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農林水産省農村振興局 整備部水資源課 施設保全管理室

 

1.ストックマネジメント導入の経緯

農業水利施設(農業用のダム、堰、水路、ポンプ場等)については、古くから地域で造られてきたが、
昭和24年に土地改良法が制定されて以降、国や都道府県等による本格的な整備が進められ、
新規の水源開発、取水堰や用水路の近代化、機場や管理施設の整備等、大規模な整備も行われてきた。
特に高度経済成長期の昭和30~40年代には、
世界銀行による借款事業として有名な愛知用水事業をはじめとする大規模な整備も集中的に進められた。
 
これらの施設は従来の考え方であれば、
施設の耐用年数(鉄筋コンクリート水路であれば40年)をめどに順次更新事業が行われることとなる。
高度経済成長期に造成されたものであれば、約40年が経過した西暦2000年以降に更新事業が集中することになる。
 
ここで実際に耐用年数を迎える基幹水利施設(ここでは受益面積100ha以上の農業水利施設)の数の推移を示すと、
図-1のとおりとなる。
 

図-1 耐用年数を迎える基幹的水利施設

図-1 耐用年数を迎える基幹的水利施設


 
これを見ても、耐用年数を迎える基幹水利施設の数は2000年以降急増し、近年は500施設前後に達している。
 
しかし、近年の国や地方公共団体等の財政の逼迫により、
限られた予算では、集中的に耐用年数に達する基幹水利施設のすべてについて、
更新事業を行っていくことが困難な状況にある。
 
こうした中で、補修・補強等により施設を長寿命化させることで、
ライフサイクルコスト(注:施設の建設に要する経費に、供用期間中の運転、
補修等の管理に要する経費および廃棄に要する経費を合計した金額)を低減させることを目的として、
農業水利施設におけるストックマネジメントを導入しているところである。
 
なお、ストックマネジメントとは、
施設の機能診断に基づく機能保全対策の実施を通じて、既存施設の有効活用や長寿命化を図り、
ライフサイクルコストを低減するための技術体系および管理手法の総称である。
 
ストックマネジメントの考え方に通じる政府の計画としては、
いわゆる「骨太方針」の2002年版に、公共事業の効率化の手法として「既存ストックの有効活用」が盛り込まれ、
その後の土地改良長期計画、食料・農業・農村基本計画においても、「既存ストックの有効活用」が記載されている。
なお、現行の食料・農業・農村基本計画(平成22年3月)でも、
「国民の食料を支える基本インフラの戦略的な保全管理」が位置づけられ、
現行の土地改良長期計画(平成24年3月)においても、「農業水利施設の戦略的な保全管理」が明記されているところである。
 
こうした流れの中、
平成19年3月には、食料・農業・農村政策審議会農業農村整備部会技術小委員会(以下、「技術小委」という)において、
農業水利施設の機能保全に関する基本的な考え方を整理したうえで、
施設機能の診断、計画的な施設の更新・保全管理を実施できるよう、
「農業水利施設の機能保全の手引き」(以下、「手引き」という)がとりまとめられた。
 
手引きの制定等を踏まえ、
国営造成施設の施設機能診断および施設の機能を保全するために必要な対策工法等を定めた計画(機能保全計画)の策定を行う
「国営造成水利施設保全対策指導事業」の本格化(平成19年)や、
県営造成施設の機能保全対策等を行う
「基幹水利施設ストックマネジメント事業(現在は農山漁村地域整備交付金等のメニュー)」の創設(平成20年)、
国営造成施設の機能保全対策等を行う「国営施設機能保全事業」の創設(平成23年)等が相次いで行われ、
現在のストックマネジメントに関する制度の体系が構築されてきている(図-2)
 
図-2 ストックマネジメント等に関する制度の体系イメージ

図-2 ストックマネジメント等に関する制度の体系イメージ


 
 

2.農業水利施設の特徴

ここで農業水利施設の特徴をストックマネジメントに関連して3つ挙げる。
 
まず、1つ目の特徴として農業水利施設は、
ダム、頭首工、水門、開水路、管水路、ポンプ、管理施設等の様々な工種により構成される複合的な構造物であることが挙げられる。
このことは農業水利施設のストックマネジメントを複雑なものにしている要因の1つでもある。
なお、前述の手引きは総論編のほかに開水路編やパイプライン編などの工種別編も別途とりまとめられており、
様々な工種に対応できる構成となっている。
 
次に、農業水利施設は、非かんがい期は断水が許容できるため、
その時期に補修・補強などが比較的行いやすいことも特徴であると言える。
 
三つ目の特徴としては、農業水利施設はその規模や公益性に応じて建設主体と管理主体が異なることが挙げられる。
具体的には
①大規模な施設は国、
②それにつながる基幹的な施設は県、
③末端の水利施設は市町村や土地改良区等
が建設する。
 
一方で、施設の保全管理は、
①公共・公益性の高い施設は都道府県・市町村、
②基幹的な施設等は土地改良区、
③末端施設は集落・農家
が担うことが一般的である(図-3)
 

図-3 建設事業と管理における役割分担

図-3 建設事業と管理における役割分担


 
なお、国が建設した農業水利施設のほとんどは、都道府県、市町村、土地改良区等へ管理委託または譲与されている。
建設主体と管理主体が同じであれば、計画的な維持管理・補修が比較的容易である。
しかし、建設主体と管理主体が基本的に異なる農業水利施設の場合は、そう簡単ではない。
施設機能の低下状況や土地改良区の財政状況などについて、
関係機関と情報共有を図りながら施設の維持管理・補修に関する計画を立て、
その計画に基づいて適切に補修等を行っていく必要がある。
 
