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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 どこでもトイレプロジェクト > 災害関連疾患を軽減するためのトイレ対策

 

はじめに

地震,津波,火山,大雨,洪水,土砂,暴風雪。日本はその地理的特性から様々な災害に見舞われます。数多くの災害教訓から,災害対策基本法などの改正が進められるとともに,DMATなど災害対策に関わる専門人材の育成,ものづくり国家日本に相応しい様々な企業による新しい画期的な防災資機材や非常食の開発が行われています。しかし,これらの進化を持ってしても,人は自然に抗うことができないことを,東日本大震災,熊本地震や北海道胆振東部地震から学んできました。
 
自然に起こる災害だけでなく,私たちの現代の生活にも警鐘を鳴らす必要があるでしょう。北海道胆振東部地震で起きたブラックアウトは,今年は台風15号により主に千葉県で発生し,大規模な停電が長時間続きました。昨年の台風21号においても関西地域は約2週間の停電の中で厳しい生活を強いられました。今の時代,電気がなければ生活だけでなく,命が危機にさらされます。水が出ない,トイレが使えない,お風呂に入れない,最低限の衛生が保てない。電気と水とは切っても切れない関係にある今日,「停電」は命に影響を及ぼす一つの災害と捉え,多方面から対策を打たなければなりません。
 
平時のトイレは,明るく,清潔で,臭いがせず,お尻シャワー・乾燥機能や自動で洗浄までされます。日本のトイレは世界最先端であることは疑う余地がありません。しかし,いざ災害により停電・断水・下水管損傷となると,最悪な状況へと一変します。便利な世の中に慣れすぎると,万が一の想像がしにくくなる。人が生きていく上でトイレが欠かせないことを,見落としている人が少なくないと思います。私は様々な講演で「便利な世の中になればなるほど,災害が発生した時には脆弱な社会となる」と話しています。現代社会はインフラに依存していますが,その脆さを災害大国日本で暮らす一人ひとりが認識しなければなりません。
 
このような背景を踏まえ,本稿は災害時のトイレ対策を紐解きます。キーワードは「尊厳」です。災害関連疾患を軸としながら,便器の数という量的なトイレ対策だけでなく,人としての尊厳が守られる質的なトイレ対策について具体的な例を示しながらお話を進めたいと思います。
 
 
 

1. 災害関連疾患とトイレ

1-1. 日本の避難所

我慢・根性・忍耐・辛抱。日本人の国民性として古くから深く根付いているものです。美徳とも捉えられることがあります。災害が起こるたびに,整然とした日本の被災者に対し,諸外国から賛辞の声が寄せられます。しかしこの時,避難生活をされている方は「健康」で「尊厳」を守られているでしょうか。
 
人が生きている。そのうえで,人の正常な生理現象として排泄は欠かせません。平時であれば,人は我慢せずにトイレに向かいます。しかし災害時はその(普段の)トイレが使えません。断水・停電した超急性期の生活においても,人が生きていくうえで,トイレはなくてはならないものです。トイレに行けないから我慢をすること。その一つが水の摂取になります。私たちが10年前から続けている「厳冬期災害演習」(後に詳述)では,若くて元気な学生や行政の防災担当者さえも,トイレに行きたくないために水の摂取を控えています。水分だけでなく,大便を催したくないために食事自体を控えることもあります。これが災害時のトイレの“負の連鎖”です。
 
被災2日目以降には仮設トイレが来るかもしれません。日中,明るいうちであれば屋外の仮設トイレでどうにかなるかもしれませんが,停電した夜中,真っ暗な仮設トイレは,想像しただけでも利用は厳しい状況となります。仮設トイレはにおい対策などの関係で,建屋から離れた場所に設置されることが多いと思います。トイレまでのアプローチ,ステップのある入り口,そして個室。すべてが真っ暗な状況も想定されます。このような状況では安心してトイレに向かうことはできません。
 
