なぜBIM/CIMの普及が進展しないのか
建築物・構造物(以下、建築物など)の施工後の所有者は、施主と、分譲所有者の集合体という2つの形態が存在する。
現状では、この両者が施工後にBIM/CIMが提供する建築物のデジタルツインの利活用の方法とその価値を認識することができていない。
また、国外においては施工の工程表・計画の作成と管理にBIM/CIMが利用されることは常識となりつつあり、施工工程のデジタル化による効率化と迅速化が実現されている。
さらに、施工後の建築物などの運用開始後から解体までの「ライフタイムでの管理」が実現されつつある。
ライフタイムでの管理には、建築物などの運用管理だけではなく価値管理が含まれている。
建築物などは、施工後も改修や機器などの増設や入れ替えが行われるし、建築物ではテナントも変化することが一般的である。
すなわち、施工後も建築物などの構造・構成が変化することで要求・要望される新しい機能への対応が必要となる。
この新しい要求・要望への対応は、建築物などの経済的価値(資産価値)に反映されることになる。
日本においては、建築物などの経済的価値は、施工時がピーク(最大)であり、その後は、単純に減少すると考えるのが一般的であるようである。
適切な「ライフタイムでの管理」が行われれば、施工後よりも高い経済的価値を建築物などが持つことも可能であるし、経済的価値の減少度合を小さくすることも可能となる。
このような、BIM/CIMを用いた建築物などのデジタルツインが、ライフタイムでの経済的価値の最大化に貢献することと、その具体例(=ユースケース)を、施主と、分譲所有者の集合体が理解できていないことが、日本においてBIM/CIMが利活用されない最大の理由であると考えられる。
もう一つの理由としては、特に中小規模の建設関係事業者におけるデジタル化への移行に伴うコスト負担と労力、さらに人材確保・教育面でのコスト負担と業務変革の実現性への懸念である。
「鶏と卵問題」でもあるが、上述したBIM/CIM利活用の効果が認識されず、建築物などの設計・施工のみでの利用であれば、やはり、コスト・投資の回収を見込むことが難しいのは当然であろう。
また、BIM/CIMの適用が一部の案件にとどまっているという現状も原因として考えられる。
BIM/CIM利活用の効果
BIM/CIMの利活用に関して、「つくる段階」での短期的かつスポット的な効果としての、建築物などの「見える化」により、関係者間での合意形成が容易となり、設計の効率化が図られることは認識されている。
しかし加えて、以下で述べる「つかう段階」での長期的・継続的かつ広範囲への効果も広く認識されなければならない。
具体的には、以下の2つがその代表的なユースケースである。
(1)建築物などの効率的・効果的な{自動・自律的}運営・運用・維持管理
長期にわたる総合的な運用コスト削減が、デジタル技術とデジタル機器の付加的な導入によって実現される。
特に、少子高齢化が進展する日本および多くの先進国においては、ロボットやIoT機器の導入や人手による作業のデジタル化・人工知能を利用した高度な自動化によって、建築物などのデジタル技術を活用した自律的な機能の導入とそのアップデートが前提の建築物などの管理運用が可能となる。
「ファシリティ・マネジメント(FM:Facility Management)」のDX(デジタル・トランスフォーメーション)である(図-1)。
(2)資産価値の向上
「アセット・マネジメント(AM:AssetManagement)」、すなわちDCF(Discounted Cash Flow)に関する「資産価値創造のエコシステムの形成・創成」の実現である。
BIM/CIMを活用したDXをAMに関して実現させなければならない。
建築物などにとってFMは建築物などの経営・財務的において基本的には「コスト」とみなされる。
従って、FMはコスト(=キャッシュアウト)の削減である。
一方、AMはキャッシュインの増加を目指す施策である。
建築物などが産み出す価値を増加させる(あるいは減少させない)、すなわち建築物などの利用価値を向上させ、家賃や便益を増加させる(あるいは減少させない)施策・投資である。
建築物のテナントに対して、より快適な居住・就業環境を提供することが必要である。
そのためには、静的な躯体環境だけではなく、施工後に導入される各種の機器を利用して提供されるサービスが重要な要素となる。
スマートビルである。
スマートビルは、機能の追加やアップデートが可能な環境を持った建築物であり、ライフタイムでの建築物の持続的で継続的な進化を提供する。
スマートビルの実現には、ビルのデジタルツイン化が必須であり、そのためには、BIM基盤の活用が前提となる(図-2)。
今後の展開
