はじめに
高度経済成長期以降、社会基盤としてさまざまなインフラが、その機能を確保し、周辺環境等に適合し、建設されてきた。
そうしたインフラは時間の経過とともに徐々に老朽化し、一部は更新期を迎えている。
この膨大なストックを安全に活用し、次の世代に健全な状態で引き継いでいくという、現世代が果たす役割はますます大きくなっている。
一方で人口減少、技術者の高齢化などを背景とする担い手不足の問題、投資制約、そして大規模災害の頻発など、ストックマネジメントを巡る環境は厳しい。
この問題を、新技術を活用するなどして技術面で解決していくことはもちろん重要だが、一方で、ストックの状態、今後の老朽化の進展度合いなどを予測し、最適な意思決定を行っていくことができる組織力と担い手となる人材の力量が、今、問われていると考える。
本稿では、アセットマネジメントに携わる組織および人材の能力向上、組織間の連携体制などについて考察する。
1. マネジメントの標準化の意義
「マネジメント」のあり方についてはしばしば論議の対象となるが、そうした論議が「マネジメント」に関する共通の認識の下でなされているかは疑問である。
ISOマネジメントシステムでは、「マネジメント」を「組織を指揮し、管理することを目的とした調整された活動」と定義している。
つまり、マネジメントは「活動」であり、かつ「調整された活動」なのである。
そして、ISOマネジメントシステムに関する規格では、「調整された活動」としていくためには、マネジメントシステムを構築し、組織活動において「マネジメントの標準化」を図ることが有効であるとしている。
特に、アセットマネジメントにおいて「標準化」が必要となる理由は、アセットを利用する中でのマネジメントとなることもあり、属人的な対応などによる潜在的なリスクが高いことにある。
こうした課題の解決のために、マネジメントシステムを構築することで組織の活動を「標準化」し、業務の潜在的リスクをコントロールするとともに、属人的な意思決定を防ぐことが重要となる。
図- 1は、組織内の人々のマネジメント能力(力量)を横軸に取り、その分布を縦軸に取った概念図である。
マネジメントシステム(ルールブック)がない場合、①の分布図のように個人の能力のばらつきが大きく、属人的な判断、意思決定がなされる可能性が高い。
この弊害を除去するには、組織共通のルールブックとなる「マネジメントシステム」を構築することで、②の分布図のようにマネジメント能力の個人差が小さくなり、リスクを伴う意思決定に対するブレを少なくする。
一言で「継続的改善」というが、それを効率的に行うには、図- 2のように標準化したシステムの基軸を作り、これを軸としスパイラル状にPDCA「計画策定(P)→実行(D)→パフォーマンス評価(C)→改善(A)」)を回すことで、③の分布図のようにマネジメント能力の平均値を高め、さらにばらつきを小さくしていく必要がある。
組織のマネジメント能力を高めるには、組織がマネジメントシステムを作り、そのシステムを組織の人々が理解し、その下に協働して継続的改善を目指す、という社風を作り上げることが何よりも重要である。
このように、国際標準であるISOマネジメントシステムは、組織内の活動を標準化し、これを梃てこにして日常的な活動の中で継続的改善を繰り返すことで、組織力を高め、組織の目標達成を効率的に行うことを目的としている。
決して、新たなマネジメントシステムの導入によって仕事量を増やすものではなく、むしろPDCAを回す中で無駄な業務プロセスを断捨離し、業務のクオリティーと効率性を向上させることを意図したものである。
2. ISO 55001の仕組み
国際標準化機構(ISO)が提唱するISOマネジメントシステムには、ISO 9001(品質マネジメントシステム)、ISO 14001(環境マネジメントシステム)などがある。
そして、2014年に新たに制定されたのが“アセットマネジメントのためのマネジメントシステム:ISO 55000シリーズ”である。
ISO 5500シリーズは、ISO 55000(用語の定義など)、ISO 55001(規格要求事項)、ISO 55002(アセットマネジメントシステム構築のためのガイドライン)の三つの規格から構成されている。