安全面だけでなく,避難所の中の対策にも問題があります。ブルーシートを敷いた床面に毛布一枚の避難所は日本でよく見る光景です(写真-1)。
 
通路のない避難所の雑魚寝環境では,夜中にトイレに行こうとすると,ほかの避難者を踏んでしまうことや,つまずいて転倒することも起こります。さらに,体育館などの床面はとても音が響きます。雑魚寝をしている環境では,足音が安眠を妨げます。このように,安全にトイレ行けない,足音を立てたくないという気持ちが,トイレに行く行動を抑制し,負の連鎖へとつながります。トイレ単独の問題ではなく,避難所の展開方法をあらかじめ考えておかなければ,トイレに起因する健康被害を防ぐことができません。
 

写真-1 厳冬期災害演習の風景(北海道北見市)



1-2. 災害関連死と災害関連疾患

災害で助かったはずの命が,その後の避難生活によって失われることがあります。これが災害関連死です。平成28年の熊本地震は,直接死が50人,災害関連死はその約4倍となる220人(令和元(2019)年9月現在)となっています。命は失わずとも,その後の避難生活で健康を悪くされた方は相当数に及んだことでしょう。災害が起きるとまず訴えられるのが「便秘」などの消化器症状です。災害による大きなストレス,おにぎりや菓子パンなど炭水化物に偏った食事,運動不足,そして何より行きたくないトイレを控えるための水分摂取不足が原因と言えます。便秘は排便時の頑張りが血圧上昇を引き起こします。災害ストレスは高血圧を生じやすく,それが心不全の要因ともなり得ます。
 
循環器系疾患として災害の超急性期から問題となるのが深部静脈血栓症いわゆる「エコノミークラス症候群」です。2004年の新潟県中越地震以降,災害関連疾患として災害の度に取り上げられるようになりました。平時では発症することはまれですが,災害時にはストレスにより血液が固まりやすくなること,トイレを控えるために水分の摂取を制限すること,活動が低下すること,という負の連鎖に加えて,脚を曲げた状態で就寝しやすい車中泊や雑魚寝の避難所で頻発します。
 
ストレスや不安の要素は,「不眠」の原因となります。便秘によってお腹が張って眠れないという声も聞かれます。水の不足は衛生面に大きな影響を及ぼします。手洗いの不足による感染症の発生や口腔内衛生の不潔化に伴う誤嚥性肺炎の発症にもつながります。
 
このように,災害時には平時とは異なる関連疾患が生じることを理解し,健康を守るための災害対策を講じなければなりません。そして,これら一つひとつの疾患に,「トイレ」が密接に関わっていることを考えなければならないと思います。
 
さらに大きな課題があります。それが男女の区別です。普段の生活では当たり前のように区別され,女性が安心して使えるように配慮がなされています。しかしながら前述したような災害の状況ではこの維持ができません。その問題を次章で述べたいと思います。
 
 
 

2. 女性に配慮した災害時のトイレと車中泊

2-1. 災害関連疾患と女性

表-1は熊本地震において入院を要したエコノミークラス症候群の男女別の人数です。
 

表-1 入院を要したエコノミークラス症候群の人数



圧倒的に女性が多く,しかも高齢の男性よりも若い女性のほうが多かったのが熊本地震の特徴です。さまざまな自然災害がありますが,熊本地震のように前震,本震と2回の震度7が発生すると,「3回目も来るのでは」という不安に襲われます。事実そのようなデマも流れていました。明るい昼間は自宅の後片付けや仕事場へ出向きますが,夜は不安な自宅ではなく,避難をしようとします。しかし,避難所に指定されていた施設の損壊等のため,損壊のない避難所には人があふれ,大変厳しい状況でした。避難人数に対してのトイレ数が絶対的に不足し,男女の分け隔てがなく,治安の問題が生じていたことは内閣府の報告書からも明らかです。(「平成28年度避難所における被災者支援に関する事例等報告書」http://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/houkokusyo.pdf 本報告書の55から63ページにかけては,是非お読み頂きたいと思います。)
 
