建設資材データベーストップ > 特集記事資料館 > 建設ITガイド > バーチャルな環境で疑似トレーニング を行う -新たなMR技術(AVR)の開発-

 

はじめに

2017年、従来の安全教育の課題を 解決する手法としてモーションキャプチャ技術を活用した没入型VR安全教育システム「リアルハット」を開発し、平成30年2月10日発行の本誌において報告をした。同システムは、モーションキャプチャ技術を活用することで受講者をバーチャルな環境へ没入させ、集中力を高め効果的な「気づき」をもたらすことを目的に開発を行った。また、昨今のダークツーリズムのように労働災害という「負の遺産」を繰り返し疑似体験することができ、かつ新鮮な形で保管できる教材となっている。現在、本システムの開発より3年が経過したが、その後の建設業界は、従事する技術者・技能者の高齢化、若年層の入職率低下などを背景に、人手不足や技術・暗黙知の継承などの課題が深刻化している。そのような背景の中、「建設業の働き方改革」、「技能者の建設キャリアアップシステム導入」、「外国人労働者の受け入れ」、「建設生産システムの生産性向上/i-Construction」など、建設業界を改革する施策が多数打ち出され、取り巻く環境は急激なスピードで変化を続けている。一方、安全の分野では、依然ヒューマンエラーを原因とする災害が多発しており、災害発生を未然に防ぐ「気付く能力」を育む効果的な教育やトレーニングが求められている。本稿では、これら建設業界の現状を背景に新たに開発した安全教育システムについて報告する
 

VR安全教育システムに求められる新たなニーズと課題

(1)バーチャルな環境下でのトレーニングというニーズ

2018年6月に労働安全衛生法施行令が一部改正され、2019年2月よりフルハーネス型安全帯の使用が原則義務化された。これは、胴ベルト型安全帯を使用しているにもかかわらず墜落して死亡する災害が毎年発生していたことを背景としている。胴ベルト型安全帯の場合、墜落衝撃による内臓破裂を免れても、身体が「くの字」となることで胸部や腹部を圧迫し呼吸困難から低酸素脳症に発展し死亡に至る。それに対しフルハーネス型安全帯は、墜落時に直立姿勢を維持しやすく、頭部の激突を防止し、かつ墜落制止時に発生する衝撃を全身に分散させるので被災者の身体への負担が大幅に軽減できる。これらにより、フルハーネス型安全帯は、墜落災害における死傷者数の減少が期待されている。その一方で、墜落時にフルハーネス型安全帯を使用していても、宙吊り状態が継続することは決して安全ではないとの報告がある。宙吊り状態が20分以上継続すると腿ベルトが大腿静脈部を圧迫させ、全身うっ血状態になり脳と心臓に重大な損傷を与えるのである。また被災状況にもよるが、墜落発生後、レスキュー隊の到着までに10分、現場把握ならびに救出計画立案に5分、救出作業に15分、延べ30分を要す。よって、被災後20分間までの対応が被災者の生死を分けるのである。これに対し、米英両国などでは墜落制止後に被災者自身がとるべき行動の一つとして延命措置のトレーニングが義務化されている。墜落した被災者に意識があるならば、レスキュー隊が到着するまでの間に「足かけ補助具」を用いて自らで延命措置を施すのである。わが国においても、墜落制止後の死亡事故を防止するため、これらの教育トレーニングが必須となっている(写真-1)。
 

従来の延命訓練

写真-1 従来の延命訓練


 

(2)VR安全教育システムの解決すべき課題

VR(Virtual Reality:仮想現実)を定義するのであれば、「実際の現実として目の前にあるわけではないが、PCや各種デバイスを介して実質的には現実と同じものを人工的に感じさせる技術」である。デバイスであるヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着することで、今まで見えていた現実環境のモノが視界より遮られ、その代わりにHMD内の視界では全く別のバーチャルな環境が映し出される。しかも、頭や視線を動かしても、さらにその環境の中を移動しても、そのバーチャルな環境は頭や視線の動き、移動に対しても追随して視界に映し出される。これにより、VRの体験者は目の前で展開する別の環境に居て、そこで発生する事柄を体験しているかのような錯覚を覚える。これらの「あたかも体験している」かの錯覚を生む仕組みは、HMD内に内蔵された加速度センサーやジャイロセンサー、体験区域外周に設置する外部トラッキング用センサー達が体験者の移動している方向や位置、その動きの速度などを検知し、その動作に合わせてPCが瞬時に制作した映像を体験者の動きに遅れることなくHMDで映し出すからである。これにより体験者は、あたかもバーチャルな環境の中にいるかのように感じ、高い臨場感と没入感を得るのである。
 
