- 2025-12-19
- 特集 上水・下水道施設の維持管理 | 積算資料公表価格版
はじめに
基礎的自治体が実施する公共下水道事業について、東京都の区部では23区を一体のものとし、東京都下水道局(以下「当局」という。)が管理を行っている。
区部の下水道施設の規模は、東京とシドニーとを往復する距離に相当する延長約16,200kmの下水道管、マンホール約49万個、公共汚水ます約198万個に及ぶ。
東京の下水道事業は明治時代の神田下水の建設に始まる。
明治時代、区部では、コレラなどの疫病が流行するとともに、低地帯などで浸水被害が頻発していた。
このため、トイレの水洗化などによる衛生環境の改善と、雨水の速やかな排除を同時に対応し、早期に効果を発現するため合流式下水道を採用し、明治41年から整備を進めてきた。
その後、昭和39年の東京オリンピック大会の開催に向けて、昭和30年代から本格的に下水道整備が進められた。
また、昭和45年のいわゆる「公害国会」において下水道法が一部改正され、公共用水域の水質保全に寄与することも下水道の役割とされたことにより、下水道整備はさらに急伸した。
その結果、区部では、平成6年度末に下水道普及率が100%概成している(図-1)。
これらの下水道施設は、昭和30年代からの高度経済成長期以降に整備されたものが多く、法定耐用年数50年を超える下水道管延長は、令和6年度末時点で全体の約24%となっている。
老朽化対策を行わない場合、今後20年間でこの割合は約69%まで急増することとなる。
このような下水道管の老朽化は、下水道の本来機能に支障をきたすだけでなく道路陥没の原因となり、交通障害など都市活動に影響を及ぼすおそれがある。
このため、当局では、計画的な点検・調査や、老朽化した下水道管の再構築、衝撃に弱い陶器製取付管の硬質塩化ビニル管への取換など、様々な対策に取り組んでいる。
これらの取組により、下水道施設に起因する道路陥没件数はピーク時の平成12年度と比較して約4分の1にまで減少した。
1. 下水道管の維持管理
(1) 計画的な点検・調査
下水道は、都民生活に必要不可欠なインフラであり、24時間365日良好な状態を維持するためには、施設を適切に維持管理することが重要である。
膨大な下水道施設を効率的・効果的に維持管理するため、当局においては全ての下水道管を対象に一定の周期で目視などによる管路内調査を実施し、下水道の健全性を確認している。
具体的には、腐食するおそれの大きい下水道管では、法令に基づき5年に1回以上、このほか、国道下に埋設された下水道管では5年に1回、都道などに埋設された下水道管では10年に1回など、下水道管の布設環境に応じて調査頻度を定めている。
(2) 管路内調査の手法
管路内の調査は、下水道管の劣化度合いを把握するため、内径800mm未満の小口径下水道管は自走式特殊テレビカメラ調査、内径800mm以上の管は調査員が下水道管内に入り、目視で調査を行うほか、大型ロボットカメラなどを活用し調査を行っている。
また、近年においては、これまで人が入って調査するために大規模な対策工事が必要となっていた高水位箇所や高濃度硫化水素ガス発生箇所について、新技術を活用した効率的な調査を実施している。
人が直接入ることができない800mm未満の小口径の下水道管については、自走式特殊テレビカメラを導入し、マンホールからカメラを挿入して、破損やクラック等の劣化状況を調査している(図-2)。
撮影したデジタル画像を用いて下水道管内を管頂から切り開いた展開図を作成することができ、管内面の付着物等の判定に人的な補正を必要とする場合はあるが、デジタルデータによる一連のシステムにより、管内異常発見までの時間を短縮し、作業の効率化を図ることが可能となった。
また、作業員が入ることが可能な内径800mm以上の箇所については目視による調査を実施し、比較的難しい箇所については、大型ロボットカメラを用いて調査を実施している(図-3)。
下水道施設には、常時満水である伏越し管きょや、高水位かつ流速が速い管きょなど、既存の調査方法では調査が困難な施設が存在する(図-4)。
このような箇所の調査を実施し、適切に維持管理を行うため、流域切替や大規模水替、バイパス管の設置など、水位低下策の検討を進め、調査を実施する場合もある。
