建設資材データベーストップ > 特集記事資料館 > 建築施工単価 > 重要文化財真禅院本地堂の保存修理工事 〜日本の文化財を守り伝える技術〜

 

1. はじめに

文化財建造物の修理といえば,宮大工などの職人たちによって行われているイメージが強いですが,実は「文化財建造物保存修理技術者」という専門家が保存修理工事の全体を統括しています。一般の建築でいう「建築家」の役割に当たります。筆者は平成27(2015)年11月から約3年間,重要文化財真禅院本地堂の保存修理工事に携わってきました。今回はここでの経験を例に,文化財を守り伝えるために不可欠な「文化財建造物保存修理技術者」の仕事について説明します。
 
 
 

2. 真禅院本地堂の概要と破損状況

【写真−1 真禅院本地堂(上が竣工時,下が修理前の状況)】


真禅院は岐阜県垂井町にある天台宗の寺院で,古くは同町内にある南宮大社の神宮寺の一つでした。真禅院本地堂(以下,本地堂,写真−1)の建立は寛永19(1642) 年で, 徳川家光の寄進を受けて江戸幕府作事方の御大工である木原杢助(もくすけ)が設計したことが古記録の『造営文書』に書かれています。元々は1km離れた南宮大社の境内にありましたが,明治初期の神仏分離令に際して現在地に移築されました。その後150年間にわたり大きな修理は行われずに現代に至ったため,柱の根元が腐ったり,楔(くさび)が緩んで柱が大きく傾く箇所も見られました。さらに軒先が波打つように変形していて,外部に塗られた漆や彩色の塗装も劣化が著しい状況でした(写真−2,3)。
 
このような状況を是正すべく,文化庁・岐阜県・垂井町の補助金を得て,所有者である真禅院が保存修理工事を実施することになりました。
 

【写真−2 軒先の変形状況】




【写真−3 破損状況(上:柱根元の写真。明治に移築したと
きに足元に大きな盤を入れて修理しているが,その盤も腐朽している状況。中:桟唐戸の漆塗りが劣化して下地が見えている状況。下:蟇かえる股また彩色の絵具が退色している)】




 
 

3. 文化財建造物保存修理技術者の仕事

保存修理工事の方針は,「半解体修理」という種別で,柱や貫などの軸部材を建てたまま,それ以外を全て取り外して組み直すというものです。
 
現場の方は,解体範囲や手順を指示しながら職人達の手により修理工事が着々と進んでいきます。一方で文化財建造物保存修理技術者は,現場事務所に駐在して調査と記録を行います。これらの内容は以下の4つに大きく分類されます。

①文化財の価値を見極めること

建造物が重要文化財に指定される時には,必ず指定した理由を示す「指定説明」が作成されます。これは建造物の歴史的・意匠的価値などが書かれているものですが,これだけで文化財の価値の全てを示しているわけではありません。歴史については文化財指定をする時点では不明なことが多く,解体中に調査することで新たな事実が判明することも少なくありません。意匠の面でも建立時の部材なのか,建立後の改造により追加されたものかということが,調査によって判明することもあります。
 
つまり「指定説明」は,既存史料やほかの例との比較によるマクロな見地からの価値付けであり,解体工事中に行う詳細な調査は,ミクロな視点で見た価値評価と考えられます。これによって「指定説明」の示す価値が裏付けられることや,新たな価値が加わることもあるのです。
 
本地堂での調査の結果,建立から150年ほど経った寛政5(1793)年に大きな修理が行われたことが新たに判明しました。鬼瓦・化粧隅木・天井板などに修理記録が書かれてあったことに加え,内外陣境の間仕切りや現在の外部塗装は,後世の時代に改造されたり,塗り直されたものであることが分かりました(図−1)。
 

【図−1 解体中の調査で発見した痕跡や修理記録】



②建造物の本来の姿と改造の変遷を探ること

文化財に指定される建造物は,建立以後,長い年月の間に修理や改造を繰り返すことで現在まで維持,保存されています。文化財の復原にはさまざまな考え方がありますが,まずは建立時の姿や改造の履歴を明らかにし,文化財としての価値を整理することが求められます。
 
本地堂の場合は,寛永19(1642)年の建立以後,元禄7(1694)年の屋根葺替え(修理札による),寛政5(1793)年の大修理,明治4(1871)年の移築が大きな修理のタイミングと考えられます。その時期ごとの姿を図にしてまとめました(図−2)。
 
この結果をもとに,所有者・文化庁・岐阜県・垂井町がどの時期の姿に復原すべきか,または現状の姿とするかを協議しました。最終的には建立時の姿に戻すことになり,「現状変更」申請の手続きを行い,国の審議会を経て了承されました。その後,調査成果に基づく当初の仕様に倣った復原設計を組み上げます。
 

