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建設資材データベーストップ > 特集記事資料館 > 積算資料 > 文明とインフラ・ストラクチャー 第57回 地形と人類の誕生(前編) ー地形が生んだ人類ー

ヒトは何処から来たのか?

ヒトの進化について,まだ多くの謎が残されている。その中で最も大きな謎を挙げろと言われたら「ヒトは何故,直立二足歩行したか?」である。
 
哺乳類,霊長類の中でヒトだけが,二足で直立歩行した。
 
その理由はなにか?
 
なぜ,ヒトはチンパンジーと分かれたか?
 
どこで分かれたのか?
 
と次々と疑問が出てくる。
 
ヒトへの疑問は尽きない。なにしろ,人間にとって,自分自身への興味に勝るものはない。
 
確か,人類の進化は高校時代に教わったことがある。その時に教えられたのは「サバンナ説」であった。
 
しかし,ふとした時に私はある“異端の説”に出会う。
 
エイレン・モーガンが提唱する「アクア説」だ。
 
しかし,この説は専門学会に所属しない研究者の仮説にすぎないと人類学会などで正面から取り上げられていない。専門家による軽視と蔑視は,どこの世界でも共通しているが,それらを突き破りモーガンは世界の人々にメッセージを送り続けている。
 
「私たち人類は何処から来たのか?」という謎は,人類学の研究者だけのものではない。この謎は私を含めて,全ての人類の共通のものだ。
 
もし,この異端の説から人類の進化を紐解くことができるならば──。
 
ここからはアクア説に基づいた私なりの人類誕生の見解を述べていきたい。
 
 
 

直立二足歩行

800万年前のヒトとチンパンジーが分かれる前,両者の共通の祖先は森の樹上に住んでいた。その後,約450万年経った約350万年前,直立歩行していたヒト科の猿人が出現していた。
 
1974年アフリカ大陸,エチオピアの318万年前の地層から,ヒト科猿人の化石が発見された。この化石は推定20歳の女性のものであった。身長は130cmで,脳の容量は450mlであったが,直立二足歩行の骨格を示していた。
 
この人類学上の大発見をしたのは米・仏チームの人類学者たち。その時,調査隊のキャンプで流れていたビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウイズ・ダイアモンズ」にちなんで,学者たちはその骨を「ルーシー」と命名した。それ以降,この化石の猿人は人類進化の母として愛され,「ルーシー」と親しみを込めて呼ばれるようになった。
 
写真−1)は発掘されたルーシーの骨格である。近年のミトコンドリアDNA研究の結果,ヒトとチンパンジーは800万年前に分かれたことが判明している。しかし,問題はこの「800万年前」と「350万年前」の間の「450万年間」霊長類に一体何が起こったのかである。この時期は人類進化の謎の時期で,「ミッシング・リンク(失われた環)」と呼ばれている。
 

【写真−1 ルーシー エチオピア アファール盆地 1974年11月発見】出典:Wikipedia




 

アフリカの大地殻変動

6,500万年前,恐竜の時代が突然幕を閉じた。恐竜は1億5,000万年間も栄華を誇った。その恐竜の時代,こっそり森の樹の上で隠れるように生きていた小さな哺乳類がいた。それが人類の大祖先であった。
 
森の樹上は見晴らしも良く,弱い哺乳類の生き延びる条件が整っていた。
 
長い長い恐竜の時代が終わり,生き残った哺乳類は一気に繁殖した。地球上は哺乳類の時代となった。
 
さまざまな哺乳類が地上,水中へ進出していった。その中で,豊かな森の樹上に居続けた哺乳類がいた。その横着な哺乳類が,われわれ霊長類の祖先であった。
 
その樹上生活の霊長類はサルへと進化していった。
 
この樹上生活でサルは,ある特徴を獲得していた。それは,手の発達である。前肢で樹の枝につかまり,後肢で身体を支える。その前肢が物をつかむという手のひらの進化をもたらし,後肢で姿勢を立たせるという特徴も獲得していった。
 