最近では、そのような場所の調査に、狭小空間専用ドローンや浮流式スクリーニング調査機器などの新たな技術を活用することで、効率的に調査を行うことが可能になっている(図-5)。
(3) デジタルデータを活用した維持管理
当局では、管路施設に関する様々な情報を、下水道台帳情報システム(Sewerage Mapping and Information System:通称SEMIS)において一元的に管理し、補修や再構築等の計画立案、工事発注に活用している(図-6)。
このSEMISは、東京都区部の下水道管の布設位置、管種、土被り、布設年度等の基礎情報や、マンホール、公共汚水ますの種別、設置位置、深さ等の情報を保有している。
また、工事完了図、特殊マンホール構造図も保存されており、これらの図面の閲覧および印刷を行うことが可能である。
道路陥没被害や浸水被害の発生日時や場所などについても蓄積しており、被害が発生しやすいエリアの特定などにも活用している。
この他、管路内調査の結果についても登録しており、管内の状況や展開図化した調査結果を容易に確認することができるようになっている。
以上のように、下水道台帳データと管路内調査データを一体的に整理・活用することができるため、下水道管の更新にあたり、「既設のまま活用する」「全体的に再構築または改良する」「部分的に補修する」などの判断を迅速かつ的確に行うことが可能となっている。
2. 「下水道管路の全国特別重点調査」の実施
令和7年1月に、埼玉県八潮市において、硫化水素から生成した硫酸によって腐食した下水道管に起因すると考えられる道路陥没が発生した。
当局は、その翌日から直ちに国道及び都道を巡視するとともに、腐食のおそれが高い箇所などの下水道管の緊急点検を進め、異状がないことを確認した。
また、国土交通省の「下水道管路の全国特別重点調査」の実施要請に基づき、令和7年3月から管理する下水道管について調査を実施している。
調査対象となる管径2m以上かつ1994年度以前に設置された下水道管路は、都内に約527kmある。
このうち、優先的に調査を実施する対象となっている、埼玉県八潮市の道路陥没現場の下水道管と類似の構造・地盤条件の箇所や、管路の腐食しやすい箇所などは約18kmあり、令和7年9月時点で概ね調査を完了した。
その他の箇所は2025年度中に完了させる予定である。
この調査を始めた3月末以降、約4割が雨天であった。
雨天時は下水道管の中の調査ができないため、工程の再検討や人員・機器の手配のやりくりなどをしなければならない。
また、水位が高く内部の調査が難しい箇所については下水の流下先を上流側で切り替え、調査対象路線の流量を減らすといった調整が必要になる。
調査に当たっては、ドローンでの調査、潜水士による触手調査や打音調査など、技術的に確立されていない手法も活用しながら進めている。
今後、調査技術として適用していく上での課題を整理し、調査・診断・評価・対策の実施といった流れを計画的に進められるよう検証を行っていく。
3. 硫化水素発生の原因と対策
(1) 硫化水素発生のメカニズム
硫化水素は、汚水が滞留するような箇所で嫌気状態になると、汚水中に含まれる硫酸イオンが嫌気性微生物の硫酸塩還元細菌により還元され生成される(SO42-+2C+2H2O→H2S+2HCO3)。
硫化水素が発生するおそれのある場所としては、圧送管の吐出し先、落差・段差の大きい箇所、伏越部、ビルピット排水箇所が挙げられる。
このうち、ビルピット排水とは、ビルの地下にある厨房やトイレ等、下水道管より低い位置からの排水は、自然流下で下水道管に排水することができないことから、主に地下部分で発生した排水を一時的に貯留する排水槽のことである。
貯留した排水は、ポンプでくみ上げて下水道管に排除している。
このビルピットによる硫化水素発生のメカニズ ムとして、ビルピットの構造や維持管理が適切でないと、貯留された汚水が腐敗して硫化水素が発生する。
腐敗した汚水が下水道に排除される際に硫化水素が放散し、開口部の大きい公共雨水ますなどから放出されると、「卵の腐ったような悪臭」の原因となる。