このようにVRは、視界に入る全てのものがPCの中で構築されたもので成立しているため、バーチャルな環境には現実環境のモノは存在しなかった。よって、バーチャルな環境ではVR体験者の身体(手足)すらなく、その環境の中にVR体験者の意識もしくは視線だけが存在しているかのようである。そのようなバーチャルな環境下で教育トレーニングを実施しようにもHMD内ではバーチャルな環境の映像は見えるものの、映像内に体験者自身の手足や使用すべき道具類が存在しないため、訓練時には手探り状態になり第三者の介助が必要となる。これにより体験者は、緊張感あるバーチャルな環境に居るにもかかわらず、強制的に現実環境に引き戻されてしまうのであった。またバーチャルな環境を体験できるのはHMDを装着した体験者ひとりのみであり、たとえ他の体験者がいたとしてもアバターなどに置き換えられ、その臨場感や没入感が失われてしまうのである。
 
 

MR技術を用いた疑似トレーニングシステムの開発とその効果

(1)新しいMR技術の開発

安全教育の新しいテーマとしての教育トレーニングを実現するためには、バーチャルな環境に体験者の身体(手足)や使用する道具類を映り込ませる新しい技術の開発が必要となった。そこで新しいMR技術としてAVR(Advanced Virtual Reality:拡張仮想空間)を開発た。AVRは、バーチャルな環境を主とし、そこに現実環境のモノを持ち込む技術であり、近年において最も有名なMRデバイスである、マイクロソフト社の「HoloLens」などの現実環境を主としホログラムなどで表現されるバーチャルな物質を投影するMR技術とは考え方を異にする。AVRは、従来のHMDに高性能なカメラを装着し、体験者の向いている方向の高精細な映像(生映像)と被写体までの距離情報を取得する(写真-2)。
 

AVR用HMD

写真-2 AVR用HMD



その後、取得した映像情報に対し「設定距離以遠の映像除去」と「背景材色の透明化」の2つの処理を施し、生映像から「体験者の身体(手足)」や「持ち込みたい工具」だけをシャープに切り抜き(処理映像)、バーチャルな環境(素材映像)と合成しHMDへ転送する。二つの技術を組み合わせることで映像合成に必要な処理速度を飛躍的に向上させ、体験者の動作を瞬時に反映させることを可能にした。写真-3は、HMDで取得する生映像である。一方、写真-4と5は合成したい現実の物質をバーチャルな映像に合成した者であり、写真-4と5の違いは、合成したい物体までの設定距離を変えたものである。この設定距離を変えることで合成したい物体を選ぶことを可能にした。なお、背景画像を高精細な3Dカメラ映像とすることで仮想空間の製作を省略し、構想から試作品完成までに要した数カ月のVRデータ制作期間を7~10日まで短縮させている。
 

HMDで取得する生映像

写真-3 HMDで取得する生映像




合成映像

写真-4 合成映像①




合成映像

写真-5 合成映像②




 

(2)AVRを活用した疑似体験トレーニング例

現在、AVRは「フルハーネス型安全帯使用作業特別教育」における「墜落制止後の延命措置訓練」に集中的に活用している。
 
同訓練には、AVRシステム(PC、HMD、グリーンバック)に加えて、フルハーネス型安全帯などを用いる。また訓練では、安全教育受講者(以下、受講者)が実際に吊り下がる必要があるため、移動型の吊り設備として「ぶらさがり健康器」を活用している。なお、HMD内で視聴するバーチャルな環境は、実際に稼働している工事現場を3Dカメラで撮影した高精細な3D映像を用いている。これにより、受講者はCGではなく実際に稼働している工事現場映像の中に合成される。すなわち、受講者自身は工事現場映像の登場人物として映像内に入り込むのである。写真-6は、フルハーネスで吊り下がった体験者が足かけ補助具を足にかけて自らの体重によって生じる負荷を軽減しようとしている様である。写真-7は、その被験者がHMD内で見ている映像である。受講者は、対象となる作業、安全帯の構造や使用方法と点検整備方法、労働災害の防止措置などを事前に座学で学んだ後にAVRを用いた疑似体験トレーニングを受講する。受講者は、フルハーネス型安全帯の締め付けによる痛みや動きづらさに耐えつつ、HMD内に映る自らの手足を使い、用意していた足かけ補助具をフルハーネス型安全帯に固定し、さらに足かけ補助具に足を掛け体重を乗せることでフルハーネスによる締め付け負荷を除荷させている(写真-6、7)。これらの疑似体験トレーニングを通じてAVR体験者は多くの気づきを得るのである。
 

