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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 水災害対策 > 下水道による新たな雨水管理の総合展開に向けて

 

国土交通省水管理・国土保全局下水道部流域管理官
加藤 裕之

 

1.はじめに

近年,気候変動の影響等による雨の降り方の局地化・集中化・激甚化により,下水道施設の能力を超える大雨が頻発しているとともに,都市化の進展に伴い,地表面がアスファルト等で覆われることにより,降った雨の流出量が増大し,内水氾濫による被害の発生リスクが高まっている。
 
平成26年7月には,「新下水道ビジョン」が策定され,ハード対策に加え,ソフト・自助を組み合わせ,賢く雨水管理を行う「雨水管理のスマート化」という概念が打ち出された。また,平成27年5月には,下水道法を含む「水防法等の一部を改正する法律」が公布され,多発する内水氾濫による被害への対応を図ることを目的とした,ハード,ソフト両面からの対策等を推進するための制度改正が行われた。本稿では,都市浸水被害の現状と,下水道による浸水対策の動向,平成27年の水防法および下水道法の改正により新たに創設された制度等について紹介する。
 
 

2. 都市浸水被害の現状について

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告(平成26年度)によると,「気候システムの温暖化に疑う余地はない」ということが再確認され,複数の分野にわたり潜在的に深刻な影響を及ぼす可能性のある主要なリスクについて言及しており,特に北半球中緯度の陸域においては,1901年以降,降水量が増加し,今後は地域による降水量の差が激しくなること等が報告されている。また,日本においても,気象庁によるアメダスデータの集計によると,図- 1に示すとおり,1,000地点あたりの時間雨量50mm以上の降雨の年間発生回数は,年ごとにばらつきはあるものの,概ね増加傾向にあり,近年においては,局地的な大雨(いわゆるゲリラ豪雨)等が頻発しており,時間雨量100mmを超える降雨も珍しくない状況となっている。
 

図-1 1時間降水量50mm以上の年間発生回数 (全国のアメダス地点より集計した1,000地点あたりの回数)(気象庁)




 
また,水害統計によれば,全国の過去10年間の浸水棟数(約46万棟),一般資産等被害額(約2兆7千億円)のうち,内水浸水被害によるものは,それぞれ約5割(約24万棟),約3割(約8千億円)にも上る。
 
 

3. 下水道による浸水対策のこれまでの動向について

これまでの下水道による浸水対策は,「都市における浸水対策の新たな展開」(平成17年7月国土交通省下水道政策研究委員会浸水対策小委員会)において打ち出された「人(受け手)主体の目標設定」,「地区と期間を限定した整備(選択と集中)」,「ソフト・自助の促進による被害の最小化」という,都市における浸水対策の基本的方向の考え方に基づき,概ね5年に1回程度の降雨に対する安全度を確保すべくハード整備が進められてきた。
 
国土交通省では,この「新たな展開」の考え方を全国に水平展開するため,住民に視点を移した浸水被害対策目標を設定することとし,「生命の保護」,「都市機能の確保」,「個人財産の保護」の観点から,浸水被害の軽減を目的に,ハード対策・ソフト対策を組み合わせた総合的な浸水対策の実施を推進した。
 
平成18年度には,時限予算制度として「下水道総合浸水対策緊急事業」を創設し,事業の実施に係る計画の策定手法を示した「下水道総合浸水対策計画策定マニュアル(案)」を策定した。その後,平成21年度には「下水道浸水被害軽減総合事業」として恒久制度化している。平成26年度末時点で,全国で138地区(事業実施中:58地区,事業完了:80地区)において,下水道浸水被害軽減総合事業を活用し,ハード対策・ソフト対策を組み合わせた総合的な浸水対策の取り組みが行われている。
 
平成27年度からは,事前防災・減災の観点から,浸水シミュレーションに基づき一定規模の被害のおそれのある地区を,本事業の交付対象地区に追加するとともに,事業の実施に係る計画に「下水道管渠内水位等の観測情報の蓄積状況および今後の観測計画」を位置付けることが義務付けられている。図- 2に下水道浸水被害軽減総合事業等を活用した,ハード対策,ソフト対策および自助を組み合わせた総合的な浸水対策の実施イメージを示す。
 

図-2 下水道による総合的な浸水対策のイメージ




 

4. 水防法および下水道法の改正内容について

平成27年5月に「水防法等の一部を改正する法律」が公布され,ソフト対策,ハード対策両面からの浸水対策を強化する制度改正等が行われた。以下に,平成27年度の改正事項のうち,浸水対策に関する内容について紹介する。
 

4-1 内水に係る浸水想定区域制度(水防法改正)

これまでも,過去に内水氾濫による浸水被害があった都市等では,想定される浸水範囲や避難場所等を図示した内水ハザードマップが作成・公表されているが,平成27年の水防法改正により,内水に係る浸水想定区域制度の法定化・強化がなされた。
 
