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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 コンクリートの維持管理 > コンクリート構造物の健康寿命を延ばすための維持管理の考え方

はじめに

わが国の社会資本ストックである膨大なコンクリート構造物は年月の経過とともに老朽化が進んでいる。
さらに、コンクリート内部の鋼材腐食に起因する塩害や中性化、反応性骨材の吸水膨張反応に起因するアルカリシリカ反応など、主に化学的要因によって進行するコンクリートの劣化も深刻さを増している。
 
そのような状況の中、近年では鋼材腐食抑制剤として亜硝酸イオンを、ASR膨張抑制剤としてリチウムイオンを用いた研究が数多くなされており、その両イオンを含有する亜硝酸リチウムを用いた補修工法の開発、実用化が進んでいる。
これまで、亜硝酸リチウムを用いた補修技術に関する研究は国内の多くの大学や研究機関にて実施されてきた1)
また、亜硝酸リチウムを用いた補修設計および施工に関する情報や経験は、主として一般社団法人コンクリートメンテナンス協会にて蓄積されてきた2)
 
本稿では特に塩害により劣化したコンクリート構造物を対象とし、コンクリートメンテナンス協会が考える維持管理の在り方について論じる。
 
 

1. 塩害の劣化メカニズム

塩害とは、コンクリート中への塩化物イオン侵入に起因する鋼材腐食によってコンクリート構造物の性能が低下する劣化現象である。
一般に、コンクリート中の細孔はセメントの水和反応による飽和水酸化カルシウム水溶液で満たされており、飽和水酸化カルシウム水溶液のpH値が12 ~ 13であるためコンクリートは強アルカリ性を示す。
このような高アルカリ環境の中にある鋼材表面には酸素が化学吸着して緻密な酸化物層が生じることにより、厚さ数nm程度の不動態皮膜が形成される。
その不動態皮膜によってコンクリート中の鉄筋は腐食から守られる(不動態化する)。
しかし、コンクリート中に許容濃度以上の塩化物イオン(Cl-)が存在すると鋼材表面の不動態皮膜が破壊される。
コンクリート中には十分な量の酸素と水が存在するため、不動態皮膜が破壊されると鋼材は酸化反応を起こし、腐食が開始する。
 
不動態皮膜が破壊された後の鋼材腐食は電気化学的反応として図- 1のように表すことができる。
アノード反応は電子2個を鋼材母材中に残して鉄がイオンとなって溶出する反応であり、そのアノード反応によって生じる電子を消費するのがカソード反応である。
この2種類の反応が同時に起こるのが鋼材腐食反応であり、反応の進行に従い水酸化第一鉄、水酸化第二鉄、赤錆が生成される。
鋼材が腐食すると腐食箇所の体積が2.5倍程度に膨張するため、その膨張圧によってコンクリートにひび割れが発生する。
そのひび割れを通じて水分、酸素、塩化物イオンなどの劣化因子の侵入が容易になるため、さらに鋼材腐食が促進され、コンクリートのはく離やはく落、鋼材の断面減少などを生じ、構造物の耐久性能および耐荷性能が低下する。
これが塩害によるコンクリート構造物の劣化メカニズムである。
塩害により劣化したコンクリート構造物の例を写真- 1に示す。

図-1 コンクリート中の鋼材腐食の模式図
図-1 コンクリート中の鋼材腐食の模式図
写真-1 塩害によるコンクリート構造物の劣化事例
写真-1 塩害によるコンクリート構造物の劣化事例

 
 

2. 亜硝酸リチウムの特性

亜硝酸リチウム(Lithium Nitrite ; LiNo2)は、リチウムイオン[Li+]と亜硝酸イオン[NO2-]とがイオン結合した化合物であり、主に濃度40%(wt%)の亜硝酸リチウム水溶液(写真- 2)として製品化されている。
亜硝酸リチウムの成分のうち、亜硝酸イオン[NO2-]は鋼材表面の不動態皮膜を再生する効果があり、塩害や中性化などの鋼材腐食に起因する劣化の補修材料として適用される。
一方、リチウムイオン[Li+]はアルカリシリカゲルを非膨張化する効果があるため、 ASR劣化の補修材料として適用される。

