- 2024-07-19
- 特集 公園・緑化・体育施設 | 積算資料公表価格版
はじめに
平塚市が管理する平塚市総合公園(以下、総合公園)は、Jリーグやプロ野球などの観戦や、さまざまな種類の遊具広場、日本庭園・ふれあい動物園などによって多様な楽しみ方ができ、年間約132万人もの方が訪れる公園である。
この総合公園に、市制施行90周年記念事業の一環として、インクルーシブ遊具を備えた「みんなの広場」を整備した(図-1、2、写真-1)。
本事業は、計画立案段階から多くのステークホルダーと対話し作り上げたことに特徴があり、公園・福祉・子育て・教育部門が連携を図り、障がい者関係団体や特別支援学校など100を超える団体との対話を通して、インクルーシブな遊具広場のあり方や設計を進め、一つ一つの遊具や付帯施設、運営面等に意味合いを持たせたオリジナルの広場となった。
本稿では、このインクルーシブ遊具を備えた「みんなの広場」の整備事業について紹介する。
1.平塚市の紹介
平塚市は、人口約25万8000人(令和6年4月現在)の街で、神奈川県のほぼ中央、相模平野の南部に位置し、北方には丹沢・大山山塊が控え、西方には富士・箱根連山を遠望することができる(図- 3)。
また、都心方面への通勤など交通利便性に優れるとともに、四季温和な気候に加え、海、川、里山など豊かな自然にも恵まれており、このような環境を生かして、産業や都市基盤が発達し、文化、市民活動などが充実する街として発展してきた。
近年では、人口の社会増減が9年連続で転入超過となるとともに、企業が本市に拠点を移すなどのこれまでの取組みの成果が表れる一方で、国内の他自治体と同様に、長期的には人口減少を避けることは難しい状況である。
これらの状況を踏まえ、市では「平塚市総合計画~ひらつかVISION~」により、2040年頃の人口構造が社会経済環境に与える影響を考慮しつつ、市制施行100周年を展望し、市民が幸せに暮らせる街の実現を目指し、取り組みを進めている。
そのような中、定期的に実施している市民意識調査で、市の魅力や誇りを感じるところとして「総合公園などの施設の充実した大きな規模の公園」が最も高く挙げあげられていることから、「公園」のより一層の魅力向上が求められていた。
2.インクルーシブ遊具の整備に向けて
1)事業化の経緯
「インクルーシブ遊具」とは、障がいを持つ子どもと持たない子どもとが一緒に楽しく遊べる遊具を指す。
事業化を検討した令和2年度においては、「インクルーシブ遊具」は海外では事例が多くあるものの、国内では園路や広場、トイレなどにバリアフリー化の基準があるが、遊具に関しては存在せず、国や自治体の公園管理者の自主的な取組みによるのが現状で、本市としても、障がい者関係団体から設置の要望を受けてはいたが、具体的な設置には至っていなかった。
他方、市障がい福祉計画を策定した際のアンケート調査では、障がい児と健常児双方が「障がいのある人もない人も、お互いに理解し合いながら共に生き生きと生活していける社会を作るためにはどうしたらよいのか。」の設問に、「幼少期から障がい児や障がい者と自然体で関わることができる環境」の回答を最も多く挙げており、その具現化が期待されていた。
そのような中、令和4年度に市制施行90周年を迎えるに当たり、庁内で募集した記念事業に対し、公園部門の呼びかけで集まった車いす利用の職員や、共通の課題をもった福祉・子育て部門の職員が協力し、「共生社会の実現に向けて、障がいの有無や年齢にかかわらず誰もが楽しく遊べる場の創出」を共同提案したところ、記念事業として実施することとなり、福祉・子育て・公園部門の関係職員による推進会議を立ち上げた。
2)関係者との話し合い
検討に当たっては、障がい者や障がい者に携わる方、幼児をはじめ子育て・教育に携わる当事者と対話を重ね、場所の決定・遊具の選定などを行った。