狭い避難所,不安を感じる空間は,熊本地震に限らず日本全国の災害現場で生じていることです。この不安を取り除けないと,女性を主として,たくさんの方が「車中泊」を選択します。キャンピングカーであればベッドやトイレの装備がありますが,普通車にはありません。また,駐車している場所の近傍にトイレが設営されていることはまれです。とりあえず朝までトイレを我慢しようと思い,水分や食べ物を控えると,前章の負の連鎖そのものとなってしまいます。車から排出される大量の一酸化炭素によって命を落とす可能性があることも知っておかねばなりません。今後,余震の多い地震災害の際には車中泊が多発する可能性が高いと推測します。車中泊においても,水をしっかりと飲める,食べ物を食べられるようにするために,地域の実情に沿って車中泊が想定される駐車場の事前整備を進めるとともに,トイレの設置方法についても検討の必要があると思います。女性がエコノミークラス症候群で重体となりやすいことを熊本地震から学び,女性のための対策に活かすことが求められています。
 
なお,ガソリンがあることが前提ですが,車中泊には以下のようなメリットもあります。①暖房(冷房)が完備される,②照明を取ることができる,③治安・プライバシーが守られる,④情報(ラジオ,テレビ)が得られる,⑤携帯電話等の充電ができる,⑥ペットとともに避難ができる,等。
 
現代社会においては,車中泊を禁止にするのではなく,「安全な」車中泊を行うための仕組みづくりが,実災害と対峙するために必要であると思います。
 
避難所のトイレの数については,自治体の被災想定に応じて大いに議論が必要です。大規模なコンサートや集会などがあるとき,女性のトイレには長い行列ができてしまいます。これは避難所においても同様であり,女性がトイレを我慢したくなる理由の一つです。
 
スフィア基準や,内閣府が熊本地震の直前に公表した「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」を実践することが求められますが,実際の災害現場にはまだ反映しきれていません。私たちが実施している厳冬期災害演習には保健師,看護師をはじめとする災害に関わる女性専門職の方に多数参加していただいています。この中で聞こえてくる声は,「できる限り普段通り」が良い,普段の個室であるトイレをそのまま使い続ける携帯トイレ方式が最も落ち着くという言葉です。女性専用であることは大前提です。そのうえで大切なことは,用を足せる場所のみでなく,パーソナルスペースが守られていることです。わずかな時間でも,一人でホッとできる空間が普段のトイレの場であり,これを万が一の際にも維持することが重要だと思います。同時に,普段のトイレは身づくろいの場でもあります。洗面,手洗い,鏡など,女性にとっての尊厳を守る空間がトイレのもう一つの役割です。さらに妊産婦さんや赤ちゃんと一緒に生活されている方々への配慮も重要です。元気な女性であるから我慢してしまうことが多く,それが健康被害につながることも報告されています。自分だけの命ではなく,その子どもたちをも危険にさらすことは避けなければなりません。
 
このような女性の視点を踏まえると,仮設トイレやマンホールトイレについては,使う人(特に女性)の立場になっているかが大切な視点です。安心して並べる場所か,男性の視線から離れている場所か,普段のトイレを今一度見返しながら,災害時の対策に反映していただきたいと思います。
 

2-2. 携帯トイレの重要性

災害時の超急性期に提供できるトイレは携帯トイレが主です。既存の便器にかぶせるタイプや別に個室を設営して簡易トイレとして提供するタイプがあります。行政によって備蓄数が異なりますが,東日本大震災以降,さらに整備が進められています。しかし,備蓄はできていても,災害時に使えるとは限りません。トイレに限らず,災害に使用する資機材は特殊なものが多く,その使用方法は防災担当者のみが理解していることが多いと感じます。被災した自治体が展開する避難所のすべてに防災担当者を割り振ることは基本的に不可能です。もちろんトイレ一つ一つに担当者が常駐することなどできません。一度もビニール袋に排泄をしたことがない方が,ルールを守って衛生状態を維持することは困難を極めます。防災担当者のみで実施している厳冬期災害演習の場面でさえも,ルールが徹底されず,男性小便器が破たんしそうになりました(写真-2)。
 

写真-2 厳冬期災害演習における携帯トイレ



携帯トイレは整備することが第一歩であり,次に不可欠なことが「訓練」「演習」だと思います。一回でも使ってみれば,万が一に活きます。防災担当者がいなくとも,地域の人たちだけで維持することも可能です。避難所の対策だけでなく,在宅避難をされている方のしのぎ方にもつながります。自主防災組織や町内会の防災訓練にこそ,トイレ演習が重要だと思います。
 
