工事現場におけるクマ対策−事故例を踏まえた運用設計の重要性−
はじめに
近年、東北地方においてはクマの出没が増加しており、工事や業務における安全確保の重要性が一層高まっている。
当局においても、工事現場や委託業務中にクマと遭遇し、作業の一時中断や退避を余儀なくされる事例が発生している。
また、従来実施してきた熊鈴等の単一対策では、状況によっては十分な回避に至らないケースも確認されている。
本稿では、実際の事例を踏まえ、現場におけるクマ対策の課題を整理するとともに、実効性のある対応の方向性について示す。
1. 発生事例
令和7年7月、猛禽類の繁殖状況確認のための調査中に、調査員2名がクマに襲われ負傷する事案が発生した。
当時、移動中は熊鈴による音出しを実施していたが、営巣木付近では猛禽類への影響を考慮し、音出しを停止していた。
その状況下でクマと遭遇し、先頭の調査員が襲われたため、後方の調査員が熊撃退スプレーを使用したが、クマは進路を変え、スプレーを使用した調査員にも襲いかかり、結果として2名とも負傷した(額・四肢の引っかき傷、咬傷等)。
本事例は、①音対策が使えない状況、②スプレーという対処手段を講じたにもかかわらず被害が発生したものであり、単一対策や対処行動のみでは回避できない場合があることを示している。
2. 原因と課題(構造整理)
本事例の本質は、単なる対策不足ではなく「運用設計の不備」にある。
【主な課題】
①音対策が使えない状況を想定していなかった
②単一対策(音)への依存
③対処手段(スプレー)に過度に依存
④複数対策の同時運用が不十分
⑤現場判断に依存した場当たり的対応
⇒結果として、「対策は実施していたが機能しなかった」状態となった
3. 対策(基本方針+現場対策の体系整理)
クマ対策は、「装備の有無」ではなく、「状況に応じて機能する運用設計」が重要である。
⑴基本方針
①多層化(複数対策の組み合わせ)
②切替前提(使えない状況を想定)
③ルール化(現場任せにしない)
⑵対策の体系整理
①基本対策(常時実施)
・出没情報の事前収集・共有
・複数人での行動(単独作業の回避)
・音による存在通知(熊鈴・ラジオ等)
・食料・ゴミ管理の徹底
⇒最低限の安全確保ライン
②強化対策(リスク対応)
・熊撃退スプレーの携行・使用訓練
・忌避剤(唐辛子・狼尿等)の活用
・大音量スピーカー・ホーン等による威嚇
・監視カメラ・注意喚起看板の設置
⇒複数対策の組み合わせによるリスク低減
③高度対策(条件制約時)
・UAV(ドローン)による事前確認
・赤外線サーモカメラによる熱源把握
・藪の刈り払いによる視認性確保
・交通誘導員の車内待機等の安全確保
⇒接近困難・見通し不良箇所で有効
⑶対策の切替ルール(重要)
①営巣地付近→音停止→匂い対策・距離確保へ切替
②見通し不良→接近回避→遠隔確認へ変更
③単独作業不可→複数行動へ変更
⇒「条件ごとの対応」を事前に整理しておくことが必須
⑷工事現場における具体運用
①朝礼で出没情報・対応方針を共有
②危険時は即時作業停止・退避
③単独作業の原則禁止
④対策切替条件の事前明確化
⇒現場全体で統一した運用を行うことが重要
おわりに
従来のクマ対策は「装備」に重点が置かれていたが、本事例が示す本質は、「運用設計(いつ・どのように使い分けるか)」にある。
実際に、対策を講じていても条件によっては機能しない状況が生じることから、単一対策に依存するのではなく、多層的な対策を前提とし状況に応じて適切に切り替える運用が求められる。
今後は、①対策の多層化、②状況に応じた切替、③組織としてのルール化、を進めることで、「対策をしている状態」から「実際に機能する状態」への転換が必要である。
本取組は、「東北未来 働き方・人づくり改革プロジェクト2026」における安全確保の一環としても重要である。
実効性ある運用設計に基づく安全対策の確立を通じて、安心して働ける環境整備と担い手確保に資するものである。

