はじめに
近年、建設産業を取り巻く環境は著しく変化するとともに、働き方改革により働き手側にも大きな変化が表れている。
その働き手として、女性の起用がクローズアップされ、国土交通省においては、「建設産業における女性活躍・定着促進に向けた実行計画」の策定(令和7年3月)等、女性の活躍や建設業への定着促進を切り口として働きがいがあり、魅力ある建設産業の実現のため担い手確保につなげていくことを目指している。
また、一般社団法人 全国建設業協会では、「地域建設業における女性活躍・定着促進に向けたロードマップ」を示し、その中で働きやすい現場の実現を目指し、現場で働く女性のハード・ソフト両面からの環境整備を推進することとしている。
山梨県内においては、一般社団法人 山梨県建設業協会が組織する「けんせつ小町甲斐」および建設業労働災害防止協会山梨県支部(以下、「建災防山梨県支部」という)が組織する「建災防山梨県支部オレンジ隊」が双方とも女性の視点を生かし、働きやすい建設現場における環境整備や女性の活躍促進に向けた活動を進めている。
これらの活動を通じて、働きやすい現場の実現を目指した女性の環境整備について「建設現場のトイレおよび暑熱環境改善」に着目しその取組みを紹介する。
1.建設現場のトイレ事情
平成10年、女性の視点で建設現場の職場環境をチェックして改善するという活動をはじめた「建災防山梨県支部オレンジ隊」は、「あたえよう再点検のプレゼント」をスローガンに掲げ、トイレ環境の改善に取り組んできた。
「トイレはどこにあるのですか?」オレンジ隊員からの突然の質問に当時の現場の男性社員は戸惑いを隠せなかっただろう。
20数年前、山の中の建設現場では「トイレ」のない現場があった。
女性の視線で捉える建設現場をチェックする場合、「私がこの現場で働くとしたら……?」という考え方が効果的である。
まずは、トイレの設置を要望することになるが、女性が感じた直感的な感覚により、「ではその次に手はどこで洗うのか?」とつながり、水道のない環境下においてトイレの設置に加え、手洗い用のポリタンクの設置を行うようになった。
次に、トイレに入ってから困ることは、ペーパーが備えられていないことである。
そのためトイレにはペーパーの常備に加えて、いざという時に備え「予備ロール」の設置をお願いしてきたが、予備ロールの設置方法も工夫する現場も出現してきた。
さらに、手洗いには、汚れの清掃や殺菌も必要という観点から「石鹸」の設置を呼び掛けたところ、石鹸に加えタオルを設置する現場が現れた。
その後、時代はハンドソープへと進化し、鏡付の専用手洗い器も見かけるようになった。
2.トイレのさまざまな工夫
トイレの設置状況を点検しながら、創意工夫を凝らし、それらが連鎖反応のように建設現場に広
がっていく様子を事例として紹介する。
冬場において手洗い用のポリタンクの水の凍結防止のため、ヒーターを設置する例や、ポリタンクの水の垂れ流しを防ぐため、排水タンクを工夫しつつ、その周辺を花のポットや掲示板で注意喚起を行う工夫事例などが挙げられる。
この頃から、トイレをきれいにする心掛けが浸透し始め、トイレ専用スリッパを設置して土足禁止とすることで泥等の汚れを阻止する例やトイレの飾りつけを工夫し、その時期のトレンドに合わせてハロウィン仕様にする現場も現れた。
さらに、掲示物をあしらいながら、廃材の竹を利用したトイレの目隠しを設置する現場があった。
これは、特に女性専用というわけではなく、現場付近を訪れた一般の方がトイレを利用する際に心掛けた工夫事例であったと記憶する。
思い返してみると、これらのさまざまな工夫事例は、その後の「快適トイレ」に変化を遂げる前身であったのではないかと感じる。
3.快適トイレの推進を目指した取組み
平成29年に発足した「けんせつ小町甲斐」は、国土交通省による快適トイレの推進をきっかけに、職場環境をきれいにしようという意識が高まりつつある中、活動を始めた。
最初の取組みは、「建設業に従事する女性の活力向上について語る会」の実施であった。
この中で、建設業に従事する女性が意見を交わし、国や県の女性職員たちと合同で大学の講師をコーディネーターとして語り合い、トイレの他、更衣室の必要性等について議論が交わされた。
