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ホーム > 建設情報クリップ > 建築施工単価 > 建築から眺める世界の都市 No.3 北欧 ヘルシンキ(フィンランド)
北欧 ヘルシンキ(フィンランド)


特別な北欧らしさ

スカンジナビア諸国という言葉は本来,デンマーク,ノルウェー,スウェーデンの3国を指し,フィンランドは含まれない。
これらの国々からヘルシンキに入ると,実際,違った感慨を抱く。
 
世界というものは割に共通していて,都会であるほど黒を基調とした服装が増える。
コペンハーゲンも,オスロやストックホルムもそうだった。
背が高いのでコートは目立ち,人工的な黒色は雪の白色によく映える。
規模としては巨大ではないにしても,北方の都会といった感触をデンマーク,ノルウェー,スウェーデンの首都が備えてい
たのも,そんな西ヨーロッパの都市との共通性があったからに違いない。
 
それに対して,フィンランドの首都では,少し田舎に来たような気分になる。
通りを行く人々の服にも,昔のスキーウェアを連想させるような格好がちらほら。
もこもこしていて,ピンクや水色だったりする。
実用本位であるというよりも,生活本位であるといった感じ。
北欧の中でもフィンランドが持っている特別な魅力に触れ始めたような気がして,ほっとする。

 
 

童話的な造形

ヘルシンキ中央駅から目抜き通りに向かう途中に建つ「ポホラ保険ビル」(1901年)は,花こう岩で覆われた堂々とした建物だが,壁には細かな植物やリスなどの装飾が散りばめられている。
玄関アーチの左右に佇むのは,一対のクマである。
それはノミの跡を残し,木彫り彫刻のように仕立てられ,壁面の仕上がりと共通性が見られる。
建物の全体も細部の装飾も,人工的な精巧さや威圧感ではなく,素朴さや自然さをまとっている。
 
フィンランド国立博物館」(1910年)も同じ3人の建築家,ヘルマン・ゲゼッリウス,アルマス・リンドグレーン,エリエル・サーリネンによって共同設計された。
高い塔がある全体像は中世の教会のようだが,近付くと,細部はもっと原始的な形態で構成されている。
生命力あふれる葉や渦巻き,実った種子のような形が組み合わされている。
翼を広げたフクロウや羽を休める鳥もそれらに加わる。
入口に続く階段ではクマが座って,つぶらな瞳で来場者を見つめている。
 
このように自然の石の質感を生かしたり,動物の彫刻を用いたりするスタイルが,フィンランドで1900年頃から流行した。「ナショナル・ロマンティシズム」と呼ばれる。
ヘルシンキの街を歩くと,他にも建物入口に座る丸々としたアライグマや,出窓の下で休んでいるフクロウの群れなどに出会うことができる。
それらは童話の世界を思わせる。
人と言葉を交わすことができるような存在として造形されているからだろう。

ポホラ保険ビルの装飾

ポホラ保険ビルの装飾

フィンランド国立博物館

フィンランド国立博物館


ステンドグラス

ステンドグラス

階段脇のクマ

階段脇のクマ

街中のビルのアライグマの彫刻

街中のビルのアライグマの彫刻



 

新古典主義という普遍

ナショナル・ロマンティシズムは,今もヘルシンキの街並みの基調になっている新古典主義に対して,フィンランドらしい形を求めたものだった。
 
12世紀から19世紀にかけてスウェーデンの領土だったフィンランドを1809年に手にしたロシア帝国は,フィンランド大公国を建国し,その大公をロシア皇帝が兼ねる形で,かつてスウェーデンが与えていた以上の自治権を付与した。
1812年に首都がトゥルクからヘルシンキに移され,宮殿,大聖堂,大学などが整備された。
それらの設計の中心を担ったのが,ベルリン生まれの建築家,カール・ルートヴィヒ・エンゲルだった。
 
