建設資材データベーストップ > 特集記事資料館 > 建築施工単価 > 材料からみた近代日本建築史 その2 大谷石 -帝国ホテルとフランク・ロイド・ライト-

 

刻みこまれた装飾

日本は木の文化の国で,ヨーロッパのように石の建築はつくられてこなかった,と決めつけてしまうのはいささか早計だ。日本にも独特の風合いをもち,建材として長く使われてきた石材がある。
 
栃木県産の大谷石はもともと石蔵などに使われていたが,フランク・ロイド・ライトが帝国ホテルの設計に際し用いたことで広く知られるようになった。内外装に使われた大谷石には,ライト独自の装飾紋様がふんだんに刻み込まれ,明暗に満ちた,独特の空間がつくりだされることになった(写真−1)。
 

写真−1 帝国ホテル 外観】



ライトは不思議な建築家だ。近代建築の三大巨匠のひとりに数えあげられながら,他のふたりとはずいぶん違う。他のふたり,ル・コルビュジエとルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエは,その国の歴史や文化の違いを越えて,世界に普遍していける近代建築の姿を追い求めた(写真−2)。
 

写真−2 ル・コルビュジエ サヴォア邸】



だがライトは,国や地域に固有の建築のあり方を認めながら,そのなかに共通する形態原理を追求しようとした。そのため,ライトのデザインは,建てられる場所によって一つひとつが異なることも多い。
 
帝国ホテルでは平等院鳳凰堂がデザインのモチーフとなった。左右に張り出した南北客室棟のあいだに中央部が置かれ,ここには玄関・食堂・宴会場が,しだいに床レベルを高められて配置されて,ホテルの社交場としての雰囲気が演出されている。地上5階地下1階,270室の客室をもち,総面積は1万500坪を超える(写真−3)。
 

写真−3 帝国ホテル外観(出典:谷川正巳『日本の建築[明治 大正昭和]9 ライトの遺産』三省堂,1980年,p.127)




こうした構成とあいまってその空間をいろどるのが,独特の質感をもつ国産石材,大谷石だった。
 
帝国ホテル以外にも,東京・目白の自由学園明日館(写真−4)や神戸・芦屋の旧山邑邸(写真−5)など,ライトが日本で手がけた建物にはおおく大谷石が使われている。ライトは何故,大谷石という石にこれだけこだわったのだろうか。そして,この石に何故,あれほどにまで執拗に装飾を刻み込んでいったのだろうか。
 

写真−4 自由学園明日館】


 


 

写真−5 山邑邸 玄関(上)居間(下)】



建材としての大谷石

まず,大谷石とはそもそもどのような特徴をもった石材なのか。栃木県宇都宮市の北西部,南北に6キロ,東西に4キロにわたり広がる地帯で産出する多孔質,薄緑色の凝灰岩を総称して大谷石と言っている。この地帯にはほかにも,板橋石,田下石,寺沢石,徳次郎石,長岡石,平野石,深岩石,船生石など採掘地に応じた名称があり,それぞれ質感や性質の違いなどあるが,採掘地の中心が大谷町であることからこのように呼ばれるようになった(写真−6)。
 

 

写真−6−① 採掘現場 写真提供:大谷石材協同組合】



この緑色ははるか昔,日本列島が形成される頃(2500〜1100万年前),海底火山から噴出した火砕岩類が海水によって変質したもので,グリーンタフ=緑色凝灰岩といわれる。凝灰岩は,火山噴火の際の火山灰が堆積してできたものだ。大谷石によく見られる茶褐色の小さな斑点(「ミソ」という)は,この堆積層に混入した軽石が粘土化したものである。淡い緑色と,そのなかにときおり混じる茶褐色の斑点,これが大谷石の特徴で,独特の温かみをつくりだしている。
 

(大谷石・荒目1級品)

(戸室石1級品)

(中目1級品)

(田下石1級品)

   

(細目1級品)


写真−6−② 大谷石の種類と規格 写真提供:大谷石材協同組合】

さかのぼると古墳時代の炉石や石棺,また奈良時代以降は寺社の基壇や基礎などに用いられてきた。建材として利用が活発となったのは江戸時代以降といわれる。城郭の石垣や石橋のほか,石蔵に使用されることが多くなった。防火性能に秀で,雨に濡れても崩れることがないことから,漆喰(しっくい)に代わって蔵の外装に張り石として使われるようになった。なまこ壁のように目地や鉄釘の穴などに漆喰を充填して保護するので,その組み合わせでさまざまな格子状のパターンが外観にでき,大谷石の石蔵の特徴になっている(写真−7)。
 

写真−7 大谷石蔵 美しいなまこ漆喰 
写真提供:大谷石材協同組合】




積み石として使われるようになったのは,交通機関が整備される明治期後半になってからである。昭和に入ると,大谷公会堂(昭和4(1929)年,更田時蔵設計)(写真−8),カトリック松が峰教会(昭和7(1932)年,マックス・ヒンデル設計)(写真−9),日本聖公会宇都宮聖ヨハネ教会(昭和8(1933)年,上林敬吉設計) (写真−10)など,大谷石を用いた大規模な公共建築も建設されるようになった(いずれも国登録有形文化財)。
 