携帯トイレを使用するためには,普段のトイレ空間が維持されていることが前提です。超急性期に施設を無秩序に使用してしまうと,水が出ない環境では掃除ができずに破綻することは日本トイレ研究所の加藤代表理事をはじめ皆さまが報告されています。避難所の開設と同時にトイレのルール徹底が求められます。さらに,携帯トイレの使用を前提に,小さな子どもたちにも読める張り紙(注意喚起)などの事前整備,住民自身で運営可能なトイレマニュアル,それらを網羅した訓練が不可欠であると考えます。訓練については5章で触れたいと思います。
 
 
 

3. 北海道胆振東部地震において

平成最後の大災害となった北海道胆振東部地震は,胆振3町ならびに札幌近郊に大きな被害を及ぼしました。詳細については,日本トイレ研究所の報告書を見ていただくことが近道です。私たちは赤十字として支援に入るとともに,北海道庁の指示のもと段ボールベッドの整備に取り組みました。前述したように,雑魚寝の避難所はトイレに向かう意欲を低下させてしまいます。今回は国内最速の発災4日後に,避難所の中をすべて段ボールベッド化できた避難所がありました。ベッド化することの重要性と今後の課題については以下の報告書をご参照ください。(「平成30年北海道胆振東部地震建築設備関連被害報告書:空気調和・衛生工学会北海道支部災害調査委員会」http://www.shasej.org/recommendation/5-1%20hokkaido_2018report20190509.pdf
 
国からのプッシュ支援も重要です。携帯トイレはもちろんのこと,西日本豪雨災害からは段ボールベッドもメニューの一つに入りました。新しい知見を防災担当者が熟知しておくことが,被災された皆様の命を守ることになります。北海道胆振東部地震ではウォレットジャパン株式会社のコンテナ型トイレが展開されました(写真-3)。
 

写真-3 発災4日後に設置されたコンテナ型トイレ(厚真町)



コンテナ型トイレは,自家発電機により,水洗式で換気扇が回るとともにLED照明が煌々と灯り,女性用3,男性用4(大2・小2)に加え多目的トイレを1基搭載しています。洗面も女性,男性それぞれに専用となっています。トイレが発災後早い時期に設置できたのは,北海道庁危機対策局がトイレの重要性を認識し,導入することを当初から意識していたことが大きいと思います。
 
コンテナ型トイレの搬入・設置と使用開始は,私自身その場に居合わせることができました。それまで狭く,暗く,におう仮設トイレでどうにか暮らしていた避難者の方の生活がこのトイレによって大きく変わったことは間違いありません。この時,私は忘れられない光景に出会いました。設営中に,「あれはなに?」と聞いてきたお子さんが,設置完了後,すぐに飛び込み,ニコニコした顔で外に出てくるや否や,避難所の中に走っていき,大人の方々に「すごいトイレが来たよ」と声をかけていました。子どもたちが安心して使えるトイレは,女性にも安心して使えることは間違いありません。子どもたちが笑顔で使えるトイレの提供が,災害時にこそ求められるのではないかと感じた貴重な時間でした。
 
このコンテナ型トイレ内では,もう一つ大切なアイテムが提供されました。特殊なノズルで精製水を噴射させて,少しの水でお尻を洗浄できる株式会社徳重の使い切り洗浄器です(写真-4,5)。公衆トイレのお尻シャワー機能は,衛生面への不安から女性の使用頻度は高くないと言われます。災害時,お風呂やシャワーに入れない状況においても,デリケートな部分を清潔に保てることは,男性,女性とも大切なことです。この製品は精製水を使うため,お尻以外の用途に使用することも可能です。気が付きにくい部分,被災者からも言いにくい部分であるからこそ,災害時に積極的な活用が求められます。
 

写真-4 使い切り洗浄機

写真-5 トイレ内での使用方法の周知



 

4. 冬期の災害を想定する

地震災害は季節を問わずやってきます。1854年の安政東海・南海地震はクリスマスに,1933年の昭和三陸地震はひな祭りに,そして記憶に新しい阪神・淡路大震災は1月17日の厳冬期でした。
 
