生徒たちの100円募金から始まり、保護者や地域住民までをも巻き込んだ支援組織の輪が広がっていった。
 
平成25年9月には、石碑21基分の費用約1,000万円が集まったという。
同年11月23日、女川中学校で第1弾となる除幕式が開催された。
高さ2m、横1mの石碑には、
「絆を強める」「高台への避難ルートを確保する」「記録に残す」という津波の教訓を後世に伝える3つの対策案が刻まれている。
 

平成25年11月23日、女川中学校で行われた「いのちの石碑」除幕式。

平成25年11月23日、女川中学校で行われた「いのちの石碑」除幕式。
「子どもたちが“行動”することでプロジェクトが動きだし、応援が起き、今日につながりました。それが大事。この子どもたちの行動に拍手を送りたい。子どもたちが自らまちの再生へ、そしてこれからの日本を大きく支えてくれると思います」と須田町長から賛辞が贈られた


 
一方、町の復興計画で保存に努めるとした3つの災害遺構候補は、
復興事業の進捗とともに、保存の是非についての選択期限が近づいていた。
3つのうち、最も漁港沿いの民間の建物は、漁港の復旧工事に伴い、平成25年内の判断が必要とされていた。
さらに、もう1つのビル「江島共済会館」は、被災による損傷が一番激しかった。
将来の維持運営を考慮すれば、
国がイニシャルコスト分を復興交付金でみてくれるにしても財政的な面で厳しい状況であることは明らかだった。
 
平成25年12月の町議会において、須田町長は、
「漁港の復旧工事の範囲内にある民間ビルは年度内の解体。
 「江島共済会館」は、平成26年4月以降に造成工事がスタートするエリアにあることから、
 その造成時期まで可能な限り存置し最終的には解体。
 比較的損傷の度合いが低い「女川交番」は、一部あるいは全部の保存を図りつつ、
 今後、何を後世に伝えるかを議論したうえで、そのあり方について検討していく」
とし、議員各位の理解を求めた。
 
大津波により倒壊した遺構保存候補の一つ、江島共済会館。

大津波により倒壊した遺構保存候補の一つ、江島共済会館。平成26年度には近傍の造成工事がスタートすることから、それまではできるだけ、そのままの形で存置し、最終的には解体することとなった


 
須田町長は、この決断をするうえで、「いのちの石碑プロジェクト」に取り組んだ女川中学校の生徒たちとの意見交換を行っている。
実は、彼らは「いのちの石碑プロジェクト」などの取り組みとともに、
震災遺構については保存してほしいと、平成24年の冬に町と町議会に対してプレゼンテーションを行っていた。
 
町民の多くの声が遺構保存に否定的であったにもかかわらず、生徒たちが導きだした結論は「遺構の保存」であった。
彼らが20歳になるまで、町内の離半島部を含む21カ所に順次建立されるという「いのちの石碑」。
その完了年度は、町の復興計画の完了年度でもある。
平成26年度末は、復興計画の折り返し点。
都市再生へ向けた「本格復興期」も目前に迫る。
 
女川湾を見下ろす小高い丸子山、女川中学校に建立された石碑の碑文はこう結ばれている。
 
『今、女川町はどうなっていますか?
 悲しみで涙を流す人が少しでも減り、笑顔あふれる町になっていることを祈り、そして信じています』
 
女川の将来を担う子どもたちも今、しっかりと前を向いて走り続けている。
 
生徒の提案で、鎌倉時代の板碑のデザインを参考としている石碑

生徒の提案で、鎌倉時代の板碑のデザインを参考としている石碑


 
 
 

東日本大震災から3年 本格復興に向けて

とりもどそう 笑顔あふれる女川町《前編》
とりもどそう 笑顔あふれる女川町《後編》
仙台市における下水道施設の復旧
 
 
 
【出典】


月刊積算資料2014年3月号
月刊積算資料2014年3月号
 
 

 

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