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ホーム > 建設情報クリップ > 積算資料公表価格版 > 特集 道路の安全・安心 > 包括的交通安全対策の取組み〜愛知県豊山町志水小学校地区〜

はじめに

近年、幹線道路における死傷事故は大きく減少している一方、生活道路における死傷事故件数は横ばい傾向となっており、生活道路の交通安全確保は重点的に対応すべき課題となっています。
 
名古屋国道事務所では、ETC2.0車載器からの交通ビッグデータを活用した技術支援を行うとともに、学識者や地方自治体等の関係機関が参画する「合同交通安全対策検討懇話会」を設置し、「包括的交通安全対策」の検討に取り組んでいます。
本稿では、愛知県豊山町「志水小学校地区」において、生活道路の安全性・幹線道路の円滑性を総合的に検討・対策実施を行い、効果検証した事例について紹介します。
 
図-1 生活道路の交通安全対策(豊山町志水小学校地区)
図-1 生活道路の交通安全対策(豊山町志水小学校地区)
 
 

1.愛知県内の交通事故死者数

愛知県は2003年(平成15年)から2018年(平成30年)にかけて交通事故死者数全国ワースト1位と不名誉な記録が続き、2021年(令和3年)には117人と全国ワースト7位となったものの、高齢者事故・歩行者事故など交通弱者の関係する交通死亡事故の割合は増加しており、幹線道路だけでなく、生活道路における交通安全の確保も喫緊の課題とされています。
 
図-2 愛知県内の交通事故死者数の推移
図-2 愛知県内の交通事故死者数の推移
 
 

2.生活道路における交通安全施策

わが国では、交通戦争と言われた昭和40年代からさまざまな生活道路における交通安全施策が打ち出されており、生活道路等における人優先の安全・安心な歩行空間の整備を推進してきました。
 
近年では、2012年(平成24年)4月京都府亀岡市・2019年(令和元年)5月滋賀県大津市・2021年(令和3年)6月千葉県八街市における通学児童や園児が関係する凄惨な交通死亡事故を受けて、「生活道路対策エリア」「キッズゾーン」「ゾーン30プラス」など関係省庁とも連携したさまざまな施策を展開しているところです。
 
こうした中、名古屋国道事務所では、幹線道路の混雑による抜け道利用が生活道路の事故増加等の課題となっていることに着目し、自動車の移動性を重視する「幹線道路」と、地域の人々が通勤・通学などで利用する「生活道路」の区別をより明確にした上で、安全性や円滑性を考慮した面的な交通事故対策を包括的に実施する取り組みとした「包括的交通安全対策」を推進しています。
 
 

3.志水小学校地区の概要

志水小学校地区は、名古屋市の北側に隣接し、幹線道路(国道41号・主要地方道春日井稲沢線・一般県道名古屋豊山稲沢線)に囲まれた住居地域からなるエリアで、その中心部に町立志水小学校が位置しています。
通学路指定区間や主要渋滞箇所が存在しており、その中でも志水小学校西側で南北方向を結ぶ町道では、朝の通勤・通学時間帯に歩道未整備区間に通過交通が多く流入しており、2019年(令和元年)11月に自転車とトラックの交通死亡事故が発生するなど、地元地域からも安全対策を強く要望されていました。
 
図-3 志水小学校地区(位置図)
図-3 志水小学校地区(位置図)
 
 

4.現状課題の把握【Plan】

4-1交通ビッグデータの活用による課題抽出

事故情報や交通ビッグデータであるETC2.0データ(プローブデータ)などの解析により、志水小学校地区の安全性や円滑性に関する交通課題を客観的に抽出しました。
 

a)生活道路における死傷事故・急挙動の発生状況

志水小学校西側・北側の町道を中心に、生活道路同士の小規模交差点や交差点付近で死傷事故や急減速(急ブレーキ)挙動が多発していることが明らかになりました(図-4)。
 
図-4 死傷事故・急挙動発生状況
図-4 死傷事故・急挙動発生状況
 

b)走行速度の状況

区間単位(DRMリンク単位※)の集計で平均走行速度が30km/hを超える区間が存在することを確認するとともに、志水小学校西側の着目区間については物理的デバイスの設置等を念頭に速度分布など詳細状況を確認しました(図-5)。
 