なお、臭気だけでなく硫化水素はコンクリート表面の結露水中の細菌と接触することにより硫酸が生成され、コンクリートを腐食・劣化させるなど建物や下水道施設等にも悪影響を及ぼす。
下水道管に堆積した有機物から生成された硫化水素は、そのままでは下水に溶け込んでいるが、落差などにより衝撃を受けると気化し、気体として発生する。
(2) 硫化水素の発生箇所
ビルピットに由来する硫化水素は、臭気は一過性のものであり、苦情を受けて現場に駆け付けても臭気は消えている場合が多いため、発生源を特定することが困難である。
そのため、臭気発生源特定のツールとして、当局では硫化水素濃度を60日間連続測定できる「拡散式硫化水素測定器」を導入している。
これにより、面的な測定データの解析や視覚的な硫化水素濃度の時間的推移の把握を可能としたことに加え、複数の測定結果を合成表示することにより、発生源ビルからの影響(もらい臭気)を判定することが可能となった(図-7)。
(3) 当局のこれまでの主な取組
下水道管に汚泥や土砂が堆積すると、流下能力が減少し閉塞に至るばかりではなく、硫化水素など有害ガスが発生することがあるため、当局は、計画的に管路内の清掃を行っている。
平成の半ば頃までは、臭気への対策は、住民等から寄せられた苦情を発見の機会とする発生対応型であった。
これに加えてビルピットについて平成13年から、臭気発生を未然に防ぐ予防保全型の対策として、東京を代表する観光地や繁華街のうち、ビルピット臭気苦情が多い地区を重点化対策地区と設定した。
地区内のビルピットを有する大規模ビルを対象に、臭気の苦情が寄せられる前に硫化水素ガス濃度調査を行い、腐敗したビルピット排水が発生しているビルを特定し、改善要請を行っている。
(4) ビルピットに係るビル管理者による対策
改善要請したビル管理者自身が実施する対策としては、排水運転によるもの、槽の構造によるもの、水質によるものなど様々であり、どの対策が効果的なものであるかは各ビルの状況による。
そのため、実態に即した対策方法を複数検討し、費用や工期から選択することになる(図-8)。
また、稼働してからのビルピット対策は、多大な費用と時間を要することが多いため、都の関係局で構成するビルピット問題連絡協議会では、ビル設計の段階で適切なビルピット構造が検討されるよう、「ビルの新築に伴う地下排水槽(ビルピット)設計の手引」を平成31年1月に発行した。
4. 下水道管の再構築
(1) アセットマネジメントを活用した再構築計画の策定
区部における下水道管は、計画的な点検や調査、その結果に基づいた適切な補修により、法定耐用年数以降も下水道機能を維持しながら使用している。
下水道管の法定耐用年数は、「地方公営企業法施行規則」等によって50年と定められているが、これは原価償却資産に対し課税の公平性を図るために設けられた基準であり、「50年を過ぎた下水道管は使えない」というものではない。
一般の環境下であれば、適切に維持管理していくことで100年以上使用することが可能な構造物である。
一方、長く使えば使うほど、補修等の維持管理 に要する費用は増加していく。
そこで東京都下水道局では、下水道管の建設費と維持管理費を加えた総費用(ライフサイクルコスト)が最少となる経済的耐用年数を80年と算定し、この経済的耐用年数を踏まえ、中長期的な再構築事業の平準化などを図るアセットマネジメント手法を活用し、計画的かつ効率的に再構築を推進している。
(2) 枝線の再構築計画
下水道管には、家庭等からの排水を受け入れる
「枝線」と呼ばれる比較的小さな下水道管と枝線の下水を集め水再生センターに送る大規模な「幹線」と呼ばれる下水道管がある。
区部における下水道管路施設に起因する道路陥没のほとんどが、枝線で発生する小規模のものであり、原因としては、昔に整備された陶器製の管で発生している。
陶器製の管は腐食に強いが衝撃に弱い特徴があり、長年の利用により破損やひび割れが発生し、周辺の土砂を引き込んで道路陥没を発生させていることが多い。
そのため、陶器製の管の取り換えを含め、経済的耐用年数を過ぎた古い枝線をリニューアルする再構築を進めている。
再構築は、区部を整備年代により3つのエリアに分け、最も整備年代の古い都心4処理区を第一期再構築エリアに位置付け、優先して進めている(図-9、図-10)。
