はじめに
近年,業務の多様化などの状況から,若手技術者の現場に携わる機会の減少や従来のOJTを主体とした育成が難しくなってきており,技術力低下への懸念は否めない。
一方で,若手技術者を積極的に育成しようにも,資料や言葉で教えるには伝えきれないことも多々ある。
このため,ネクスコ・エンジニアリング北海道では,最先端映像技術であるMR(MixedReality:複合現実)に着目し,道路保全業務における「保全点検」,「調査設計」,「技術者育成・技術力向上」の3分野に焦点を当てた保全技術支援ツール「PRETES(プレテス)(PreservationTechnicalSupport)」の開発を検討した。
本稿では,その教育研修ツールである「PRETES-e(イー)(education)」の開発概要と研修の取り組みについて紹介する。
新たな研修ツール
MRは,AR(AugmentedReality:拡張現実)の上位にあたり,ヘッドセット型のデバイスを通して目の前の現実空間にコンピューターの情報を重ね合わせることができる。
三次元の空間認識力を持っているため,現実世界の形状(物の形や位置)をデバイスが把握し,それらにデジタル映像を重ね合わせることができる。
また,ユーザーの動きにシンクロさせられるため,空間に映し出された三次元の情報は,近づいて360度自由な角度から見ることができ,空間上での入力操作も可能である。
この技術を活用したPRETES-eの大きな特徴は,実構造物における内部構造の可視化である。
既設構造物の二次元図面から三次元の仮想構造を作成し,実際の既設構造物に融合させることで,現実には見えない内部構造を透視しているかのように見せることができる。
また,PRETES-eは,誰にでも教育ができ,行う側にとっても,受ける側にとっても,必要な機能を搭載することで複合現実での教育研修も可能にした。
教育研修のための主な機能開発は,以下のとおりである。
①教育を行うための機能開発
●レイヤ切替表示機能
●JPEGファイルの表示と共有
●講師画面のタブレットなどへの転送機能
●目線位置へのマーキング配置機能
②教育を受けるための使用性向上機能
●ユーザーインターフェースの開発(操作しやすい・分かりやすい)
●レイヤ同期機能(複数のデバイスで親機の動作に連動)
●操作パネルの固定切替機能(空間に固定させたり,視線に追従させたりできる機能)
特筆すべきは,レイヤ切替表示機能とユーザーインターフェース,操作パネルの固定切替機能である。
例えば,写真-1のRC中空床版では,上部工,下部工,基礎部,杭,外形線,円筒型枠および仮想変状など,おのおのをレイヤ別で作成しているため,上部工の内部構造であれば,配筋と円筒型枠をそれぞれ表示・非表示して見ることができる。
同様に,下部工であれば耐震補強前と補強後の様子を表示・非表示で見比べることができる。
講義を行う際は,場面に応じて,表示したいレイヤ群をグループとしてあらかじめ設定しておき,必要な場面でレイヤグループ1,レイヤグループ2,レイヤグループ3…とまとめて切替表示することができる。
さらに,レイヤグループ内にある各レイヤを,個別に表示・非表示できるようにし,講義を受けながら,生徒が自分の見やすいようにレイヤを操作できるようにした(図-1)。
まさに研修実践用にカスタマイズしたものである。
写真-1 実構造物に対する内部構造の可視化
図-1 実構造物に対する内部構造の可視化
2.PRETES-e研修の実施と成果
当社では,このPRETES-eを用いて「設計・施工編」と「変状要因・診断編」の2部で研修を実施している(写真-2)。その効果を従来の研修方法と比較しながら以下に紹介する。
写真-2 PRETES-eを用いた研修状況
(1)「設計・施工編」
従来の研修では,図面や解説書等による講義(写真-3)であり,特に,建設経験の無い若手にとっては,現場と照らし合わせた理解が難しく,想像力を必要とするため,理解に個人差が生じていた。