この森の樹上での数千万年間は,結果として直立二足歩行するヒトへの準備期間となった。
 
約1,000万年前から700万年前にかけて,アフリカ大陸で大きな地殻変動が発生した。プレートテクトニクスによる火山活動,地盤の隆起,陥没が繰り返される大地殻変動であった。
 
アフリカ大陸の東部に大断層が発生した。その断層に沿って大きな陥没帯,いわゆるアフリカ大地溝帯(グレート・リフト・バレー)が形成された。
 
写真−2)はアフリカ大地溝帯であり,幅50km,長さ6,000kmに及ぶ大陥没地形である。その大地溝帯の西側には,高さ4,000m級の隆起帯が連なった。(図−1)にアフリカの平面図の概念図を示す。
 
500万年前のこのアフリカ大地溝帯が,ヒトの誕生する場所となった。
 
アフリカ大陸の大地溝帯の西側では,チンパンジーの化石が多く発見されている。しかし,直立二足歩行の古いヒトの化石は,大部分がアフリカ大地溝帯の中で発見されている。
 

【写真−2 アフリカ大地溝帯】

【図−1 アフリカ大陸と大地溝帯(概念図)】
作図:竹村



 
 

人類起源の古典「サバンナ説」

700万年前の大地殻変動で, 南北に連なる4,000m級の山脈が隆起した。その山脈の東側では,大きな気候変動が引き起こされた。アフリカの熱帯雨林を育てていた雨を運ぶ西風が,新しい山脈に遮られた。山脈の東側の大地溝帯では乾燥が始まり,熱帯雨林が衰退し,平原のサバンナとなってしまった。
 
森の樹上生活をしていたサルは,縮小した森から平原に出て行かざるを得なかった。森を出たサルは,平原で直立歩行を始めた。そしてヒトへと進化していった。
 
なぜ,サバンナで直立二足歩行を始めたのか。
 
サバンナ説では,いくつかの仮説が立てられている。
 
①平原で猛獣の獲物の腐肉を奪い,手で抱えて逃げるため
②広い平原を最小限のエネルギーで歩いていくため
③平原で遠くを見回すため
④自分を大きく見せるため
 
等々である。
 
しかし,これらの理由で直立する必要があれば,その時だけ直立になり,その後は四足歩行に戻ればよい。今のチンパンジーやゴリラなど他の霊長類の全てがそうだ。この点が納得できない。
 
なにしろヒトの進化は,自分の生命を否定するほど危険な進化であった。
 
ヒトの生命に関わる危険な進化とは,直立二足歩行による「流産の危機」であり,もう一つが「体毛の消失」である。
 
 

直立二足歩行の危険「流産」

四足歩行の哺乳類は,よほどの病気でない限り早産,流産はしない。四足を地面につけているので,胎児は母親のお腹のハンモックで寝ているように安全な状態である。親が敵から逃げる時でも,安心してお腹の中で眠っていられる。
 
しかし,直立二足歩行をした瞬間,状況はガラッと変わる。直立二足歩行の母親は,外敵から逃げるたびに,胎児が重力によって大地に落下する流産というに危機に直面してしまう。そのため直立二足歩行のヒトは,やむを得ず産道を狭くして流産を避けるという進化をせざるを得なかった。
 
産道が狭くなれば,赤ん坊は未成熟で生まれる。未成熟で生まれた子供は,約1年以上も母親から乳と食べ物を与えられなければ生きていけない。また,平坦な地形のサバンナでは,敵から全速力で逃げなければならない。未成熟で生まれた子供が自力で敵から逃げるには,10年以上もかかってしまう。
 
それに対して,四足歩行の動物は,可能な限り母親のハンモックの胎内で大きくなる。生まれた瞬間から自分の足で立って,母親のお乳を求めて歩く。1カ月もすれば,敵からも逃げることができる。
 