【クマ対策における伐採等】→見通し不良箇所の確認
⇒クマの死角になる場所や河川管理上問題になりそうなところの伐採の実施。

【クマ対策に対しての伐採】→見通し不良箇所の対策・確認
⇒クマが潜む可能性のある草や藪などの刈り払いを実施し,クマが潜む場所をなくすとともに,
視認性を向上(上が伐採前下が伐採後)。
写真-1 見通し不良箇所
見通し不良箇所におけるリスク事例:死角ではクマの接近に気づきにくく,接近前の確認手段
(巡回ルート設定・遠隔確認等)を事前に組み込むことが重要

【忌避剤(狼の尿)の現場内存置】→音以外の対策
⇒クマの天敵である野生の狼のテリトリーにマーキングする習性を利用して,狼の尿を設置し,クマを寄せ付けない。

【フラッシュライトの設置】→音以外のクマ対策
⇒センサーが車などの動きを検知して,フラッシュライトが自動点灯し,クマを寄せ付けない。
写真-2 単一対策の限界
単一対策(音)に依存した場合の限界:条件制約下では対策が機能しないため,代替手段を前提とした運用設計が必要

【ホイッスルやホーンの携行】→音・装備・行動の組み合わせの安全確保
⇒工事等関係者は電子ホイッスルを携行する。
⇒クマが怖がる猟銃音,クマが嫌がる猟犬の鳴き声,爆竹の音などでクマを遠ざけるホーンを携行する。

【クマよけアプリの活用】→DXを取り入れた安全確保
⇒位置情報サービスを使用して,ユーザーがマップに登録されているクマ出没ポイント付近にアクセスする場合,警報音で警告する。
⇒作業中に使用し,人の存在を知らせる。

【ロケット花火の使用】→作業前に大きな音を鳴らすことで周囲のクマを撃退
⇒ロケット花火を鳴らしてからの作業着手を徹底。

【火薬銃の携帯】→作業時の安全確保
⇒火薬銃を携行,常備する。
写真-3 複合対策
複数対策の組み合わせによる安全確保:音・装備・行動を組み合わせ,状況に応じて使い分けることで初めて対策が機能する

【音を使わないことに関しての対策】→薬を使った匂いよけ
⇒動物忌避剤

【音を使わないことに関しての対策】→シートを使った匂いよけ
⇒獣シート
写真-4 匂い対策
音が使用できない状況における代替対策:匂いによる忌避対策は,条件制約下でも機能する手段として有効

【UAVを用いた作業前の確認行動】→UAVを用いて作業前に害獣等の有無を確認してから作業を実施している。
⇒赤外線カメラを搭載したドローンの活用(赤外線センサーカメラ搭載のドローンを活用した把握)。
写真-5 遠隔・非接触
接近回避を前提とした非接触対応:UAV等の遠隔手段により,人が近づかない運用とすることでリスク低減を図る

【スピーカーを用いた対策】→大きいスピーカーや小型のスピーカーを用いて音を使った対策。

【交通誘導警備員の安全対策】→1人作業時の安全確保
⇒基本的に1人の作業となる誘導員の安全確保のため,規制箇所にリモコン式の信号と軽自動車を配備して車中から信号を操作できる環境を確保(熱中症対策にも)。

【匂いを使った対策】→獣よけ線香を携帯しクマ対策を実施
⇒獣よけ線香の携帯(通常の線香原料に唐辛子粉末など
を練り込んだ線香を携行)。

【クマ目撃箇所に箱罠設置】→実際に現場に入った際のクマが出現したことへの周知
⇒クマ目撃情報を自治体に連絡し,自治体から地元猟友会へ依頼。

【カメラを使った対策】→カメラを設置しクマの有無を確認し,警戒
⇒監視カメラの設置(動物などの動きに反応して録画するタイプの監視カメラを設置し,警戒にあたる)。
写真-6 現場工夫例
現場における多層的対策の実装例:スピーカー・忌避剤・監視機器等を組み合わせ,単一対策に依存しない運用を構築
課長 佐藤 正、課長補佐 山内 純一
(前)係長 大石 晃、係員 三原 魁人
【出典】
最終更新日:2026-08-21

