はじめに
2022年3月に一般財団法人日本建築防災協会より「定期報告制度における赤外線調査(無人航空機による赤外線調査を含む)による外壁調査ガイドライン」(以下ガイドラインと記す)1)が、赤外線装置を搭載したドローン等による外壁調査手法に係る体制整備検討委員会(委員長:本橋健司芝浦工業大学名誉教授)により取り纏められ発行公開された。
このガイドラインでは、建築基準法第12条第1項の定期報告制度にて、新技術として無人航空機(ドローン)を活用して外壁調査の合理化を図り、平成20年国土交通省告示第282号(改正令和4年国土交通省告示第110号)に位置づけられたテストハンマーによる打診と同等以上の精度で実施するための必要事項が定められた。
これまで主流であった打診による外壁調査(以下打診調査と記す)に替わる技術として赤外線装置法が挙げられ、特に赤外線カメラを搭載したドローンによる外壁調査(以下ドローン赤外線調査と記す)が注目されている。
著者らは、共同住宅を対象に打診調査と同等な精度での欠陥検出を前提として、赤外線装置およびドローンを活用し、外壁調査に要する維持管理費の削減を主とした効率的な外壁調査手法を確立するべく検証を行ってきた2)~8)。
本稿では、2021年度から3ヶ年で検証してきた検証結果を報告する。
1. 検証実験概要
1-1 外壁調査の検討内容
この検証では、外壁調査の精度を落とさずコスト削減を目指し、打診調査、地上赤外線調査とドローン赤外線調査を行った。
外壁調査の実施後に各種手法における実施環境・条件等を整理し、調査結果の比較を行うことで、特徴・機器の検出性能を確認し、浮き範囲検出の正確さなどメリットを確認した。
また、調査に要する準備や作業工数等を考慮した歩掛を確認し、各種調査に要する費用等の確認を繰返し行った。
効率的な外壁調査は、赤外線調査をベースとすることが前提になる。
そこで各種調査手法を組み合わせるため「外壁調査ベストミックス法」と命名して検討を行った。
1-2 検証内容
1年目の検証では外壁調査実施にあたり下見調査を含めて確認検討するべき項目を基本から見直し、その内容を確認するため試験的に調査を行った。
そのため、地上赤外線調査およびドローン赤外線調査は検証項目を確認するため、全面を対象とせず検証に必要な範囲のみで実施した。
また、その範囲では、打診法との精度検証を行っている。
2年目は、1年目に得られた赤外線法が打診と同等の精度であるとの検証結果を基に、外壁調査ベストミックス法の検証のため、打診法で全面を調査し、地上赤外線法およびドローン赤外線法をできる限り適用して実施した。
2023年度は2年間の検証結果を基に、赤外線法のメリットを最大限活かし、さらにドローンのアクセシビリティを活用することでできる限り打診法の適用範囲を少なくする調査を行った。
2. 検証実験結果
調査計画により実施した現場調査の検証結果を以下に示す。
2-1 地上赤外線法とドローン赤外線法での検証結果
(1) 建物周囲の影響
調査計画では、高さ30m未満を地上赤外線、高さ30m以上をドローン赤外線としていたが、建物周囲の遮蔽物による撮影角度への影響や赤外線カメラ設置位置の制限など作業効率を考慮するとドローン赤外線法が有効である場合がある。
(2) 外壁凹凸部
Exp. Jなど外壁凹凸部では、ドローンと外壁との離隔距離5mを確保するため正対せずに撮影するなどの工夫が必要となる。
また、建物状況によっては撮影面およびドローンの背後外壁面からの離隔が確保できない・日照条件が変わってしまう等の条件もあり、ロープアクセスによる打診調査に変更する場合もある。
(3) 低層階範囲
低層階では地上赤外線法で計画し実施できるものの植栽繁茂や遮蔽物などによっては地上赤外線撮影者の撮影場所が確保できない場合がある。
この場合、赤外線カメラの仰角制限によって精度低下が懸念される場合がある。
この場合、ドローン赤外線により見下げて撮影することで実施可能なことがあった。
(4) 北面など日射の得られない壁面の打診調査
北面など日射の得られない壁面においても、赤外線にて調査可能か試行した。
夜間でのドローン赤外線調査は実施が難しいため、全て昼間で調査を実施したが、温度差が生じる時間帯は非常に僅かであり、また温度差も小さいため全面打診調査にて実施が確実である。
2-2 調査手法別の適用範囲
2023年に検証した建物における実施面積について検討した。
建物概要は以下の通りである。
所在地:千葉県習志野市
構造:RC造
規模:地上14階、高さ約43m
仕上:セラミックタイル張り
建物平面図を図- 1、立面図を図- 2に示す。
当該建物は、敷地内に直列にA棟~ C棟まで3棟配置された建物のC棟(枠内)を対象とした。
C棟は、東面の渡り廊下でB棟と接続され南面は全面バルコニー、北面は共用廊下、西面は斜線制限のため階段状の形状をした建物である。
(1) 赤外線法の適用
赤外線法は一度に広範囲の面積を対象に調査可能であり、現地調査の費用面でのメリットが大きいことが分かっている。
本建物においては、地上赤外線法の実施範囲は当初全面積の46%であったが37%の面積を実施となった。
(2) ドローン赤外線の適用
ドローン赤外線法は、地上赤外線では敷地内での撮影が難しい高所を限定して飛行撮影を行った。
本建物は敷地近くに鉄道があることや、常に風が強く吹くなどの条件があり、フライアウェイを防ぐ意味で1点係留により実施している。
ドローン赤外線法の実施面積は当初全面積の6%であったが15% となった。
(3) 打診法の適用