写真-2 亜硝酸リチウム40%水溶液
写真-2 亜硝酸リチウム40%水溶液

 
塩害補修における亜硝酸イオンの鋼材腐食抑制メカニズムは、亜硝酸イオンがアノード型抑制剤として働く酸化剤としての効果(不動態皮膜再生効果)、亜硝酸イオンが鋼材表面に吸着することにより鉄の溶解を抑制する効果3)などが提唱されており、それらが複合的に働いている可能性もある。
亜硝酸イオンは2価の鉄イオンと反応してアノード部からの鉄イオンの溶出を防止し、不動態皮膜として鋼材表面に着床することによって鋼材腐食反応を抑制する。
不動態皮膜が再生されると、以後の鋼材の腐食反応は不活性な状態となり、進行が抑制される。
劣化機構が塩害の場合、鋼材腐食を抑制するために必要な亜硝酸リチウム量は対象コンクリート中の塩化物イオン含有量に応じて算定される。
 
一方、ASR補修におけるリチウムイオンのASR膨張抑制メカニズムは、コンクリート中の反応性骨材周囲に生成したゲル状生成物(アルカリシリカゲル)の吸水膨張反応抑制とされることが多い。
すなわち、アルカリシリカゲルにリチウムイオンが供給されることによって、その一部が水に対する溶解性や吸湿性を持たないリチウムシリケートに置換され、アルカリシリカゲルが非膨張化される。
この反応によりアルカリシリカゲルの吸水膨張反応は収束し、以後のコンクリートの膨張は根本的に抑制される。
 
 

3. 劣化機構を考慮した塩害補修の考え方

3-1 塩害補修の基本的な考え方

ひと昔前の塩害補修といえば、「ひび割れが生じているからひび割れ注入を行う」、「鉄筋露出しているから断面修復を行う」といった、いわば変状に対する対処療法的な工法選定が多かった。
ここに欠落していたのは、「なぜひび割れが発生したのか?」、「なぜ鉄筋が腐食したのか?」という根本的な原因推定であり、劣化原因も考えず闇雲に補修を行った結果、多くの構造物に再劣化が生じた。
 
塩害補修と言っても、その目的は「塩化物イオンを侵入させない」、「水、酸素を侵入させない」、「鉄筋腐食反応の速度を緩和させる」、「鉄筋腐食反応そのものを停止させる」、「腐食によって断面減少した鉄筋量を補う」、「部材としての耐荷性能を回復させる」など、置かれている劣化過程によって様々であるはずである。
そのため、塩害の補修工法を選定するにあたり、塩害の劣化メカニズムを十分に考慮し、現時点での劣化状況や将来の劣化予測に基づいて補修工法に要求する性能を定める。
さらに、対策後にこの構造物をどのように維持管理していくかという方針(シナリオ)も検討する。
この維持管理シナリオは残存供用年数を設定した上でライフサイクルコスト(以下、 LCCと称す)も考慮して策定する。
これら「工学的判断に基づく補修要求性能の設定」と「LCCを考慮した維持管理シナリオの策定」を総合的に評価することで最適な補修工法を選定できると考えられる。
 
塩害で劣化したコンクリート構造物の維持管理の全体像として当協会が考える補修工選定フローを図- 2に示す。
この図の内容と考え方について次節より解説する。

図-2 塩害で劣化したコンクリート構造物の補修工法選定フロー
図-2 塩害で劣化したコンクリート構造物の補修工法選定フロー

 

3-2 劣化過程に応じた塩害補修の考え方

塩害の劣化過程は、潜伏期、進展期、加速期前期、加速期後期および劣化期の5段階で評価される(表- 1)。
以下、劣化過程ごとに塩害補修工法選定の考え方について具体的に示す。

表-1 塩害の劣化過程と劣化状況
表-1 塩害の劣化過程と劣化状況
【潜伏期】

潜伏期は塩化物イオンの侵入の兆しが見られるものの、その濃度はまだ腐食発生限界に達していない状態を指す。
この時点では不動態皮膜が破壊されていないため鋼材が腐食する理由はなく、外観には何ら変状が見られない状態である。
よって、潜伏期における対策工への要求性能は『外部からの劣化因子の侵入抑制』に尽きる。
この段階で以後の塩化物イオン侵入を阻止できれば、将来的にも鋼材腐食が生じることはない。
この要求性能に適する工法は表面含浸工法または表面被覆工法が挙げられ、予防保全的な適用となる。
これらの工法に亜硝酸リチウムを併用する必要はない。
ここで、塩化物イオンの拡散予測の結果次第では腐食発生限界濃度を超えるまでに十分な余裕がある場合も想定される。
その場合はすぐに対策工を施さず、しばらく経過観察を行うという選択も考えられる。