写真−8 旧大谷公会堂】

写真−9 松が峰教会】

写真−11 大谷風景(自然との調和) 写真提供:大谷石材協同組合】


大谷石はその優しく控えめなテクスチャー(肌理)から,他の材料との相性もいい。赤レンガや,帝国ホテルで使われたスクラッチタイルなどもその好例である。また,大谷の石蔵は周囲の樹林となじみ,四季のさまざまな色彩の花木をあでやかに引き立たせ,風景をつくりだす(写真−11)。日本の風土や自然のなかに溶け込んで独特の風情をつくり出す,そうした柔らかさ,しなやかさを備えた石材が大谷石である。
 

写真−11 大谷風景(自然との調和) 写真提供:大谷石材協同組合】



大谷石はどのようにして選ばれたか

だが,ライトは当初,帝国ホテルに大谷石を用いようとはしていなかった,と聞くとびっくりするかもしれない。この経緯については,ライト研究家として知られる谷川正巳博士が明らかにしている。 東京・日比谷で帝国ホテルの工事が起工した頃(大正8(1919)年9月着工),そこから歩いてほどない霞ヶ関では,国会議事堂(旧帝国議会議事堂)の建設がまさに始められようとしていた(大正9(1920)年1月着工)。国会議事堂の建設は我が国開国以来のまさに国家プロジェクトで,コンペ(設計競技)によって設計案を募り,大蔵省内に臨時建築局が設けられて設計作業が進められた。使用する建材は国産のものを,という規定があり,石材使用の便を図ろうとこの臨時建築局に国内産石材の標本室が設けられた。
 
実はこの標本室をライトは訪れている。ちなみに,このときライトを案内したのは,旧首相官邸(写真−12)を設計した建築家,下元連だった。ライトは標本室に置かれている石材を見て,帝国ホテル用にまず選んだのが,石川県産の蜂ノ巣石(菩提石)だった。これは大谷石とは異なり,赤味がかった色合いをもつ石だったらしい。対して大谷石は,薄緑色の色調をもつ。ライトがはじめに目をつけた蜂ノ巣石とは色合いの点でまるで正反対だ。蜂ノ巣石は残念ながら産出量がわずかで,帝国ホテルの建設に当てることはかなわなかった。ライトは再度臨時建築局の標本室を訪れ,この蜂ノ巣石に代えて,入手が容易な大谷石を選んだらしい。
 
だが,石材の選択に際してのライトの目は,いささかもぶれていなかったのではないか。それは,大谷石がきわめて柔らかい石で,加工性に富んでいたためである。のこぎりで,あるいはかんなで引くこともできる。みずからが描いた装飾を刻ませるのに適した,すぐれた加工性をもつ石材,それが大谷石だった。
 
帝国ホテル建設に際してはひと山をまるまる購入して採石に当て,その採掘跡はライト山と呼ばれいまも残されている。
 

写真−12 首相官邸 写真提供:日刊建設通信新聞社】



幾何学の森

では,ライトが大谷石に刻もうとした装飾は,一体どのようなものだったのか。そして,近代建築の歴史のなかで,それはどのような意味をもっていたのだろうか。
 
ライトの作品譜のなかで帝国ホテルは,日本での作品というだけでなく,ミッドウェイ・ガーデン(1914年,シカゴ)(写真−13)などとともにひとつの頂点をなす作品だ。その特徴は,幾何学的紋様を駆使した独特の装飾空間にある。帝国ホテルは解体(1968年)されてすでにないが,愛知県犬山の明治村に移築された中央玄関の空間を体験するだけでも,大谷石に刻印されたその装飾の豊饒さに圧倒される。まるで幾何学の森を彷さまよ徨い歩き,目眩(めまい)をおこすかのような感覚にとらわれる。
 

写真−13 ミ ッドウェイ・ガーデン(出典:岸田省吾(監訳)『フランク・ロイド・ライト全作品』丸善,2000年,p.182)】




実はライトは建築家として活躍する前から,浮世絵のコレクターとしてシカゴで知られた存在だった。『日本の浮世絵』の著作もあり,シカゴ美術館で「広重展」をプロデュースした経験もあった。なによりも,帝国ホテルの設計依頼は,支配人林愛作のニューヨーク時代,古美術商山中商会での両者の出会いによるといわれる。ルイス・サリヴァンの事務所で働いていたとき,1893年のシカゴ万博での日本館鳳凰殿(写真−14)との出会いがライトの目を日本の建築に向けさせた,という逸話も伝説的である。だが,このときに先んじて,ライトと日本との出会いは,シカゴでライトが最初に働いた設計事務所時代にさらにさかのぼる。
 