平塚市手をつなぐ育成会連合会・平塚市肢体不自由児者父母の会連合会などの障がい者関係団体(10団体)をはじめ、特別支援学校(4校)や教育行政などとの意見交換の場を幾度も設け、また障がい者自立支援協議会(33団体)や幼稚園・保育園等(64団体)と文書やメールで意見交換を重ね、そのような対話を通じて、総合公園内に設置することや、遊具の選定、ベンチやパーゴラなどの付帯施設、広場の名称などを決定した。
また、既に開設しているインクルーシブ遊具を備えた広場でのモニタリングなどの活動実績がある団体を招き、アドバイスを受けるなどの勉強会を行った(写真- 2、図- 4)。
3)公園の内容
①候補対象地と設置場所の選定
候補地の絞り込みにあたり、市内全域からのアクセス条件や駐車場の確保、まとまりのある一定規模の設置場所、スムーズな移動のしやすさ、便益・休憩などを含む移動等円滑化の要件を備えた駐車場、多機能トイレの有無・設置の可能性などの選定条件に基づいて、7つの公園を候補地として選定した。
さらに、7カ所の候補地の中から、アクセス、園路の整備状況、一定規模の広さ、多機能トイレの有無、障がい児と健常児との交流の度合い、管理運営などを総合的に評価し、市内のほぼ中央部に位置すること、2カ所の神奈川県立特別支援学校が公園に隣接していること、既存の施設機能が充実しこれらの施設との連携が図れること等を総合的に評価して、総合公園のはらっぱの一部が最適であるとして決定した(図- 5、6)。
②ゾーニングや遊具設置の考え方
(ア)ゾーニング
ゾーニングの検討にあたり、広場の利用の仕方について、関係団体からは「障がいの種類や障がいの有無を超えて、みんなが一緒に遊べること」「いろいろと挑戦して遊んでみることができること」「一人で遊べなくても、手伝ってもらって遊べること」という意見があり、次の考え方で行った(図- 7)。
●障がい別に対応したいろいろな種類の遊具が入り交じって配置されている
●難易度が違った遊具が選べて、挑戦が可能な遊具が配置されている
●助け合ったり、一緒に利用したりすることができる遊具が配置されている
(イ)広場の名称
インクルーシブ遊具等整備エリアの新たな名称として、障がい者関係団体の「誰もが利用できるというコンセプトを表しており、子どもたちが、発音しやすく、覚えやすい。」などの意見から「みんなの広場」という名称を採用した。
(ウ)遊具
肢体不自由や視覚障がい、聴覚障がい、また知的・発達障がいを持つ子どもにも対応できるように、8種類のさまざまな遊具を設置した。
- 複合遊具
- 回転遊具
「『ゆれる・まわる』が取り入れられたものが良い。」との意見があり回転遊具を導入した。
「外向きタイプ」「内向きタイプ」があることから、それぞれの特徴について、モニタリングの経験がある団体からの意見を参考に、車いすなどからの乗り降りのしやすさや、子どもたちの交流の図りやすさから、外向きタイプの回転遊具とした(写真- 4)。 - ブランコ
「障がい児にとって、身体を揺らすことができる遊具はとても楽しいものである。」との意見があり、ブランコを導入した。
年齢や身体の大きさ、障がいの程度などに応じて利用できるように、バケット型、ハーネス型、円盤型の3種類の乗り台が選べるブランコとした(写真- 5)。 - スイング遊具
「車いす利用者と付き添い者が一緒に遊べて、体感できる遊具が欲しい。」との意見から、車いすごと乗れる遊具としてスイング遊具を導入した。
複数人で乗ることができ、子ども同士のコミュニケーションが生まれやすい場となっている(写真- 6)。 - 地形遊び
「平面より少し高めの丘や山があると、遊具だけではなく走って遊ぶという楽しみにつながる。」との意見があり、起伏を楽しめる場を設けた。
