- 2025-01-20
- 特集 コンクリートの維持管理 | 積算資料公表価格版
はじめに
わが国の社会資本ストックである膨大なコンクリート構造物は年月の経過とともに老朽化が進んでいる。
さらに、コンクリート内部の鋼材腐食に起因する塩害や中性化、反応性骨材周囲のゲル吸水膨張反応に起因するアルカリシリカ反応(以下、ASRと称す)など、主に化学的要因によって進行するコンクリートの劣化も深刻さを増している。
そのような状況の中、近年では鋼材腐食抑制剤として亜硝酸イオンを、ASR膨張抑制剤としてリチウムイオンを用いた研究が数多くなされており、その両イオンを含有する亜硝酸リチウムを用いた補修工法の開発、実用化が進んでいる。
これまで、亜硝酸リチウムを用いた補修技術に関する研究は国内の多くの大学や研究機関にて実施されてきた1)。
また、亜硝酸リチウムを用いた補修設計および施工に関する情報や経験は、主として一般社団法人コンクリートメンテナンス協会にて蓄積されてきた2)。
本稿では特にASRにより劣化したコンクリート構造物を対象とし、コンクリートメンテナンス協会が考える維持管理のあり方について論じる。
1. ASRの劣化メカニズム
ASRとは、コンクリート中の骨材周囲に生成したゲル状生成物の吸水膨張反応によってコンクリート構造物の性能が低下する劣化現象である。
コンクリートの材料として反応性骨材が使用された場合、コンクリート中のアルカリ金属イオンと反応性骨材中のある種の反応成分とが化学反応を起こし、アルカリシリカゲルを生成する。我が国で確認されている反応性骨材の主なものとして、火山岩が起源の骨材(安山岩、流紋岩など)や堆積岩が起源の骨材(チャート、砂岩、頁岩など)などが挙げられる。
アルカリシリカゲルは強力な吸水膨張性があり、コンクリート外部からの水分浸透により体積膨張する。
このアルカリシリカゲルの膨張によってコンクリート内の組織に内部応力が発生し、反応性骨材周囲のセメントペーストを破壊する。
時間の経過に伴ってASRが進行すると、反応性骨材の周囲に発生した微細なひび割れが進展し、やがてコンクリート構造物の表面に巨視的なひび割れが発生する。
これがASRによるコンクリートの劣化メカニズムである。
ASR劣化の進行過程の模式図を図-1に示す。
ASRによるコンクリート構造物の劣化は、ひび割れ、変位・変形、段差、変色、ゲルの滲出などの現象として表面化することが多い。
その中でもひび割れの発生状況は特徴的であり、無筋または鉄筋量の少ないコンクリート構造物では亀甲状のひび割れが多く見られる。
ASRで劣化した構造物の例を写真-1に示す。
ASRにより劣化したコンクリートは、圧縮強度や静弾性係数の低下が多く見られ、特に静弾性係数の低下がより顕著に現れることが知られている。
さらに近年、ASRによるコンクリートの膨張により鉄筋コンクリート構造物中の鉄筋の曲げ加工部や圧接部での鉄筋破断事例が複数報告されている。
2. 亜硝酸リチウムの特性
亜硝酸リチウム(Lithium Nitrite;LiNo2)は、リチウムイオン[Li+]と亜硝酸イオン[NO2–]とがイオン結合した化合物であり、主に濃度40%(wt%)の亜硝酸リチウム水溶液(写真-2)として製品化されている。
亜硝酸リチウムの成分のうち、リチウムイオン[Li+]はアルカリシリカゲルを非膨張化する効果があるため、ASR劣化の補修材料として適用される。
一方、亜硝酸イオン[NO2–]は鋼材表面の不動態皮膜を再生する効果があり、塩害や中性化などの鋼材腐食に起因する劣化の補修材料として適用される。
ASR補修におけるリチウムイオンのASR膨張抑制メカニズムは、コンクリート中の反応性骨材周囲に生成したゲル状生成物(アルカリシリカゲル)の吸水膨張反応抑制とされることが多い3)。
図-1に示したASRの進行過程のうち、リチウムイオンの存在下では第2ステージのアルカリシリカゲルの膨張が抑制される。
すなわち、アルカリシリカゲル(Na2O・nSiO2)にリチウムイオン(Li+)が供給されることによって、水に対する溶解性や吸湿性を持たないリチウムモノシリケート(Li2・SiO2)またはリチウムジシリケート(Li2・2SiO2)に置換され、アルカリシリカゲルが非膨張化される。
