はじめに1)2)
我が国において人口減少と建築物の老朽化が進む中で、コンパクトシティ等の推進をはじめとする都市の再生と活性化の機運が高まっている。
同時に、巨大地震の発生の切迫性を踏まえ、都市の強靱化が強く求められている。
都市の再生と強靱化を同時に実現するには、都市の再開発の中において建築物の更新を加速化させる必要がある。
都市部における建築物の更新時には、ほとんどの場合に既存杭の処理に直面すると考えられるが、既存杭の処理方法として一般的に確立されたものは無く、事例ごとに個別に判断・対処されていることが多い。
その結果、既存杭の処理と新設杭の施工に多大な工期とコストが費やされ、また既存杭の撤去により敷地地盤が緩み、新築建築物の耐震性に影響を及ぼす可能性3)も考えられるが、その実態はよく分かっていない。
このような背景の下、国土交通省が実施する総合技術開発プロジェクトの内、「建築物と地盤に係る構造規定の合理化による都市の再生と強靭化に資する技術開発」(2020~2023年度で実施)では、既存杭を含む敷地における建築物の合理的な設計法を検討した。
本報告では、プロジェクト内で実施された中で、既存杭の処理が生じた場合にどのような現象が生じて建物の耐震性能に影響を及ぼすのかを実験的、解析的に検討した事例を紹介する。
なお、本報告は2021年度に発表された既報1, 4)に加筆し、再構成するものである。
1. 既存杭の処理形態の現状と設計への課題
まず、技術開発の背景として、既存杭の処理の現状を示す。
図- 1に文献5)で提案されている既存杭の取扱いフローを示す。
このフローによると、従前建築物で用いられた杭は建築物の解体後に、①新築建築物への直接利用、②存置、③撤去のいずれかに分類される。
①直接利用については、一般社団法人日本建設業連合会(以下、「日建連」とする)が既存杭を新築建築物の構造要素として用いるための技術的な要件を示している6)。
ただし、その運用については設計・施工者が有する技術に大きく左右されることや、既存杭や敷地に関して必要な情報が十分に得られないことが多いことから、建築業全体としての既存杭を直接利用することのインセンティブは十分ではない。
②存置については、日建連により留意事項が示されており6)、存置による地盤の健全性・安定性の維持が存置杭の主な役割となる。
このとき、杭の存置により敷地利用に制約が生じること、存置杭が役割を終えて不要になった場合は撤去対象になる可能性があることから、将来的な利用計画を十分に検討しておく必要がある。
③撤去については文献3)にまとめられているように、周辺環境への影響を十分に考慮する必要がある。
公益社団法人地盤工学会では、新設杭に干渉する既存杭の撤去に関する研究委員会が設立7)されて精力的な活動が行われており、既存杭の撤去とその後の対処方法については整備すべき喫緊の課題と考えられる。
次に、既存杭の取扱いを図- 1のフローに拠った場合に、既存杭を含む敷地において建築物を設計する際に直面する問題点を整理する。
既存杭を再利用する際にしばしば生じる課題として、新築建築物の平面プランが既存杭の位置と対応しないことが挙げられる。
こうした場合、マットスラブの利用等の構造的な解決法や既存杭を選択的に利用する方法等が考えられる。
後者の場合には新設杭と既存杭を併用するケースが多くなるが、両者は建築物の支持性能に大きな差異を有する可能性が高い。
すなわち、異なる支持機構を併用する異種基礎に近い状況が生じることが想定される。
また、文献8)で示されているように、既存杭の撤去は周辺地盤を緩める可能性が高い。
地盤の緩んだ場所に新設杭を打設した場合には、新設杭の支持性能や水平抵抗性能が低下し、杭基礎だけではなく上部構造の耐震性能にも影響を及ぼしかねない。
しかし、既存杭の撤去前後における敷地条件や地盤抵抗の変化に関する知見は極めて少ない。