斜度は、コブを3つ設けて緩急をつけることで、身体能力や成長に合わせて遊べるようにしたり、ラインは子どもたちが交錯しないように色違いの2つのラインを設けたりするなど工夫した(写真- 7)。 - 砂場
「砂場は、子どもたちが砂で何かを創りあげる遊びの過程で、コミュニケーションをとることができる遊具で、『交流』の面でとても大切な遊具である。」との意見があり、砂場を導入し、車いす利用者もそのまま遊ぶことができるテーブル砂場を設置した(写真- 8)。 - ミニハウス
「精神的に落ち着きを取り戻せる場所として、狭い空間がほしい。」との意見があり、ミニハウスを導入した。
子どもたちのごっこ遊びなどに利用したり、気分が高揚し過ぎたときに落ち着きを取り戻したりする空間としている(写真- 9)。 - 音の出る遊具
「音が鳴る遊具で、視覚障がい児も一緒に遊べるものがあるとよい。」との意見があり、手や足で押すと鐘をたたいたような音や、伸びる音が出る自立式音遊び遊具を導入した。遊具の裏側のパイプは手でたたいて遊ぶことも可能である(写真- 10)。
- ゴムチップ舗装
「障がいを持つ子どもは、転びやすいので、舗装は柔らかい素材が良い。」との意見があり、遊具周りはゴムチップ舗装とした。 - 囲い
自閉症児等の急な飛び出し防止などを目的とした「柵」の設置について議論したところ、「飛び出しや飛び入りによる事故を防ぐ意味で柵は必要。」という意見がある一方で、「周囲と分断し特別な場とすることは障がいへの差別を助長する。」といった意見もあった。
そこで、柵の代わりに「低木植栽によるゆるやかな囲い」とすることで、急な飛び出しなどを防ぎつつ、周辺と調和するように配慮した(写真- 12)。
複数の遊び方が可能で、広場のシンボル的な存在となる複合遊具を導入した。
乗り入れ部を車いすでも登れる斜度のスロープとすることで、小さな子どもでも登れるようになっている。
また、「滑り台の幅は、広くすると付き添いの方が一緒に滑ることができるが、身体を支える力が弱い子どもが一人で滑るときには体が回転してしまい危ない。保護者は横で付き添いたい。」との意見があり、滑り台の幅は通常と同程度とし、付き添い者は滑り台の横からサポートできるものとした(写真- 3)。
(エ)付帯施設
- 休憩施設関係(パーゴラ、ベンチ等)
- 手洗い場
「ひねる動作が苦手な子どももいるので、単純な動作で水が出るものが良い。」や「水を出しっぱなしにして遊んでしまうことがあるので、自動で止まるものが良い。」との意見があり、それらに配慮した手洗い場とした。
また、車いす利用者でも使いやすい形状のものを採用した。 - ゲート
メインの入り口を明確にし、利用ルールを知らせるため、サインと併せてゲートを設置した。
「誰もが気軽に入れる雰囲気が良い。」との意見があり、入り口は柔らかい印象となるよう枕木をイメージした擬木を採用した。 - 順番待ちマーク
「世間で一般的に採用されている足形マークはわかりやすい。」との意見がある一方で、「下肢障がいの方の気持ちに寄り添うことが必要。」との意見があったことから、足形以外の形として丸型のマークを採用した。 - 案内サイン
広場内の施設配置や利用ルールがわかるように案内サインを設けた。
また、「目の不自由な方もわかりやすい案内図としてほしい。」との意見があり、触知図を併せて設けた。 - 理念サイン
「インクルーシブ遊具についての一般の方への理解を深めるために理念を記した看板の設置をすると良い。」といった意見から、この広場を整備する意義を明示するサインを設けた(写真- 13)。
「障がいのある子どもたちは、ゆっくりとしたペースで遊んだり、障がいに応じて持ち歩かなくてはいけない物があったりするため、荷物を置く台や保護者が休憩できるベンチ、縁台、日陰などを用意してほしい。」との意見があり、ベンチやパーゴラを設置した(写真- 11)。
