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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 「いい建築」をつくる材料と工法 > 木造軸組工法による中大規模木造 建築物の普及促進の取組みについて

 

1. はじめに

木材はわが国の風土に根差した優れた建築材料であり,居住者の心理面,生理面に及ぼす効果や炭素固定による地球温暖化防止の効果もあり,様々な技術開発の進展や,建築基準の性能規定化等の法令改正も相まって,建築物への木材利用に向けた各種の取組みが進展してきています。
 
特に,これまで木造によることが少なかった非住宅の用途の比較的規模の大きな建築物について,木造化を推進するため,中大規模の木造建築物に係る構造設計等のわかりやすい手引き書の検討が進められています。また,中大規模建築物の検討の際に木造が選択肢となるよう,木材を活用することの良さや優れた木造建築物の事例等を紹介する普及資料の作成,情報提供の取組みが進められています。
 
ここでは,これらの中大規模木造建築物の構造設計指針の作成や中大規模木造建築物の普及資料の作成等の取組みについて紹介します。
 
 
 

2. 非住宅分野の建築物における木造化の遅れ

建築物の着工統計から階数別,構造別の分布について,平成30年度「建築着工統計」を用いた国土交通省の分析によれば,住宅と非住宅分野の用途で対比してみると,住宅の用途については,1~3階までは木造が約8割を占めるのに対し,非住宅分野の用途の建築物では,木造の占める割合は約14%に留まり,相当量の建築着工はあるものの,木造化が遅れていることがわかります。また,4階以上の建築物については,住宅,非住宅分野とも木造の占める割合は非常に低いのが現状です(図-1)。
 
このようなことから,建築着工のボリュームゾーンを占め,今後の建替え需要の増加も見込まれる非住宅分野での木造化の推進においては,例えば,都市の郊外部に立地する1~3階程度の店舗や工場,倉庫等の低層の大規模建築物のほか,既成市街地における4階以上の事務所,店舗,住宅等の中層建築物等からなる中大規模建築物の木造化の取組みが重要となってきています。
 

図-1 住宅と非住宅分野の木造化の状況




 

3. 木造軸組工法による中大規模木造建築物の構造設計指針の作成について

公益財団法人日本住宅・木材技術センター(以下,住木センター)では,住宅規模の木造建築物に関する許容応力度計算の手引書として『木造軸組工法住宅の許容応力度設計』(通称「グレー本」)を平成13年に発刊致しました。その後,平成20年,平成29年の2度の改訂を経て現在(2017年版)(図-2)に至っており,木造住宅の構造設計者の実務者と確認審査を行う人々の共通の手引書として活用いただいております。
 
一方,事務所,店舗,工場,倉庫等の非住宅分野の中大規模木造建築物については,住宅に比べ長スパン,高い階高となることや積載荷重が大きくなることから,グレー本の適用範囲を超える高耐力の耐力壁や水平構面が求められ,その周辺部材や接合金物の検討も適切に行う必要があります。一方,近年では,様々な高耐力の壁や接合部材が開発され,実用化されてきていますが,これらの標準化,規格化を想定した標準的な構造設計手法が求められています。
 
中大規模木造建築物の構造計算の手引の検討に当たっては,前述のグレー本による構造計算方法の流れを汲んだ,木造軸組工法による非住宅中大規模木造建築物向けの構造計算手法を確立することで,これまで木造住宅を手掛けてきた設計者も,非住宅の中大規模木造建築の構造計算に取組みやすくなることが期待されます。
 
このようなことから,住木センターでは,平成30年度から,国,大学,関係機関のご協力を得てグレー本の拡張版として,非住宅中大規模木造建築物を対象としたルート1(許容応力度計算),ルート2(許容応力度等計算)の構造設計を行うための『木造軸組工法による中大規模木造建築物の構造設計指針』(以下「中大規模木造向けグレー本」)の検討を進めおり,令和元年中に成案を得て,年度内の講習会の開催を予定しています。
 

図-2 木造軸組工法住宅の許容応力度設計




 

4. 「中大規模木造向けグレー本」の概要

(1)適用の範囲

「中大規模木造向けグレー本」において適用を想定している建築物の構造種別としては,一般的な木造軸組工法の建築物で,鉛直荷重に対しては単純梁形式の梁・桁及びトラス形式で構成された床組や小屋梁組を柱で支え,水平力に対しては,筋かいや面材等を用いた耐力壁や柱・梁を剛接合としたラーメンによって抵抗する構造形式としています。
 
