「労務費に関する基準」について
1.「労務費に関する基準」導入の背景と経緯
建設業は、社会資本整備の担い手であるとともに、経済を下支えし、災害時には最前線で地域社会の安全・安心の確保を担う「地域の守り手」として、大変重要な役割を果たしている。
一方、現場作業を支える技能者は、高齢化と若年入職者の減少が進行し、将来的な担い手の確保は待ったなしの課題である。
技能者の入職・定着に向けて取り組むべき事項は多くあるが、中でも、全産業平均と比較して低位に留まっている技能者の賃金水準を、野外を中心とした厳しい労働環境や技能を要する業務内容に見合った水準に引上げる等の、処遇の改善が喫緊の課題である。
しかしながら、建設工事においては、慣行上、総価一式契約であるため労務費の内訳が分かりづらいこと、材料費よりも削減が容易な労務費の特性、技能者の処遇を考慮せず安価に請け負う業者が競争上有利となること等を背景として、多重的な下請契約等の下、賃金の原資である労務費は、技能者を雇用する建設業者まで適正に確保されづらい状況にある。
このため、令和6年通常国会において改正された建設業法(昭和24年法律第100号)により、これらの建設業の特性に対応し、請負契約において適正な賃金の原資たる適正な労務費を確保し、技能者の賃金として支払われるための新たなルールが設けられることとなった。
具体的には、建設業者に対し、その雇用する労働者に対する適正な賃金支払い等の処遇確保等を努力義務として位置づけるとともに、中央建設業審議会が、「労務費に関する基準」(以下「本基準」という。)を作成・勧告して建設工事を施工するために通常必要と認められる労務費(適正な労務費)等を示し、これを著しく下回ることとなる労務費等による見積り・契約締結を、公共工事・民間工事の別を問わず下請取引を含む全ての建設工事の請負契約において禁止すること等としたものである。
本基準の作成や本基準の実効性を確保し、本基準を通じて技能者の処遇を改善するために必要な施策の具体的な検討に当たっては、中央建設業審議会に受発注者・有識者委員からなる「労務費の基準に関するワーキンググループ」(座長:政策研究大学院大学 小澤一雅教授)を設置して議論が重ねられた。
その結果を踏まえ、本基準が令和7年12月2日に中央建設業審議会から勧告され、同12日から改正建設業法が全面施行されることとなったものである。
2.「労務費に関する基準」の概要
2-1.適正な労務費
本基準において、建設工事の請負契約における適正な労務費(=建設工事を施工するために通常必要と認められる労務費)は、以下の算定式に基づいて計算して得られる値に相当する額とすることとしている。
適正な労務費
=適切な職種の公共工事設計労務単価(円/人日(8時間))×施工条件・作業内容等に照らして適正な歩掛(人日/単位施工量)×施工量
算定式について、説明する。
本基準における「適正な労務費」とは、建設業者が雇用する技能者に適正な賃金を支払うための原資を指し、その水準は建設業者が支払うべき賃金の水準から導かれる。
この際、建設業の賃金水準を他産業並み以上のものとする観点から、まず公共・民間いずれの工事に従事しているかを問わず、技能者への公共工事設計労務単価並みの水準の賃金支払いを目指すこととした。
このためには、適正な労務費として、作業に対応する職種の公共工事設計労務単価を計算の基礎とした水準の賃金原資が確保される必要がある。
具体的には、個々の建設工事の請負契約において、1日8時間当たり労務単価である職種別の公共工事設計労務単価に、当該工事に従事する見込みの者の職種別の作業日数(総労働時間)を乗じた額の総和が労務費として盛り込まれることが必要である。
この総額を、総労働時間が確定していない契約の見積り・締結段階において確保するため、各社が把握している「歩掛」の概念を用い、適正な労務費を、上記の式によって位置づけることとしたものである。
2-2.適正な労務費を個別の請負契約に当てはめる際の留意点
まず、労務費を見積もる際に、労務単価については、公共工事設計労務単価を下回る水準を設定しないこと、また、歩掛については、当該工事の施工条件・作業内容等に照らして、受注者として責任を持って施工できる水準を計算して設定することが必要である。
これは、適正な賃金支払いに必要な原資の確保を前提として、労務費の中でも、より少ない人工・労働量で施工する努力に相当する部分については競争の対象とし、受注側における生産性向上に向けた取組を促す理念を示すものである。
見積りの際に労務単価を公共工事設計労務単価より高い水準として積み上げることが適切な場合も考えられる。
高い技能を持つ技能者が施工することが必要である場合や、需給の状況等により技能者の確保に要するコストが高い場合等においては、受注者と注文者の双方において誠実かつ適切に価格交渉を行うことが必要である。
また、本基準においては「労務費」の範囲を、公共工事設計労務単価に含まれる技能者への賃金相当分としてのみ扱っているが、一般に、企業が労働者を雇用するに当たっては、賃金以外にも、法定福利費の事業主負担分等の経費の支払いが必要となる。
これらの経費については、労務費とは別途、請負契約の中で必要額が計上される必要がある。
その他の留意点については、本基準の本文や別途示す「『労務費に関する基準』の運用方針」を参考にされたい。
2-3.職種分野別の基準値
実際の価格交渉等において、2-1で示す基本的な考え方に沿った適正な労務費の確保をより円滑に進める観点から、一定の要件を満たす職種分野においては、国土交通省において、本基準により導き出される適正な労務費の具体的な数値(以下「基準値」という。)を定め、運用することとする。
