- 2025-01-20
- 特集 コンクリートの維持管理 | 積算資料公表価格版
はじめに
わが国では、供用期間が50年を経過した橋梁が増加し、車両の大型化や交通量の増加などによる道路橋床版の損傷が多く報告されている。
特に積雪寒冷地では、1990年にスパイクタイヤの使用が法律で禁止されて以降、塩化ナトリウムなどの凍結防止剤が大量に撒布され、これを含む水の浸透による塩害が道路橋床版の損傷を加速している。
近年、このような損傷した道路橋床版の更新としてプレキャストPC床版による床版取替が高速道路を中心に多く採用されている。
本工法は、工場で製作したプレキャストPC床版を現地で架設するため、工事期間やこれに伴う交通規制期間を短くすることができる。
また、幅員方向を分割して施工することによる片側交互通行や工事車線での工事時間外交通開放など、補修補強工事で問題となる工事期間中の交通確保も可能である。
道路橋床版の更新では、現行の活荷重に対応するための床版厚の増加や幅員拡幅などの機能向上により床版自重が増加する。
これにより既設の鋼主桁や下部工は、負担応力が増加するため補強が必要となるが、軽減策のひとつとしてプレキャストPC床版の軽量化が挙げられる。
このような背景のもとプレハブ床版協会では、軽量コンクリートの使用により床版自重を軽減したプレキャストPC床版「HSLスラブ」を2000年に床版取替工事で初めて採用されて以来、44件の床版取替工事に適用されている。
本稿では、HSLスラブの特長として、使用する軽量コンクリートの性能とこれを使用したプレキャストPC床版の耐荷・耐久性能の概要、HSLスラブによる床版取替の施工実績を紹介する。
1. HSLスラブの特長
HSLスラブは、粗骨材に膨張頁岩系の人工軽量骨材を用いた軽量コンクリートの使用により床版自重を軽減した道路橋RC床版取替用のプレキャストPC床版である。
単位重量19.0kN/m³以下の軽量コンクリートの使用とPC構造とすることによる床版厚の低減により、普通コンクリートを使用したRC床版に対して約25%、同PC床版に対しても約20%重量を軽減できる。
設計基準強度は、一般的なプレキャストPC床版で用いる普通コンクリートと同様50N/mm²であり、品質管理の行き届いた工場で製造するため、高耐久性と高品質を保証できる(図-1)。
また、橋軸直角方向をプレテンション方式、橋軸方向をポストテンション方式により2方向をPC構造とすることで、道路橋床版に求められる押抜きせん断耐荷力、疲労耐久性を向上、試験によりその性能を確認している(図-2)。
加えて、プレキャストPC床版であるHSLスラブは、一般的なプレキャストPC床版と同様に工事期間中の交通確保への対応力も有している。
1-1 軽量コンクリートの性能
一般にプレキャストPC床版は、工場で日々製作される。
コンクリートの打込み翌朝にプレストレスを導入するため、使用するコンクリートには早期の強度発現が求められる。
このため、HSLスラブに使用する軽量コンクリートは、50N/mm²以上とする材齢28日における圧縮強度に加え、冬期において蒸気による促進養生下で翌朝までに35N/mm²以上とするプレストレス導入強度を発現するよう配合を設計している。
耐久性について、吸水率が大きい軽量骨材を表面乾燥状態で使用する軽量コンクリートは、一般に凍結融解作用に対する抵抗性に劣るとされている。
これに対してHSLスラブに使用する軽量コンクリートは、軽量骨材を含水率2%以下の低含水状態で使用することにより凍結融解作用に対する抵抗性を確保している(図-3)。
また、HSLスラブに使用する軽量コンクリートの水セメント比は、同等の圧縮強度を有する普通コンクリートに対して小さいため、モルタル部分が緻密である。
加えて、軽量骨材の内部に水分がなく塩化物イオンが浸透・通過しないため、塩分浸透に対する抵抗性が、普通コンクリートと同等以上であることを確認している(図-4)。
1-2 軽量コンクリートを使用したプレキャストPC床版の性能
軽量コンクリートは、一般に同等の圧縮強度を有する普通コンクリートに比べて引張強度やせん断強度が小さい。
コンクリート床版の押抜きせん断耐荷力は、コンクリートのせん断強度と引張強度に依存するとされており、軽量コンクリートの使用による耐荷力の低下が懸念される。