直立二足歩行の進化の代償として,流産の危険は割が合わない。前述したサバンナの直立二足歩行程度の理由では,流産の危険への説明ができない。
 
 

サバンナ説への疑問「体毛の消失」

もう一つ,サバンナ説ではどうしても説明できないことがある。「体毛の消失」である。
 
哺乳類が何千万年もかけた進化で獲得した体毛は,アフリカでの生存にとって不可欠であり,極めて有利な装備であった。
 
赤道に近いアフリカ大陸,特にサバンナの日中は灼熱で,夜間は摂氏マイナス10度まで冷え込む。この過酷な気象の中で,体毛は太陽の熱を反射し,太陽の紫外線から身を守った。また,体毛は毛の間に空気を取り入れ,熱さと寒さの両方から体温を守った。
 
さらに,乾燥したサバンナの大気は身体の水分を奪う。その身体の水分蒸発を体毛は防いでくれた。体毛は優れた遮光材であり,保温材であり,保湿材でもある。アフリカでの完璧なボディー保全スーツである。(写真−3)はアフリカのチンパンジーである。
 
ゴリラ,チンパンジーなど全ての霊長類は,この体毛を脱がなかった。霊長類にとって,サバンナで体毛を失うことは,死を意味していた。
 
なぜ,ヒトは体毛を脱ぎ捨てる進化をしたのか? サバンナ説ではそれが説明できない。
 
サルからヒトへの進化の場所は,地形と気象から見てもサバンナではない。

 

【写真−3 アフリカのチンパンジー】
出典:wikipedia




 

人類起源の仮説「アクア説」

700万年前,アフリカ大陸の東部で大地殻変動があり,南北に連なる山脈が形成された。その東側にはグレート・リフト・バレーと呼ばれる大地溝帯が形成された。大陸の割れ目が連続する陥没盆地状の地形である。
 
ここまではサバンナ説と同じだ。しかし,ここから先が地形に関して,サバンナ説とは異っていく。サバンナ説では,この大地溝帯の一帯は,乾いた草原地帯いわゆるサバンナであるという。
 
アクア説そして筆者も,その点の見解が異なる。この大地溝帯には水が流れ込み,膨大な水域が連続した地形となっていたのではないかと考えている。
 
「大地溝帯は膨大な水域が広がっていた」との仮説には根拠がある。
 
現在の大地溝帯は西アジアの死海からアカバ湾,紅海を経てアフリカ大陸エチオピアのズワイ湖,シャーラ湖,アバヤ湖そしてケニヤのルドルフ湖,ビクトリア湖,その後タンザニアのニアサ湖を経てインド洋へと続く。
 
この大陥没地帯には海の水が流れ込んだり,雨水が貯留されたりして大きな湖が形成されたと考えられる。現在,大地溝帯の中にある多くの湖は,その大水域の名残りであると考えられる。また,大地溝帯のアフリカ大陸の北端アファールデルタでは,塩が数百mも堆積している。かつてここに膨大な海水が貯留されていて,現在の死海のように海水が徐々に乾燥していったことを示している。
 
700万年前の大地殻変動によって大地溝帯が形成された。その大地溝帯の水域に霊長類のサルが閉じ込められた。この水域には天敵が少なく,魚介類が豊富で快適な空間だった。
 
水域での生活を始めたヒトの祖先は,自然と直立の姿勢をとるようになった。水辺の生活では,両手を地面につける四足歩行は不利である。姿勢を立てた方が「呼吸」をするのに有利だ。鼻を水中に入れっぱなしは苦しい。現在,ゴリラなどが水中を行く時には,直立二足歩行で進むことが確認されている。
 
数百万年間,この水域でサルは直立二足歩行のヒトへと進化を遂げることとなった。
 
サバンナ説の直立二足歩行の説明は,中途半端であった。しかし,アクア説でのヒトの直立二足歩行の説明は,合理的で納得できる。
 
 
 