既存杭の撤去に伴う地盤の緩み具合と工学的な評価については、既存杭の存置の根拠にも繋がることから、実態把握のために実証研究を積み重ねる必要がある。
図- 2に既存杭を有する敷地における建築物基礎の設計用モデルの選択手順の案を示す。
既存杭の取扱いによって基礎の支持機構が異種基礎相当となる場合には、基礎全体として上部構造の性能を保証できるような安定的な支持が可能であることを確認する必要が生じる。
その場合には、図- 2(b)の建物- 杭- 地盤の一体モデル等により、各杭の性能の違いが上部構造に及ぼす影響を直接確認することが望ましい可能性がある。
一方で、基礎梁に十分な剛性・強度が確保され た場合や基礎全体としてバランスの良い設計となった場合には、既存杭の取扱い方法によらず、上部構造と杭基礎を分離して設計することも可能と考えられる。
本プロジェクトにおける一連の検討では、既存杭の処理が生じる場合の設計用モデルの選択手順の確立を目的として、上部構造と杭基礎を分離して設計できる条件と、杭基礎が上部構造に及ぼす影響を直接確認するための標準的な方法を検討した。
2. 既存杭の撤去による杭の抵抗性能への影響1)
既存杭の撤去・埋戻しが新設杭の水平および鉛直抵抗機構に及ぼす影響を明らかにすることを目的として、砂質土が主体の敷地において、原位置載荷実験を実施した事例を紹介する。
敷地地盤は、茨城県稲敷郡河内町内の利根川沿いに位置しており、図- 3に示すとおり沖積の緩い砂層が厚く堆積する地盤9)である。
実験装置を設置するに先立って、撤去対象杭の撤去・埋戻しを実施した。
撤去対象杭は杭径500mmのPHC杭であり、杭長は12m、地表面から約800mm突出する状態で施工されており、杭先端から500mm深い位置を掘削先端とし、根固め部が築造されている。
図- 4に撤去・埋戻し方法の概要を示す。
本実験で採用した杭の撤去・埋戻しの方法は、一般的なケーシング縁切引抜工法で、杭頭部に釜場を掘って流動化処理土を貯めておき、杭の引抜きと同時に流動化処理土が自然落下により孔内に投入されていく方法である。
撤去に用いたケーシングの外径は780mm、内径は690mmであり、撤去対象杭の掘削径である600mmを包含する計画としている。
また撤去対象杭の根固め部の先端は深度11.7mであるが、この深度までケーシングによる縁切掘削を行った時に杭の回転(通常は杭の回転を確認して、引抜きの作業に移る)が確認できなかったため、深度12.5m程度まで縁切り掘削を行っている。
撤去対象杭を引き抜いた際に、地表面付近の掘削孔の径を概測したところ、目視確認が可能な範囲(地表面から2m程度)において、ケーシングの外径よりも大きく約1000mmとなっていた。
これは、当該地盤の地表面付近が緩い砂層であり、崩壊しやすい地盤であったためと推察される。
図- 5に杭撤去前後のN値分布の比較9)を示す。
図中の凡例について、「後0.5m」~「後2.5m」は杭撤去後の地盤調査結果を示しており、数値は撤去に用いたケーシングの最外縁から地盤調査位置までの距離を表している。
深度5mまでのAs1層におけるN値は杭の撤去前後で大きな変化が見られないが、深度5 ~ 12mまでのAs2層では、撤去に用いたケーシングに近い位置であるほど、杭撤去後のN値が小さくなっていることが認められる。
図- 6に、実験の平面図および水平載荷試験計画図を示す。
図中の「S1- 前00」と「S2- 前10」は図- 3に示したボーリングデータ9)の掘削位置である。
試験杭2の位置に撤去対象杭が残置されていた。
試験杭と反力杭の施工方法はいずれも、プレボーリングによる埋込み杭工法である。
試験杭・反力杭周りは、盛土の影響を受けないように地表面から約1m掘り下げている。
試験は、杭の施工後28日間養生し、まずは鉛直載荷試験(急速)を行い、続いて水平載荷試験を実施する計画とした。
