はじめに
近年、BIM積算の相談や業務が増加しており、関心の高まりと期待の大きさを感じます。
BIMはモデリングしたオブジェクトの数量が集計表に即時反映されます。
この特性から、「積算の自動化や大幅な効率化が図れるのではないか」、「設計しながらコストシミュレーションができるのではないか」といった期待を抱く人も多いのではないでしょうか。
中小規模の積算事務所である私たちは、期待というより、積算業務がなくなるかもしれないという不安からBIM積算の検証を始めたというのが正直なところです。
「2020年頃にはBIM積算が定着しているだろう」と予測していましたが、幸か不幸か、現在も従来の積算業務と並行してBIM積算の普及に努めています。
当初は出口の見えない混沌とした状況でしたが、ここ数年でようやく輪郭と道筋が見えてきました。
しかし、画一的なワークフローでBIM積算を行うのはまだ難しく、そこには「標準化の壁」が立ちはだかっていると考えます。
標準化への動き
2023年度に、国土交通省が「官庁営繕事業におけるBIMデータを活用した積算業務」の試行を開始し、BIMデータの積算活用について効果検証を行うことを発表しました。
積算対象として指定されている部位は限定的ですが、躯体のほか、間仕切下地や外壁、外部開口、内部開口などの仕上げや建具も含まれています。
この取り組みは、BIM積算において大変意義深いことです。
国が主導して検証を進めることで、標準化への動きがさらに加速化することを期待しています。
なぜ標準化が必要なのか
2023年3月に国土交通省が提示した「建築BIMの将来像と工程表」では、「横断的活用の円滑化による協働の実現」として、「属性情報の標準化」や「BIM積算手法の策定」といった具体的な取り組みが明示されています。
社会全体で共有するBIMデータの基準が確立されることで、事業者間やプロジェクト間でのスムーズなデータ共有や引き継ぎが可能になります。
「属性情報の標準化」の利点について、 BIM積算の視点でもう少し詳しく説明していきます。
無秩序なデータベースを体系化する
BIMデータは、建築物の形状や仕様などの膨大な属性情報を集約した「データベース」です。
これをExcelのような2次元の表型データベースに置き換えるとイメージしやすいかもしれません。
BIMにモデリングされた部材一つ一つの識別子がExcelの列タイトルに当たり、属性項目名が行タイトル、属性データが各セルの値に相当します。
BIMモデルに新しい部材をモデリングするたびに、列が増えてくイメージです。
列タイトルの識別子(項目名)の付け方は、基準(ルール)がなければ、設計者に委ねられます。
例えば部位が「柱」であれば、識別子は “構造柱”、“column”、“C1”…と、設計者によってさまざまな表現が使われます。
寸法も、幅や高さといった文字で表現する人もいれば、Dx、Dyというように記号で表現する人もいるでしょう。
このように、統一された基準がないとデータベースの利用者は柱の情報がどの列に格納されているのかを特定できません。
つまり、データベースの設計仕様(規則)がないと、それぞれの列の値が何を意味しているのか分からず、利用しづらくなります。
そこで、まずデータベースを正規化します。
正規化とは、データベースにどのような規則で何の情報が含まれているのかを整理し、目的のデータを識別できるように体系化することです。
利用者が、この正規化の作業を省略して、すでに整理体系化されたデータベースで作業できれば、その後の作業のワークフローを定型化できるため、大幅な効率化や自動化が可能になります。
規模や用途の異なる多種多様な建築物を、全て同じデータベース仕様で作ることは現実的に不可能ですが、一部の共通的な部位や利用価値の高い属性情報を共通エリアとして標準化すれば、プロジェクトや事業者の枠を超えて横断的なデータ連携がしやすくなります。
BIMデータの標準化は、積算活用に限らず、BIMデータを利用する全ての関係者にとって大きな利点をもたらします。
モデリングガイドラインの動向
では、BIMの標準化はどこまで進んでいるのでしょうか。
BIMモデリングルールの標準化に向けて、国土交通省や各団体、民間企業によって、ガイドラインが公開されています。
2021年3月、日本建築士連合会、日本建築士事務所協会連合会、日本建築家協会(設計三会)による「設計BIMワークフローガイドライン(第1版)」が公開されました。
UR都市機構は、2023年5月に集合住宅設計BIMのガイドラインとBIMデータ類を公開しています。