彼がデザインした「ヘルシンキ市庁舎」(1833年)は,当初ホテルとして建設されたもので,中央と左右端にペディメントと付け柱を用い,窓の一定のリズムとともに建築の品位を形づくっている。
市庁舎の裏手には上院広場があり,正面に「ヘルシンキ大聖堂」(1852年),右手に「政府宮殿」(1822年),左手に「ヘルシンキ大学本館」(1832年)が建つ。
皆,エンゲルの設計であり,新古典主義によって知的な統一感が付与されている。
 
同様の傾向を持った公共施設は,当時ロシアの首都であるサンクトペテルブルクの近代化とともに建てられ,ヘルシンキに来る以前にエンゲルが一時仕事をしたエストニアにも建設された。
新古典主義はここにも普遍的な文明が行きわたっている証のように,北の大地に植民されたのだった。

ヘルシンキ市庁舎

ヘルシンキ市庁舎


ヘルシンキ大学本館

ヘルシンキ大学本館

ヘルシンキ大聖堂(左側)と政府宮殿(右側

ヘルシンキ大聖堂(左側)と政府宮殿(右側)



 

ナショナル・ロマンティシズム

均整が取れ,普遍的で,社会的に正しい新古典主義に対して,ナショナル・ロマンティシズムは,もっと個別的で,原初的で,破綻を恐れずに未来に向かう情熱を備えている。
それは19世紀後半のアーツ・アンド・クラフツ運動や,世紀末におけるアール・ヌーヴォーなどの影響を受けたデザインだが,世紀の変わり目におけるフィンランドの政治と社会の状況とも深く関わっている。
 
1855〜1881年に在位したアレクサンドル2世は独自軍の設置や通貨発行を認め,フィンランドをより独立国に近い形で遇したが,アレクサンドル3世の時代から逆の動きが始まる。
続くニコライ2世は1899年に自治権の廃止を宣言し,独自軍は解散させられてロシア軍に徴兵され,通貨発行権も関税自主権も奪われ,ロシア語教育が強制された。
抵抗の象徴となったジャン・シベリウスの交響詩「フィンランディア」は,1899年の作曲当初「フィンランドは目覚める」と題され,ロシア政府から演奏禁止処分を受けた。
 
ナショナル・ロマンティシズムは,まさに「ナショナル」(国民的,民族的)な自覚がフィンランドで高揚する時代の運動だった。
そのデザインは,かわいくて,もこもこしている。
すなわち,どこかで見たようで,なじみがありながら,日々の生活を新鮮にさせる。
それは彫刻にしても,素材にしても,建築全体にしても,人間に語りかけてくるようなものである。
公的な言語で,破綻のないメッセージを発する新古典主義のありかたとは対照的なのだ。

 
 

フィンランド建築家の誕生

ヘルシンキ中央駅」(1919年)は,先の3人の建築家の一人であるエリエル・サーリネンが単独で設計した作品である。
 
遠目からは時計塔が目印となり,地上部では入り口の大アーチがすべてを律している。
都市との接続部として前面に突き出し,他の場所とのジョイントであるという駅の本質的な役割を思い起こさせる。
左右には照明を掲げた巨人を従え,他でもないヘルシンキから出る,入るという印象を高める。
 
地上から隆起した運動の軌跡が凝固したかのような感覚は,時計塔に顕著である。
教会や城郭の塔のようには見えず,かつてなかった形で,この場所を象徴し,鉄道が従うべき近代的な時刻を告げている。
 
以前から志向されていた原始的で生命的な形は,ここでナショナル・ロマンティシズムの中世的な装いを脱ぎ捨てた。
駅舎という近代の機能を咀嚼(そしゃく)した本作をとおして,エリエル・サーリネンは1917年に独立を果たしたフィンランドから国際的に知られる,初めての建築家となったのだった。
 
次いで,アルヴァ・アアルトがフィンランドの建築に注目を集めさせる。
アカデミア書店」(1969年)の内部には吹抜けが設けられ,多角形の天窓からの光が大理石の壁によって拡散される。
彼の彫塑的な造形,光に呼応する素材といった特徴は「フィンランディア・ホール」(1971年)からもうかがうことができる。
 