その他の実験方法の詳細は文献1)を参照されたい。
鉛直載荷試験の結果について示す。
杭体に取り付けたひずみ計、加速度計より各深度の除荷点抵抗力と変位量の関係を求める。
杭頭(1断面)と13、16断面の除荷点抵抗力- 変位量関係を図- 7に示す。
除荷点抵抗力- 変位量関係は、どの断面においても試験杭2が試験杭1を下回る傾向を示している。
また、断面毎に比較すると、杭頭では除荷点抵抗力の差が大きいが、13断面、16断面の抵抗力には杭頭ほどの差は見受けられない。
これは、1~13断面区間の摩擦力に試験杭間の差が大きいことを示している。
なお、同一の載荷荷重時の1~13断面区間において、試験杭1に対する試験杭2の杭周面摩擦力の比率は最小で0.56である。
また、13~16断面区間においても試験杭2の周面摩擦力は試験杭1のそれに比べて小さく、周面摩擦力度は、2区間とも試験杭2が試験杭1より小さい結果が得られた。
これらのことから砂質土主体の地盤では、緩みによる杭周面摩擦力への影響があるものと考えられる。
次に、水平載荷試験の結果について示す。
杭頭荷重と加力点水平変位の関係を図- 8に示す。
第5サイクルの変位100mm載荷時の荷重は、試験杭1で854kN、試験杭2で907kNであり、試験杭2の荷重が試験杭1のそれよりも大きい。
その後の除荷時の残留変位は、試験杭1で42.64mm、試験杭2で40.03mmである。
試験終了後に、地表面からさらに1m掘り下げて試験杭1、2の杭頭周辺地盤の調査を行った。
試験杭1では杭体の周囲に固化した杭周固定液が確認され、試験杭2では杭周固定液の外側に既存杭撤去時の埋戻し材である固化した流動化処理土が確認された。
杭周固定液の外周部に付着した流動化処理土を含めた径はφ 1000mm程度となっており、杭の水平抵抗に影響を及ぼした可能性がある。
これは、既存杭の性能は施工時のさまざまな影響を受けることを示唆しており、再利用に当たっては施工法の影響等を十分に留意する必要がある。
3. 既存杭の取扱いと建物の地震応答の検討4)
既存杭の撤去・埋戻しにより、地盤物性が大きく変化する可能性が指摘9)されており、建物の耐震設計を考える上では、その現象が建物の性能評価結果に及ぼす影響を把握しておく必要がある。
本節では、杭基礎を考慮した建物の解析的検討を通じて、地盤物性の変化が建物の性能評価結果に及ぼす感度を検討した事例を紹介する。
対象建物の概要を表- 1、基準階伏図を図- 9に示す。
解析の対象建物は、14階建て純ラーメン構造のSRC造建物である。
本検討では新設杭と既存杭が混在する場合に上部構造の地震応答に及ぼす影響を把握することが目的の一つであるため、杭部材や基礎梁等の上部構造部材に及ぼす影響が大きくなるように、重量の大きい建物を文献10)より選定した。
ただし、検討を簡略化するため、オリジナルの建物から地下階を無くす等の修正を行っている。
図- 10に静的荷重増分解析用および地震応答解析用の建物- 杭- 地盤の一体モデル、図- 11に検討ケースを示す。
本検討では杭の撤去・埋戻しによる地盤抵抗の変化に着目するため、地盤ばねの剛性および耐力をパラメータとする。
まず、基本ケースとなるcase1は、杭撤去前の地盤情報に基づいて地盤ばねを設定した解析ケースである。
case2~4は、case1で決定した上部構造および杭の断面を用いた地盤ばねに対する感度解析である。
case2およびcase3では、杭の撤去・埋戻しにより杭周辺地盤が緩んで杭の水平抵抗が低減することを考慮する。
case2では既設建物と新設建物の規模が同じと仮定し、全ての新設杭が、杭撤去後に埋戻して既存杭と同じ位置に施工されると仮定する。
一方、case3では、既設建物と新設建物の規模が変わることを想定した検討ケースである。
ここでは、既設建物に対して新設建物が若干大きくなることを想定して、新設杭の配分を小さくする。