 

3.ストックマネジメントの考え方

ストックマネジメントの目的のひとつとして、ライフサイクルコストをできるだけ低減することがある。
この目的を達成するためストックマネジメントでは、
①施設管理者による日常管理における点検、軽微な補修、
②施設造成者による定期的な機能診断調査と評価、
③調査結果に基づく施設分類と劣化予測、効率的な対策工法の比較検討、
④関係機関等の情報共有と役割分担による所要の対策工事の実施、
⑤調査・検討の結果や対策工事に係る情報の蓄積等を、
段階的・継続的に実施していく(図-4)
 

図-4 ストックマネジメントの実施内容とその流れ

図-4 ストックマネジメントの実施内容とその流れ


 

3-1 性能管理

ストックマネジメントにおける施設長寿命化とは、
更新に比べれば安価な補修や補強等の手法により施設の耐用年数を延伸することで、ライフサイクルコストの低減を目指すことを言う。
実際には、更新・補修・補強や継続監視等の手法の組合せ(以下「シナリオ」という)の中から最も有利なものを選択すると同時に、
データの蓄積を継続していくことがストックマネジメントの基本的な手法となる。
 
農業水利施設の性能管理は、
個々の農業水利施設の特徴に応じた機能(水利用、水理、構造、社会的)と
それらに関する性能(操作性、通水性、耐摩耗性等)に着目し、これを管理水準の範囲内で管理していく手法により行う。
 

3-2 健全度評価

施設の機能、性能に着目する考え方は概念としては理解しやすいが、
実際の施設においてはどのような機能、性能に着目すればよいのかを特定することは困難な場合が多いと言える。
また、農業水利施設が役割を果たす上で重要な水利用性能、水利性能そのものに関する機能診断や将来予測は現時点では難しく、
これを直接把握・管理した上でシナリオを策定することは困難である。
 
このため、構造性能の適切な発揮により水理性能および水利用性能の維持が図られるという考え方の下、
主に構造性能の劣化状況の視点から定義した健全度指標による施設機能の管理を行っている。
なお、健全度指標とは構造性能に影響する対象施設の変状等のレベルを5段階で指標化したものであり、
概念的にはそれぞれ
S-5:変状なし、
S-4:変状兆候、
S-3:変状あり、
S-2:顕著な変状あり、
S-1:重大な変状あり、
と示されるものである。
 

3-3 対策工法

図-5 断面修復工法

図-5 断面修復工法


対策工法は、水利施設全体が1つのシステムとして要求性能を確保する必要があることに留意して検討する。
工法の検討の際には、施設の種類、構造、主な変状要因およびその程度により同一の検討を行うことが可能な施設群ごとに劣化予測の結果を踏まえ、シナリオを検討する。
 
なお、鉄筋コンクリート開水路において断面欠損が生じており他に問題がない場合は、断面修復工法(図-5)のみの対応を選択するなど、施設の劣化状況を踏まえた最適な工法を選択する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

4.ストックマネジメントの現状と課題

ストックマネジメントに関係する技術は、近年、社会資本の適切な保全管理に関する関心が高まる中、研究が進んできている。
しかしながら、農業水利施設は、多様な工種を抱える中、その利用状況、自然環境等に応じ、劣化の進行は個別の施設ごとに異なり、
それによって影響を受ける施設の性能は経時的に変化する。
現状では、これらの変化を正確に捉え、劣化や性能の変化を精緻に評価・予測することは、技術的に困難な面がある。
 
農業水利施設をはじめ多くの分野ではデータの蓄積が十分でなく、
ストックマネジメントに関する技術的知見やノウハウは、未だに蓄積途上である。
このため、新たに得られた知見やノウハウを着実に蓄積し、
それらを基にストックマネジメントの技術水準を向上させる取り組みを継続していくことが重要である。
 
 

5.おわりに

平成19年の手引き策定から7年が経過し、
この間に策定された「食料・農業・農村基本計画(平成22年3月)」、「土地改良長期計画(平成24年3月)」では、
農業水利施設の戦略的な保全管理を推進することとされた。
この中で、「リスク管理」、「監視」が明文化されるなど、農業水利施設の機能保全をとりまく諸情勢が変化している。
また、現場でのストックマネジメントの取り組みの進捗に伴い明らかになった手法上の改善点や、
蓄積されたデータの反映等について検討する必要が生じてきた。
これらを受けて、現在、技術小委では手引きの改定に向けた審議が進められている。
技術小委での審議の過程では、農林水産省のホームページ等を通じ、
手引き改定案に関する意見・情報の募集(パブリックコメント)が実施される予定である。
その後、技術小委の議論を経て、平成26年度末をめどに手引きが改定される予定である。
 
また、政府としても国土強靱化、インフラ長寿命化を進めていく中で、ストックマネジメントの取り組みが非常に重要になっている。
 
こうしたことを踏まえ、ストックマネジメントについて、
引き続き取り組みの拡大、内容の高度化等に向け取り組んでいくこととしている。
 
 
 
【出典】


月刊 積算資料SUPPORT2014年09月号
特集「農業土木~農地の大区画化・ストックマネジメント~」
積算資料SUPPORT2014年09月号
 
 

最終更新日:2023-07-11

 

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