また,構造計算ルートとしては,いわゆるルート1(許容応力度計算)及びルート2(許容応力度等計算)を行うための方法を記載することにしています。さらに,ルート1やルート2において,これまでも耐力壁の許容耐力評価法や詳細計算法等で行われてきたように,大地震時の安全性を担保するために,終局耐力・靭性率等を含む耐震性能評価が求められる際に,水平力に対する鉛直構面の荷重変形特性をフレームモデルの荷重増分解析等から計算する場合等に必要となる情報については,可能な範囲で参考として記載することとしています。
 

(2)構法の概要

「中大規模木造向けグレー本」において想定している鉛直構面として,まず耐力壁については,建築基準法施行令第3章第3節の仕様規定に適合するもので,政令告示で壁倍率が与えられている耐力壁のほか,詳細計算法または耐力壁の面内せん断試験により短期許容せん断耐力が与えられた耐力壁も含むこととしています。木造ラーメンについては,住木センター発行の『木造ラーメンの評価方法・構造設計の手引き』に記載された遵守事項(回転剛性,降伏・終局モーメントと靭性を考慮)の範囲内のものを対象としています(図-3)。また,大スパン架構については,「日本工業規格 木造校舎の構造設計標準」(JIS A3301)に記載された山型トラス等の接合部の仕様と計算方法が定められた平面トラスを対象としています。
 
また,水平構面については,まず床について,仕様規定や実験や計算により単位長さ当たりの短期許容せん断耐力が与えられる床水平構面を扱うこととしています。屋根については,和小屋方式や登り梁方式,トラス方式,その他実験や計算により単位長さ当たりの短期許容せん断耐力が与えられる水平構面を扱うこととしています。
 

図-3 木造ラーメンの評価方法・構造設計の手引き



(3)構造計算モデルの概要

「中大規模木造向けグレー本」においては,従来のグレー本において用いた耐力壁加算則モデルに加え,任意フレーム応力解析モデルを加えることとしています。
 
耐力壁加算則モデルにおいては,耐力壁や水平構面の短期許容せん断耐力の上限がグレー本の13.72kN/m(壁倍率換算で7.0倍)から29.40kN/m(壁倍率換算で15.0倍)に拡大することとしています。これに伴い,梁の短期応力に対するチェック等の検討を追加します。
 
任意フレーム応力解析モデルにおいては,建築物全体または構面単位の応力解析モデルを用いた応力解析結果から構造計算を行うこととし,モデル化は,接合部の剛性を考慮したモデル化とし,耐力壁や水平構面は面内せん断剛性と等価のブレース材に置換してモデル化することになります。
 

(4)使用材料の概要

中大規模木造建築物の構造設計に用いる木質構造部材として,主なものでは,構造用製材,構造用集成材,構造用LVL,構造用合板,OSB・MDF 等木質系構造用ボード,CLT,木質系複合パネル等に係る各種の強度特性値のほか,各種の接合具・接合金物の規格(図-4),接合部の剛性・耐力の設計式等について参照できるように取りまとめる予定です。
 

図-4 中大規模木造建築物用梁受け金物の例



(5)構造計算の前提と各部位の構造設計の概要

まず,一般的な構造計算の前提となる荷重・外力算定の前提条件や木構造の各部位の断面検定の方法について解説します。次いで耐力壁の構造設計法において,中大規模木造建築物において階高が3mを超える場合を想定して,筋かいの2段配置の仕様等(図-5)を示すとともに,中大規模木造建築物向けの鉛直構面に係る各種の面材張り耐力要素の詳細計算法について解説します。さらに床水平構面等に係る各種の面材張り耐力要素の詳細計算法についても解説します。
 

図-5 階高が高い場合の二つ割筋かいの例


 

さらに,木造ラーメンの構造設計法について,住木センター発行の『木造ラーメンの評価方法・構造設計の手引き』に準拠して解説します。そこでは,木造ラーメンの構造特性として,木造ラーメンの接合部は一般的に全強接合とすることは困難なため,ラーメンフレームの耐力はモーメント抵抗接合部(図-6)によって決まることとし,接合部のモデル化においてはモーメントにより接合部に生じる回転角を適切に評価した回転バネ等にモデル化することとしています。木造ラーメンに用いる接合部として引きボルト式モーメント抵抗接合部の構造設計法のほか,鋼板挿入ドリフトピン式モーメント抵抗接合部の構造設計法について解説します。
 

図-6 標準型モーメント抵抗接合の概要(柱梁接合部)


 
また,中大規模木造建築物に用いられる横架材の例として,一般流通材等を用いて構成可能な組立梁の構造設計法のほか,一般流通材や構造用集成材を用いて一般的な切妻屋根や陸屋根,片流れ屋根に用いることが可能な「日本工業規格 木造校舎の構造設計標準」(JIS A3301)に記載されている山型トラスのほか,各種の平行弦トラス,張弦トラスの構造設計法について解説します(図-7)。
 