case4は、case3と同様に新設建物が既設建物より若干大きくなるケースを想定し、既存杭を撤去するのではなく、そのまま活用することを想定している。
このとき、既存杭に取り付く鉛直ばねの剛性は、経年的な履歴による地盤の締まりを想定して、原地盤の状態で設定した剛性の2倍としている。
なお、鉛直ばねの耐力、および水平ばねの剛性、耐力は新設杭と同じとする。
また、既存杭の断面は新設杭と同一としているため、本解析における既存杭は一般的な既存杭の中でも余裕のある断面を有している。
以上のケースについて、静的増分解析および地震応答解析を実施した。
結果の詳細は、文献4)を参照されたいが、結果の概要としては、建物- 杭- 地盤の一体解析によって、杭基礎が上部構造に及ぼす影響を直接的に確認することができた。
ただし、建物の最大層間変形角について、静的増分解析と地震応答解析の結果を比較すると、両者の分布形状が大きく異なった。
これは、静的荷重増分解析と地震応答解析で、建物に作用している地震力の分布形状が大きく異なる可能性が考えられる。
すなわち、建物- 杭- 地盤の一体解析においては、解析法や解析モデルの設定方法によって、応答が大きく変化する可能性があることを十分に認識しておく必要がある。
まとめ
本報告では、総合技術開発プロジェクトで実施された事例を紹介した。
これらを含む4年間のプロジェクト成果については、報告書2)にまとめられている。
今後、都市の更新の活発化が想定される中で、さらに既存杭を扱い易くする取組みが必要と考えられる。
本プロジェクトの成果がそれらの取組みを推進する一助となれば幸いと考えている。
謝辞
本報告は文献1)、4)の一連の検討を再構成したものである。
一連の検討は、総合技術開発プロジェクトにおける技術開発検討委員会(委員長:勅使川原正臣中部大学教授)および既存杭分科会(主査:田村修次東京工業大学教授)の下で実施されたものである。
また、一般社団法人建築基礎・地盤技術高度化推進協議会とは研究開発による知見の相互共有を図っている。
ここに深く感謝の意を表します。
参考文献
1) 柏他:既存杭を含む敷地における建築物の設計法構築に向けた実験および解析検討 その1~4, 日本建築学会学術講演梗概集, 構造I, pp.571-578, 2021
2) 国土技術政策総合研究所:建築物と都市に係る構造規定の合理化による都市の再生と強靱化に資する技術開発, 国土技術政策総合研究所 研究報告, No.76, 2025
3)(一社)日本建設業連合会:既存地下工作物の取り扱いに関するガイドライン, 2020
4) 山添他:既存杭を含む敷地における建築物の設計法構築に向けた実験および解析検討 その5~7, 日本建築学会学術講演梗概集,構造II, pp.875-880, 2021
5) 井上他:既存杭の処理形態に応じて表示すべき項目の検討, 日本建築学会学術講演梗概集, 構造I, pp.639-640, 2020
6)(一社)日本建設業連合会:既存杭の利用の手引き- 現在と将来の利用に向けて-,2018
7) 青木他:新設杭に干渉する既存杭の撤去に関する調査研究(その1), 第55回地盤工学研究発表会, 2020
8) 青木他:既存杭撤去・埋戻しに伴う周辺地盤への影響(緩み)に関する研究, 日本建築学会学術講演梗概集, 構造I, pp.641-642, 2020
9) 森利弘他:既存杭撤去・埋戻しに伴う周辺地盤への影響(緩み)に関する研究(その3)~(その6), 日本建築学会学術講演梗概集,構造I, pp.559-570, 2021
10) 日本建築防災協会:構造設計・部材断面事例集, 2007
【出典】
積算資料公表価格版2026年3月号

最終更新日:2026-02-20
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