i-Constructionの10年
はじめに
2016年、国土交通省はi-Constructionをスタートさせた1)。
人口減少で担い手不足が深刻化する中、低迷する建設分野の労働生産性を画期的に改善し、「きつい」・「きたない」・「きけん」の3Kではなく、「給料」・「休暇」・「希望」の3つのKで明るい展望を持つことのできる産業に建設業の体質を変えていくことを目指したものである。
このi-Constructionの主要な施策の一つであるICTの全面活用はそれまで長年慣れ親しんできた建設の「方法」を大きく変えなければならないため、当初、現場への浸透は芳しくなかったが、その有用性が認識され出すと徐々に導入事例が増えていった。
今年は、i-Constructionがスタートしてから10年の節目を迎える。
その到達点を俯瞰すると、当初、想定していた改革だけでなく、それとはイメージが異なる、あるいは、想定していなかった事象も多く見られるようになった。
建設改革の裾野が広がりだしていると言うことで、これからの建設業にとって望ましい道をたどり出しているといえる。
本稿では、著者の知見の範囲ではあるが、最近注目している視点から、ICT導入のユニークな到達点を紹介する。
1. ICT活用の裾野の広がり
i-ConstructionにおけるICTの全面活用では、調査・測量⇒設計⇒施工計画⇒施工⇒検査の一連のプロセスで3Dデータを横断的に活用して、工事プロジェクト全体の効率化を図っていくことを想定していた。
これを実現するには、ハードウェア、ソフトウェアを揃えるための経済的な投資とともに、3Dデータを扱うことのできる人材を育成しなければならない。
このことを考えると、ICT導入は資金力と人材で余裕のある大手ゼネコン等の大きな企業から始まり、地方の中小建設会社が導入するのはだいぶ先になると想定していたが、意外とこれらの企業が導入するケースが増えてきている。
また、3Dデータの活用による効率化に留まらず、ICTやデジタル技術を活用することにより、働き方改革や多様な人材の担い手育成、これまでにない新技術の導入による施工改革等、当初想定していなかった新しい流れが生まれつつある。
以下、具体事例を交えて紹介する。
2. 地方の中小建設会社の取組み
最近、地方の建設会社がICTを導入して省人化と効率化を進めることにより収益を上げ、それを社員給与や休暇の創出に反映して、担い手確保に繋げている事例が見られるようになった。
地方では、若い人が都会に出て行くため、働き手の確保が極めて深刻な状況にあり、否が応でも人手をかけずに工事を行うことができる省人化を進めざるを得ないからである。
また、中小規模の企業では、社内で合意形成を経て方針化し易いことが普及につながっているとも考えられる。
京都府の中央に位置する京丹波町の梅田土建株式会社(従業員8名)2)では、上記の流れから7年間で約4,000万円の投資でICT機器やソフトウェアを充実させて施工の効率化を進めてきた。
社員全員がICTを使えるようにする等の壁はあったが、それを乗り越え、5年間で約20%の給与アップと確実な休みの確保を実現させた。
i-Constructionが目指している新3Kを実現しているといえる。
同様の事例は他でも数多く見られるようになったが、それらの事例に共通しているのは3DデータとICT機器の扱いの内製化である。
ICTに関する業務を外注するとそれに費用を要し、収益が減少することになる。
重要な測量やデータ作成を外注することはあっても常時はそれらを直接自社で行うことにより、外注費用を節約するとともに柔軟な作業を行うことで技術力の向上を図ることができる。
同様の取組みは全国の中小建設会社で見られるが、民間企業だけではなく、中小の地方自治体でも積極的な取組みが見られるようになってきた。
地方の自治体では人口が減少し税収も減る中で建設に係る部署の予算と人員が削られる一方で、経済成長期に整備したインフラが一斉に劣化してきて、それへの対処が喫緊の課題になっている。
これからの地方自治体は、住民に安定的に安全なインフラを提供していくことが困難になっていかざるを得ない。
このような状況を背景に地方の自治体でも業務の省人化や効率化のためにICTやDXを導入するところが出てきている3)。
紙面の都合上、本稿で紹介することはできないが、今後この種の取組みが増えていくことを大いに期待している。
3. 多様な人材の活躍
ICTを活用することによりこれまで建設に関わることがなかった人に建設の仕事を担ってもらえるようになった。
ここで紹介する建設ディレクターと障がいのある人の就労はその代表事例である。
建設ディレクターは、現場の技術者と事務所の事務職員の間の仕事を担う職制であり、バックオフィスとして現場技術者のサポートを行う4)。
例えば、技術者は現場管理に伴う写真や測量のデータをクラウドに送信しておくと、建設ディレクターがダウンロードして処理してくれる。
技術者は、これまで自分で行っていた多様な事務業務を建設ディレクターが代わって処理してくれるため、余裕を持って付加価値の高い現場業務に専念することができる。
建設ディレクターは、技術者のサポート業務に必要な素養を養うために社会人基礎力、建設業法、施工管理、書類作成、写真管理、CAD、原価管理等に関する研修を一定の期間受けている。
最近では3次元データの扱いなどICT業務の内製化の役割を果たしたり、さらに各種の資格を取得して現場の管理業務に就く等、建設ディレクターが自らの仕事の幅を広げる事例が見られるようになってきた(図-1)。
また、障がいのある人が建設の仕事に就く取組みも動き出している。
建設機械を操作するには、通常であればオペレータは運転席に座り、手足を使って機械の操作を行わなければならないが、下半身が使えない人でも、ハンドコントロール等の補助装置を使って安全に機械を操作できるように機械を改良すれば、就労が可能になる。
一般社団法人先端技術推進普及機構では、手元で運転できるようにハンドコントロールや補助治具等身体状況に応じた操作装置を取り付けると、半身麻痺等の障がいのある人でも建設機械の運転業務が可能になることを確認している(図-2)5)。
