- 2023-01-12
- 積算資料
1. はじめに
近年,毎年のように,経験したことのないような大雨が全国で降り,水害・土砂災害で多くの命が失われています。
これまでの治水政策では,河川の改修など「川の中の対策」を主に行ってきましたが,その整備水準を超える洪水が全国各地で発生しています。
また,気候変動の影響により現在の治水安全度が著しく低下する可能性も指摘されています。
本稿では,このような状況を踏まえ,滋賀県で取り組んでいる「滋賀の流域治水」についてご紹介します。
2. これまでの歩み
滋賀県では周辺府県で深刻な水害が多発していことや今後の気候変動を考慮し,平成18年度の庁内組織の設置を皮切りに,行政(市町)部会,住民会議,学識者部会を設置して,「滋賀の流域治水」のあり方を検討しました。
その後,平成24年3月に,滋賀県議会での議決を経て,「滋賀県流域治水基本方針」(以下,「基本方針」という)を策定しています。
基本方針では,大雨による人的被害や生活再建が困難となる壊滅的な被害を回避するためには,流域で暮らし活動する全ての人々が「川の中の対策」だけでは限界があることを共通の認識とした上で,「川の中」だけでなく「川の外」にも視点を向け,協働してさまざまな対策を講じていく必要があるとしました。
そして,流域治水の目標は,「①どのような洪水にあっても,人命が失われることを避け(最優先),②生活再建が困難となる被害を避ける」ことと定義しました。
さらに,基本方針を実効性あるものにするために,平成26年3月に「滋賀県流域治水の推進に関する条例」(以下,「条例」という)を制定しています。
3. 基礎情報は「地先の安全度マップ」
これまでは大河川でのみ水防法に基づく洪水浸水想定区域を指定していましたが,浸水リスク情報の空白地帯を解消するため,令和3年に水防法が改正されました。
法改正により,一級河川および二級河川のうち円滑かつ迅速な避難を確保し,浸水を防止する必要がある国土交通省令で定める要件に該当する河川についても,洪水浸水想定区域を指定することになりましたが,普通河川や市町が管理する水路などからの氾濫について反映できているわけではありません。
滋賀県では,どのような洪水にあっても命を守るためには,水防法による浸水想定だけでは不十分であると考え,小河川や身近な水路のはん濫なども想定した水害リスク情報を「地先の安全度」とし,それを地図に表現した「地先の安全度マップ」を平成24年に公表しました(図-1,2)。
「地先の安全度マップ」では,想定する降雨の確率を10年,100年,200年の3パターンとし,河川からのはん濫である「外水はん濫」と,下水道の雨水管やポンプ施設によって雨水が河川に排水される前に,窪地や盛土に囲まれた場所に溜まって浸水する「内水はん濫」を,区別なく一体的に解析しています。
高頻度の10年確率降雨についてはまちづくりなどに,200年確率降雨という河川の整備水準をはるかに超えるような大規模な降雨については,命を守る避難行動の検討などに活用しています。
条例第8条において,おおむね5年ごとの「想定浸水深」(地先の安全度)設定を県に義務付けていることから,令和2年3月には,河川や雨水幹線の整備,宅地造成など,変化した基礎データを変更し,初めて更新しました。
4. 4つの対策で水害から命を守る「滋賀の流域治水」
「滋賀の流域治水」は,河川のはん濫を防ぐための河川整備や維持管理,堤防補強を行う「ながす」対策(条例第9条)を基幹的対策とし,森林や農地,公園や建物等において雨水貯留浸透機能の維持を行う「ためる」対策(条例第10条),氾濫原において建築制限を行うなど被害を最小限に「とどめる」対策(条例第12~25条),避難行動の検討など地域防災力を高める「そなえる」対策(条例第26~34条)の4つの対策を総合的に実践することとしています(図-3)。
5. 主な独自施策
①浸水警戒区域の指定
条例第13条に基づき,「地先の安全度マップ」(想定浸水深)の200年確率降雨においておおむね3mを超える土地の区域を浸水警戒区域に指定できることとしています。
これは,想定浸水深がおおむね3mを超えると,一般的な住宅においては1階の天井高さ以上まで水没し,2階の床面も浸水するおそれがあるためです。
このような場合,緊急的に一時避難する場所がなく,逃げ遅れた場合,屋内で溺死する危険性があります。
条例制定時の経緯により,地域合意形成を経て「水害に強い地域づくり計画」策定後に,浸水警戒区域を指定しています。
