- 2023-01-24
- 特集 コンクリートの維持管理 | 積算資料公表価格版
はじめに
東京地下鉄株式会社(以下、東京メトロ)は、東京23区を中心に9路線195.0kmの鉄道ネットワークを運営しており、日本の首都東京の都市機能を支える一役を担っている。
しかし、東洋初の地下鉄として整備した都市トンネルをはじめとする東京メトロの土木構造物は、その多くが建設後50年を超えるものであり、老朽化が進んでいる。
また、少子高齢化に伴う労働人口の減少が確実視される今後は、これまでの人手に頼ってきた構造物の維持管理体制が続けられなくなることが懸念されている。
厳しい経営環境の中であっても安定した鉄道事業を将来にわたって持続させるためには、トンネル等の構造物を効率的に維持管理していくことが必要である。
加えて、従来は現場係員の「経験的判断」といった暗黙知に頼って構造物における劣化程度の重要性を判定し、これを基にして維持管理計画を作成していたが、今後は、その重要性や根拠をステークホルダーに対して客観的に説明できる維持管理方法へとステップアップしていくことが重要な課題となる。
このような背景のもと、東京メトロではこれまでに土木構造物の「検査」、「計画」、「補修」といった維持管理サイクルにおけるあらゆる段階でICTをはじめとする各種の技術導入を積極的に進めてきており、効率的かつ説明性の高い維持管理の実現を目指した取り組みを進めてきた。
我々は、それらの成果を集約して確立してきた維持管理体制を「構造物維持管理システム(MAST:Maintenance Management System forthe Transport Infrastructure of Tokyo Metro)」と称している(図- 1)。
以下、本稿ではMASTにおけるそれぞれの取り組みの概要を紹介する。
1.構造物検査システム(MRSI)による検査の記録
維持管理業務の効率化にあたり、まず力を入れて取り組んできたのが、携帯端末アプリを活用して構造物の検査結果を効率的に記録していくことであった。
東京メトロでは、「鉄道構造物等維持管理標準」1)に基づき、2 年ごとに実施する通常全般検査と、 20 年ごとに実施する特別全般検査を行っている。
通常全般検査では目視確認による検査を基本とし、必要に応じて触診や打音による状態の確認を実施しており、1 路線の検査に約3 カ月間を要する。
また、特別全般検査では高所作業車を用いた目視確認および打音による詳細な状態の確認を実施しており、1 路線の検査には約1 年間もの期間を要する。
これらの検査は重要である一方で、紙媒体を基本とした従来式の検査記録の方法では、次のような問題があった。
①現場に出るにあたり、過去の検査データから今回検査する区間の変状の位置、健全度、写真等を印刷して持参する必要がある。
②現場で各個人が変状を記録すると、同じ変状に対しても個人間で記録の方法に差異が生じてしまい、検査記録の統一性が保てない。
③現場で記録した検査結果を事務所でデータベースに転記する作業に多大な人手と時間を要し、さらには転記ミスが生じる可能性もある。
このような検査の記録に関する問題を解決するために、携帯端末のアプリケーションを活用した検査システム(MRSI:Metro Railway Structure of Inspection)を開発し、実際に2015 年から現場での検査に導入している(図- 2)。
開発したアプリケーションでは、図- 3 の通り、過去に記録した一つ一つの変状に対して、前回の検査記録(写真、キロ程、部位、変状種別、健全度)が表示される。
タッチパネルの特性を生かし、変状の内容を迅速に記録できるようにしたことに加えて、変状の写真撮影時には、撮影画面に前回検査時の図を小ウインドウで表示させ、前回の状態と比較しながら同じ画角で撮影できるように工夫した。
また変状の記録は、基本的には想定される項目を選択肢から選んで登録するような仕様にしており、検査員ごとの表現の差異をなくすことに配慮した。
さらに、携帯端末からネットワーク経由で、最新の検査記録をデータベースに追記することが可能である。
これらによって、現場作業では検査記録の簡素化および統一化、変状の確認漏れによる検査のやり直し防止が実現でき、また事務所作業では、事前作業の省力化や転記漏れ・間違い等の防止により作業の効率化が図れた。
さらに、検査してデータベースに追記した検査情報は検査業務に携わる関係者全員が常時閲覧できるため、これまで最大 3 カ月後となっていた検査結果の共有が検査翌日には可能となり、迅速な情報共有が可能となった。
2.ドローンによる高所の点検
次に現場での変状箇所の確認作業が効率化でき た取り組みとして、ドローンの活用事例を紹介する。
東京メトロの通常全般検査において検査実施者 は、軌道上を徒歩巡回しながら構造物の状態を検査している。
ただしトンネル内であっても、上床開口部や立坑部などの高所では打音による確認が出来ないため遠方目視で検査しており、そこでひび割れや漏水跡が確認された場合は、別日に足場を設けて近接目視で確認するなど安全側の対応が必要であった。
しかし後日、その箇所を足場を組んで打音してみると、浮きなどはなく確認作業が空振りになることが度々生じている状況であった。
そこで、高所における変状箇所の確認作業を効 率化する手段の一つとして、ドローンを活用して撮影した画像から状態を確認する取り組みを 2018 年から検討してきた。
高所の確認作業の業務にドローンを導入するにあたっては、
①航空法などの関係法令を遵守した運用ルールを策定すること
② GPSのない環境下でも安定した飛行を実現することへの工夫
③適切なカメラと照明の検討
④操縦者の教育
に至るまで、ありとあらゆる項目について、検討と試行錯誤を重ねてきた。
これらの取り組みを着実に進めてきた結果、東京メトロの検査環境おいてもドローンを導入する効果が確認でき、2020 年2 月よりトンネルの通常全般検査での実用を開始している。