赤外線法およびドローン赤外線法で対応できない北面、狭隘部(本建物では日射が適切に得られないことが要因)、地上で手の届く範囲を対象に打診法を適用した。
打診法の実施面積は全体の48%となった。
2023年に実施した検証調査についても打診法と地上赤外線調査、ドローン赤外線調査を実施している。
打診の適用範囲は日射の得られない北面(通路側手摺り壁など)の面積割合はおよそ40%であった。
共同住宅の場合、概ね北面に供用通路があることから打診面積割合は40~50%程度となることが想定される。
赤外線装置法、ドローン赤外線法および打診法の同時調査状況を写真- 1に示す。
2-3 組織体制の検討
ガイドラインに示された組織体制案図を参考に、実際の調査に合わせた組織体制を検討した。
図- 3に組織体制案を示す。
打診法は打診者と判断した結果を転記する記録員、狭隘部はロープブランコ、赤外線調査では赤外線技術者、ドローン赤外線法ではドローン飛行のための操縦者、飛行の安全を確保するための建築物飛行安全管理者の構成である。
写真- 1に調査実施状況を示す。
3. ドローン赤外線における課題
ドローン赤外線調査を適用し以下の課題が確認された。
3-1 安全対策・係留
実際の現場では、特にドローン飛行にあたりガイドラインの実施体制の保安員が多数準備すると安心だと感じた。
実際に建物の条件によっては、ドローンのGNSS(Global Navigation Satellite System)の捕捉が不足することがあり不安定になることがあった。
本事業内では無事着陸することができたが、仮に墜落や衝突、不明機となった場合は大きな問題である。
敷地内で人払いが確実にできていても、不測の事態が生じた際に飛行しているドローンがどのような挙動となるか分らないところがあり係留することが前提となった。
1点係留では現地人数への影響はないものの、2点係留では効率の良い調査を行うためには現地人数を増やして対応するか、係留装置を増やすなどの対応が必要である。
いずれもコスト増に繋がるため、今後は「2点係留+係留紐横移動式係留装置」の検証実験を進める計画である。
3-2 打診法との併用
ガイドラインでは赤外線装置法の適用においては、打診法との併用が必須であり、打診による浮き音と赤外線装置の熱画像の温度変化部との一致を確認する必要がある。
今回は地上赤外線調査とドローン赤外線調査を同時に実施したため、地上設置の赤外線装置と打診法で確認して実施できた。
今後、仮に、ドローン赤外線調査のみで計画した場合は、写真- 2に示すようにドローンの赤外線装置を使って温度変化部を確認することになる。
低層階等で打診法とドローンの赤外線装置での浮き部分の一致を確認できた撮影のタイミングで飛行を開始することになり、ドローンの赤外線装置を使うことで飛行時間が短縮されることになる。
ドローンの飛行時間は、バッテリーに依存するためバッテリーの残量、充電等の管理が重要となる。
3-3 調査フロー
既報2)~8)で構築した計画から調査までの調査フローを元に、外壁調査ベストミックスを決定するための調査フローを構築した。
提案する調査フローを図- 4に示す。
表- 1に示す赤外線法の適用部位の判断(図- 4中の※ 1 ※ 2 ※ 3)を優先して決定し、赤外線法が適用できない部位を打診することとした。
ガイドラインによる打診法との併用条件に沿って、併用確認の場所を予め選定することも予備調査(下見)の作業範囲とした。
まとめ
本稿では、ジェイアール東海不動産株式会社、株式会社スカイスコープソリューションズ、株式会社コンステックとの共同研究成果「外壁調査ベストミックス法」について述べた。
「外壁調査ベストミックス法」は、将来のドローン自動飛行による建物調査の人員削減や日常点検のデジタル化などを想定して実施したものである。
赤外線調査を前提とすることで費用の削減が実現されることは周知の事実であるが、適用にあたり可否判断の項目を列挙し、ポイントを明確にすることで調査項目が統一され、見積検討にも役立つと考えられる。
現状、共同住宅では、概ね北面に供用通路があることから打診面積割合は40~50%程度となることが想定され、打診をこの範囲に収めること、地上赤外線調査をベースとし高所をドローン赤外線で対応することで費用、精度においてベストミックスな外壁調査になると考えられる。
外壁調査ベストミックス法、検討・検証のための現地調査は、以下の地域の建物で実施した。
・横浜市2021年11月
・浜松市2022年10月
・津田沼市2023年10月
参考文献
1)定期報告制度における赤外線調査(無人航空機による赤外線調査を含む)による外壁調査ガイドライン、赤外線装置を搭載したドローン等による外壁調査手法に係る体制整備検討委員会(2022年3月)
2)~5)井上拓哉、酒井学雄、高鹿雅樹、佐藤大輔 赤外線装置及びドローンを活用した外壁調査の検討
その1.検証実験の概要
その2.地上赤外線装置による検証
その3.ドローン赤外線装置による検証
その4.調査結果および費用の比較検討、日本建築学会大会梗概集(北海道)、pp.341-348、2022.7
6)~8)加藤健、佐藤大輔、酒井学雄
赤外線装置及びドローンを活用した外壁調査の検討
その5. 共同住宅2棟による検証事例
その6. 適用性と調査体制の検討
その7. 実証確認したベストミックスな調査手法の提案
日本建築学会大会梗概集(関東)、pp.167~172、2024.7
【出典】
積算資料公表価格版2024年11月号

最終更新日:2024-10-21
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