【図−2 改造の変遷】



③文化財の価値を下げずに100年先まで残し続けること

日本の建造物は,多雨多湿な気候や台風・地震などの災害により,破損が進行しやすい環境にあります。特に木造建造物では定期的なメンテナンスが不可欠です。その中でも傷みやすい屋根は,植物系の屋根葺材(桧皮葺き,こけら葺き)では20年ごとに,瓦では50〜100年ごとに葺替えが必要です。このほかに小屋組や軸部(柱や貫)は徐々に楔が緩んでくるため,100年に一度は解体して組み直すことで,永続的に保存することができるのです(図−3)。
 
文化財建造物保存修理技術者は,解体した部材を丁寧に観察し,腐れや折れている箇所がないかを確認します。そして破損の程度に応じて,繕い補修するか交換するかを決定します。古材をできるだけ再利用することはいうまでもありませんが,100年先の修理まで持ちこたえられるかどうかも重要な判断基準となります。そして部材を交換する際には,旧来の工法を踏襲するのが原則です。
 
それ故,部材ごとの材種,表面加工に使用した工具,継手仕口の形状などを細かく記録します。この調査に基づき改めて修理内容を見直し(実施設計),職人の手による部材修理を行った後,組立作業となります。
 
一方,旧来どおりに設計するだけではいけない場合もあります。修理前の破損状況をよく観察すると,周囲の環境が大きく関係していることが多くあります。日光の当たり方や風雨が吹きつける向き,湿度環境などは,周囲にある建物や地形,樹木の大きさ等に応じて変わるものです。本地堂は移築された経緯があり,建立時の形式に戻した場合,現在の環境に適応するか否かが問題となりました。
 
真禅院の境内は垂井町の中でも積雪が多い場所に位置し,さらに周囲が木々に覆われていることで,湿度が高くなりやすい環境でした。古記録の『造営文書』により,建立時の屋根は木とくさ賊葺き(注)と判明していましたが,そのとおりに復原してしまうと,湿潤な環境のために想定よりも早く傷んでしまい,残し伝えていくべき古材を交換せざるを得なくなります。
 
そのため,屋根の部位でも雨の心配が少ない軒付けや瓦棟積みに関しては当初の形式とし,平葺きと呼ばれる雨がよく当たる部分については銅板葺きに整備しました。全体としては,切断された棟束を本来の長さに戻しつつ木賊葺きの葺き厚を考慮した下地をつくることで,本来の屋根シルエットを再現することに努めました。
 

【図−3 解体範囲と組立時の変更箇所】



④修理の内容を記録すること

修理工事が完了すると「保存修理工事報告書」を刊行しますが,工事期間中に作成し始めます。内容は工事の詳細な内容や費用のほかに調査で判明したこと,現状変更の内容とその根拠を示し,建造物の特徴的な技法があったり,構造補強した場合にはその詳細等を掲載します(写真−4)。また,併せて工事中の工程写真や「保存図」を掲載します。この報告書は国立国会図書館をはじめ,各都道府県立図書館に納められます。
 
報告書に掲載する保存図とは,明治期から文化財修理がはじまって以降,文化庁に資料として永久に保管することを目的として作られる図面のことです。解体修理や半解体修理をする際には,保存図を作成します。A0判ほどのケント紙に,烏口(からすぐち)や面相筆を用いて墨を差し,手描きします(写真−5)。これは明治期からの伝統になっており,現在でも同じやり方で作成します。現状変更などで建物の形式が変わった場合は,修理前と竣工について2種類の図面を描いて残します。
 

【写真−4 保存修理工事報告書】

【写真−5 保存図作成の様子】



 

4. 最後に

以上のような作業が修理現場での仕事の大半を占めますが,このほかにも解体中の工事現場で行われる見学会で工事概要を説明し,地域住民に理解を深めてもらう活動も行っています。
 
今回は寺院の修理を例に挙げましたが,近年に指定された重要文化財には,明治以降に建てられた工場や公共施設なども増えてきており,用途や構造の種類が多様化しています。特に煉瓦造・鉄骨造・RC造などを修理する技術については,さまざまな専門家の介入がなければ適切な保存措置が講じられない状況にあります。専門的に分科化が進む技術の分野に対し,それを適切に判断しながら文化財の価値を損なわないよう修理計画を立てることも,文化財建造物保存修理技術者の仕事であり,今後は業務の幅も広がってくると思われます。
 
 


(注)木賊葺き:木材の薄板を用いて施工する板葺きの一種。板厚は4~7mm

 
 
 

公益財団法人 文化財建造物保存技術協会  藤倉 賢一(ふじくら けんいち )

 
 
 
【出典】


建築施工単価2020秋号



 
 
 

 

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