ISO 55000シリーズは、写真- 1のように、日本産業規格(旧:日本工業規格)としてJIS Q 55000、55001、55002が制定されている。
このうち規格要求事項であるISO 55001には、アセットマネジメントシステムの構築のための“how to(方法)”は示されていないが、組織自らがアセットマネジメントをシステム化、標準化する際に、何(what)を満足する必要があるかが規定されている。
組織は、要求事項を満足するマニュアル、手順書、記録シートなどのアセットマネジメントシステムを構築していく。
構築されたマネジメントシステムを実際のアセットマネジメント活動に適用する中で、より良いシステムに継続的に改善していくことが可能となる。
規格要求事項の内容、規格要求事項間のつながりを読み解くと、要求事項を満足したマネジメントシステムが構築できれば、業務の潜在的なリスクの軽減と手戻りなどがない効率的な業務執行が望めることが分かる。
ある意味で、ISO 55001は、世界中で起きたアセットマネジメント上の「失敗から得た教訓」、そして「成功から獲得した知恵」が詰まったものといえる。
組織が、要求事項を満足するマネジメントシステムを構築し、その下に活動がなされていることを第三者機関が審査し、ISO 55001の認証を取得する仕組みとなっている。
ISO 55001の認証取得によって、ISO 55001に基づきアセットマネジメントが運用されている証となる。
3. アセット、アセットマネジメント、アセットマネジメントシステムの目指すところ
ISO 55001の三つの重要語は「アセット」、「アセットマネジメント」、「アセットマネジメントシステム」であり、その意味は次のとおりである。
- 「アセット」:組織にとって、価値を持つもの。
- 「アセットマネジメント」:アセットからの価値を実現化する組織の調整された活動。
- 「アセットマネジメントシステム」:アセットマネジメントのためのマネジメントシステム。
ISO 55001の推奨するアセットマネジメントは、インフラをはじめとしたアセット(資産)そのものではなく、アセットが生み出す「価値、バリュー」に着目している。
つまり、アセットそのものの健全性だけではなく、アセットを利用するステークホルダー(利害関係者)などが得られる「価値」を高める活動がアセットマネジメントである。
「道路」を例に取れば、図- 3のように、建設時の「道路の価値」は、「車両の安全な走行空間の提供機能」が主眼であったとしても、時代の変化に伴い「防災・緊急時対応機能」、「沿道の土地利用の高度化機能」、「さまざまな社会インフラの収容機能」、「CO2排出低減機能」、「自動運転機能」、「国内外の観光者へのサービス提供機能」等に対する「価値」が高まることも考えられる。
このように、アセットマネジメントは、道路そのものの維持補修など、メンテナンスマネジメントももちろん含んでいるが、それよりも広範な領域の「価値」を高めることを視野に置いたマネジメントである。
このことは、アセットマネジメントシステムが時代の要請に応えるなどの「適応性」に優れたマネジメントシステムといわれるゆえんである。
そうしたアセットマネジメントを標準化しシステム化するアセットマネジメントシステムを構築していくことで、「アセットからの価値の創出」が期待できる。
そして、システムの文書化などによって、組織内外へのアセットマネジメントに関する活動内容の「見える化」やアカウンタビリティを果たすことにも資する。
4. 「発注者」などが「ISO 55001を認証取得している組織(受注者)」に期待できること
地方公共団体などから、ISO 55001を認証取得している組織に業務を委託した場合、どのようなメリットがあるかについてよく問われる。
そうした時は、「ISO 55001を認証取得している組織であれば、あなたの次のような問いに対し、的確な応答が期待でき、求めに応じ、実際の活動内容などについて証拠となる記録を示すことができる」などと説明している。
- あなたの組織が業務の対象としているアセットは何ですか?(箇条4.3)
- アセットマネジメントをする業務内容は何ですか?(箇条4.3)
- 前記の業務に従事する人は誰ですか?(箇条4.3)