水中での安全な出産

サバンナ説の大きな疑問は,直立二足歩行に伴う「流産の危険」であった。アクア説では,その問題が簡単に解消されてしまう。
 
水中では,浮力で重力は小さくなる。重力に脅かされず,胎児は母親の胎内のハンモックで安全に育つこととなる。
 
近年,欧州から水中出産の長所が報道されている。水中出産では母親の血圧は下がり,ホルモン分泌が活発になる。精神的にもリラックスでき,陣痛も少ない。その結果,赤ちゃんへの酸素供給が多くなり,赤ちゃんは産道を安全に出てくることができる。
 
また生まれたての赤ん坊にとって,水中は危険な場所ではない。生まれたての赤ちゃんは,そのまま直ぐに水中で泳ぐことが確認されている。この欧州で始まった水中出産は,日本でも広まりつつある。
 
写真−4)は赤ん坊が,水中でリラックスして遊んでいる様子である。アクア説では,直立二足歩行に伴う流産の危険という問題が,このようにあっという間に解けてしまう。
 
 
 

水中での体毛の退化

もう一つサバンナ説で厄介だった「体毛の消失」の疑問も解消してしまう。
 
水中において体毛は,断熱材として全く役に立たない。体毛の間に水が入ってしまうと,もう皮膚の近くに空気の層は形成されない。そのため体毛は,水の冷たさから体温を守る保温材の役目を果たさない。
 
水の中で体温を保つのは,皮膚の下に脂肪を付けるしかない。水中に入って進化した哺乳類は,すべて体毛を脱ぎ捨て,皮下脂肪を発達させていった。
 
7,000万年前,カバの祖先が水中に入り,クジラやイルカになっていった。5,000万年前,ゾウの祖先が海に入り,マナティーやジュゴンになった。彼らは毛皮を脱いだ。そして,皮下脂肪を蓄えていった。
 
霊長類のサルも水辺で半水中生活を数百万年間過ごす中で,毛皮を脱ぎ,皮下脂肪を付けていった。
 
このようにアクア説では,体毛の消失は説明できてしまう。
 
7,000万年前,アフリカ大陸の大地溝帯の水辺空間に閉じ込められた霊長類は,毛皮を脱ぎ皮下脂肪を付け,直立二足歩行という進化を開始した。
 

【写真−4 水中の赤ん坊】



 

ヒトは陸へ

数百万年を経て,大地溝帯の湖の水が蒸発し水辺が縮小していった。ヒトの祖先たちは,やむなく陸地に戻っていった。裸のヒトは二本の足でとぼとぼと歩き出していった。
 
その最古の化石が,この大地溝帯の318万年前の地層から発見されたルーシーとなる。
 
以上が,ルーシーが登場するまでの人類誕生のアクア説である。
 
ここでまた次の疑問が出てくる。
 
「水辺の半水中生活で直立二足歩行していたヒトは,何故,陸に上がったとき四足歩行に戻らなかったか?」である。

(12月号につづく)

 
 
 
 

竹村 公太郎(たけむら こうたろう)

非営利特定法人日本水フォーラム代表理事・事務局長,首都大学東京客員教授,東北大学客員教授 博士(工学)。神奈川県出身。1945年生まれ。東北大学工学部土木工学科1968年卒,1970年修士修了後,建設省に入省。宮ヶ瀬ダム工事事務所長,中部地方建設局河川部長,近畿地方建設局長を経て国土交通省河川局長。02年に退官後,04年より現職。土砂災害・水害対策の推進への多大な貢献から2017年土木学会功績賞に選定された。著書に「日本文明の謎を解く」(清流出版2003年),「本質を見抜く力(養老孟司氏対談)」(PHP新書2008年)「小水力エネルギー読本」(オーム社:共著),「日本史の謎は『地形』で解ける」(PHP研究所2013年),「水力発電が日本を救う」(東洋経済新報社2016年)など。
 
 
 

特定非営利活動法人 日本水フォーラム         
代表理事・事務局長 
竹村 公太郎

 
 
【出典】


積算資料2019年11月号



 

 

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