この反応によりアルカリシリカゲルの吸水膨張反応は収束し、以後のコンクリートの膨張は生じない。
これがリチウムイオンによるASR膨張抑制のメカニズムである(図-2)。
一方、塩害補修における亜硝酸イオンの鋼材腐食抑制メカニズムは、亜硝酸イオンがアノード型抑制剤として働く酸化剤としての効果(不動態皮膜再生効果)、亜硝酸イオンが鋼材表面に吸着することにより鉄の溶解を抑制する効果3)などが提唱されており、それらが複合的に働いている可能性もある。
亜硝酸イオンは2価の鉄イオンと反応してアノード部からの鉄イオンの溶出を防止し、不動態皮膜として鋼材表面に着床することによって鋼材腐食反応を抑制する。
不動態皮膜が再生されると、以後の鋼材の腐食反応は不活性な状態となり、進行が抑制される。
劣化機構がASRの場合、アルカリシリカゲルを非膨張化するために必要となる亜硝酸リチウム量は対象構造物のアルカリ含有量に応じて算定することができる。
既往の研究成果に基づき、亜硝酸リチウムの必要量を[Li]/[Na]モル比0.8と定めることが多い4)。
対象コンクリートのアルカリ含有量を測定し、それら測定値の最大の値に対してリチウムイオンとナトリウムイオン(等価アルカリ量)のモル比が0.8となる量の亜硝酸リチウムを必要量とすることで、構造物毎に定量的な補修設計を行うことができる。
3. 劣化機構を考慮したASR補修の考え方
3-1 ASR補修の基本的な考え方
ASRの補修工法を選定するにあたり、劣化メカニズムを十分に考慮し、現時点での劣化状況や将来の劣化予測に基づいて補修工法に要求する性能を定める。
特にASRの場合は、残存膨張性の有無、大小を十分に考慮した補修工法選定が重要となる。
ASRによるコンクリートの膨張性は非常に大きく、長期間継続することが知られおり、ASR補修工事を実施しても短期間のうちに再劣化を引き起こす構造物が少なくない。
このようにASRで劣化した構造物の対策工法を選定するにあたり、将来的なASR膨張性、進行性を把握し、今後も有害な膨張が進行するか否かを適切に評価することは極めて重要と言える。
将来のASRの膨張性を評価する方法として、コア採取による促進養生試験が挙げられる。
促進養生試験には、「JCI-S-011法(旧JCI-DD2法)」、「アルカリ溶液浸漬法(旧カナダ法)」などがあり、それぞれ促進条件や試験期間、判定基準などが異なる。
いずれの試験方法を用いた場合でも、それぞれの判定基準を超える膨張量を示した場合には今後も有害な膨張が進行することを前提とした対策工法を選定することが重要となる。
ただし、促進養生試験の結果はあくまである一定の促進環境下における膨張量を示すものであり、以後のASR膨張の可能性を示すひとつの目安程度と捉えておくことも必要である。
過去の定期的な調査結果と現時点の変状の状況とを比較し、明らかにひび割れ幅や延長の進展がみられる場合には、促進養生試験によらずASRの進行性が大きいと判断し、今後も有害な膨張が進行することを前提とした対策工法を選定することもできる。
さらに、対策後にこの構造物をどのように維持管理していくかという方針(シナリオ)も検討する。
この維持管理シナリオは残存供用年数を設定した上でライフサイクルコスト(以下、LCCと称す)も考慮して策定する。
すなわち、「工学的判断に基づく補修要求性能の設定」と「LCCを考慮した維持管理シナリオの策定」を総合的に評価することで最適な補修工法を選定できると考えられる。
ASRで劣化したコンクリート構造物の維持管理の全体像として当協会が考える補修工選定フローを図- 3に示す。
この図の内容と考え方について次節より解説する。
3-2 劣化過程に応じたASR補修の考え方
ASRの劣化過程は、潜伏期、進展期、加速期および劣化期の4段階で評価される(表- 1)。
以下、劣化過程ごとにASR補修工法選定の考え方について具体的に示す。
【潜伏期】
ASRの潜伏期は、アルカリシリカゲルの生成過程と位置付けられており、ASRそのものは進行するものの、膨張やそれに伴うひび割れなどの変状は見られない。
しかし、このまま放置すると将来的にはASR膨張によるひび割れの発生が予測される。
この段階で水分の浸透を阻止することができれば、将来的なアルカリシリカゲルの吸水膨張反応とそれに起因するひび割れが生じる可能性を低減することができる。