PRETES-eは,MR技術による複合現実での研修であるため(写真-4),目で見て,立体的な構造が実感として理解できる。現場で体感的に理解するため,理解度,定着度の向上が期待できる。
写真-3 従来研修
写真-4 PRETES-e研修
(2)「変状要因・診断編」
実変状での従来研修は,実際の変状がある場所へ行く,または供試体で行う必要があったため,1回の研修では学ぶ数が限られていた。
また,高所作業車を使用しての現地研修では,一度に見られる人数も限られており,地上では待ち時間ができる状態だった(写真-5)。
PRETES-eでは,実際の構造物に仮想変状を融合できるため,より多くのことが学べる。
また,解説図を空間に固定表示できるため,資料を持ち歩く必要も無い。
さらに,応力図等を融合させて表示できるため(写真-6),テキストが無くても容易に理解できる。
研修に参加した技術者たちからは,「講義内容が視覚化されていて理解しやすい」,「建設現場を知らなくてもイメージができた」,「構造物の配筋やフーチング,基礎の位置や形状がひと目で分かり,感動した」等の好意的な反響が寄せられた。
中でも印象的だったのが,中堅技術者からの「こうだと思っていた構造が実際には少し違っていた。分かってよかった」といった声である。
若手の育成だけでなく,中堅技術者の技術力向上にも効果的であった。
写真-5 従来研修
写真-6 PRETES-e研修
3.PRETES-e研修のバリエーション
仮想世界は縮尺を変えられるため,室内研修も可能である。
北海道は積雪寒冷地であるため,現地研修できるのは雪の無い4月から11月までの期間に限られる。
当社では,冬季でも研修を行えるよう橋梁模型を製作し,縮尺を変えて室内研修も行っている(写真-7)。
MRの画像のみでも研修は可能だが,構造物に融合させて内部構造を透視しているかのように可視化して見せるほうが分かりやすく,実感がともなう。
現地で見るのがベストだが,現地研修が厳しい場合や困難な条件下,また実構造物を所有していない機関,例えば,学校などの教育機関でも,室内研修が手軽にできる。
さらに,現地研修が容易ではないトンネルと法面については,模型研修を前提として製作している(写真-8)。
また,PRETES-eにはアニメーション機能を搭載している。
前述のRC中空床版では,円筒型枠の施工不良による不具合事例として,「浮き上がりによる変状のメカニズム」をアニメーション化した。円筒型枠の施工状況から始まり,上面の劣化,そこからの浸水,下面の劣化に至るまでの一連の様子をアニメーションで見ることができる。PC箱桁橋では,PC鋼材の経年的な劣化変状をアニメーション化した。
トンネルでは,施工手順をアニメーションで見ることができる。
写真-9~12はその抜粋だが,掘削から覆工までの一連の流れをストーリー立てて短時間で学べる。
写真-7 橋梁模型研修
写真-8 PRETES-eトンネル版
写真-9 掘削
写真-10 コンクリート吹付
写真-11 ロックボルト取付
写真-12 セントル
おわりに
建設業界においても,デジタル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)化といった言葉を日常的に聞くようになった。
世の中は急速に技術開発が進み,人と技術を融合した環境整備が図られ,業務プロセスがスマート化されつつある。
その一方で,ITやロボティクス技術,AIなどに依存することで,技術力や品質の低下を生み出す危険性もある。
熟練技術者の大量離職の見通しがある中で,技術開発と同時に,技術の継承や,組織的な技術者育成に取り組まければならない。
今回開発したPRETES-eは,構造物とデジタル映像を重ね合わせた仮想内部構造を見ながら,実務経験でしか得られない建設現場での大切な情報を継承する有効なツールの1つである。
今後,PRETES-eでの研修方法をより良いものにしていくために,実践をとおして,ニーズに合う様々な教育手法を見出していきたいと考えている。
【出典】
積算資料公表価格版2021年4月号
最終更新日:2023-07-07