民間企業では、2023年1月に株式会社大林組が自社のBIMモデリングルールである「Smart BIM Standard(SBS)」を一般公開しました。
自社独自のBIMモデリングルールを策定している企業は多数ありますが、社外に公開するというケースは珍しく、他社との壁を越えたBIM活用促進への並々ならぬ熱意が伝わってきます。
負荷と価値のバランスで効率性を確保するこれらのガイドラインに積算を考慮したルールを盛り込むことで、積算しやすいBIMデータになるでしょう。
しかし、ルールが複雑化し、BIMのデータ容量が大きくなることで、かえって生産性が低下する恐れがあります。
積算フェーズだけではなく、建築プロジェクト全体での効率性を考慮し、モデリングの負荷をいかに抑えて効率性を確保するか、作業負荷と利用価値のバランスをとりながら基準づくりを進めていくことが重要と考えます。
BIM積算の方法
次に、現状行われているBIM積算の具体的な方法について見ていきます。
国土交通省の「官庁営繕部における官庁営繕事業におけるBIM活用ガイドライン」に、数量算出について次の記載があります。
この2通りの手法を、弊社では前者を「直接型」、後者を「連携型」と呼んで区別しています。
直接型BIM積算
直接型とは、BIMモデルにあるデータを、 BIMソフトウエアの集計機能や出力機能、アドインツールなどを使い、BIMソフトウエアだけで積算する方法です。
設計変更による数量の変動は即座に集計表に反映されるため、コストシミュレーションを目的とした積算に適しています。
また、不足項目や単価情報などは、BIMモデルに追加データを直接付加するため、積算フェーズでBIMデータベースの価値が高まるというメリットがあります。
一方で、数量の正確性はBIMモデルの精度に依存するため、BIMモデルの確からしさをどのように担保するかを検討する必要があります。
また、数量は部材の形状から得られる実数であり、建築数量積算基準は考慮されない数量となるため、公共工事には不向きです。
連携型BIM積算
連携型とは、BIMデータから、積算に必要な部材の属性情報を取り出し、積算ソフトウエアにデータを連携する手法です。
積算ソフトウエア側で部材を配置する作業を軽減できるため、効率化が可能です。
不足情報や、BIMから連携できないデータは、積算ソフトウエアで積算者が付加します。
運搬費や整理清掃後片付けなど、部材としてBIMには入力しづらい項目も、積算に特化したソフトウエアではスムーズに入力することができますし、建築数量積算基準に基づいた数量を自動集計機能で算出することが可能です。
連携した後は、BIMからは分断されるため、積算フェーズで付加したデータはBIMには反映されません。
BIMで設計変更した内容も、積算ソフトウエアには同期されません。
また、BIMデータの精度や詳細度が低い場合、連携後のデータのチェックや補正が必要になるため、効率性が確保できない場合があります。
先に紹介した「官庁営繕事業におけるBIMデータを活用した積算業務」の試行要領の中で、「BIM連携積算」の定義は「官庁営繕事業においてBIMデータの全てまたは一部を活用し、『公共建築工事積算基準』などに基づき積算業務を行うことをいう。」とされています。
ここでいう「BIM連携積算」には直接型も含まれており、手法は指定されていません。
しかし、公共建築工事積算基準に準拠する積算が要求されるため、公共事業においては、連携型での積算が主流となっていくことが予想されます。
積算手法の選択
弊社では、積算を行う際にそのフェーズに適した手法を選択しています。
直接型と連携型、両方の手法を組み合わせて数量を算出することもあります。
設計フェーズごとに要求される積算を①坪単価概算、②歩掛概算、③積上げ概算、④精積算の4つに分類しています。
①坪単価概算、②歩掛概算では、企画、計画段階のためBIMモデルの詳細度も低くなります。
それでも直接型でのBIM積算は可能で、坪単価概算ではBIMモデルの延床面積の数量を利用し、歩掛概算ではエリア面積の数量から算出していきます。
③積上げ概算では、内訳形式を部分別で作成したい場合には直接型が適しています。
一般的に、床、巾、壁、天井の仕上材は、基本段階では独立したオブジェクトとしてモデリングしません。
このため、これらの仕上材の数量は、各部屋(エリア)オブジェクトの面積や周長から取得します。
この集計を手動で行う場合、BIMで部屋数量を集計した後、各部位に仕上材を対応付けていきます。