平成27年の水防法改正においては,都道府県知事または市町村長は,内水(水防法に規定する「雨水出水」)により相当な損害を生ずるおそれがあるものとして指定した「水位周知下水道」について,内水による災害の発生を特に警戒すべき水位として内水特別警戒水位を定め,水位周知下水道の水位がこれに達したときは,都道府県知事または市町村長は都道府県および市町村の水防計画で定める水防管理者および量水標管理者に通知するとともに,必要に応じて一般に周知しなければならないとされている。また,水位周知下水道については,想定される最大規模の降雨を対象降雨とした内水浸水想定区域を指定することとされている(図- 3)。
 

図-3 発災時における水位周知下水道の概要




 
ここで,「内水により相当な損害を生ずるおそれがあるもの」とは,内水による被害が想定される地域の人口および資産の集積や,経済活動の状況等から相当な被害が予想される下水道を指すものであり,都道府県知事または市町村長が総合的に判断するべきものであるが,例えば,氾濫水が地下街等に一気に流入し,人的被害が発生するおそれがある地下街等が高度に発達している区域に存する下水道等が想定される。
 
東京都,横浜市,川崎市,名古屋市,大阪市,福岡市においては,平成27年8月に設置した「水防法等改正に伴う下水道雨水対策の推進に向けた都市会議」(事務局:国土交通省)に参画し,水位周知下水道の指定に向けた検討を進めている。
 

4-2 浸水被害対策区域制度(下水道法改正)

近年の雨の降り方の変化や都市化の進展に伴う内水氾濫発生リスクの高まり,財政・人材の制約といった,下水道による浸水対策を取り巻く社会経済情勢はますます逼迫している。これまで,既成市街地における内水対策を強化するために,民間事業者等による雨水貯留施設の設置を促進する取り組みは,一部の市町村等で先進的に行われている事例はあったものの,法的な枠組みは整備されていなかった。
 
平成27年の下水道法改正においては,こうした社会経済情勢の変化に対応し,民間事業者等による雨水貯留施設の設置を促進するため,新たに「浸水被害対策区域制度」を創設した。この制度は,公共下水道の排水区域のうち,都市機能が集積し,下水道のみでは浸水被害への対応が困難な地域において,民間の協力を得つつ,浸水対策を推進するため,条例で,「浸水被害対策区域」を指定し,公共下水道管理者が民間事業者等の設置する雨水貯留施設等を協定に基づき管理すること,または,民間事業者等が設置する排水設備に対して,雨水貯留浸透機能の付加を義務付けることを可能とする制度である。
 
浸水被害対策区域の指定にあたっては,検討の対象となる地域における,過去の浸水被害の発生状況,地形情報,地下空間・施設等の土地利用の状況,既存の下水道計画や民間事業者等の開発計画等を調査した上で,公共下水道管理者である市町村等が,地域の実情に応じて,浸水対策を下水道整備のみで行うことが,費用対効果,技術的可能性,社会的影響等のいずれかを勘案すると現実的でないと判断する場合に条例で指定することが想定される。
 
浸水被害対策区域において,民間事業者等が雨水貯留施設等を設置する際に,より効率的,経済的に官民連携した浸水対策を実施するために,図- 4に示す国の支援制度等を適用することも考えられる。
 

図-4 浸水被害対策区域における民間の雨水貯留施設整備への支援策(改正下水道法)




 
浸水被害対策区域制度のみならず,民間の協力による官民連携した浸水対策を実施する際には,目標とする対策水準の達成のためにそれぞれが担う対策水準についての役割分担を明確にすることが重要である。
 

4-3 雨水公共下水道制度(下水道法改正)

これまで公共下水道は,主として市街地における下水を排除し,又は処理するために地方公共団体が管理する下水道で,かつ,汚水を排除すべき排水施設の相当部分が暗渠である構造のものとされ,都市計画法上,市街化区域においては少なくとも下水道を定めるものとされており,ナショナルミニマムとしての都市施設という性質上,市街化区域のうち,概ね全域を公共下水道の汚水処理および雨水排除の計画区域とし,特に雨水排除については,計画区域において概ね同一の対策目標を設定し整備が進められてきた。
 
平成21年度以降は,下水道浸水被害軽減総合事業の活用により,主要なターミナル駅の周辺地区に代表される都市機能が集積した地区においては,その他の地区よりも高い対策目標を設定し,ハード対策・ソフト対策・自助を組み合わせた総合的な浸水対策を実施してきた。しかしながら,近年の各地の浸水被害の発生状況を見ると,駅周辺地区に限らず,住宅地に至るまであらゆる地域で被害が発生しており,財政や人材等の制約がある中では,市街化区域全域にわたる計画区域内において,同一の対策目標の達成に向けた整備を進めることに限界があるため,浸水対策を実施すべき区域を明確化するとともに,浸水リスクに応じたきめ細やかな目標を設定することが求められている。
 
