- 2022-12-15
- 積算資料
はじめに
1972年5月15日に沖縄の施政権が日本に返還され,2022年で50周年を迎えることとなりました。
復帰後で人々の暮らしはどう変わったのか?
本記事では当時の写真や施設,スポットを通して50年の歴史を振り返ります。
本土復帰〜1970年代
①ドルから円への通貨切り替え
本土復帰に伴い,沖縄の法定通貨は米ドルから日本円へと切り替えが行われました。
換算レートの切り下げや便乗値上げなどもあり物価は高騰しましたが,さまざまな混乱を乗り越えながら日本円での経済成長を迎えることとなりました。
②本土とのパスポート廃止
アメリカ統治時代の沖縄では,本土へ渡るには琉球列島米国民政府(USCAR)が発行する特別パスポートが必要でした。
逆に本土から沖縄に渡る時には日本政府が発行する身分証明書が必要でした。
50年経った今では,誰もが自由に行き来することができます。
③自動車が左側通行に
1978年7月30日に行われたのが道路交通法の変更,通称「ナナサンマル」です。
自動車の対面交通が右側から左側になり,全国から交通整理警察官も応援に駆け付けたといわれています。
沖縄県庁の敷地内には当時の記憶が刻まれた「730の碑」があります。
そのほか,復帰後の国際電話は,家庭の電話機からダイヤルで直通になりました。
国内業務は日本電信電話公社,国際業務は国際電信電話株式会社が継承しました。
1980〜1990年代
海洋博を契機として観光地のイメージが定着した沖縄は,80年代にリゾートホテルの開業が相次ぎます。
その後,バブル景気の崩壊もあり観光客数は一時期伸び悩みますが,航空運賃の自由化や旅行商品の低価格化により,1991年には入域観光客数年計が300万人を突破します。
翌1992年には「首里城公園」が開園。
残念ながら2019年10月31日未明の火災により,正殿をはじめ9施設が焼失しましたが,琉球独自の文化の結晶である首里城は,これまでに幾度となく災難に見舞われながらも力強く再建を果たしてきました。
また,90年代後半は沖縄出身のアーティストが躍進。
沖縄への注目が俄然として高まりました。
復興に向けては,これまで約54億9,000万円以上の寄付金が国内,海外の多くの個人,企業,団体などから首里城復興基金に寄せられています(2022年2月時点)。
2000年代〜そして現在
沖縄観光において世界情勢の影響を受けながらも,人気が定着した時期ともいえます。
2000年には第26回先進国首脳会議(九州・沖縄サミット)が開催。
首里城を絵柄にした二千円札も発行されました。
同年には県内にある9カ所の城跡(グスク)などがユネスコの世界文化遺産に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として登録され,翌年にはNHK連続テレビ小説「ちゅらさん」が好評を博したことで,沖縄の認知度はさらに高まりました。
こうした中,沖縄県内のライフスタイルにも変化が見られるようになりました。
まずは2003年に開業した沖縄都市モノレール,通称「ゆいレール」が挙げられます。
それまで車中心だった県内の交通事情に変化をもたらし,2019年には当時の終着駅である首里駅から浦添市まで延伸を果たしました。
今では観光客のみならず,通勤・通学の足として県民にも利用されています。
また,サミットにおいて各国首脳が着用したことで話題となった,県産品の「かりゆしウェア」も忘れてはいけません。
公式行事等での積極的なPRもあり徐々に浸透すると,今ではワイシャツとネクタイに代わる沖縄らしさを表現した服装として,県内外に広く定着しています。
空の玄関口ともいえる那覇空港は,2014年に新国際線旅客ターミナル,2020年には第2滑走路の供用が開始され,さまざまなビジネスチャンス創出が期待されます。
宮古島では2015年に宮古・伊良部を結ぶ日本最長(全長3,540m)の橋「伊良部大橋」が開通しました。
さらに,かつてパイロット訓練用に活用された下地島空港では,装いも新たに2019年に新ターミナルがオープンしました。
また,石垣島では2013年に新石垣空港「南ぬ島石垣空港」が開港。
2,000mの滑走路を有し,旧石垣空港の懸案事項であった重量制限等の課題が改善されています。
この間,2007年には本土復帰後の累計入域観光客数が1億人を突破しました。
現在は新型コロナウイルスの影響により観光客数は大きく減少していますが,本土復帰直後の1972(昭和47)年と2020(令和2)年で比較すると約4.6倍,収入面では試算値ながら7.6倍以上の大幅な増加を見込んでいます。
おわりに
沖縄はこれまで,唐(とう)の世から大和(やまと)の世,大和の世からアメリカ世と,多くの世替わりを経験し,目まぐるしく変化する時代の波に翻弄されながらも,東南アジアの中の日本の南の玄関口として,地理的優位性を最大限に生かし,先人たちの知恵と英知によって,沖縄独自のアイデンティティと文化的魅力を磨いてきました。
沖縄を起点として地図上に円を描くと,3,000kmの円内には国内の1億人の市場とアジアの19億人の市場が広がっています。
これらの市場の活性化を図る一つのキーワードとして「交流」があります。
私たちの身の回りにあるごく当たり前のものが,県外,あるいはアジアの視点から見ることによって新たな創造を放ち,輝き始めます。
沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)は,これからも沖縄を訪れる方にとって満足度の高い安全・安心・快適な観光地として喜んでいただけるような受入体制を充実させ,「世界水準の観光リゾート地」を目指してまいります。
<記事・画像提供>
沖縄観光コンベンションビューロー
沖縄観光情報WEBサイト「おきなわ物語」沖縄本土復帰50周年特集
沖縄観光65周年記念誌「沖縄観光のあゆみ」
【出典】
積算資料2022年6月号

最終更新日:2022-12-15
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