【進展期】

進展期は鋼材位置における塩化物イオン量が腐食発生限界を超えた状態を指す。
すなわち、既に不動態皮膜は破壊され、鋼材腐食が開始している可能性があるものの、まだひび割れなどの変状は生じておらず、潜伏期と同様に外観には何ら変状が見られない状態である。
従って、進展期における対策工への要求性能は、『外部からの劣化因子の侵入抑制』に加え、以後の『鋼材腐食の進行抑制』となる。
既に不動態皮膜を破壊するのに十分な塩化物イオンは侵入しているものの、水分や酸素の侵入を抑制することで鋼材腐食速度を緩和させ、ひび割れなどの変状の顕在化をできるだけ阻止することを考える。
この要求性能に適する工法は主として表面含浸工法となり、変状が生じる前に施す対策工となるので予防保全の範疇となる。
一般的には表面含浸工法は劣化因子の侵入抑制を目的としているが、鋼材腐食抑制効果を併せ持つ表面含浸工法を選択すれば、『鋼材腐食の進行抑制』という要求性能にも対応できるため、進展期に対しての適用性がより高まる。
鋼材腐食抑制効果を併せ持つ表面含浸工法として、亜硝酸リチウム併用型表面含浸工法の概念図を図- 3に、その施工状況を写真- 3に示す。

図-3 亜硝酸リチウム併用型表面含浸工法の概念
図-3 亜硝酸リチウム併用型表面含浸工法の概念
写真-3 亜硝酸リチウム併用型表面含浸工法の施工状況
写真-3 亜硝酸リチウム併用型表面含浸工法の施工状況
【加速期前期】

加速期前期は鋼材の腐食膨張圧によってひび割れやコンクリートの浮きなどが発生している状態を指しており、鋼材位置での塩化物イオン量が腐食発生限界濃度を超えていることは言うまでもない。
加速期前期における対策工への要求性能は、『外部からの劣化因子の侵入抑制』および『鋼材腐食の進行抑制』となる。
鋼材腐食の進行によってひび割れやコンクリートの浮きなどの変状が生じているため、まずはひび割れ注入工、部分断面修復工および表面保護工(含浸または被覆)を組み合わせて劣化因子の侵入を抑制することで鋼材腐食速度を緩和させ、これ以上の変状の増大を阻止することを考える。
ここで重要なのは、これらの工法の組み合わせは鋼材腐食反応を完全に停止させ得るものではないため、将来的には再劣化を生じる可能性があることを考慮しておくという点である。
つまり、現時点での劣化状況に対して最小限の対策を講じ、再劣化が生じれば速やかに再補修を行うという維持管理のサイクルを想定する考え方となる。
ここで、適用する各工法に鋼材腐食抑制効果を併せ持つ工法を選択することにより、『鋼材腐食の進行抑制』という効果が付加され、再劣化が生じるまでの期間を少しでも延長し得る可能性があるため、より適用性が高いと考えられる。
鋼材腐食抑制効果を併せ持つ各種補修工法として、亜硝酸リチウム併用型ひび割れ注入工法の概念と施工状況を図- 4および写真- 4に、亜硝酸リチウム併用型断面修復工法の概念と施工状況を図- 5、および写真- 5に示す。

図-4 亜硝酸リチウム併用型ひび割れ注入工法の概念
図-4 亜硝酸リチウム併用型ひび割れ注入工法の概念
写真-4 亜硝酸リチウム併用型ひび割れ注入工法の施工状況
写真-4 亜硝酸リチウム併用型ひび割れ注入工法の施工状況
図-5 亜硝酸リチウム併用型断面修復工法の概念
図-5 亜硝酸リチウム併用型断面修復工法の概念
写真-5 亜硝酸リチウム併用型断面修復工法の施工状況
写真-5 亜硝酸リチウム併用型断面修復工法の施工状況
【加速期後期】