幹線道路については、時間帯別の走行速度を把握するとともに、ETC2.0データの地点速度情報を活用した速度コンター図を作成し、渋滞の程度・範囲を詳細に把握しました。
 
その他、幹線道路利用・抜け道利用の走行経路に応じた平均所要時間の集計等を実施して、交通特性を明らかにしました。
 
図-5 着目した生活道路の速度分布集計
図-5 着目した生活道路の速度分布集計
 

c)通過交通の状況

通過交通(抜け道利用)の状況をより明確に関係者に理解して頂くため、ETC2.0データの走行履歴情報を連続表示(アニメーション表示)することで、国道41号の豊場交差点や一般県道名古屋豊山稲沢線の伊勢山交差点の混雑を回避した車両が、志水小学校西側の町道を抜け道として利用していることを明らかにしました。
 
図-6 抜け道利用状況のアニメーション表示
図-6 抜け道利用状況のアニメーション表示
 

4-2交通実態調査

ETC2.0データは対応車載器を搭載した限定的な車両の情報であり、一時停止遵守状況といった詳細挙動は入手できるものの、歩行者・自転車に関する情報を取得できない点に留意が必要です。
このことから、データを補完するため、交通実態調査を実施しました。
 
交通実態調査では、生活道路における一時停止の遵守率が低い点、国道41号豊場交差点と北側に位置する幸田交差点の信号の変わるタイミングで先詰まり渋滞が発生している点、県道名古屋豊山稲沢線の伊勢山交差点では隣接する伊勢山東交差点との関係で北行きに十分な信号青時間が確保できていない点など、生活道路に流入する幹線道路の課題が把握できました。
 
表-1 交通実態調査内容
表-1 交通実態調査内容
 

5.対策の検討・実施【Plan・Do】

現状課題の把握を踏まえ、生活道路の安全性・幹線道路の円滑性を地域全体で面的に捉え、おのおのの対策が有機的に作用することを意識して検討を進めました。

 

5-1道路機能の明確化

 
現況の地域特性や道路利用特性を考慮して、幹線道路と生活道路の機能を分化した道路ネットワークの“あるべき姿”を定義しました。
 
以上の検討プロセスを経て、2021年(令和3年)秋に志水小学校西側の町道で一方通行区間の出口部に狭窄、その南側の死亡事故発生交差点にハンプを町が施工しました。
 
図-7 道路機能の明確化
図-7 道路機能の明確化
 

5-2生活道路対策

生活道路における交通安全対策は、通過交通の利用が多く、交通課題が集積する志水小学校西側の町道の対策を先行して検討しました。
 

a)交通規制

志水小学校西側の町道は朝の通勤・通学時間帯に通過交通が多く流入していることから、区間南側の流入部で一方通行規制や時間帯通行規制などの対策案が出されました。
しかし、一部の住宅で車によるアクセスが不可能となること、別区間に通過交通が流入する懸念があることが指摘され、当面は実施を見合わせることとしました。
 

b)物理的デバイス

物理的デバイスの設置には道路幅員や沿道施設の出入りなど各種制約が考えられることから、交通事故・急挙動・走行速度の状況や道路幅員・施工性を複合的に条件整理するとともに、「合同交通安全対策検討懇話会」による合同現地調査を実施して、早期対策箇所を選定しました。
 
図-8 物理的デバイスの設置状況
図-8 物理的デバイスの設置状況
 

5-3幹線道路対策

生活道路へ通過交通が流入する主要因は幹線道路の渋滞であり、当該地区においては国道41号・県道名古屋豊山稲沢線の北行きの渋滞の混雑緩和が重点的に対処すべき課題であることが明らかになりました。
幹線道路における交差点改良等による改善は困難であることから、早期に実現可能で効果が見込まれる信号現示の調整により交通の円滑化を図る方針で検討を進めました。
 

a)信号タイミングの調整検討(国道41号)