これに対してHSLスラブは、橋軸方向および橋軸直角方向でPC構造を採用することで押抜きせん断耐荷力の向上を図っている。
また、輪荷重の繰返し走行に対する疲労耐久性についても、プレテンション方式でプレストレスを導入したPC版4体をポストテンション方式によりプレストレスを導入して接合した2方向PC床版による輪荷重走行試験により、十分な耐久性を有することを確認している(図-5)。
2. HSLスラブによる床版取替
2-1 施工の手順
HSLスラブは、工場で製作、現地で架設するプレキャストPC床版であり、床版の製作、床版取替の施工手順は、一般的なプレキャストPC床版と同様である(図-6)。
2-2 工期の短縮
工場で製作、現地で架設するプレキャストPC床版を用いた床版取替工事は、場所打ち床版への打換えに対して工事期間やこれに伴う交通規制期間を短くすることができる。
プレキャストPC床版であるHSLスラブも同様の特長を有しており、橋長を105m(3@35.0m)、幅員7.5m、床版面積7.5m×105.0m=787.5m³の床版取替を全面通行止めで行う場合の交通規制期間は、場所打ちRC床版が約7ヵ月かかるのに対してHSLスラブでは約5ヵ月と試算される(図-7)。
2-3 工事期間中の交通確保
前述したようにプレキャストPC床版による床版取替の特長として、交通規制期間中の迂回路が確保できない場合での幅員方向を分割して施工することによる片側交互通行や工事車線における工事時間外交通開放による交通確保がある。
【合成桁の日々取替】
活荷重合成桁の床版取替工事では、日々取替による工事時間外の交通開放により工事期間中の交通を確保する場合、開放時に主桁と床版の合成効果を確保する必要がある。
HSLスラブでは、合成桁の日々取替を行う場合に撤去前の床版と新しく架設したHSLスラブ間の目地部に軸力を伝達する装置を設置して覆工、合成効果を確保して交通開放を行っている。
ここで、軸力を伝達する装置には油圧ジャッキを使用しており、プレロードを与えることで主桁フランジの応力を低減、車両通行時の振動によるゆるみを防止している(図-8)。
【幅員の分割による片側交通開放】
片側一車線を開放して交互通行により交通を確保する幅員を分割した施工では、一次施工側と二次施工側を接合する間詰め部が必要となる。
HSLスラブは、幅員を分割した床版取替への適用にあたり、重ね継手で接合した幅640mmの間詰め部を有する試験体での輪荷重走行試験により、接合部の疲労耐久性を確認している。
また、工事期間中の一般車両および工事車両のより広い通行幅の確保、幅員の小さい橋梁での幅員を分割した施工を適用するため、先端を半楕円状に拡径加工した鉄筋の使用により間詰め幅を半減できる「Dエッジ鉄筋継手」(図-9、10)についても同試験により疲労耐久性を確認している(図-11)。
なお、HSLスラブによる幅員を分割した施工では、橋軸直角方向の接合部の耐久性向上を目的として、軸圧縮応力度で1.0N/mm²程度のプレストレスを付加的に導入することを標準としている。
3. HSLスラブの施工実績
前述したようにHSLスラブは、2000年に小袖橋(群馬県)で初めて採用されて以来、44件の床版取替工事に適用されている。
地域別には、東北地方が22件と最も多く、次に多い関東地方の11件のうち9件が北関東である。
中部地方の6件を加えた37件、8割以上が積雪寒冷地での実績であり、この地域でRC床版が多く損傷していると考えられる(図-12)。
施工方法別でみると、全面通行止めでの施工13件、切り回しによる対面通行下での施工3件に対して、夜間または昼間に全面通行止めを行いつつ時間外に工事車線を開放する日々取替が16件、幅員を分割した片側一車線を開放した11件に加え、工事時間外に片側一車線のみ開放した1件と迂回路の確保が困難な橋梁、片側一車線の橋梁での実績が多く、工事期間中の交通確保が問題となる場合での需要が高い(図-13)。
ここで、HSLスラブの代表的な施工実績を紹介する。
それぞれの詳細については参考文献をご確認頂きたい。
【小袖橋1)(群馬県)】
群馬県利根郡月夜野町に位置する小袖橋は、 2000 年に初めてHSLスラブによる床版取替が行われた単純曲線プラットトラス橋で、全面通行止めで施工が行われている。
2023年12月にプレハブ床版協会で現場見学として行われた実績橋の視察のなかで、供用22年を経過して健全であることが確認されている(図-14)。