4)広場以外の改修
「みんなの広場」整備に当たり、「広場までのアクセス路の改修や障がい者優先枠の増設なども併せて整備してほしい。」との要望があり、駐車場の障がい者優先枠の増設、優先枠後方に車いす利用者への配慮として園路へのアクセス用スロープの設置、駐車場内の舗装や園路の改修等を行った(写真- 14)。
3.資金面の工夫
①クラウドファンディング等の実施
インクルーシブ遊具を備えた広場の整備にあたり、事業への応援の意思表示と共にその資金調達手法の一つとして実施し、寄せられた指定寄付金と合わせ総額約500万円を整備費の一部として活用させていただいた(写真- 15)。
②ネーミングライツの実施
本事業により整備する「みんなの広場」は、比較的先進事例として注目度が高いことや、隣接するわんぱく広場等を含めても普段から多くの利用者があることからアピール効果があると考え、ネーミングライツを導入した。
結果、1年間155万円で8年間、総額1,240万円を維持管理費に充てることが可能となった(写真- 16)。
4.管理運営
障がいを持つ子どもはその障がいの種類や程度によって、ゆっくりと遊ぶなどの傾向があり、子ども同士の交流を図る上で配慮する必要があるとの判断から、先行事例などを踏まえ、コミュニケーションの手助けや遊具の使い方等、運営手法の検討を行った。
具体的には、インクルーシブ遊具を備えた公園運営に実績のある一般社団法人から講師を招き、インクルーシブの概念や、さまざまな利用者への対応、その心構えや振る舞い、遊具の使い方指導や案内、誘導、補助等の動作を適切に行う研修会を実施した。
5.成果・効果
本事業は、市制施行90周年記念として、次の100周年を念頭に新たなライフスタイルをリードしていくため「公園からのインクルーシブな社会づくり」を目指して、「障がいの有無や年齢にかかわらず誰もが楽しく遊べる場」を創出することを目的としている。
整備に当たり、障がい者関係団体や幼稚園、保育園など、利用者となる関係者と対話をし、意見交換をしながら進めたことで、利用者目線、かつ本市オリジナルの広場が完成した。
この意見交換は、その経過などが障がい者関係団体の刊行物・機関紙などでも取り上げられ、オープン前から広くPRすることができた。
オープン後は、特別支援学校や保育園・幼稚園・学校の遠足などで幅広く利用され、障がい児と健常児の交流に役立つと共に、これまで利用できる遊具が少なかった小さな子どもが遊んだりと、公園や広場を利用する方のウェルビーイングの向上、新しい公園文化の発信に資するものとして大変好評を得ている。
このことは、次の100周年に向けて本市が目指している「共生社会の実現」を図る一助になるものであり、本事業の意義は大きいと考えている。
また、対話のプロセスに加えて、クラウドファンディングやネーミングライツ等で多くの賛同・支援を得たことは、さまざまな各種関係団体との連携・協力による公園整備の新たな事業推進のモデルを構築できたと考えている。
6.今後の展望
本事業は記念事業として実施し、総合公園の魅力の一つに加わり、より多くの幅広い市民に愛される公園になったが、これをゴールとせず、本事業で得た知見を活かしつつ、市内の他の公園の特性も踏まえた検討を行いながら、インクルーシブ遊具のさらなる拡充を図っていく必要があると認識している。
結びに、幾度も対話に参加いただいた関係者に厚くお礼申し上げると共に、今後、本市の事例等を参考として、同様の取組みが全国へ広がっていくことを期待している。
【出典】
積算資料公表価格版2024年8月号

最終更新日:2024-07-19
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