志水小学校地区の西側に位置する国道41号は交通需要が極めて多い中、北向きのボトルネック交差点となっている幸田交差点と豊場交差点の信号のズレにより発進遅れが生じていることが確認されました。
このため、豊場交差点と幸田交差点の信号のズレ(現行15秒)を調整した際に、上下方向で生じる損失時間を算出して改善の可能性を検証しました。
この結果、信号の調整によるメリット・デメリットを確認することができました。
 

b)信号現示の調整検討(県道名古屋豊山稲沢線)

志水小学校地区の西側に位置する一般県道名古屋稲沢線は伊勢山交差点がボトルネックとなり北行きの渋滞が課題となっていますが、隣接する伊勢山東交差点との連動も考慮した複雑な交通運用を検討することが必要とされました。
このため、ミクロ交通シミュレーションを適用して信号現示の最適化を検討しました。
 
伊勢山交差点における北行きの渋滞が課題となることから、東西方向の信号青時間を南北方向に配分したケースで試算しました。
この結果、東西方向から南北方向へ10秒配分(ケース①)すると、南北方向で渋滞が解消、東西方向で渋滞が生じるものの大きな影響が出ない結果が得られました。
同様に20秒配分(ケース②)すると、南北方向は渋滞が解消するものの、伊勢山東交差点も関係する西側で渋滞が発生することが明らかとなりました。
 
信号の変わるタイミングのズレや信号現示の単純な調整では通過交通を排除できうる顕著な効果が見込めない中、愛知県警察本部において国道41号の豊場交差点、県道名古屋豊山稲沢線の伊勢山交差点の周辺区間に車両感知器を設置し、交通状況に応じた信号現示を調整する制御システムを導入することとなり、2021年(令和3年)2月に運用が開始されました。
 
図-9 信号のタイミング調整による滞留長の試算結果
図-9 信号のタイミング調整による滞留長の試算結果
 

6.効果の検証【Check】

ETC2.0データや交通実態調査結果に基づき、短期対策として実施した対策について効果検証を行いました。
 

6-1物理的デバイスによる効果
a)生活道路の走行速度

ETC2.0データによる狭窄設置区間の走行速度は、一時停止規制があるため狭窄直近では変化が無いものの、その手前30m〜40m区間で顕著な速度低下が発現しており、安全な速度での交差点進入が確認できました。
同様に、交差点ハンプを設置した区間においても、規制速度30km/hを超過する車両の割合が減少していることを確認しています。
 
図-10 狭窄部の走行速度(10m間隔)変化
図-10 狭窄部の走行速度(10m間隔)変化
 

b)生活道路の一時停止遵守状況

狭窄設置箇所では従来から止まれ強調路面表示や交差点カラー舗装が施されていましたが、物理的デバイスの設置により安全意識が高まり、一時停止率が上昇したものと考えられます。
また、交差点内部に凸部を整備した交差点ハンプでは、流入部における一時停止状況に顕著な変化は見られませんでした。
 
図-11 狭窄部の一時停止遵守状況変化
図-11 狭窄部の一時停止遵守状況変化
 

6-2幹線道路の円滑化による効果
a)幹線道路の走行速度

信号現示を調整する制御システムを導入した幹線道路についてETC2.0データを活用し、コロナ禍前の2019年(令和元年)・対策前の2020年(令和2年)・対策後の2021年(令和3年)の9月における国道41号の時間帯別走行速度を集計すると、交通需要が特に多い朝ピーク時に顕著な速度上昇を確認できました。
同様に,一般県道名古屋豊山稲沢線の伊勢山交差点においても,課題となっていた北行きの走行速度は朝ピーク時に顕著な上昇を確認できました。
コロナ禍によるテレワークや時差出勤による交通量減少の影響も考えられましたが、近隣の交通量計測機器の情報では交通量の著しい減少は見られないことから、信号現示の調整が有効に機能して幹線道路の走行性が向上したものと考えられます。
 