【大川橋2)(秋田県)】
秋田県大曲市に位置する大川橋は、一級河川雄物川を横過する橋長548.620mの11径間単純活荷重合成桁である。
HSLスラブの実績として最も橋長が長い本橋の床版取替は、夜間に全面通行止めを行う日々取替で施工され、交通開放時には軸力導入が行われている。
本工事では、冬期休工を挟みながら3年をかけて272枚の床版の取替えが行われている(図-15)。
【三丁橋3)(群馬県)】
一般国道17号の三国峠に位置する三丁橋は、R=80mの平面線形を有する鋼方杖ラーメン橋である。
山間部で迂回路がなく、また、主要幹線道路である本橋の床版取替は、全面通行止めが困難であったため、幅員を分割した施工により、片側一車線の交互通行で交通を確保して行われた(図-16)。
【玉出入路橋4)(大阪府)】
阪神高速道路15号堺線の入路を構成する玉出入路橋は、7%の縦断勾配を有する6径間単純鋼合成鈑桁で、3径間でHSLスラブによる床版取替が行われた。
施工は、阪神高速道路の通行止めに合わせて全面通行止めで行われ、起点側・終点側それぞれに配置した25tクレーンにより、中央径間の支間中央より撤去・架設を繰り返し行い、工期の短縮が図られている(図-17)。
【市川大橋5)(兵庫県)】
市川大橋は、兵庫県の播磨地域と但馬地域間を結ぶ播但連絡道路の砥堀ICの上下線ランプに位置する橋梁である。
HSLスラブによる床版取替は、市川渡河部に架かる橋長222.5mの鋼2+3径間連続非合成鈑桁の上下線で行われ、205枚の床版取替が切り回しによる対面通行規制下で施工されている(図-18)。
おわりに
HSLスラブは、道路橋RC床版取替用高強度軽量プレキャストPC床版として2003年11月に一般財団法人土木研究センターより建設技術審査証明(建技審証0313)を交付頂いている(図-19)。

図-19建設技術審査証明の取得
(土木系材料・製品・技術、道路保全技術)
建技審証 第0313号(有効期限2028年11月19日)
(一財)土木研究センター
※ 本審査証明は床版コンクリートの性能および凍結融解に対する抵抗性、床版本体とその接合部の静的耐荷力および疲労耐久性を証明するもので、㈱IHIインフラ建設・㈱IHI建材工業に交付されたものである。
本報告書では、前述した軽量コンクリートおよびこれを用いたプレキャストPC床版の性能について詳細に示されており、また、付属資料として設計・製造、施工マニュアルも収められているのでご参照頂きたい。
床版取替において新たに架設する床版の軽量化は、既設の鋼主桁や下部工の負担応力の増加を抑制するだけでなく、架設機材の小型化なども可能であり、大型重機の設置が困難な条件下での施工においても有効である。
本稿で紹介させて頂いた道路橋RC床版取替用高強度軽量プレキャストPC床版「HSLスラブ」が、今後も道路橋床版更新における一つの選択肢として検討いただけると幸いである。
【参考文献】
1) 鈴木広幸、根津一明、林守、吉原直樹:小袖橋の床版取替え工事報告‐高強度軽量プレキャストPC床版による既設鋼橋RC床版の取替え工事‐、プレストレスコンクリート技術協会、第11回シンポジウム論文集、2001.11.
2) 澤大輔、加藤修平、古屋美伸、入江晃弘:高強度軽量プレキャストPC床版を用いた単純活荷重合成桁の床版取換工事報告、プレストレスコンクリート技術協会、第15回シンポジウム論文集、 2006.10.
3) 仲住明展、吉原直樹、小林崇:高強度軽量プレキャストPC床版を用いた床版取換工事、日本材料学会、第6回コンクリート構造物の補修、補強、アップグレードシンポジウム、2006.10.
4) 田中慎也、大西和行、伊手一弘、山下亮:高強度軽量プレキャストPC床版を用いた床版取替え工事-玉出入路橋-、プレストレ ストコンクリート工学会、第28回シンポジウム論文集、2019.11. 5)
5) “兵庫県道路公社 播但道市川大橋で床版取替を実施中”、構造物ジャーナルNET、2023.6.15.
https://www.kozobutsu-hozen-journal.net/walks/35510/、(参照2024.12.12)
【出典】
積算資料公表価格版2025年2月号

最終更新日:2025-01-20
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