- 前記の業務には、どのような力量を持っている人材を当てていますか?(箇条7.2)
- アセットマネジメントに関わるステークホルダーは誰と考えていますか?(箇条4.2)
- ステークホルダーはあなたが行うアセットマネジメントに対して、どのような期待を寄せていると考えていますか?(箇条4.2)
- 対象とするアセット、アセットマネジメントにはどのような潜在的なリスクがありますか?(箇条6.1)
- 前記のリスクを回避、または軽減するためにどのような対策を講じていますか?(箇条6.1)
- この業務の中でアセット、アセットマネジメントに関して達成しようとしている目標は何ですか?(箇条6.2.1)
- 前記の目標を達成するためにどのような計画を立てていますか?(箇条6.2.2)
- 平常時だけでなく、災害、事故などの緊急時に備え、どのようなマネジメントシステムを構築していますか?(箇条6.2.2)
- 実際に業務を行うにあたり、責任期間(工期)を超えたアセットのライフサイクルを視野に入れて、どのような業務をしていますか?(箇条8.1)
- 業務中に「変更」すべきことが発生した場合、どのような手順により「変更」に伴うリスクに対処しますか?(箇条8.2)
- 目標の達成状況や、アセットの健全性を評価するために、どのようなモニタリング(監視)や測定をしていますか?(箇条9.1)
- モニタリングや測定の結果を基に、どのようにアセット、アセットマネジメントを評価していますか?(箇条9.1)
- 「事後保全」から「予防保全」に転換するために、どのような取り組みをしていますか?(箇条10.2)
- 前記の評価結果を基に、どのような改善活動をしていますか?(箇条10.3)
このような発注者の質問に対して、受注者から的確な応答を得ることで、受発注者間の良好なコミュニケーションがかない、より良い成果(価値)を得ることが期待できる。
注) ( )の箇条番号は、ISO 55001の「箇条4.1 ~箇条10.3」の28箇条からなる要求事項の箇条番号を示す。
5. ISO 55001を認証取得している組織に期待できる便益
一方、ISO 55001を認証取得した組織が得ることができる便益としては、次の事項が挙げられる。
- システム化により、業務が標準化でき、継続的改善が効果的に行われることから、断捨離を含めた業務の品質・生産性の向上が図られる。
- 平常時だけでなく、緊急時を含めた社員のリスクに対する認識が向上し、組織全体としてのリスクマネジメントの改善につながる。
- 図- 4のように、とかく相反関係になりがちな「リスク」、「コスト」、「パフォーマンス」という3要素のバランスが取れた業務プロセスの構築とその観点からの業務評価が可能になる。
- 単に責任期間(工期)内における責任を全うするという考え方から、「責任期間を超えたアセットのライフサイクルを視野において、今、何を計画し、何を実行すべきか」という考え方が組織に定着する。
これにより、発注者等への提案力が向上する。 - 「4.『発注者』などが『ISO 55001を認証取得している組織(受注者)』に期待できること」に記した事項を、発注者や関係するステークホルダーに証拠をもって説明できるようになることからアカウンタビリティが確保でき、信頼の獲得に寄与する。
ひいては受注機会の拡大等の可能性が高まる。 - アセットやアセットマネジメントに関する蓄積されたデータ群を分析し、劣化予測の精度を上げるなど、データを有益な情報に変換するというプロセスが組織に定着する。
これにより「これまで埃をかぶっていたデータ」が「情報」となり、組織の「価値ある資産(アセット)」に生まれ変わる(データアセットマネジメント)。 - アセットマネジメントの運用で得られた知見を組織の設計・建設など上流側の活動に反映することができる。
6. 「群マネ」の推進にあたって
「総力戦で取り組むべき次世代の『地域インフラ群再生戦略マネジメント』」(以下、「群マネ提言書」という)が2022年12月2日に社会資本整備審議会から発表された。
「群マネ提言書」には、「多くのインフラを維持 管理する地方公共団体のうち、特に小規模な市区町村では、措置すべき施設数に対し人員や予算が不足しており、予防保全への転換がまだ不十分であることはもちろん、そもそも事後保全段階にある施設が依然として多数存在し、それらの補修・修繕に着手できていないものがある」と記されている。