基準値は【図-2】に定める統一様式に沿って示すこととし、令和7年12月時点においては、「労務費の基準に関するWG」に提示した「労務費の基準値(案)」の内、13の職種分野について、基準値を公表している。
基準値の詳細は国土交通省のHP(URL: https://roumuhi.mlit.go.jp/)において示している。
その他、前文22の「労務費に関する基準」を踏まえた「労務費の基準値」についてを参照いただきたい。
3.本基準の実効性を確保するための施策
3-1.実効性確保策の意義
本基準の実効性を確保し、技能者の処遇改善を実現するためには、「上流から下流へ価格が決まる」構造により労務費を値下げの原資とした価格競争が行われる状況を変革し、「下流から上流へ価格が決まる」構造、すなわち技能者の賃金原資等を適正に確保しつつ、受注者の技術力や施工の質、生産性向上に向けた取組等の要素により競争がなされて価格が決定される環境を構築する必要がある。
この目的は、単に本基準が示されることをもって当然に達成されるものではなく、実効性確保策を適切に講じることが不可欠である。
この認識を踏まえ、本基準の中で、「契約段階(入口)」「支払い段階(出口)」の両面における実効性確保策を位置づけることとしている。
3-2.契約段階における実効性確保の取組
① 必要経費の取扱い明確化
労務費の確保に当たり、労働者の処遇に必要な他の経費へのしわ寄せを防ぐため、これまでも、適正な確保を求めてきた経費(法定福利費の事業主負担分、安全衛生経費、建退共掛金)を、見積書における内訳明示の対象として位置づけ、著しく低い額での見積り等を禁止するとともに、基準値の公表時に「雇用に伴う必要経費」を含んだ額を参考値として公表する。
② 労務費等を内訳明示した見積書の提出の促進
中小の建設業者や一人親方も含め、労務費等を内訳明示した適正な見積書を作成する商慣行が形成されるよう、取組を進める。
③「建設技能者を大切にする企業の自主宣言制度」による技能者の処遇改善を進める事業者の見える化
技能者を大切にする企業の取組を可視化し、その評価を向上させ、受注機会の確保等につなげる。
④ 本基準を著しく下回る見積り・契約への指導・監督
労務費等を内訳明示した見積書について一定期間の保存を義務付けるとともに、違法性のあるケースにおいて許可行政庁による適切な指導・監督がなされるよう、建設Gメンによる調査・助言を進める。
3-3.支払段階における実効性確保の取組
① CCUSレベル別年収の支払い
技能者の技能・経験に応じた設計労務単価水準の適正な賃金として、CCUSレベル別年収を位置づけると共に、目標値と標準値の2つの水準の値を設定し、目標値の支払いを推奨し、標準値を下回る支払い状況の事業者については、請負契約において労務費のダンピングの恐れがないか重点的
に確認する。
② コミットメント制度を通じた適正な支払いの担保
契約締結時に受注者が注文者に労務費・賃金の適正な支払いを約する条項を標準請負契約約款に導入するとともに、サプライチェーン全体の個々の取引における活用を推奨する。
③ 技能者通報制度による適正でない賃金支払いの情報提供
デジタル技術を活用した技能者からの賃金に係る情報提供制度を導入するとともに、ここで得られた情報を端緒として、建設Gメンの調査に活用する。
④ 労務費・賃金の支払い態様が悪質な事業者の見える化
労務費や賃金の支払いに関し悪質な態様が認められる事業者を見える化することにより、優良な事業者が市場で選択される環境を整備する。
3-4.公共工事における上乗せの取組
公共工事においては、発注者に賃金の支払等の実態把握に努めることなどの一定の役割が求められることも踏まえ、「労務費ダンピング調査」を実施する等の現行のダンピング対策を強化する措置を講じる。
その他、本文を含めた「労務費に関する基準」制度の詳細は、以下のWebサイトに公開している(https://roumuhi.mlit.go.jp/)。
4.今後の展望
第三次・担い手3法の施行を契機として、賃金の原資を削った、いわゆるダンピングによる受注競争を撲滅し、適正な賃金の支払いとその原資の確保を前提とした、技術に基づく健全な競争環境への転換が必要である。
これにより、他産業並み以上の水準への処遇改善を実現し、実勢賃金の上昇が公共工事設計労務単価を更に上昇させる好循環が生み出され、建設業の技能者としての働き方が若者に選ばれる選択肢となることが期待される。
目指す姿の実現に向けては、建設工事の取引に関わる全ての当事者が、パートナーシップに基づき、それぞれの立場において担うべき役割を果たす行動変容が必要である。
特に、注文者においては、安易に安価な発注を行うことは、建設業の持続可能性を損なうという認識を改めて共有し、「建設技能者を大切にする企業の自主宣言制度」を活用すること、受注者においては、労務費・賃金について「もらえないから払えない」「もらったら払う」といった従前の姿勢を抜本的に改め、「払うためにもらう」商慣行が確立できるよう、労務費を内訳明示した見積り等に主体的に取り組むことや、建設業界として、過度な重層下請構造の解消を含む総額としての建設コストの上昇を抑える努力が強く期待される。
国土交通省としては、今後も本基準の運用状況に係るフォローアップを実施し、必要な施策をアジャイルに講じていく。
【出典】
積算資料2026年1月号
最終更新日:2026-03-23