図-7 各種トラスの略図


 

(6)接合部等の試験方法と評価方法の概要

木造建築物の許容応力度計算において,各接合部等の許容耐力を算定するための試験方法や評価方法について,鉛直構面及び水平構面の面内せん断試験や接合部の引張・せん断試験をはじめとする各種の試験方法,評価方法について紹介します(図-8)。
 

図-8 鉛直構面耐力壁の試験体設置方法(柱脚固定式)の例


 

(7)中大規模木造建築物のモデルプラン,構造計算例の概要

「中大規模木造グレー本」においては,構造計算の流れを具体の設計例から確認することにより,読者の理解を深めることを目的として,中大規模木造建築物に関する標準的なモデルプランとその構造計算例を2種類(平家建て倉庫,3階建て事務所)用意しようと考えています。
 

(8)高倍率の耐力壁,接合金物の開発検討

「中大規模木造グレー本」の検討と並行して,学識経験者,住宅メーカー,工務店等の関係団体の方々と連携して,中大規模木造建築物向けの高倍率(15~20倍相当)の耐力壁と接合金物の開発に取り組んでいます。あわせてそれらの普及促進に向けた部材の標準化,規格化にも取り組みます。
 
 
 

5. 中大規模木造建築物の普及促進事業の推進

木造建築実績の少ない非住宅分野(店舗や事務所等)の中大規模建築物において,木造建築の普及促進を図るため,住木センターでは,平成30年度から,国,大学,関係機関のご協力を得て検討委員会を設置し,中大規模木造建築物の普及促進事業に取り組んでいます。平成30年度には非住宅分野を中心に中大規模木造建築の多様な取組みの実践例について,木造プロジェクトに携わった設計者の方々から検討委員会での発表に加え,ヒアリング等の調査を行いました。それらを通して,木造プロジェクトの企画構想段階から設計,施工に至るプロセスにおいて,木造を選択する要因・メリットのほか,設計,施工上の課題の洗い出し,普及促進策の検討を行いました。
 
その成果として,地方公共団体や民間等の建築主の方々や意匠設計者の方々向けに,木を用いた中大規模建築の勧誘手引きとなるパンフレット「建てるのなら,木造で ~身近なまちの建物から中大規模建築まで~」を作成し(図-9),関係機関等に配布しています。(パンフレットは住木センターホームページの次のアドレスからダウンロード可能です。https://www.howtec.or.jp/files/libs/2680/20190510155801309.pdf
 

図-9 「建てるのなら,木造で」建築主向けパンフレット


 
このパンフレットでは,検討委員会での発表,ヒアリングをもとに,木を用いた比較的小規模な建築物から中大規模建築物までの優良事例について,事業主や利用者の声も交え多数紹介をしています。また,中大規模木造建築をつくるまでのプロセスにおいて事業主と木造専門家によるコラボレーションが大事であり,それぞれのフェーズにおいて調整,検討すべき点についてわかりやすく解説しています(図-10)。
 

図-10 「建てるのなら,木造で」建築主向けパンフレット 中大規模木造建築のプロセス例




 

6. 中大規模木造建築データベース

木を用いて中大規模建築物を建ててみたいという建築主,設計者向けに,中大規模木造建築物の既存事例の中から類似事例を簡単に検索できるデータベースが,平成31年2月にインターネットにおいて公開されています(図-11)。
 

図-11 中大規模木造建築データベースHP


 

https://www.daimoku.jp/
 
これは,各種の中大規模木造建築の規模,階数,用途,当該建築物の設計,施工に関わった技術者,法人に関する各種情報のほか,中大規模木造建築に構造部材として用いられる製材,集成材のほか,近年開発が進むLVL(単板積層材),CLT(直交集成板),保存処理木材等のさまざまな木質部材の情報をインターネットにより,簡便かつ一元的に提供しようとするものです。
 
このデータベースの活用方法として,例えば,検討対象の建築物に類似した優れた取組み事例について,データベースの検索により手軽に抽出し,類似事例の中大規模木造建築物に用いられた木質部材,設計者,施工者等に関する情報を参考にしていただき,木造プロジェクトの実現に向けた取組みが進められることが期待されます。
 
 

7. おわりに

中大規模木造建築物の構造設計指針の検討といった技術開発分野の取組みから普及促進に係る各種の取組みについて紹介いたしました。今進められている木造プロジェクトは,先進の技術を用いて,人と環境に優しい建築物を実現するものです。この機会に木材活用に関心を持っていただき,中大規模木造建築の実現にチャレンジされることを期待しています。
 
 
 

公益財団法人 日本住宅・木材技術センター 専務理事  金子 弘

 
 
【出典】


積算資料公表価格版2019年11月号


 

最終更新日:2023-07-10

 

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