よって、潜伏期における補修工法の要求性能は『劣化因子の侵入抑制』となる。
この要求性能に適する工法は表面含浸工法または表面被覆工法であり、予防保全的な適用となる。
特に、施工後の外観を変えずモニタリング性に優れた表面含浸工法の適用性が高いと言える。
ここで、潜伏期の時点では外観上何も変状が生じていないため、すぐに対策工を施さず、しばらく経過観察を行うという選択も考えられる。
【進展期】
進展期はASR膨張が継続的に進行し、ひび割れが発生している状態を指す。
この段階でのひび割れ状況はまだ比較的軽微であるため、進展期の補修工法への主たる要求性能は劣化因子の侵入抑制と考えることができる。
ここではひび割れ注入工法と表面含浸工法を組み合わせて水分の浸入を遮断し、以後のASR膨張の進行を抑制するという方針を採ることができる。
ASR膨張は一般的に長期間継続することが多いため、膨張の進行性の大小(有害/ 無害)を見極めたうえで適切な補修工法を選定する必要がある。
ASR膨張の進行性が大きい(例えば、残存膨張量試験の結果が有害)と推察される場合には、ひび割れ注入工法と表面含浸工法の組合せだけで完全にASR膨張を停止させることは容易ではなく、将来的に再劣化が生じる可能性があることを認識しておく必要がある。
すなわち、現時点での劣化状況に対して最小限の対策を講じ、再劣化が生じれば速やかに再補修を行うという維持管理シナリオを想定する考え方となる。
ここで、適用する各工法にASR膨張抑制効果を併せ持つ工法を選択することにより、部分的に『アルカリシリカゲルの膨張抑制』という効果が付加され、再劣化が生じるまでの期間を少しでも延長し得る可能性があるため、より適用性が高いと考えられる。
ASR膨張抑制効果を併せ持つ各種補修工法として、亜硝酸リチウム併用型ひび割れ注入工法の概念と施工状況を図-4および写真-3に、亜硝酸リチウム併用型表面含浸工法の概念と施工状況を図-5、写真-4に示す。
それに対し、何度も再補修を繰り返すのではなく再劣化を許容しない維持管理シナリオが選択される場合は、この時点でASR膨張を根本的に抑制し得る亜硝酸リチウム内部圧入工法を適用するという方針を採ることもできる。
亜硝酸リチウム内部圧入工法の概念図を図-6に、その施工状況を写真-5に示す。
亜硝酸リチウム内部圧入工法は、リチウムイオンによるASR膨張抑制効果を最も積極的に活用するグレードの高い工法であるが、初期費用も大きくなるので、構造物の重要性や維持管理のしやすさ、費用対効果、LCCなどを十分に考慮して適用を検討することが重要となる。
【加速期】
加速期は、ASRによる膨張が大きく進行し、ひび割れ幅や延長(密度)も著しく増大するため構造物の耐久性能が急速に低下する。
また、圧縮強度や弾性係数などの力学的性能も低下し始めるため、これ以降の劣化進行をここで確実に抑制することが重要となる。
加速期の補修工法への要求性能は『劣化因子の侵入抑制』と『ASRゲルの膨張抑制』であり、膨張の進行性の大小(有害/無害)に応じて適切な対策工法を選定する必要がある。
膨張の進行性が大きいと推察される場合には、まず主たる要求性能を『ASRゲルの膨張抑制』とし、以後のASR進行を確実に停止させる工法を検討する。
この要求性能を満たす工法として、先述した亜硝酸リチウム内部圧入工法(図-6、写真-5参照)が挙げられる。
また、構造物の形状によってはASR膨張拘束を目的とした巻き立て工法や接着工法を適用できる場合もある。
これらの工法を適用した場合、補修後のASR再劣化リスクを低減し、構造物の性能低下を阻止できると考えられるため、何度も再補修を繰り返すのではなく再劣化を許容しない維持管理シナリオを選択したこととなる。
一方、要求性能を劣化因子の侵入抑制とした場合、ひび割れ注入工法と表面含浸工法または表面被覆工法を組合せて行うこととなるが、これらの対策では完全にASR膨張を停止させることは容易ではなく、早期に再劣化が生じる可能性が高いことを認識しておく必要がある。
これは現時点での劣化状況に対して最小限の対策を講じ、再劣化が生じれば速やかに再補修を行うという維持管理シナリオを選択したこととなるが、加速期では劣化進行速度も大きく、早いサイクルで再劣化と再補修を繰り返す可能性が高いため、LCCが高価となることも少なくない。