この事例では、実機に乗車して機械の運転を行っているが、近年、一般の建設現場でも使われ出している遠隔操作による無人化施工技術の導入により、現場に出向くことなく建設機械を操作することも可能になり、身体的な障がいのある人の就労の可能性が高まっている(図-3)。
4. 多分野 スタートアップ企業との連携
我が国は、スタートアップ等による研究開発とその成果の事業化を支援し、それによってイノベーション創出を促進することを目的に2021年度からSBIR制度による民間企業の支援事業を行っている6)。
省庁横断で研究開発から事業化に至るまで切れ目のない支援を実施し、我が国が直面するさまざまな社会課題を解決に導くことを目指している。
国土交通省所管の建設分野でも、後述するi-Construction2.0の推進、維持管理の高度化・効率化、防災・減災、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミーの実現等に資する技術開発が募集され、多くのスタートアップが研究開発とその社会実装に取り組んでいる7)。
応募者は建設以外の分野の若い人が多く、建設工事に関わる常識や慣習に縛られず、ポジティブマインドでさまざまな技術開発に取り組む事例が増えている。
イノベーションとは、「革新的な技術やアイディアによって今までにない非連続な変革をもたらすこと」と定義される。
既往の技術や方法の改善では、延長線上の変革しか生まれず、不連続な変革を生み出すには、新しい技術や考え方、方法が必要となる。
この際、これまで人が行っていた作業を単に機械で置き換えるという発想では、大きな効果を得ることができず、大きな改善効果を得るには、新技術の導入を前提に施工法自体を見直すことが求められる。
建設工事は、連続した複数の工程で生産活動を行うからである。
以下、この点について考えてみる。
一般に建設工事は、図-4に示すように所定の工程に従い作業を進めていく。
例えば、図-4の「工程C」で時間と手間を要するからと言ってこの工程に新技術を導入して効率化しても、前後の工程で効率化が図られないと、全体の作業の中では、その改善効果は限られてくる。
一方で、図-5に示すように、新技術の導入を前提に複数の工程をまとめて行ったり、あるいは、工程の順番を入れ換える等により大きな改善効果が得られる場合がある。
これは、いわゆるプロセス変革で、既存の業務プロセスを抜本的に見直し、より効率的で効果的なものへと再構築することにより、大きな改善効果を得ることを意味している。
このことをコンクリート工を例に考えてみる。
一般的なコンクリート工は、図-6に示すように4つの工程で行われ、各工程で人員と専用の設備が必要になる。
この工程を前提に新技術の導入を考えると、自動で型枠を組み立てる装置、コンクリートの自動打設機、自動脱型機等を開発し、省人化することになる。
この考えでは、開発に多くの費用と時間を要する割に、大きな効果が得られることを想定することができない。
一方で最近、建設分野でも導入が始まった3Dプリンター(図-7)を活用すると、工程は図-8に示すように2工程だけで、それに要する人員も大幅に削減することができる8)。
建設用3Dプリンターのような新技術の活用を前提として、施工法自体の見直しを行うと、不連続な改革効果を期待することができるが、それを行うには、新しい発想、工夫、企画力、俯瞰力、さらには効果の推定とその実証が求められ、一人では実現できない課題といえる。
これを実現するには、新しい技術やシステムを開発するメーカーやスタートアップと実際に工事を行う建設会社が協働し、現場で使用しながら改善を重ね、その実用性、有用性を高めていく必要がある。
すなわち、複数の企業や分野のコラボレーションが不可欠といえる。
この意味から、若手のスタートアップが建設に関心を持ち、その改革を一緒に考えてくれるようになった今の状況は、新しい建設の実現に明るい展望を与えているといえる。
おわりに
10年前にスタートしたi-Constructionは、2024年にはAIやロボット技術を始めとする新たな技術を取り入れて、建設現場のオートメーション化を目指すi-Construction2.0にステップアップした9)。
新たな技術を活用して将来の建設システムを目指して建設改革を行っていくことになるが、このときに重要になるのが高い社会受容性を担保することである。
社会受容性とは、新しい技術やアイディアが社会に受け入れられ、活用される度合いのことである。
新しい技術やシステムは単に社会に実装されるだけでは意味がなく、社会で有効に活用されて、はじめて意義を持つことになる。
本稿で紹介したようにi-Constructionは時間がかかったものの高い社会受容性を示し出している。
将来の建設を目指しi-Construction2.0も社会受容性を高めていくことを期待している。
参考文献
1) 国土交通省:i-Construction~ 建設現場の生産革命~、 i-Construction委員会報告書、2016年4月
2) 梅田土建 HP:https://umedadoken.com/
3) 例えば、和歌山県田辺市HP:https://www.city.tanabe.lg.jp/kenchiku/tyousakeikaku/digital_twin_project/
4) 一般社団法人建設ディレクター協会HP:https://kensetsudirector.com/
5) 一般社団法人 先端技術推進普及機構HP: https://spat.or.jp/
6) 内閣府HP:https://www8.cao.go.jp/cstp/openinnovation/sbirseido/sbirseido.html
7) 国土交通省HP:https://sbir.csti-startup-policy.go.jp/koubo/21e19042-8728-40a6-b61d-b113a27eaae3
8) Polyuse HP : https://polyuse.xyz/
9) 国土交通省:「i-Construction 2.0」~建設現場のオートメーション化による生産性向上~、2024年4月16日
【出典】
最終更新日:2026-05-20