平成27年の下水道法改正においては,こうした課題に対応するため,新たに雨水の排除に特化した「雨水公共下水道制度」を創設した。この制度は,「人口減少等の社会情勢の変化を踏まえた都道府県構想の見直しの推進について」(平成19年9月)の通知以前に,都道府県構想において汚水処理と雨水排除を公共下水道で実施することを予定していた地域のうち,効率的な整備手法の見直しの結果,汚水処理方式を下水道から浄化槽等へ見直した地域において,雨水の排除のみを実施することを可能とする制度である。区域の設定にあたっては,人口減少等に対応した都市再生特別措置法に基づく立地適正化計画やコンパクトシティ等の長期的なまちづくりとの調整を図ることが必要である。雨水公共下水道の実施区域のイメージを図- 5に示す。
 

図-5 雨水公共下水道の実施区域のイメージ




 

5. 新たな雨水管理の考え方の水平展開

平成26年度に策定された「新下水道ビジョン」においては,下水道による浸水対策の「雨水管理のスマート化」という概念が打ち出された。これは,ハード対策に加え,ソフト・自助を組み合わせ,賢く雨水管理を行うことを指す。雨水管理のスマート化に向けた中期的な目標として,事業主体は,ハード・ソフト・自助の組み合わせで浸水被害を最小化する効率的な事業を実施すること,施設情報と観測情報等を起点とした既存ストックの評価,活用を実施すること等が挙げられている。また,平成27年の水防法等の改正においては,前述した制度が新規に創設され,「水位等観測情報の通知および周知」,「官民連携した浸水対策」,「下水道による浸水対策を実施すべき区域の明確化」等の新たな雨水管理の考え方が盛り込まれている。
 
国土交通省では,こうした新たな雨水管理の考え方を水平展開するため,平成27年度に国土交通省に設置した「新たな雨水管理計画策定手法に関する調査検討会」(委員長:古米弘明東京大学大学院教授)の助言の下,公募で選定した都市を対象にフィージビリティスタディを実施し,その調査での知見等を踏まえ,新たな雨水管理に向けた各種ガイドライン(案)を策定し,平成28年4月に公表している。図- 6に,各種ガイドラインの全体像を示す。
 

図-6 新たな雨水管理計画に関するガイドライン類の全体像




 

6. おわりに

日本における下水道人口普及率は約78%に達し,管渠総延長約46万km,処理場数は約2,200箇所となっており,下水道による汚水処理については,整備促進から管理運営の時代へと軸足がシフトしていく一方で,下水道による雨水排除,雨水管理については,5年に1回程度の大雨に対する整備率は,平成26年度末時点で,面積割合で約56%にとどまっている。
 
平成27年の水防法等の改正等により,下水道による浸水対策に関する新たな考え方が打ち出されており,その制度改正の趣旨を踏まえ,浸水シミュレーション等による浸水リスク評価により,下水道による浸水対策を実施すべき区域を明確化し,きめ細やかな対策目標の設定や目標達成のための事業の重点化・効率化を図ることが求められている。地方公共団体においては,前節にて紹介した「雨水管理総合計画策定ガイドライン(案)」を参考に,浸水シミュレーション等による浸水リスク評価を踏まえ,下水道による浸水対策を実施すべき区域や既存施設を最大限活用した対策等を定めた「雨水管理総合計画」を策定し,効率的かつ総合的な浸水対策の実施を図られたい。
 
なお,「雨水管理総合計画」の策定は,平成28年度に新規に創設された「効率的雨水管理支援事業」において,「効率的雨水管理総合計画」の策定として支援が可能であるため,積極的に活用されたい。
 
また,全国の地方公共団体における下水道を担当する職員の人材育成の一環として,全都道府県による浸水対策に関する勉強会の開催や雨水通信教育システム〜雨道場〜の発刊といった取り組みを実施し,下水道による浸水対策に関する国土交通省の動向や取り組み,各地方公共団体における課題や好事例の水平展開等を推進している。平成28年からは,浸水対策に関する各都市の取り組みの好事例や課題等を共有し,人材育成を促進することを目的に,情報基盤(下水道浸水対策ポータルサイト「アメッジ」 URL:http://shinsui-portal.jp)の整備を実施し,試行サイトを立ち上げ,情報共有,発信の強化を図っている。
 
今回紹介した水防法等の改正やガイドライン類の公表,その他の取り組みを通して,今後も国土交通省は技術的,財政的,人材的支援等を実施していく所存であり,全国の地方公共団体において,浸水対策,雨水対策が下水道の主流となるよう期待するところである。
 
 
 
【出典】


積算資料公表価格版2016年06月号

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

最終更新日:2023-07-14

 

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