この作業は大変負荷が高く、ヒューマンエラーも発生しやすいため、弊社ではアドインツール「COST BIM S2」を開発して自動算出を可能にしました。
BIMで概算を出力するアドインツールは、他にもいくつか販売されています。
このようなアドインツールを活用すれば、積算の専門的な知識がなくても、設計しながら概算コストを把握することができるので大変便利です。
工種別の内訳書を作成する場合は、連携型が適しています。
BIMオブジェクトには工種という概念がないため、BIMから出力した数量を工種ごとに分類する作業が必要です。
この作業を積算者が手動で行うのは非常に負荷が高いため、積算ソフトウエアを使います。
④精積算も求められる内訳形式は工種別なので、基本的には連携型で積算します。
とくに構造はBIMデータから鉄筋や型枠の数量を取得するのが難しく、直接型では効率化が図れないため、連携型が適しています。
民間プロジェクトの場合は、建築積算基準の縛りがないため、意匠積算は直接型で行い、ハイブリッドで効率化を図ります。
意匠積算ソフトウエアに連携できる部材が限られているため、連携した後に入力する情報が多くなります。
このため、BIMモデルから取得できる数量をそのまま使う方が効率的なケースが多いです。
このように、BIMデータを活用した積算の手法は、どの組み合わせが最も効率的かを考えて選択することが大切です。
BIM積算の課題
第10回建築BIM推進会議で、「BIMデータを活用した積算業務の取組推進に向けた課題」として4つの課題が提示されました。
[ワークフロー]役割分担の壁
いつ、どのタイミングで誰が何を入力するのか、BIM積算のワークフローが確立しておらず、設計者や積算者の対応範囲が定まっていません。
集計作業や連携作業はどちらが行うのか、設計者はどこまで情報入力するのかなどの取り決めや合意がないまま進めてしまうと、品質や数量の責任所在も曖昧になります。
[モデリング・入力ルール]標準化の壁
標準化の重要性は前項で述べた通りで、 BIMデータを積算で利用する上で標準化は喫緊の課題です。
現状ではBIM積算の前にBIMデータの整理体系化の工程が必要ですが、標準化が進むことでさらにBIM積算による効率化が期待されます。
[積算基準]積算基準の壁
従来の積算では、積算基準に基づいて数量を算出します。
例えば、間仕切下地の開口が0.5㎡以下の場合、欠除はないものとされます。
BIMはオブジェクトの形状から実数量を算出しているため、積算基準には整合しません。
弊社は、国土交通省 の「令和4年度BIMを活用した建築生産・維持管理プロセス円滑化モデル事業」において、「BIMモデルを活用した数量積算の有効性検証と提言」に取り組みました。
その中で、公共建築数量積算基準(平成29年度改訂)に準じた従来積算の数量と、BIMモデルから算出した数量を比較して差分要因などを明らかにしました。
検証の結果、コストインパクトの観点では全体コストに影響を与える程の差分はなく、BIMの数量は可用性があると評価しました。
しかし、公共事業などで積算基準類との整合を求められる場合は、 BIMから算出した数量を、積算基準に合わせて調整する必要があります。
[技術力]人材不足の壁
2022年度の国土交通省調べによると、 BIMを導入している積算事務所は35%でした。
BIM積算を実施している積算事務所はまだ少ないというのが実情です。
BIMソフトウエアは、導入や維持の費用負担が大きく、普及のブレーキとなっています。
また、積算とBIM、両方の専門知識と技術力を習得するには、人材育成や雇用にも時間と費用がかかるため、BIM積算の担い手不足が懸念されています。
BIMモデル精度の壁
以上4つの他に、もう一つ加えておきたいのがBIMモデル精度の壁です。
BIMモデルの誤りは、数量やコストにも影響します。
このため、積算する前に、BIMモデルの精度(確からしさ)を誰がいつどのように担保するかを検討する必要があります。
従来の積算で、数量調書がその役割を担っているように、BIMモデルの信頼性を公的に証明する仕組みなどが確立すれば、BIMデータ利用価値はさらに高まるのではないでしょうか。
「建築BIMの将来像と工程表」で、2024年度に概算手法の策定、2025年には実装、試行が始まり、2026年から2027年にかけてコストマネジメント手法の確立というロードマップが提示されました。
将来像の実現に向けて、弊社では今後も建築BIMの推進に貢献してまいります。
【出典】
建設ITガイド 2024
特集2 建築BIM
最終更新日:2024-07-29