AVRを活用した延命措置訓練状況

写真-6 AVRを活用した延命措置訓練状況




延命措置訓練体験者が見ている映像

写真-7 延命措置訓練体験者が見ている映像



(3)バーチャルな環境下で協働作業という新たなトレーニング

 
先にも述べたが、AVRの特徴は、設定距離以内にある物体をHMD内で展開するバーチャルな背景に合成することである。よって、AVR体験者が複数人いたとしても設定距離を変更することで、体験者Aの見ている映像に体験者Bを登場させることができる。その際、体験者Bが見ている映像にも体験者Aが登場しているのである。これらによりAVRは、バーチャルな環境下に複数人数を登場させ協働作業を可能にした。
 
写真-8は、2人のAVR体験者による消火訓練風景である。体験者たちが所持している消火器は、消火剤を抜いた実物でありノズル先端と消化対象である炎の場所にはトラッカーと呼ばれる装置が取り付けてある。このトラッカーは、装着された物体の位置情報を正確に追跡・追従させる装置であり、消火訓練では炎と常に移動しているノズル先端の位置を割り出し、バーチャルな環境内で被験者の動きと同調させる。またトラッカーは、あらかじめ作成しておいた消火剤や炎のCGを同調させるため、ノズルを向けた方向に消火剤を噴射することや、好きな場所で炎を発生させることができる。なお、消火器ハンドル部分にはスイッチが取り付けてあり、握ることで正確に割り出されたノズル先端より消火剤の噴射が始まる。写真-9は、体験者Aが消火剤を炎に向けて噴射させている状況見ている体験者Bが見ている映像である。また、消火剤の噴射時間とトラッカーの位置関係より炎は徐々に鎮火していくのである(写真-10、11)。
 

協働作業による消火訓練

写真-8 協働作業による消火訓練




体験者Bが見ているAの消火活動

写真-9 体験者Bが見ているAの消火活動




鎮火状況

写真-10 鎮火状況①




鎮火状況

写真-11 鎮火状況②



(4)AVRの効果

AVRの開発ならびに運用において、以下のような効果を確認した。
 
①バーチャルな環境に現実環境を重ね合わせることで、起こり得る環境を忠実に構築し、臨場感ある疑似トレーニングを可能にした。
 
②体験者は、さまざまな身体的な負荷を感じつつトレーニングを行うことで、想像を超えた多くの「気づき」を得ることができる。
 
③体験者自らが考え、体験者自身の手足を使うことで、より細やかな動きを身に着けることができる。
 
④繰り返しトレーニングを行うことで、実際に同じ環境に陥った際のパニック低減が図ることができる。
 
⑤繰り返し訓練時には講師が不要となる。
 
⑥体験者の身体や周辺環境が見えることになり、VR酔いの発生が最小になった。本件に関しては、別途研究中である。
 

終わりに

今回のAVR開発により従来のVR安全教育では不可能であったバーチャ ルな環境での疑似トレーニング、複数の体験者による協働作業を可能にし、その限界を克服した。しかし、AVRという仕組みは、グリーンバックなど、比較的大掛かりな設備を必要とする。安全教育施設など固定的な場所で利用するには容易であるが出前安全教育などでは資機材の運搬などが発生し費用も増大する。今後は、これら設 備の小規模化などが本システムを発展させる上で課題となる。また、現実環境とバーチャルな環境の混合割合を変えることで、M Rという技術はさまざまなシチュエーションで活躍できる可能性も感じた。今後、さまざまな仕組みのMRが開発されると思う。それぞれの良さを十分に理解し、これら技術を上手に活用できれば、安全教育に限らず実効性の高い教育システムが構築できると考える。今後も、新たなるニーズや課題の抽出と開発を続けていく所存である。
 

西武建設株式会社 土木事業部 エンジニアリング部長 蛯原 巌

 

【出典】


建設ITガイド 2021
BIM/CIM&建築BIMで実現する”建設DX”
建設ITガイド_2021年


 

 

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