(3) 幹線の再構築計画
幹線の再構築については、昭和30年以前に建設された47幹線や、調査に基づき対策が必要な幹線等を優先して再構築を進めている。
(4) 下水道管再構築工事の方法
東京の都心部は、経済等の諸機能が集積しており道路交通量が非常に多い。
また、道路下には多数のインフラが輻輳して埋設されている。
自然流下で流す下水道管は、他のインフラの下に埋設されていることが多く、施工方法や施工時間の制約を受けやすい厳しい施工環境にある。
特に、幹線は内径が数メートルに及び、他のインフラとの干渉を避けながら、さらに深い位置に埋設されている。
このため、道路を掘削して下水道管を更新する開削工事は施工が困難である場合が多く、可能な場合でも工事完了までに長期間を要するなど、都民生活や東京の都市活動に大きな影響を及ぼすことになる。
これを防ぐため、道路を掘らずに下水道管を内側からリニューアルする更生工法を開発・活用し、道路交通や都民生活への影響を最小限に抑えて再構築を推進している。
更生工法とは、既設下水道管に破損やクラック、腐食等が発生し、耐久力や流下能力の低下が生じた場合等に、既設下水道管の中に新たな下水道管を構築するものである。
東京都下水道局では、将来の再構築や維持管理を見据え、道路を掘らずに下水道管をリニューアルする更生工法の調査研究に取り組んできた。
そして、政策連携団体である東京都下水道サービス(株)や、民間企業と共同で技術開発を行い、昭和62年にSPR工法を実用化している。
SPR工法は、既設管の内側に硬質塩化ビニル製の更生管を製管し、既設管と更生管の隙間に特殊な裏込め材を充填することで、古くなった下水道管をリニューアルする内面被覆工法(製管工法)の一種である。
円形や馬蹄形等の様々な断面形状や、内径約5000mmまでの幅広い口径に対応することが可能であるとともに、下水を流しながら施工ができることから、一時的に下水を切り回す等の作業が不要となる。
このため、開削工法と比較してコストや工期の縮減に寄与することができ、効率的な再構築が可能となる(図-11)。
(5) 下水道管再構築を進めていく工夫
下水道幹線の中には、再構築が困難なほど水位が高い幹線もある。
このような水位が高い幹線については、下水の流れをバイパスさせる代替幹線を先行して整備した後に、既存幹線の再構築を進めることにしている。
なお、こうした代替幹線の一部は、既存下水道のバックアップ機能も有することができ、現在では5幹線で代替幹線の整備を進めている。
(6) 下水道管再構築の取組状況
枝線の再構築は、第一期再構築エリアの総面積約16300haのうち、令和6年度末までに12799ha(約8割)の整備を完了させており、令和11年度までに第一期再構築エリアの整備を完了させることを目指して事業を推進している。
さらに、第一期再構築エリアの完了を見据え、都心部に次いで整備年代が古い第二期再構築エリアにおいて、円滑に事業を進めていくため、令和7年度より試行工事に着手することとしている。
幹線の再構築については、計画延長300kmのうち、令和6年度末までに約118kmの整備を完了している。
(7) 下水道管再構築の整備効果
第一期再構築エリアにおいて、令和6年度までに同エリアの面積の約8割について再構築が完了した結果、第一期再構築エリア全体の平均経過年数は29年となり大幅に若返りが図られている。
同エリアの下水道管の破損などに起因する道路陥没件数は約9割減少しており、対策による効果が確認できる。
おわりに
下水道管の老朽化による道路陥没の発生などは、お客さまの生命や財産、都市活動にも大きな影響を及ぼすため、引き続き下水道施設を適切に維持管理し、再構築を計画的に行っていく必要がある。
当局は、都民の安全を守り、快適な生活を支えるため、将来的な人口減少や気候変動などの社会経済情勢の変化を見据え、事業のより一層の効率化、利便性の向上に取り組み、下水道サービスの更なる向上を図る対策を推進していく。
【出典】
積算資料公表価格版2026年1月号

最終更新日:2025-12-19
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