そこで、現状把握のために建設業協会員に対しアンケートを実施したところ、女性用トイレの設置や充実を求める意見が2割強あり、快適トイレや女性用更衣室を望む声が多数上げられた。
その要望事項は次の順位のとおりである。
1位:仮設トイレ 2位:更衣室 3位: 作業服 4位:ヘルメット
その後、山梨県議会 土木森林環境委員会の関係者と意見を交わし、たくさんの議論の中、女性技術者から見た建設現場として仮設トイレの環境整備の向上が必要不可欠であることから、山梨県発注工事の建設現場における快適トイレの導入 をトップメッセージとして結論付けた。
そして、山梨県県土整備部において令和3年11月1日付にて建設現場を男女ともに働きやすい 環境とする取組みの一環として、男女ともに快適に使用できる仮設トイレ(「快適トイレ」)を導入し、建設現場の環境改善を図ることとされた。
女性技術者たちのかねてからの要望が、山梨県議会 土木森林環境委員会の皆様の力添えにより実る形となったことは、けんせつ小町甲斐メンバーのみならず業界全体の喜ばしい結果となった。
4.暑熱環境改善の取組み
「熱中症」という言葉に馴染みのない25年前、オレンジ隊は「熱中症予防」についても取組みを始めている。
当時、「日射病」と総称していたことを記憶しているが、その予防として水分補給は理解されても、「塩分」補給については理解されにくく、具体的な摂取方法等も示しにくい状態で、まずは、「スポーツドリンク」の摂取を呼びかけた。
具体的な活動内容は、6月から7月にかけ、県内各地域で行われる「安全大会」の場において啓蒙活動を行い、熱中症予防に役立つその年の一押しグッズを紹介する等の情報発信をしてきた。
また、職場における熱中症対策の強化について、令和7年6月1日に改正労働安全衛生規則が施行されたことから、今回の改正で事業者に義務付けられた内容について「オレンジ隊からの安全衛生メッセージ」として動画を作成し、YouTubeで公開している。
そして、熱中症の発症リスクを高める「睡眠不足」・「前日の飲酒」・「朝食の未摂取」等に留意す
ることはもちろん、日頃からバランスの良い食事を心掛け、体調を整えることも熱中症の予防につながることから、熱中予防対策の一環として、健康管理に着目し隊員自ら考えた夏場の体調管理におすすめのレシピなども分かりやすく紹介している。
5.現場パトロールでの気付き
今では県内の建設現場に訪れた際にさまざまな工夫に遭遇する。
快適トイレが普及した昨今、トイレがきれいであることは男女問わず誰もが切望することであるが、使う人や使い方によっては、その希望はかなわない。
その願いを込めたメッセージなどもトイレの随所に見かける。
今年の夏の猛暑は、建設現場をも直撃した。
「ピンチはチャンス」という名言があるが、仮設トイレをエアコン使用に改造した例に遭遇した。
夏の暑い盛りに狭く密閉された仮設トイレ内にエアコンの風を入れるというアイデアである。
種明かしは、仮設トイレ隣の仮設事務所のエアコンを利用し、ダクトを外から回して接続する手法である。
その他にも、エアコン本体を設置しているトイレも複数例見かけた。
また、休憩時の水分補給について、スポーツドリンクや氷の設置はもとより、アイスを準備している現場もあった。
このような気遣いは、現場で働く方々の心を鷲掴みにしたのではないかと推察する。
おわりに
建設現場で誰もが働きやすい環境整備の推進を目的とした女性視点での取組みは、山梨県内において組織的に展開しているが、その中でも重要なポイントは、そこに携わる女性達の心意気であるように思う。
特にトイレに関しては、誰もが毎日使用するもので、なくてはならない存在である。
「災害時にトイレが使えなくなってしまったら……建設現場で使用する仮設トイレは、いつでもどこでも使用可能であり、場合によっては、災害時に建設現場の仮設トイレを一般開放することで、地域の安心を支える一助を担うことにつながる」、組織を構成する女性達が発した極めて大切な意見である。
今後の建設業の明るい未来のために働きやすい環境を目指し、これからも活動を推進していきたい。
【出典】
積算資料公表価格版2025年12月号

最終更新日:2025-11-20
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