ドローンで撮影した画像は、近接で目視する場合と同等程度の品質で点検を実施することが可能であり、また、撮影した画像は検査の結果として検査アプリで記録するなど前述のMRSIと連携できる仕様としている。
これらによって、足場や高所作業車を用いて実施していた従来の検査方法と比較して、より安全かつ効率的な方法になっており、検査業務の効率化に大きく寄与している。
3.BIツールと工務管理システム(MAPS)による計画の策定
土木構造物の維持管理は、「検査」した結果から、いかにして効率的な「計画」を策定していくかが重要であり、本章ではこの「計画」段階の取り組みを紹介する。
東京メトロでは、全般検査が完了すると、検査結果を分析して社内で補修方針を議論する時間を設けている。
検査結果の分析とは、「変状ランクは前回検査と比べてどう変化したか」、「長い期間補修されていない変状はないか」、「変状の増加傾向は長期的にみて異変がないか」、「構造的に特殊な区間で変状が多く発生していないか」など、さまざまな視点からデータを集計して考察していくことである。
従来は、Excel等を使用してこれらのデータを集計していたため、担当者に大きな負担がかかっていた。
また、データを集計した後も、施工リソースと予算を考慮した施工計画を策定する作業に多大な労力を要していた。
この場面ではBIツール(Business Intelligence Tools)と、工務管理システム(MAPS:Maintenance Planning and Recording System for Infrastructure)が作業効率化に大きく貢献している。
まず前者であるが、BIツールを用いれば、データベースに記録した検査結果を基にして、健全度判定で措置が必要なAランクの増減数、前回検査から進行があった変状数、駅間ごとの全変状数および新規変状数などさまざまな観点から集計したグラフを半自動で生成できる(図-5)。
さらに、変状部位、変状種別、健全度判定ごとに絞り込むなど、任意のグラフを簡単に表示させることや、図-6に示すように、グラフから着目した箇所などについては、個々の変状の詳細情報・現場図を容易に引き出せるようになった。
これらによって、これまでベテラン社員が経験的に認識していた変状が多い区間や注意して管理している土木構造物が定量的に認識できるようになり、誰もが容易に情報を得られるようになった。
現場の管理所と本社、ベテラン社員と若手社員が議論をする場を容易に設定できるようになり、発生原因や将来リスクの推定、補修計画に関する議論の深掘り等、東京メトロの土木技術者が本来の役割に専念できるようになった。
一方、後者のMAPSでは、補修が必要な変状に対して、図-7のように補修を優先すべき条件や年間可能工事量が設定でき、予算や補修単価等の情報を考慮した補修計画が自動的に作成される。
例えば、建設年度が古く、状態が悪い区間は補修順位の重みづけを高くしておくことで最優先に補修すべき対象としてリストアップされる他、同質の変状が集中する区間が見つかればその区間は単発的な補修工事で対応するのではなく、別途補修工事を企画して集中的・効率的に補修する計画が提案される。
これらの補修計画が、あらかじめ定めた予算や、1年間に施工可能な工事量に収まるように計画されるのである。
また、システムには補修処置した実績の登録も可能であり、措置の進捗状況は現場を監理する担当者だけでなく本社からもリアルタイムに確認することが可能となり、情報共有の観点でみても効率化が図れている。
ここまで「計画」作業を効率化する取り組みを概説してきたが、維持管理の説明性の向上に資する試行についてもここで簡単に紹介しておく。
東京メトロでは、変状の数や区間を可視化するだけにとどまらず、維持管理していく上で長期的な対策が必要な箇所を選定することや対策の優先順位を付けることを目的に、独自の維持管理指標を開発している。
維持管理指標は「構造物の健全性」を表す数値として検査データを基にした数理モデルによって推定され、推定にはマルコフ連鎖モンテカルロ法によるベイズ推定を利用している。
本指標の推定概念や、推定手順などの詳細は参考文献2)を参照されたい。
図-8は維持管理指標を推定した結果の一例であるが、5mの線路延長ごとに「構造物の健全性」といった抽象的な概念を定量的に評価することができ、検査者の違いに起因する路線ごとの特性を超えて、一律に「構造物の健全性」が比較できるようになっている。
今後のさらなる改良は必要であるものの、この維持管理指標を起点にしながら、地盤条件や構造条件を踏まえた検討を実施することで、客観的かつ説明性が高い維持管理計画に繋がることが期待される。
4.今後について
本稿では、東京メトロにおける構造物維持管理システム(MAST)の概要を紹介してきたが、最後に現在、力を入れて取り組んでいるもののうち、トンネル内画像による打音点検箇所の効率的な選定について簡単に紹介する。
トンネルの打音点検を効率化する取り組みとして、トンネル表面の撮影画像から「ひび割れ」や「漏水」などの変状を検知して、はく落リスクの高い箇所を推定する技術を2023年度から実務に導入していく(図-9)。
従来は、検査員がトンネル内を巡回して目視によりはく落しそうな箇所を選定し、打音点検するといった方法を用いていたが、この技術の導入によって打音点検箇所を絞り込むことにより、効率的な打音点検となることが期待されている。
このように東京メトロでは、維持管理の総合的な効率化および説明性の向上に寄与する施策を継続的に検討しており、今後も維持管理業務の効率化を図るとともに、さらなる安全性の向上を目指して社会インフラの維持に取り組んでいく所存である。
【参考文献】
1)(公財)鉄道総合技術研究所:鉄道構造物等維持管理標準・同解説(構造物編)トンネル、丸善出版、2007.
2)川上幸一他:地下鉄トンネルの全般検査データによる維持管理指標の研究、トンネル工学報告集、第25巻、Ⅳ-1、2015.
【出典】
積算資料公表価格版2023年2月号

最終更新日:2023-06-23
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