構造物の重要性や維持管理のしやすさ、費用対効果、LCCなどを十分に考慮して維持管理シナリオを検討することが重要である。
ASR膨張抑制効果を併せ持つ亜硝酸リチウム併用型ひび割れ注入工法の概念と施工状況は図-4および写真-3に、亜硝酸リチウム併用型表面含浸工法の概念と施工状況は図-5、写真-4に示したとおりである。
ここで、ASRで生じたひび割れは幅、延長、密度も大きく、既設鉄筋位置と交差する箇所が存在する可能性が高いと考えられる。
その場合、そこが局部的な鉄筋腐食環境となることも予測されるため、ASR補修においてはASR膨張抑制だけでなく鉄筋腐食の抑制も考慮することが望ましい。
ASR補修として亜硝酸リチウムを併用する各種工法を適用する場合、亜硝酸リチウムに含まれる亜硝酸イオンが不動態皮膜の再生による鉄筋腐食抑制効果を併せ持つため、ASR膨張抑制と鉄筋腐食抑制の両方を期待することができる。
【劣化期】
ASRの劣化期は、大規模なひび割れや異常膨張などの甚大な変状が生じている状態を指し、鉄筋破断やコンクリートの圧縮強度や静弾性係数など、構造物の耐荷性能が低下していることも考えられる。
そもそも劣化期になるまで放置すべきではないが、もしも劣化期に至った場合には、まず安全性照査(鉄筋破断調査含む)を行い、不足する耐荷性能を補うための補強対策が必要となる。
そのとき、変状の状況に応じて断面修復等の大規模な補修対策も必要となる。
ただし、劣化期までくると、構造物の膨張性は既に収束していることが多いので、この段階では内部圧入工法のようなゲルの膨張抑制を対策方針として掲げる必要はない。
劣化期の補修または補強には大きな費用を要することが多いため、解体・撤去という選択肢も視野に入れた総合的な評価が重要となる。
おわりに
塩害、中性化、ASRなどで劣化したコンクリート構造物の増加に伴い、調査、診断、補修、補強など一連の維持管理業務の重要性が増大している。
しかし、維持管理分野に対して十分な予算が確保されているわけではなく、維持管理に携わる技術者の数も依然として不足している現状が続いている。
そのような状況の中、当協会では亜硝酸リチウムの活用によってコンクリート構造物の健康寿命を延ばし、持続可能な社会の構築に寄与することを目的として活動を続けている。
本稿で紹介した亜硝酸リチウム関連技術は、2022年4月に当協会より発刊した「コンクリート構造物を対象とした亜硝酸リチウムによる補修工法の設計・施工指針(案)第2版」(図-7)に詳述しているため、併せてご参照いただきたい。
本稿がコンクリート構造物の維持管理を効率的に実施するための一助となれば幸いである。
参考文献
1) 例えば、江良和徳、三原孝文、山本貴士、宮川豊章:リチウムイオンによるASR膨張抑制効果に関する一考察, Journal of the Society of Materials Science, Japan, Vol.58, No.8, pp697- 702, 2019
2) コンクリートメンテナンス協会:コンクリート構造物の維持管理技術資料Ver4.3~塩害・中性化・ASR補修の考え方~, 2019.4 3)
3) M.D.A.Thomas, R.Hooper and D.B.Stokes,“Use of Lithium Containing Compsunds to Control Expansion in Concrete Due to Alkali-Silica Reaction,”Proceedings of 11th International Conference on Alkali-Aggregate Reaction,
pp.783-792. 2000
4)例えば、斉藤 満、北川明雄、枷場重正:亜硝酸リチウムによるアルカリ骨材膨張の抑制効果, Journal of the Society of Materials Science, Japan, Vol.41, No.468, pp1375-1381, 1992.7
【出典】
積算資料公表価格版2025年2月号

最終更新日:2025-01-20
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