写真−14 シカゴ万博鳳凰殿(出典:ケヴィン・ニュート,大木順子(訳)『フランク・ロイド・ライトと日本文化』鹿島出版会,1997年,p.57)】




この事務所の所長,建築家ジョゼフ・ライマン・シルスビーは日本美術の愛好家で,あのアーネスト・フェノロサの従弟にあたり直接の交流のある人物だった。岡倉天心とともに日本の伝統美術の保護育成に尽力したフェノロサは,日本美術の中に線の組み合わせによる空間の構成原理を見出した。
 
この考えは,ボストン美術館でフェノロサを助けた画家アーサー・ダウの著作『コンポジション』などにまとめられ,美術教育に活かされることになる。ライトはシルスビーとの出会いをきっかけに,こうしたアメリカのジャポニスム運動に触れ,またフェノロサによって伝えられた日本美術の性質に開眼していったと考えられる(写真−15)。
 

写真−15 ライトパース図(出典:A.D.A.EDITA Tokyo/フランク・ロイド・ライト建築透視図集弟3巻)】




自然のなかの多種多様な形態の背後に,線を単位にした,部分と全体をつなぐ構成原理がある。それをライトは,「縦糸と横糸の構造」と呼んだ。
 
大谷石に彫り込まれた幾何学的形態,それは実は,浮世絵など伝統的な日本美術に対する,19世紀末の新しい解釈のなかから生まれていったものだともいえる。自然と人工物(デザイン)のあいだに,線とその幾何学的組み合わせがつくる有機的関係がある。ライトの言うオルガニック・アーキテクチュア(有機的建築)の特色のひとつだ。
 
 

オルガニック・アーキテクチュア

だが,このような装飾の新しい考え方は,ライトだけのものというわけでもなかった。1851年の第1回ロンドン万博をきっかけにイギリスのデザイン振興を目的に建設されたサウスケンジントン美術館やそのデザイン学校では,自然の形象から幾何学的パターンを抽出するデザイン手法が創始された。オーウェン・ジョーンズの『装飾の文法』など,その代表的テキストだ。
 
それはやがてドイツ人建築家ヘルマン・ムテジウスらの手によって大陸に伝えられ,バウハウスなどモダンデザインの誕生につなげられていった。ライトの装飾も,世紀転換期のこうしたデザイン改革の潮流に沿うものだったといえる。
 
それは,古典様式を範とするアカデミーの建築やその造形手法に対する反逆であり,近代建築は実にこういうところからその歩みをスタートさせたのである。
 
だがライトの独自性は,そうした線の組み合わせを装飾だけでなく,建築空間の創造にも応用したところにある。ライトの平面図が縦線と横線のグリッド(あるときは60°の角度で)の上につくられていることはよく知られている(写真−16)。壁面を示す線が重なり合い,結合し,またずらされていく。そこに立ち現れる空間は,一つひとつの部屋がここかしこで流れるようにつなげられていく空間だった。
 
帝国ホテルの中央玄関に立つと,玄関ホールから脇に抜けて,空間が水平に流れていくかのように連結されていることがわかる(写真−17)。「流動的空間」と呼ばれるこの空間は,やがてコンクリートや鉄材による構造に応用され,近代建築の空間のもっとも重要な性質のひとつとなっていった。
 
大谷石にきざまれたライトの装飾は,このように日本と西欧をつなぎ,またそれは近代建築の空間のあり方も変えていく可能性を秘めたものだった。無数の装飾を刻まれた大谷石はあたかも森の樹木のように,ひとを驚愕させながらも,なおその穏やかなテクスチャー(肌理)で訪れるひとを迎え入れる。
 
それは,大谷の町に建つ石蔵たちが,林に囲まれ,四季の花を引き立てて風景のなかに溶け込み,ひとびとの暮らしと一体化しているのと同様に思える。ひとびとを包み込みながら,その形象が風景をかたちづくっていく建築,ライトの言うオルガニック・アーキテクチュア(有機的建築)とは,こうした建築のあり方の呼び名なのかもしれない。
 
日本の大谷石は,ライトの思想を一身に引き受け,その建築を可能たらしめるための格好の材料だったのである。
 

写真−16 帝国ホテル1階平面図(出典:谷川正巳『日本の建築
[明治大正昭和]9ライトの遺産』三省堂,1980年,p.130)】

写真−17 帝国ホテル 玄関ホール(上),中央玄関(下)】



 
 
 
[参考文献]
● NPO 法人大谷石研究会(編)『大谷石百選 自然美・建築美』市谷出版社,2006年
● 小西敏正「生きている建材−大谷石」『住宅建築』2001年7月号,pp.127-150
● ケヴィン・ニュート,大木順子訳『フランク・ロイド・ライトと日本文化』鹿島出版会,1997年
● 谷川正巳『フランク・ロイド・ライトとはだれか』王国社,2001年
● 谷川正巳『フランク・ロイド・ライトの日本』光文社,2004年
● フランク・ロイド・ライト回顧展実行委員会(編)『FrankLloyd Wright Retrospective』毎日新聞社,1991】年
 
 
 

日本大学 短期大学部 建築・生活デザイン学科 准教授 田所 辰之助(たどころ しんのすけ)

 
 
 
【出典】


建築施工単価2013年冬号



 

 

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