冬の低温環境においては,暖期とは異なるトイレの対応が必要となります。まず,積雪地域は仮設トイレの設営自体が困難となります(写真-6)。
 

写真-6 積雪凍結面への仮設トイレの設営



積雪地域だけでなく,外気温が氷点下となる日本の冬であれば,外部のトイレに行く際にヒートショックを起こして心不全をはじめとする循環器系障害が発生してもおかしくありません。「寒さ」というハザードが加わるだけで,災害の度合いが倍増します。事実,私たちの厳冬期災害演習では,トイレを我慢する危険性を理解しているはずの防災担当者でさえも,約半数がトイレを我慢していました。
 
安全対策も考えなければなりません。仮設トイレの洋式化が進んでいますが,真冬の便座は気温と同等です。すなわち氷の上に座ることになります。多数の避難者が何回も使用することで,トイレのステップには雪が入り込みます(写真-7)。仮設トイレを使い慣れていない高齢者や子どもなどは,滑って転倒する恐れがあります。簡易水洗式の仮設トイレが多数ありますが,氷点下になる可能性がある場合には凍結する恐れがあるために,水ではなく高価な不凍液を充填しなければなりません。
 

写真-7 仮設トイレ内へ入り込んだ雪



冬は日暮れが早く,夜明けが遅いことで暗い時間帯が長くなることもトイレの支障になります。安全に使用するために,トイレに照明は必須です。しかし,一晩中の照明を維持するためには,相当の電力を必要とします。発電機は小型でも900W程度発電しますから,この電力をどのように分配し,トイレの灯りを確保するかをシミュレーションする必要があります。余分な電力はそのままにせず,リチウムイオン型の蓄電池に貯え,蓄電後にLED投光器等の給電に供すれば,静音型の灯りを維持できます。災害時には貴重となるガソリンを,いかに効率よく使用するかについて,冬対策ではより考えておくことが求められています。
 
私たちが今年1月に実施した厳冬期災害演習では,北海道胆振東部地震で展開したコンテナ型トイレの中に煙突式石油ストーブを組み合わせる実験を行いました(写真-8,9)。
 

写真-8 温暖コンテナ型トイレの内部(女性用)

写真-9 コンテナ型トイレ内の煙突式石油ストーブ


屋外ですので,床面と上部の温度差が大きくなりましたが,屋外気温がマイナス8℃で経過する中,火力を最小にしても便座の高さ(35cm前後)の温度は21℃を保ちました。屋内の避難所内の気温は3℃前後であったため,このトイレの中が最も温かい採暖室となったわけです。煙突式石油ストーブのため,室内の空気汚染は生じず,クリーンな閉鎖空間を創り上げることができました。トイレの個室の中でひとときの温もりを感じている参加者からは「行きたくなるトイレの大切さ」が語られました。
 
ただしこのストーブの設置に当たり,多目的トイレを使用禁止としてしまったため,参加者からは,多目的トイレのほうが優先度は高いのではという声も出されました。
 
私たちが研究フィールドとしている北海道オホーツク地域は極端に寒冷な地域ですが,この地域で対処可能な手法が確立されれば,日本全国の冬の災害対策として応用が可能です。今年度も2020年1月25日から26日にかけて実施の予定です。
 
 
 

5. 防災訓練に必須のトイレ対策

災害対策基本法のもと,地域防災計画,避難所運営マニュアル等とそれに付随する防災資機材を整備するのは基本的に基礎自治体です。限られた予算の中で,防災予算を捻出することは大変な作業です。昨今の続けざまに襲ってくる災害を踏まえて,以前よりも防災に関係する取組みは進みつつあるように思います。しかし,計画ならびに資機材は整備しただけでは災害に活きません。災害が収束した後に,使えたはずの資機材が使用されずに残っていたという事案は数多く報告されています。災害対策に必要なことは実践を想定した訓練であることは明らかです。
 