加速期後期は、加速期前期の変状からさらに進行した状態を指しており、著しいひび割れ幅や延長の増大、コンクリートのはく離、はく落範囲の増大などが見られる過程である。
もし劣化過程が加速期後期を過ぎて劣化期に陥ってしまった場合、もはや耐久性能だけでなく耐荷性能を損なう状況となるため、加速期後期の段階でこれ以上の性能低下を許容すべきではない。
従って、加速期後期における対策工への要求性能は、『鋼材腐食の進行抑制』に尽きる。
変状が著しいこの段階で確実に鋼材腐食を抑制するためには、電気防食工法や亜硝酸リチウム内部圧入工法など、塩化物イオン存在下でも鉄筋腐食を完全に停止させる工法の適用を検討する必要がある。
また、全断面修復工法によって鋼材周囲の塩化物イオンを完全に除去し、鋼材の防錆処理を完全に行い、鋼材腐食環境を改善することも考えられる。
これらの工法を適用することで以後の鋼材腐食のリスクを低減し、塩害進行によるコンクリート構造物の性能低下を確実に抑制することが可能となる。
鋼材腐食を根本的に抑制し得る工法の例として、亜硝酸リチウム内部圧入工法の概念と施工状況を図- 6、写真- 6に示す。

図-6 亜硝酸リチウム内部圧入工法の概念
図-6 亜硝酸リチウム内部圧入工法の概念
写真-6 亜硝酸リチウム内部圧入工法の施工状況
写真-6 亜硝酸リチウム内部圧入工法の施工状況

 
ただし、残存供用年数が比較的短い場合や補修の初期費用をそれほどかけられないと判断される場合には、加速期前期と同様にひび割れ注入工、表面保護工、部分断面修復工など最小限の対策を講じ、鋼材腐食速度をできる限り軽減して変状の進行を緩和するという考え方を採ることもある。
ただし、これらの工法は鋼材腐食反応を完全に抑制できるものではなく、将来的には早期に再劣化が生じる可能性が高いと認識しておく必要があり、早いサイクルで再劣化と再補修を繰り返す維持管理シナリオとなるため、LCCがより高額となることも少なくない。

【劣化期】

劣化期は、大規模なはく離、はく落や腐食による著しい鋼材断面減少など、甚大な変状が生じている状態を指し、構造物の耐久性能のみならず耐荷性能の低下が考えられる。
そもそも劣化期になるまで放置すべきではないが、もし、劣化期に至った場合は大規模な断面修復工法が必要となる。
また、それと併用して不足する耐荷性能を補うために適切な補強工法を併用する必要も生じる。
劣化期の補修または補強には大きな費用を要することが多いため、供用制限や撤去、新設という選択肢も視野に入れた総合的な評価が必要となる。
 
 

おわりに

塩害、中性化、ASRなどで劣化したコンクリート構造物の増加に伴い、調査、診断、補修、補強など一連の維持管理業務の重要性が増大している。
しかし、維持管理分野に対して十分な予算が確保されているわけではなく、維持管理に携わる技術者の数も依然として不足している現状が続いている。
そのような状況の中、当協会では亜硝酸リチウムの活用によってコンクリート構造物の健康寿命を延ばし、持続可能な社会の構築に寄与することを目的として活動を続けている。
本稿で紹介した亜硝酸リチウム関連技術は、2022年4月に当協会より発刊した「コンクリート構造物を対象とした亜硝酸リチウムによる補修工法の設計・施工指針(案)第2版」4)(図- 7)に詳述しているため、併せてご参照いただきたい。
本稿がコンクリート構造物の維持管理を効率的に実施するための一助となれば幸いである。

図-7 亜硝酸リチウム設計・施工指針(案)
図-7 亜硝酸リチウム設計・施工指針(案)

 
 


参考文献

1) 例えば、江良和徳、三原孝文、山本貴士、宮川豊章:リチウムイオンによるASR膨張抑制効果に関する一考察、 Journal of the Society of Materials Science、Japan、 Vol.58、 No.8、 pp697- 702、 2019
2) コンクリートメンテナンス協会:コンクリート構造物の維持管理技術資料Ver4.3~塩害・中性化・ASR補修の考え方~、 2019.4
3) 高谷哲、須藤裕司、内藤智大、江良和徳、山本貴士、宮川豊章:コンクリート中における亜硝酸イオンの腐食抑制メカニズムおよびその効果に関する基礎的研究:Journal of the Society of Materials Science、Japan、 Vol.63、 No.10、 pp722-728、 2014
4) コンクリートメンテナンス協会:コンクリート構造物を対象とした亜硝酸リチウムによる補修の設計・施工指針(案)第2版、2022.4

 
 
 

一般社団法人 コンクリートメンテナンス協会 専務理事
江良 和徳

 
 
【出典】


積算資料公表価格版2024年2月号

最終更新日:2024-01-22

 

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