アカデミア書店の向かいには「ストックマン百貨店増築」(1989年)がある。
設計チームの一員であるクリスチャン・グルクセンは,アアルトの名作として知られる「マイレア邸」(1939年)で育ち,アアルトの事務所で働いた。
隣接する「ストックマン百貨店」(1930年)の古典主義的なアール・デコ様式に対して,ガラスブロックを導入しながら確かなアレンジを加えている。

ヘルシンキ中央駅

ヘルシンキ中央駅

入り口の巨人

入り口の巨人

時計塔

時計塔


待合室

待合室

駅内部

駅内部


天窓のある吹抜け空間

天窓のある吹抜け空間

アカデミア書店

アカデミア書店


フィンランディア・ホール

フィンランディア・ホール

ストックマン百貨店(右側)とその増築(左側)

ストックマン百貨店(右側)とその増築(左側)



 

中心にいなくて見えること

ヘルシンキ図書館」(2018年)は2019年度の世界の公共図書館オブ・ザ・イヤーに選ばれ,ヘルシンキの新たな名物となっている。
 
一見すると,形の斬新さに目を奪われる。
けれど,単に外観の遊びではない。
この3階建ての図書館の全体が,流れるように中と外が入り混じる空間となっている。
引き込むような入り口が,その一貫性を予告しているのだ。
 
「図書館」と書いたが,従来の図書館の概念を超えている。
拡張しているとも言える。
図書が現在よりはるかに高額だった時代,それは秘めた才能を持っている人々に学びの機会を提供し,その人の人生を変えるきっかけをつくる画期的なものだった。
その都市から優れた人が輩出されれば,都市の皆が恵みも受けるだろう。
だとしたら,公共の資金を投入するだけの意義は十分だ。
 
では,かつての図書は,現在の何に当たるだろうか。
もちろん,図書の意味が今も失われてはいない。
その上で,現在,人々に学びの機会を提供するというために用意すべきは,図書にとどまらないだろう。
ヘルシンキ図書館には,タブレット端末も置いてあるし,3Dプリンターや大きなプリンターを使うこともできる。
ゲーミングPCがあって対戦ゲームなどもでき,古き良きボードゲームも並んでいる。
子どもが遊ぶスペースも充実している。
 
新しくできたヘルシンキ図書館は,どの家庭に生まれても,平等に才能を伸ばすための施設だ。
それはゲームでも,3Dプリンターでも,タブレットでも。
「そんなことしてないで本でも読みなさい!」なんて前世紀の遺物みたいことを言わない。
 
人口わずか550万人ながら教育大国であるフィンランドらしい。
税は未来への投資である。
それを実行するのは,建築の空間の質である。
 
中心にいないから見えるものがあることを,フィンランドという国は教えてくれる。
西洋と東洋の間にあって世界を静かにつなげる,知恵を持った柔軟さを建築から感じ取ることができる。

ヘルシンキ図書館

ヘルシンキ図書館


図書のエリア

図書のエリア

人々が自由に学べる

人々が自由に学べる


子どもが遊ぶスペース

子どもが遊ぶスペース

テラス

テラス



 

倉方 俊輔(くらかた しゅんすけ)

1971 年東京都生まれ。建築史家。2021 年 10 月より大阪市立大学教授。早稲田大学理工学部建築学科卒業,同大学院修了。博士(工学)。近現代の建築の研究,執筆の他,日本最大の建築公開イベント「イケフェス大阪」実行委員会委員を務めるなど,建築の魅力的な価値を社会に発信する活動を展開している。著書に,『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社,2021),『別冊太陽 日本の住宅 100 年』(共著,平凡社,2021),『東京モダン建築さんぽ』(エクスナレッジ,2017),『伊東忠太建築資料集』(監修・解説,ゆまに書房,2013-14),『吉阪隆正とル・コルビュジエ』(王国社,2005)など多数。日本建築学会賞(業績),日本建築学会教育賞(教育貢献)ほか受賞。
 
 

北欧 ヘルシンキ(フィンランド)

建築史家・大阪市立大学 教授
倉方 俊輔(くらかた しゅんすけ)

 
 
 
【出典】


建築施工単価2022年春号
建築施工単価2022年春号


 

最終更新日:2022-12-01

 

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