5-1. 訓練によって人と物を検証・改善する

避難所については展開訓練までは実施していても,実践的な宿泊訓練まで実施している都道府県は多くありません。前述したように地域性や季節性に応じた,シナリオ通りではない避難生活訓練を実施することで,避難所運営マニュアルや備蓄資機材の検証と改善につながります。防災担当者が避難生活を体験することで,新たな対策も講じられます。
 
災害時のトイレの専門職とは誰になるでしょうか。これに該当するのは,行政であれば保健師,上下水道局担当者,学校であれば学校薬剤師や養護教員,公民館等であれば施設管理者,等になるでしょう。大規模災害時に行政の担当者だけで避難所を開き,安全に運営することは困難です。実践的な訓練を専門職や自主防災組織等とともにすすめ,住民の力を最大限使うようにすることが超高齢・生産者年齢減少時代に必要です。
 
携帯トイレとともに整備が進められているものが,日本セイフティー株式会社のラップ式トイレです(写真-10)。発電機もしくは車等のバッテリーが必要ですが,安全にかつ衛生的にバリアフリーのトイレを設置することができます。私たちの厳冬期災害演習でも実践使用を試みました。ラップ式トイレは熱シール式で衛生的には極めて優れた機材ですが,シールされるまでに90秒を待たねばなりません。また,処理された汚物袋を一人ひとりきちんと処理することも必要です。ラップが終わりかけの時に新しいセットへの交換作業も重要です。これらを踏まえてこのトイレを継続的に使用するためには間違いなく訓練が必要です。
 

写真-10 自動ラップ式トイレ



5-2. 子どもたちから創る地域防災

北海道庁危機対策局は,一昨年より地域が主催する一日防災学校をサポートしています。小学校1年生から中学校3年生まで,各学年に応じた災害対策に関する授業を設け,丸一日が防災の日となります。(詳しくは以下のURLから授業の指導案をご参照ください。「北海道の防災教育~一日防災学校~」http://kyouiku.bousai-hokkaido.jp/wordpress/bousaigakkou/)
 
私たちはその授業メニューの一つに「トイレ」を入れています。中学校1年生で実施した携帯トイレの授業では,生徒たちが携帯トイレの設営に取り組むとともに,小さな子どもからお年寄りまで配慮したルールをつくり,張り紙を作成しました。私たち大人では気が付かないきめ細かな対策が提案されました。別の小学校では前述したラップ式トイレの使い方も学びました。一日防災学校は保護者が自由に参観できるようになっています。普段,防災訓練等に参加しづらい保護者の年代の方々に,子どもたちの真剣な災害実践を見ていただくことは,家庭内防災に直結します。さらにその周りを自主防災組織や近隣の町内会の方が見学することで地域の安全が増幅します。子どもたちの指導案を一緒にお作りいただく先生方にとっても,災害対策を考えるきっかけとなります。今年,北海道では179ある市町村のうち50の市町村でこの一日防災学校が行われる予定です。小中学校での子どもたちの取組みが,地域の安全に資することは間違いありません。
 
 
 

おわりに

「避難所・避難生活はトイレに始まり,トイレに終わる」。避難生活は,災害という混とんとした状況の中での共同生活ですから,さまざまな要因が複雑に絡み合います。我慢・根性・忍耐・辛抱の要素をいかに緩和するかがトイレ対策に求められています。ダメージを受けている被災者の心に,安らぎを与えるトイレを提供することは,決して贅沢なことではありません。助かった命の健康を守る災害時トイレ対策が進むことを心から願っています。
 

参考文献
・ 根本昌宏,尾山とし子,高橋修平:寒冷地の冬期被災を想定した実証的災害対策への取り組み,北海道の雪氷,32,74-77,2013.
・ 根本昌宏,尾山とし子:暴風雪の停電下に暖房避難所を展開するための実践的検証,寒地技術論文・報告集,31,17-22,2015
・ 根本昌宏,尾山とし子,山本美紀,水谷嘉浩:無暖房の冬期大規模収容避難所において睡眠に影響する因子,寒地技術論文・報告集,34,51-56,2018
 
 
 

日本赤十字北海道看護大学 災害対策教育センター 根本 昌宏

 
 
【出典】


積算資料公表価格版2019年12月号



 

最終更新日:2023-08-02

 

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