図-12 国道41号北行きの走行速度変化
図-12 国道41号北行きの走行速度変化
 

b)幹線道路と生活道路(抜け道)の所要時間

国道302号池花町交差点から国道41号幸田交差点までの幹線道路と生活道路(抜け道)を利用した際の所要時間の変化について、ETC2.0データの走行履歴情報により比較しました(図-13)。
 
この結果、幹線道路ルートは平均所要時間が14.7分から10.7分と4分短縮するとともに、所要時間の分布が小さくなっていることから定時制も大きく向上したと捉えることができます。
 
また、生活道路(抜け道)ルートでは対策前後で平均所要時間が10.7分から9.6分と大きな変化はなく、対策後は幹線道路ルートとの差も僅かなものとなっています(図-14)。
 

図-13 所要時間の比較ルート
図-13 所要時間の比較ルート
図-14 利用ルート別の所要時間変化1
図-14 利用ルート別の所要時間変化2

図-14 利用ルート別の所要時間変化
 

c)生活道路の交通量・通過交通割合

着目した志水小学校西側町道における交通量の実態調査を行い対策前後で比較すると、問題視していた北行きの交通量が約25%減少していることが明らかとなりました。
北行き以外の交通量に大きな変化が見られないことから、生活道路における通過交通の抑制効果が定量的に示されていると考えられます。
また、ETC2.0データの走行履歴情報から着目区間を通行する車両の通過交通割合(志水小学校地区内に発着地を有さない車両の割合)を集計すると、69.4%から60.7%と約1割減少しているという結果も得られています。
以上より、信号現示の調整を高度化することによる幹線道路の円滑化と、物理的デバイスによる生活道路の走行性低下が作用することにより、生活道路を利用していた通過交通の一部が幹線道路に転換して「道路の使われ方の適正化(道路機能分化)」が一定レベルで図れたものと捉えることができます。
 
なお、交通転換により幹線道路の交通量が増えて走行性が低下することも懸念されますが、一日25,000台近くの交通を処理する国道41号北行き交通への影響はごく僅かであり、実際に幹線道路で速度は低下していないことから、副作用等も発現していないものと考えています。
 

図-15 生活道路の交通量変化
図-15 生活道路の交通量変化
図-16 通過交通割合の変化
図-16 通過交通割合の変化

 

まとめ・今後の課題【Action】

今回の豊山町「志水小学校地区」における「包括的交通安全対策」の検討では、早期に実現できる対策メニューを実施して効果検証に至る一連の“PDCAサイクル”による検討を実践することができました。
生活道路における車両の走行速度低下や通過交通の排除を実現しつつ、幹線道路の円滑性を確保・向上できた点は、「包括的交通安全対策」としての検討が有益であることを実証する成果になったと考えられます。
 
一方で、志水小学校西側の町道北側区間で、走行速度が高く急挙動などが多発しているにも関わらず、地域の状況から対策が実施できていない現状があるとともに、朝ピーク時間帯を中心に通過交通の流入が依然として見受けられることから、事故発生状況や交通状況を今後も継続的にモニタリングし、必要に応じて追加対策等を検討・実施することが必要と考えています。
 
最後に、「包括的交通安全対策」の検討にあたり、課題抽出や対策検討に貴重なご意見を頂きました「合同交通安全対策検討懇話会」のメンバーである学識者、信号の変更等に協力いただいた愛知県警察、生活道路対策を実施した豊山町および地元地域の各関係者の方々に深く感謝します。
 
 
 

国土交通省中部地方整備局名古屋国道事務所
事業対策官 竹内 秋広

 
 
【出典】


積算資料公表価格版2023年4月号

公表価格版4月号

最終更新日:2023-06-23

 

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