国連気候変動枠組条約締約国会議(通称COP)において1997年に合意された「京都議定書」は、2015年の「パリ協定」でその具体化が進められ地球温暖化に対する関心が高まり、同年9月に開催された国連総会でのSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の17の国際目標(169の達成基準と232の指標)へと進展することになった。
SDGsへの関心は、コロナ禍を契機として、また、自然災害の甚大化が顕著となり、急速に高まりを見せている。
われわれは、BIM/CIMに象徴されるデジタル技術を用いたSDGsに資する建築物などに関するDXを実現することで、地球環境の維持・改善に資する建築物など、さらには、キャンパス、街を創成しなければならない。
SDGsを実現・継続するという資産価値である。
建築物に関する全ての資源に関するエネルギー消費量の削減(=エネルギーの生産性効率(EP:Energy Productivity)の向上)の手法を考えてみよう。
すなわち、近年注目されているProduct Carbon Footprintの削減である。
この実現には、EP100では2つの柱がある。
EMS(エネルギーマネジメントシステム)の導入エネルギー生産性目標のため、10年以内にEMS導入を目指すとともに、企業が所有しているビルの「ZEB(ゼブ:Net Zero Energy Building)化」を目指すべきであると考える。
これらの実現のためにBIM/CIMに代表・象徴される対象とするシステムのデジタルツインの作成が前提となる。
(1)「新規に必要とするモノ」を「過去に製造したモノ」で代替する
リサイクルあるいはサーキュラーエコノミーと呼ばれる資源や部品の再利用・再生利用である。
産業革命以降、特に日本においては、Scrap&Buildを基本としてきた。
しかし、基本原料を製造するため(+資源から基本原料を製造するため)に必要となるエネルギーを、既に、製造済みの基本原料を再利用することができれば、大きなエネルギーおよび物理資源の削減が可能となる。
このような、「モノ」を再利用(リサイクル)する構造は、少子高齢化と人口増加の停滞・停止による“物理”経済の成長が鈍化・停滞あるいはマイナス成長となっている国や都市・地域に有効な構造であり、このような現象は、特に多くの先進国で加速することになるとともに、新興国や発展途上国においても地球温暖化を減少させるために有効な方策となると考えられる。
建築の領域においては、1960年代にMITのProf.Nicolaas John Habrakenが提唱した「Skelton&Infill」がこれに当たると言えよう。
Skelton(躯体)とInfill(内装)を分離して考えることで、耐久性のある構造体を保持しつつ、室内を作り替えて何世代に渡っても建物を使用することができるアーキテクチャである。
躯体を解体して、再構築する必要がないので、廃棄物(含産業廃棄物)の削減、再構築に必要な資源とエネルギーの削減を実現することになり、地球温暖化ガスの減少に大きな貢献を行うことになる。
(2)「新規に必要とするモノ」をデジタル&シェアリングエコノミーによって削減する
広義のデジタル化の導入によって、人類は排他的な物理資源の専用利用ではなく、物理資源の共有を行わなかった複数のサービス提供者間で物理資源を共用利用するシェアリングエコノミーを編み出した。
これにより、必要な資源(Resource)量の削減だけではなく、資源を作成するために必要となるエネルギー量も削減することになる。
Resource ProductivityとEnergy Productivityの飛躍的な向上である。
さらに、「物理的モノの移動」エネルギー(含電力)の移動≫デジタルビット(デジタル化されたモノとコト)の移動」を意識したデジタル化を実現するべきである。
物理的なモノを可能な限り利用しないようにデジタルビットを用いて、既存と等価あるいは新しいサービスを実現するシステム構造・アーキテクチャを実現することで、大きなProduct Carbon Footprintの削減が可能となる。
むすび
スマートなビル・キャンパス、そしてシティーの実現には、対象物の正確なデジタルツインが必須であり前提となる。
このデジタルツインを用いた建築物などや街のDXは、①キャッシュアウト削減だけではなくキャッシュインの増加、②Product Carbon Footprintの削減を含むSDGsおよびGXの実現、を可能にする。
なお、情報処理推進機構デジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC)のスマートビルプロジェクトでは、本稿で述べた、デジタルツインの活用と社会実装、さらに産業競争力、国際競争力の強化を目指した活動を行っており、2025年度にはコンソーシアムの組成を目指している。
【出典】
建設ITガイド 2024
特集2 建築BIM
最終更新日:2024-08-05