「水害に強い地域づくり計画」は,地域住民(主に自治会単位)の避難計画(「そなえる」対策)と,浸水警戒区域の指定を含めた安全な住まい方(「とどめる」対策)を取りまとめたものです。
現在は,200年確率降雨時におおむね3mを超えるエリアのうち,すでに居住されているかもしくは新規で建築される可能性が高い地区を優先して,「水害に強い地域づくり計画」策定のための取り組みを進めています。
計画策定のために県は市町と連携して,主に自治会単位で,図上訓練や“まちあるき”など避難計画を作成するための取り組みや,浸水警戒区域内家屋の測量など安全な住まい方の検討などを3~5年かけて実施します(写真-1)。
浸水警戒区域は,建築基準法の「災害危険区域」と条例で規定していることから,区域内で住居や社会福祉施設等の建築物を建築しようとする建築主は,水害に対する避難上の配慮がされているかについて,あらかじめ知事の許可を受けることが義務付けられます(図-4)。
避難上の配慮の具体的な手法としては,盛土や高基礎による嵩上げや,3階や屋上の設置が考えられますが,浮力対策を施したバルコニーや脱出可能な屋根裏部屋の設置等でも可能です。
令和4年3月現在,11地区を浸水警戒区域に指定しました。
②盛土構造物の設置等に対する配慮義務
浸水が発生する区域で,道路や鉄道等を盛土で整備した場合,盛土の上流側で水がせき止められて,浸水深が深くなることがあります。
県内でも過去には,東海道本線整備時の教訓から,新幹線や北陸自動車道の整備の際には,地元住民の運動により盛土から高架橋(避溢橋(ひいつきょう))に変更となった歴史もあります。
条例第25条は,道路や鉄道等の大規模な盛土構造物設置時に,その周辺の地域において著しい浸水被害が新たに生じないよう配慮する義務を事業者に課すものです。
平成26年度には具体的な事務手順例を明示するため,「流域治水の推進に関する条例第25条に係る盛土構造物設置等ガイドライン」を公表しました。
本ガイドラインでは,「地先の安全度マップ」と同様の手法を使ってシミュレーションし,盛土構造物設置後の浸水予測を現在の「地先の安全度マップ」と比較する手法等を提示しています。
盛土設置前後の想定浸水深を比較した結果,「200年降雨確率時に3mを超える区域」や「10年確率降雨時に0.5mを超える区域」が新たに発生しないかの確認を行い,発生した場合は,高架橋やボックスカルバートの設置を検討し,「著しい浸水被害」が発生しないようにすることとしています(図-5)。
③「地先の安全度マップ」を活用した地域防災力向上のための対策
県流域政策局では条例第31条に基づき,自治会や小学校,市町からの要請に応じ,毎年50回程度,出前講座や図上訓練を実施し,地域防災力の向上を支援しています。
また,浸水警戒区域指定を含めた取り組みを実施している地区においては,避難計画の作成検討や避難訓練等を支援しています。
これらの取り組みでは,まず大雨時に発生する可能性がある浸水,土砂災害のリスクを,「地先の安全度マップ」と土砂災害警戒区域で確認します。
そして,自宅や学校,職場,避難場所などが,水平避難が必要な場所なのか,2階などへの垂直避難でよい場所なのか,避難経路に危険な箇所はないかなどを確認し,適正な避難行動を検討してもらいます。
コロナ禍においては,必要のある人だけが水平避難を行い,避難場所の密を避けることが求められています。
滋賀県では200年確率降雨時の「地先の安全度マップ」を確認すれば,最悪の場合の想定浸水深が分かり,10年確率降雨時のマップを確認すれば高頻度で浸水する場所が分かることから,確実に適切な避難行動を検討することができます。
「正しい避難」を考える上で,「地先の安全度マップ」が果たしてきた役割は大きいと考えています。
6. おわりに
令和2年度に国土交通省は,「流域治水」への転換を進める方針を打ち出し,全国109の一級水系において流域治水プロジェクトが策定されました。
これまで滋賀県が実践してきた「流域治水」が国全体で推進されることになり,より一層「流域治水」への理解が進むとともに,他地域での知見や事例などを共有し,活用する機会が増えるなど,さらなる推進につながると期待しています。
これまでの経験を踏まえ,また新しい動きにも対応しながら,将来にわたって安心して滋賀県に暮らしていただけるようこれからも鋭意「滋賀の流域治水」に取り組んでいきたいと考えています。
【出典】
積算資料2022年7月号

最終更新日:2023-01-12
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