この状態を放置すれば、重大な事故や致命的な損傷等を引き起こすリスクが高まることから、早急な対応が必要であるとも指摘されている。
そして、2023年12月1日には、「地域インフラ群再生戦略マネジメント(群マネ)」の取り組みを全国的に展開していくため、「群マネ」の検討を行う11件(40地方公共団体)のモデル地域が公表された。
「群マネ」は、既存の行政区域にこだわらない広域的な視点で、道路、公園、上下水道といった複数・多分野のインフラを「群」として捉え、更新や集約・再編、新設も組み合わせた検討により効率的・効果的にマネジメントし、地域に必要なインフラの機能・性能を維持することを目的としている。
群マネのイメージとして、 図- 5のように、〈ケース1:一つの市区町村がリードし、複数市区町村で連携する広域連携〉、〈ケース2:一つの地方公共団体の多分野のインフラメンテナンスをまとめて実施する多分野連携〉の二つのケースが提示されている。
小規模な地方公共団体では、技術職員が少ない中で、「パトロール」、「点検」、「メンテナンス」、「大規模な修繕のための設計」、「大規模修繕工事」などの多数の発注業務に追われている実態を少なからず見聞する。
こうした業務を効率化し、「事後保全」から「予防保全」のインフラマネジメントに転換するには、図- 5の〈ケース1〉、〈ケース2〉の「包括的民間委託制度」を活用することが有効である。
また、究極的な「群マネ」の枠組みとしては、複数市町村からなる生活圏において、多分野のアセット群を一括して管理していくことが考えられる(図- 6)。
いずれの場合でも、建設期に採用されてきた仕様発注ではなく、性能発注による「複数年の包括的民間委託契約」によって、官民連携と民間の創意工夫を活かした「地域のアセットは地域で守る」体制を構築することが有効と考える。
おわりに
建設期には、時間軸の中で主に「調査→測量→設計→施工」のプロセスを分解した体制が採用されてきたが、インフラメンテナンスを効率的に展開するには、「点検、維持管理、補修工事」などを一括して同時に行う包括的民間委託が有効であると考える。
その際、「アセットオーナー(e x. 地方公共団体)」と「アセットオーナーを支援するコンサルタンツ等」と「包括的民間委託業務を受注した組織」の三つの組織が、共通のプラットフォーム(ISO 55001)の上でリスクや達成すべき目標などを共有し、アセットマネジメントを展開することが有効である。
さらに、図- 7に示すように、この三つの組織を代表するISO 55001に精通したアセットマネージャーが存在すれば、共通のプラットフォームの下で意思疎通が図られ、継続的改善を目指すことが容易になる。
そうした活動の推進の一助となるよう、一般社団法人日本アセットマネジメント協会(会長:京都大学経営管理大学院 特任教授 小林潔司、略称:JAAM。https://www.ja-am.or.jp)では、ISO 55001のアセットマネジメントシステムの普及に努めている。
さらに、アセットマネジメントを中心的に担うアセットマネージャーの育成、その資格制度の充実に引き続き取り組んでいく。
最後に、2014年に制定されて10年が経過したISO 55001は、この間のアセットマネジメントを取り巻く状況の変化やISO 55001を認証取得した組織の活動状況を勘案し、2024年7月に規格要求事項の大幅な改正がなされた。
これを受けて、JAAMでは、経済産業省、国土交通省、農林水産省など関係機関から構成される「ISO 55000シリーズJIS原案作成委員会」を組織し、JIS改正に向けて検討を進めている。
早ければ、2025年春にJIS Q 55001の改正がなされる予定である。
JAAMでは、既にJIS Q 55001を認証取得している組織や今後認証取得を目指す組織などを対象に、改正内容についてのセミナーなどを適宜開催する予定である。
【出典】
積算資料公表価格版2025年2月号

最終更新日:2025-01-31
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